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<第三巻:闇商人 vs 奴隷商人>
第十三話:圧勝
しおりを挟む屋敷の門から玄関までの距離は約三十メートル程度。
そこに、大きく穴が二箇所空いていて、数人の敵が落ちて這い上がろうとしているのが見える。
「よくあれだけの穴を掘ったな」
「あれは、土魔法が使える方が掘ってくださって、敵が通ったら落ちるようにしてくれたのです。旦那様が、落とし穴に落とそうって冗談で言われたのですが、それもいいだろうって冒険者の方がおっしゃって……」
パオリーアとマリレーネがいつの間にか三階の廊下に集まって来ていた。
「裏手や周囲に敵はいないのかな?」
「裏門から、二手に分かれて周囲の敵と戦っているはずです」
実際、屋敷の周囲にもジルダの軍勢が迫っていたが、集められた兵士や冒険者の方々が戦っていた。
状況はほぼ互角か、少し優勢だとマリレーネが答える。
「よく知ってるな、マリレーネは」
挑発役を買って出たマリレーネに驚いたが、意外と度胸がある。
兵士や冒険者たちに稽古をつけてもらっていたのも見ていたが、スジがいいと褒められていたのは知っている。
他の女たちは護身術程度を習った程度だが、マリレーネだけは本格的に体術も学んでいた。
「ウチ、ちょっとワクワクしちゃって……あちこち回って状況を見てきたんです」
「危ないから、近づいちゃダメよ」
パオリーアにたしなめられると、マリレーネはニコリと笑った。
「ちょっと腕に自信がついたから。でも、身を守るときだけだよ。あの人たちのように戦ったりできないよ」
そうは言っても、うずうずしているのか、腕試しがしたいことが表情に出ている。
「相手は武器を持っているんだ。絶対に近づくなよ」
「はい……心配してくださって嬉しいです」
「いやっ、まぁ、マリレーネも女の子だからな。男の喧嘩に入っちゃダメだ」
「喧嘩なんです?」
「ああ、これは喧嘩だ。奴隷商人と闇商人とのな」
「じゃぁ、仲直りすることもあるってことですか?」
「相手しだいだな。少なくとも仲間を傷つけ、屋敷に火を放ったんだ。簡単に許すわけがない」
俺の本心は、できれば戦いを避けて話し合いで終わらせたかった。
だが、あちこちで偽の奴隷商許可証を使って、誘拐して来た女を奴隷として売ったのだ。
簡単には許さない。
ふと、ジルダを見るとこちらを見上げていた。
目が合う。なかなか男前だし、年は近いか……。だが、怒りに燃えた目をしている。
「旦那様、どうされましたか?」
「ヤツだ。ジルダの野郎が俺を見ている」
ライラは、俺の腕を掴んで「危険ですから下がっていてください」と言うのを振りほどく。
「大丈夫だ。ところで、ダバオの自警団たちがまだ来ないのか?」
「そうですね……もう少しかかるかもしれません」
戦闘が始まることは前もって自警団に伝えている。
王都には悪人は捕まえてもらうつもりで、事前に話はつけてある。
◇ ◇
「ジルダの親分。ちょっと分が悪いですぜ。屋敷に近づくこともできません」
「ふんっ、あんなところで踏ん反り返っている奴隷商人に目にもの見せてやる!」
ジルダは、そういうと腰の魔法袋から角笛のようなものを取り出す。
「ヴィヴィよ。お前も加勢しろ。ニート・ソレを討て!」
蠱術をヴィヴィにかけている。
この指令で、ヴィヴィはニート・ソレに近づきそして殺してくれるはずだ。
一気に、形勢は逆転するだろうと、ジルダは手下に言う。
「はっはっはっ、馬鹿め。女だからと安心してると後ろからブスっとやられるからな」
ジルダは、笑いながら屋敷を見上げる。
窓から見えるニートと女たち。あんなところで高みの見物とはいい身分だ。
「さぁ、ヴィヴィ。やってくれよ」
この時、すでに蠱術が解除されたヴィヴィは、アルノルトと一緒にいた。
「ヴィヴィさん、大丈夫ですか?」
アルノルトが、部屋の隅でうずくまっているヴィヴィに声をかける。
戦闘が始まってからずっとこの調子だった。
ジルダに術をかけられたことを知らされたヴィヴィは、愕然としてその場でうずくまっていた。
「……私が騙されていたの……信じていたのに、それは彼の術だったの……?」
うわ言のようにヴィヴィが言葉を漏らすのをアルノルトは、黙って聞いていたが肩を抱いて立たせる。
「さあ、いい人だ、優しい人だと言っていたジルダがどう言う人間なのか、自分の目で見てください」
「ううっ……」
涙を流しながら、俯いたヴィヴィを抱きかかえるようにして部屋から連れ出した。
ジルダは、その時を待った。
すでに、手下たちの過半数は倒れている。さらに、地面の穴に突き落とされていくのを見て焦った。
「まだかっ! ヴィヴィ!」
声を荒げるが、姿が見えない。
角笛に向かって、何度も叫ぶが窓に映っているニート・ソレに異変は起きない。
「どこに行った? まさかこの屋敷にはいないのか? それはない、そんなはずはない……」
その時、窓からヴィヴィの姿が見えた。
「よしっ、ヴィヴィが来たぞ! そうだ、そのまま一気にそいつを殺せ!」
その時、男奴隷の一人がジルダに一気に距離を詰め、飛び蹴りを顔面に食らわせた。
「いでっ!」
急に吹き飛ばされた衝撃に、ジルダは驚きの表情を浮かべる。
「おまえっ、誰の顔を足蹴にしてるんだ? あん?」
立ち上がった、ジルダは腰の剣を抜き男奴隷の胸を横に振る。
ギリギリのところで躱した男奴隷は、とんとんと軽くステップを踏むとさらに中段蹴り、上段蹴りと足を変化させた。
ジルダはすんでのところで見切り、後方に飛んだ。
「ふんっ、奴隷風情が俺様に勝てると思っているのか?」
懐から、呪文紙を取り出すと地面に叩きつけた。
そこから、一匹のアンデッドが土の中から這い出してくる。
「さぁ、こいつらを始末しろ!」
ジルダは、三体のアンデッドを呪文紙で作り出すと男奴隷を指差した。
その言葉に従うように、アンデッドは男奴隷たちに向かって走る。
屍人を初めて見た男奴隷たちは、分が悪いと悟り一気に背を向けて走り出した。
屋敷に逃げ込む。
事前に、やばくなったら無理せずに逃げればいいと指示されていたのだ。
「おいおい、逃げるのか? 奴隷商人ってやつは腰抜けばかりだな」
ジルダは、あざ笑う。
そこに、黒虎の冒険者と言われる三人が近づいた。
「おい、この状況でよく笑えるもんだ」
「本当ね。しかもアンデッドなんて召喚しちゃって」
剣士と魔術師の三人は、ジルダににじり寄る。
アンデッドが、男奴隷から三人にターゲットを変えて一気に襲い掛かった。
「遅いっ!」
「雷撃」
「えいっ!」
アンデッド一体を魔法で足止めした後、胴体で一刀両断する。
二つに分かれた体が地面に倒れこむ。
残り二体のアンデッドはその様子を見て一瞬動きが止まる。
だが、再び剣士に向かって襲い掛かったものの、簡単に斬り伏せられた。
「あんたが親分なんだろ? そろそろ降参した方がいいんじゃないのか?」
「はぁ? 降参だと? 誰に物を言っている!」
「やれやれ、自分の力量が測れていないのは致命的だな」
「そうね。引き際を見誤るリーダーは、得てして部下を無駄に殺してしまうわ」
冒険者の言葉に、顔を真っ赤にしたジルダは手のひらを前に出し詠唱を始めた。
「おいっ、来るぞ!」
「うわっ!」
パッと、飛び退った冒険者に雷がバシッと走る。
「ギイィィィ!」
歯を食いしばり怒りもあらわにしたジルダは、さらに魔法で攻撃を繰り返した。
それに、魔術師の女が杖を振り下ろすと地面がぬかるみ、ジルダは足を取られ転倒した。
「あっ、ちくしょう!」
ジルダの手下たちが、集まりジルダの前に立つ。
「ジルダ様。大丈夫ですか? ここはあっしらにお任せを!」
「遅いぞ、お前ら。 とっとと殺してしまえ!」
ジルダは、さらにぬかるみから足を抜くと後ろへと移動した。
「お前たち、そろそろ降参してくれないかな?」
「はん? お前ら、冒険者だろ? 俺たちは人殺しだよ。勝てると思うなよ」
ひときわ巨体の男が、棍棒を振り上げて剣士の頭へ落とす。
とっさに、避けたがギリギリだった。
「早いっ!」
巨体の割に、動きが素早い。
さらに、もう一人の男は槍を腰で構えて突きの姿勢を取っている。
「こいつら強いぞ! 気を抜くな!」
「おおっ!」
二人の剣士が一気に、間合いを詰めて横殴りに剣を払う。
だが、紙一重で躱して棍棒を振り抜いた。
ドガッと音が響く。
「ぐあああっ!」
「おい、ガスター!!」
ガスターと呼ばれた剣士は、数メートル先まで飛ばされる。
「くぅ、痛えな。肋骨何本かやられたぞ」
立ち上がった剣士を見て、残りの二人は戦闘態勢に入った。
「援護を頼む」
「まかせて!」
手前の敵の脇をすり抜けて、一気に剣を振り上げて下から上に切り伏せると、その返す剣でもう一人の手下を切った。
さらに、魔法の矢を放った魔術師は、敵数人を一気に倒す。
「ガスター、お前が気を抜いてどうするんだよ?」
「ああ、すまない。ちょっと舐めていたかも」
「おいおい、人間相手にしてるときはあれほど気をぬくなと……」
「わかった、わかった。悪かったよ」
肋骨が折れたのか、手を当てて苦しそうなガスターを見て、三人は一度退却することにした。
周りでは男奴隷たちが、次々と敵を蹴り倒している。
「すげぇな、あいつら。奴隷とは思えないぞ」
「ええ、本当に奴隷かしら。それに、あの体術……拳闘士とは違う技よね」
「ああ、見たことがねぇ」
冒険者たちは、普段の奴隷の姿しか見たことがなかった。
農作業に力仕事、荷物の運搬に駆り出される奴隷は、いつ見ても貧相で病弱そうだった。
だが、この屋敷の男奴隷たちは鍛えられた肉体をしている。
「いったいどうなっているんだ?」
「そんなことより急ぎましょう」
巨体の男が棍棒をふたたび、振り上げた時には三人は一目散に屋敷へ逃げ帰っていた。
屋根の上からエルフ数人の弓が射られ、バタバタと一人、また一人と倒れていく光景。
奴隷に蹴り殺される仲間たち……ジルダは、焦った。
「これ以上、仲間を傷つけられるわけにはいかない……負けたのか?」
「ジルダの親分。まだ俺たちは戦えます」
「どうやってだ。あのニートの野郎に近づけもしないんだぞ。屋敷の入口にさえ届かない」
どう見ても、三十名いた仲間はほとんどが残っていない。
さらに、応援で周辺の闇商人が来ていたが、そいつらもすでに倒されていた。
頼みの魔術師もろくに戦えずに再起不能なほどやられてしまっていた。
「降参だな……」
ジルダのその声を合図に、敷地内の戦闘は終わった。
◇ ◇
「カタがついたようだぞ」
俺は、ライラたちはこの場にいるようにと伝えると、一階へと走った。
ズデデデっ!
階段で派手に転んでしまった。
痛てて、階段で転んで死んでしまったことを思い出したよ。
階段を転んだときに額を切ったのか、血が流れ出ている。
まぁ、大したことがない。
俺は、一階に走り降りると屋敷の入り口からジルダを見た。
「降参するなら、武器を捨てろ!」
俺の声が、夜空に通る。
男奴隷たちが集まり、俺の周囲を固めていく。
「大丈夫だ。勝負はついている」
「旦那様、安心できませんよ。何しろ闇商人は卑怯ですからね。降参したふりして切りかかって来る可能性もあるので」
奴隷の言葉に、なるほどなと納得する。
つい、降参したんだから何もしてこないと思い込んでいたが、ここは異世界だった。
武器を手放したジルダの手下たちは、集まって来た兵士たちに取り押さえられる。
ジルダはその様子を歯がゆそうに見ていたが、俺の方を見て言った。
「ほぉ、踏ん反り返っていただけだと思っていたが、お前も戦っていたようだな」
何を言っているんだろ?
俺は、ジルダの言葉の意味がわからなかったが、どうやら額から流れ出た血を見て戦って負傷したと思っているようだ。
さらに、走ったことで息も上がっている。
階段で転んで怪我したなんて言える雰囲気ではないので、黙っておくことにした。
「まあな」
「俺の負けだ。俺のことは煮るなり焼くなりしてくれ。だが、仲間たちは見逃してやってくれねえか?」
「見逃したりはしない。悪事を働いたのだ、法で裁かれるべきだ」
「何が、法だ。法がどうしたっていうんだ?」
「法律は法律だ。みんなが守ってこそ意味がある。そこに例外はない。見逃すなんてことはあり得ないんだ」
俺の言葉に、そうかと短く答えたジルダは、顔を上げて正面から俺を見た。
「奴隷商人もずいぶん変わったな。以前は俺たちと同じ裏稼業だったのにな」
「時代が変わっている。その変化に対応できない奴は取り残される。それだけだ」
「俺は取り残されたってわけか……」
王都から応援に駆けつけた自警団が、門から入って来た。
ジルダの手下たちを縛り上げ、連行していくのが見える。
「あの、旦那様」
背後からアルノルトの声が聞こえ、振り返った。
エルフのヴィヴィもついて来ている。
「ヴィヴィっ! お前、なぜ裏切った?」
「おい、ジルダ。人聞きの悪いことを言ってやるな。ヴィヴィは裏切ったわけじゃないだろ?」
「なんだと? 俺の命令が聞けなかったんだ、裏切りだろうよ」
ジルダは吐き捨てるように顔を背けて言う。
「あの……私。その、ジルダさんに術をかけられていたと聞きました。優しくされたのも、私を利用するためだって……許せません。本当にいい人だと思っていたから……」
「何を言っているんだ、俺がいい人だと? お前を利用しようとしたんだぞ」
ヴィヴィは悲しげに目を伏せた。
涙がぽとりと落ちる。
「ジルダがかけた術は、とっくに俺たちの仲間が解いていた。裏切ったわけではない」
「術を見抜いたのか……暗殺者のやつらも殺したのか?」
「いや、あいつらは牢屋の中にいる。転送されてきた男も一緒だ」
俺の言葉に、ジルダは驚いて俺を見た。
「さすがだな。噂通り頭が切れる男のようだ。どうりで、あっさりとやれたわけだ」
「俺は何もしていない。お前が言うように見ていただけだ」
「よく言うよ。そんな血だらけの顔で言われても説得力ねえぞ」
おっと、そんなに血が出ていたのか。
本当に俺は今回何もしていない。何かを成した感じを醸し出しているが、何もしてない。
ほとんど冗談のつもりで言った落とし穴作戦も、たまたま上手くいっただけだ。
ジルダも自警団に縛り上げられ、連行されていく。
「ヴィヴィ。悪かったな。お前を利用しようとしたのは事実だ。優しくしたのは、その……まあ、俺がお前を気に入っていたからだ。それは本当だ」
「そんな、いまさら。私の村も村の人たちもバラバラになってしまったのに……私、これからどうしたらいいか」
「元気でいろよ。じゃあな」
ジルダは、引きずられるように自警団に連れていかれるのを見送りながらヴィヴィは泣いていた。
「さぁ、後片付けだ。穴に落ちた奴らが全員出たら埋めてくれよ。俺が落ちてしまう」
男奴隷もアルノルトも笑った。
闇商人ジルダの襲撃は、こちらの圧勝だったと言ってよかった。
何しろ被害が最小限に抑えられたのだ。
怪我をした者も多かったが、殺された者はいない。
「お前たちも、明日はゆっくりと休んでくれ」
「「はいっ!」」
既に、朝日が昇りかけようとしているのか、遠くの空が明るくなって来ていた。
この時、俺はまだ自分がおかしたミスに気づいていなかった。
応援ありがとうございます!
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