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<第三巻:闇商人 vs 奴隷商人>

第十二話:古典的な罠

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 深夜になった。

 ライラが王都で集めた職業軍人、冒険者たちの腕利きだけを必要最小限に配置する。
 これは、俺たちが考えた作戦。警備を薄くすることで一気に誘い込んで一網打尽にする計画だ。

 屋敷の周囲に配置した兵士や物見櫓の鎧で完全武装した兵士に警備は任せ、俺たちは大広間にいた。
  
 大広間では大多数の兵士と冒険者たちが集められ、パオリーアから今夜襲撃される恐れがあることが伝えられた。
 そのために集められた人達だけに、驚きもせず一様にその時のための準備を始めていた。


「旦那様、準備万端です」

 パオリーアが、ぶるんとおっぱいを揺らして俺に一礼する。
 表情に緊張の色が浮かんでいるが、可愛い顔していることに変わりはない。
 おそらく俺の顔のほうが緊張で強張こわばっているはず。


「話し合いで解決したらいいんだけどなあ」

「その割には徹底抗戦の構えですよね」

「そりゃそうだ。この屋敷の者を危険に晒すわけにはいかないからな」


 ふと、周りに目を走らせると兵士や冒険者たちは、武器の手入れをしたり静かに座ってその時を待っている。
 男奴隷たちも同様に、静かに時を待っている。

 腹ごしらえしてもらうように言っていたが、まだ準備できていないのかな?
 そうおもった矢先に、厨房へと続くドアが開かれる。

「みなさん、お腹が空いていたら遠慮なく召し上がってください!」

 アーヴィアたちが、大広間へ料理を運び込みテーブルの上に置いていく。
 バイキング形式に、皿とフォークを置くと数人の兵士が立ち上がり、料理を覗き込む。


「うまそうだ。これいただいてもいいのか?」

「もちろんです。みなさんのために旦那様から命じられて作った料理です」


 アーヴィアの後ろから料理長のハイルが答える。
 厨房からさらに奴隷のピアスとヘルムも出て来た。少年奴隷としてこの屋敷に来て数ヶ月。
 赤髪のピアスと茶髪のヘルムはともに十二歳。
 ハイルの元で屋敷内の食事を作る下手間をさせていた。

「腹が減ってはいくさはできねえってことか。さすがニート様は粋なことをされる」

 兵士の中でも一番の年長者が、そう言うと皿に肉を盛る。
 それを見た他の兵士たちも、一斉に料理に群がった。

「あらあら、そんなに急がなくてもたっぷりと料理はございますよ。そちらの、男性も今のうちに腹ごしらえをしておいてくださいね」

 パオリーアが男奴隷を促すと、顔を見合わせて迷いの表情を見せたが、パンを一掴みして座った。

「俺たちは、これでいい。みなさんが食べた後に残ったもので十分だ」

 大工のオンハルトの言葉に、他の者たちもパンを取ると再び床へ座った。

 その姿を見て、パオリーアはうなずくとアーヴィアの肩を叩いた。

「きっと大丈夫。旦那様たちを信じて私たちは男の人たちが安心して戦えるようにお手伝いしましょ」

「うん、がんばる」



◇ ◇

 一方、ジルダ陣営は情報が漏れていることに気づかず、着々と襲撃の準備を進めていた。

「親分、諜報屋の話では話し合いに応じるとのことですが?」

 ジルダは手を叩き笑う。

「追って連絡するって悠長なことを言う男だ、放っておけ。それより、さっさと攻めるぞ。中に潜り込んだ三人に見張りの兵士を殺させろ。そして中から門の閂を開けさせるのだ」

「わかりました。さっそく転送魔法陣で行って来やす!」

「早くあいつらの慌てふためく姿が見てえもんだな。後で盛大に酒を飲もうぜ」

 男がジルダに一礼すると、魔道具の羊皮紙に手を当てる。
 呪文紙という羊皮紙に魔法を付与された物は、この世界では一般的に使われている。
 照明器具になったり、湯を作ったり、火を起こしたり、生活魔法付与が一般的だが、魔道具として売られている呪文紙には攻撃魔法が付与されたものや魔物を召喚するものなども存在している。

 この転送魔法が付与された呪文紙は、魔族から入手した闇商人で扱っている物。
 その呪文紙から光が発せられ、男の体を包むと、ヒュンと音がした瞬間に姿が見えなくなっていた。


「さて、そろそろ俺たちも動くとするか」

 ジルダは、手下たちに手を上げて号令をかけた。



 その頃、転送魔法でニート・ソレの屋敷に転送された男は屋敷の地下牢の中で叫んでいた。
 地下牢には三人の暗殺者が縛られて吊るされている。
 そして、転送された男もまた転送されてすぐに縄で縛られていた。

「おぉーー、なんだこれはっ!」



◇ ◇



 風向きが変わり、月を隠していた雲が流れるとわずかに周囲を照らした。
 闇に紛れていた闇商人たちの軍団が姿を表す。

「おっと、やっと来たな。ニート様に連絡だ!」

 物見櫓の兵士が手旗信号で合図を送ると、屋敷の窓から警戒していた中継役に伝えられる。
 そして、中継役は急いでアルノルトへ伝えた。

 ジルダの軍団が屋敷の前に現れた知らせを受けた俺は、パオリーア、マリレーネ、ライラの三人を連れて廊下の窓から外をのぞいた。
 門は固く閉ざされている。
 あいつらがどうやって襲撃するつもりなのかは、事前に神官によって口を割った暗殺者たちから聞かされている。
 作戦をあいつらに話をしていた時点で、ジルダは頭が良くないのかもしれないと思ったが、侮っていては逆にやられてしまう。
 その情報が嘘情報だった時のことも考えて、俺たちは準備をしていた。

 だが、今のところ事前情報の通りにことが進んでいる。


「閂をはずしてやれ」

 俺の言葉は、手旗信号で門番へと伝えられた。
 いよいよか。


 ジルダは門が内側から開けられるのを見て、仲間が順調に開けてくれたと思ったようで、仲間に叫んだ。

「行くぞっ! 野郎どもを蹴散らせ!」

 おぉーっ! と雄叫びを上げて一気に闇商人一味が駆け出す。
 砂煙が立ち上り、門の中に次々と吸い込まれて行く。


「あいつらが泣き叫び逃げ惑う姿を見逃せるか!」

 笑い声を上げて走ったジルダは、門の前に行ったところで立ち止まった。
 突入した仲間達が異様に少ない。


「おい、どうした。戦いは……あっ!」

 門から屋敷へと続く敷地の地面にぽっかりと穴が空いている。
 その中から、落ちた男たちのうめき声が聞こえた。

「おぉ、みんな吸い込まれるように落ちちゃったねぇ」

 マリレーネが手を叩いて笑うと、穴を覗き込んだ。
 その姿に、ジルダの髪が逆立つ。怒りに気が狂いそうだった。


「お、落とし穴だと! なんでこんなものがここに……」

「あんたが大将っすか? 他人のお屋敷に来て走っちゃダメだよ」

「な、なにを? おいっ、女! こいつらをどうするんだ!」

「何って? 油でもかけて焼き殺してもいいかなーって思ってるの」


 マリレーネは、油の入った壺を小脇に抱えると穴に向かってドボドボと流し込んだ。


「ま、待て! 待ってくれ。殺すな、早まるな!」

「え? なんて? 聞こえないよ。どうしてほしいって?」

「待ってくれと言っているんだ!」

 マリレーネは、壺を置くとジルダは後ろの配下に向かって小声で言う。

「おい、女が穴から離れたら一気に屋敷に突入だ」

 ジルダの言葉に、目で合図する十名ほどの男たち。
 すでに穴に落ちた仲間には悪いが、後で助けてやると心で誓う。

「火を付けるなよ。お、お前たちの大将と話がしたい。呼んで来てくれ」

 ジルダはマリレーネに言った。


「いいよ。じゃぁ、おとなしくそこで待っててね」

 マリレーネは振り返ると、一気に屋敷の玄関先まで跳躍する。
 おぉーと俺は、窓からその光景を見て感嘆の声をあげた。
 マリレーネってあんなに身体能力高かったんだな。

 ライオンの跳躍力はすごいとネットで見たことがあることを思い出した。
 学校のプールの横幅ほどの距離を助走なしで跳べるらしい。
 そして、獅子人族のマリレーネもそれくらいは跳んでいた気がする。
 さすが獅子。


 マリレーネが屋敷の入り口に入ったのを確認したジルダは、振り返り手下に合図を送った。
 ジルダの背後に三十人は仲間がいる。

「おい、先に侵入した奴らはどうした? 予定ではすでに暴れまわり撹乱しているはずだが」

 暗殺者の三人がすでに捕まっていることを知らないジルダは、計画どおりに進んでいないことに焦った様子で舌打ちをする。


「行くぞ! お前ら、一気に叩き潰せっ!」


 男たちは、地面に開いた穴を避けるように走りマリレーネの後を追う。
 穴を避けるように回り込んだ男たちは、一気に屋敷の入り口へと向かうと中から男奴隷たちが現れた。


「敵だ! 奴らは武器を持っていない奴隷だ。一気に潰せ!」

 ジルダの号令に、雄叫びをあげてなだれ込む男たち。


「ーーッ! うわあっ……!?」


 男奴隷が姿を見せたことで、冷静さを欠いたのか、またもや地面がポカリと穴を開け、吸い込まれるように男たちが落ちていった。

「あぐぅ!」
「いでぇぇえ!」

 ドスンという落下音とともに、うめき声が聞こえた。

「なっ! 落とし穴? こんな子供騙しみたいな罠に……くそっ!」

 ジルダは、腕にはめた魔道具を取り出すと、詠唱を始めた。
 赤い魔道具は火属性の魔法が使える。ジルダは、意識を集中し屋敷へ火を放つ魔法を使おうとした。

 ヒュンッと風切り音がなり、耳がキーンと鳴る。

 弓か……
 ジルダは、辺りを見回すと屋敷の二階からエルフが弓を構えている。

「くそっ、邪魔するな!」

 奥歯を噛み締め、怒りを堪えるとジルダは数歩下がって男たちを盾にする。
 ジルダは、再び魔道具を付けた腕を突き出し、詠唱を始めた。

「いけぇー! 爆炎に巻かれて吹き飛べっ!」

 腕輪から炎が立ち上り、ジルダの頭上で渦巻くとみるみると大きくなる。
 炎の玉がぐるぐると回りながら球体となり、熱がさらに上がった。

 火球がジルダの腕の振りに合わせて飛び、屋敷の外壁に衝突。
 どーんと大きな音がなり、炎が四方八方へ散らばった。

「ははっ、どうだ!」

 ジルダは、炎に包まれた屋敷を見る。
 だが、思ったように屋敷は燃えておらず、ただ炎は四方へと散っただけだった。

「なにっ? どういうことだ……」

 愕然としたジルダと仲間たちは、呆然と屋敷を見る。
 石造りとはいえ、炎弾ファイアーボールが直撃し、炎に包まれたはず。

 その隙に、男奴隷たちが躍り出て、落とし穴の手前で立ち止まったジルダの手下へと突っ込んだ。

「すごいっ!」

「わぁ、やるぅー!」


 パオリーアとマリレーネが、遠巻きにその光景を見て声をあげた。



 男奴隷は、敵が振る剣をバックステップで避けると、一気に間合いを詰めて脇腹を蹴り上げる。
 さらに、足払いで敵を転がすと踵で胸を踏みつけた。
 この一連の流れが一瞬で繰り出される。

 うめき声をあげて転がる男を乗り越えるように、次々にジルダの手下も男奴隷たちにかかっていく。

「旦那様の屋敷に指一本触れさせねぇよ!」

 男奴隷の一人は、そう叫ぶと素足でつかんだ土を敵の顔面に蹴りと同時に放った。
 目潰しを食らった男は、闇雲に剣を振るが器用に足で剣を持つ肘を蹴りとばす。
 さらに、下から飛び上がりざま顔面へ膝蹴りを食らわせた。

「うぐっ! ……くそっ!」

 鼻血を出しながらうめき声をあげる手下たちを見て、ジルダは叫ぶ。

「何をやっている。相手はただの奴隷だぞ! よく見ろ!」


 夜とはいえ、闇商人たちは夜目が効く。たとえ、暗闇の中の戦闘でも月明かりがあるのだ、奴隷ごときに遅れをとるわけがない。
 だが、武器を持っていない奴隷たちに押されているのも事実。


 次々に地面に倒れこむ仲間たちに、ジルダは地団駄を踏む。

「このやろうっ! ぶっ殺してやる!」

 大きな戦斧を振り上げた男が、奴隷に向けて振り下ろした。
 その斧をサイドステップで躱すと、横蹴りで腹を蹴り飛ばし、さらによろけた男の顎へ前蹴りを入れた。

 あごに一撃をくらった男は、もんどり打って倒れると、うめき声をあげた。


 さらに一人の男奴隷が、剣をかわしながら足払いをして男を引き倒すと、かかとを顔面に落とす。
 手際の良い戦い、戦い慣れた男たちの戦闘だった。
 屋敷の通路の窓から見ていたライラたちも男奴隷の華麗な足さばきに驚いている。


「あの人たちって、あんなに強いんだ」

「ああ、あれは手枷をつけた奴隷たちでも戦えるように蹴り技を磨き上げた戦闘術だ」

 俺が説明してやると、ライラが外で戦う男たちを見た。


「ひいっ! 切れ! 切ってやれ!」

 ジルダは、男奴隷に応戦している仲間を鼓舞しながら、二度目の魔法詠唱に入った。
 その時、側面から冒険者の三人が一気におどり出る。

「あの方たちは……冒険者の」

「ああ、冒険者黒虎の人たちだ。三人ともかなり強いぞ」


 俺は、ジルダとの距離を詰めた冒険者を見ると魔術師の男がジルダに火炎弾を放つのが見えた。


 ジルダは、詠唱の途中で側面に躍り出た冒険者に気づいた。
 距離は十メートルほど。
 詠唱はまだもう少しだ……くそっ、奴らを狙うか……

 冒険者の後衛にいる魔術師の杖から火炎弾が飛ぶ。
 ジルダを狙ったものだ。

「ちくしょー。詠唱ぐらいさせろよな!」

 ジルダは、手を前に出した。その手には、鏡のような魔道具が握られている。
 その魔道具に火炎弾が音もなく吸い込まれて行く。

 俺は、門からさらに入ってくる闇商人の軍勢を見た。
 ジルダの手下たちとは違う、黒いローブをまとった集団だ。

「あれは?」

 俺の問いに、ライラが闇商人が雇った裏稼業の魔術師だと答える。
 闇落ちした魔術師か……

 この世界に来て、魔法になじみがない俺にはその強さとか脅威がわからないが、男奴隷たちの体術では敵わないことはわかる。

「おい、こちらの仲間たちは……?」

 大広間に集まっていた兵士や冒険者たちが、そろそろ参戦して来ても良いはずだがと俺はライラに聞く。

 その時、門の外から走り込んでくる闇商人の軍勢が見えた。
 その軍勢が、黒い魔術師たちにぶつかっている。

「外にいた敵を背後から冒険者たちが襲ったのでしょう」

「いつのまに……すごいな」

 既に、玄関前の敷地は多数の敵と味方が入り乱れて戦闘している。
 敵の魔術師たちも、火や電気のようなものを使って応戦しているが接近戦では冒険者の方が強い。

 次々と、戦闘不能に追い込んで行くのが見えた。

「くそがっ! あいつらは何をしている!」

 ジルダは、屋敷の方を見上げた。

「暗殺者のやつら裏切ったのか? それとももう奴隷商人を討ったのか……」

「ジルダ様。あそこをっ!」

 手下が指差した方向を見上げたジルダは、目を見張った。


「ヤツがニート・ソレかっ!」
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