89 / 97
<第三巻:闇商人 vs 奴隷商人>
第八話:エルフの話を聞く
しおりを挟むマーティの街の神殿を出た俺の後ろを、パオリーアとヴィヴィが歩いている。
神殿で話を聞いてもいいのだが、どうもヴィヴィにとってはアウェー感があり、話しづらいだろうと思ったのだ。
同族から嫌われていることに気づいたからだ。
まるで、自分たちの不幸を彼女が原因かのような口ぶりだった。
神殿の周囲に飲食店が数店舗、軒を連ねている。
客がそこそこ入っていて落ち着いて話ができそうな店を選び入る。
「ここで、話を聞こう。あまり連れ回してもキミに迷惑がかかるだろうから」
店の扉をあけてやり、ヴィヴィを先に入れる。
後にパオリーアが続き、俺が入った。
店内の奥に客が一人もいない。そこでいいだろう。
俺は店員に声をかけ、落ち着いて話ができる席へと案内してもらうように頼むと、案の定、一番奥へと案内された。
「まずは、俺たちが誰かは聞いているな」
「はい……奴隷商ギルドの方だと。しかし、そんな方がなぜ私たちに?」
ヴィヴィは、膝の上の手をぎゅっと握ると俺に目を合わさずに答える。
緊張しているのだろう。
「私たちは闇商人ジルダに狙われているらしくって、それでジルダさんがどういう人なのかなって思っていたところに、あなたたちの話を小耳に挟んだもので……ごめんなさい、突然訪ねてしまって」
パオリーアは、そう答えるとヴィヴィの手に自分の手を重ねて、さらに言葉を続ける。
「大丈夫です。何も怖くないですし、あなたたちが望めば助けることだってできますから」
パオリーアは静かにヴィヴィに向かって言った。
さすが奴隷たちのお姉さんと言われているだけのことはある。
心を閉ざした者でさえ、つい心を開いてしまうような包容力を感じる。
「あの……ジルダさんは、どうしてあなたたちを狙うのでしょう?」
「それが知りたくて来たんだ」
俺の言葉に、そうですか……とヴィヴィが答えた。
実は俺はすでに精霊石が装着されたアクセサリーを身につけているため、彼女の心の声は聞こえている。
だが、彼女が自分で他人に話すことで、彼女自身が救われることもあるだろうと俺は聞くことにした。
「ジルダとは仲良くしていたのか?」
「……はい。いい関係だったと自分では思ってて……」
「だが、捨てられた……か?」
「はい」
後悔の念があるヴィヴィは、心の中でどうしてあんなことを言ってしまったのかと繰り返している。
きっと、関係を壊すようなことを言ってしまったのだろうと。
「闇商人たちが今、しのぎが減って窮地に陥っていることは知っているな。俺たち奴隷商や奴隷を保護する法律ができたことで、闇商人たちの裏マーケットが大打撃を受けていると聞く。本当のことか?」
俺は、しおれた花のように項垂れたヴィヴィに聞く。
彼女は、うなずくだけだった。
心の中では、あなたたちのせいなのに他人事みたいに、と俺を責めているようだが口に出していない。
「俺たちのせいだと思っているのか?」
俺の問いに、ハッと顔を上げたヴィヴィは肯定も否定もせず、ただ首を振った。
「俺たちは奴隷制度をこの国からなくしたいと思っている。無理やり奴隷として働かせたり身を売らされたりする世の中は間違っていると思うんだ。その夢のために、法律が作られたり制度が変えられたりしている。闇商人たちはその時代に流れに乗れていないだけなんだ」
黙って聞いているヴィヴィの隣でパオリーアは、うんうんと頷いている。
俺は、ヴィヴィにジルダのことをいくつか質問した。
どれくらいの悪党なのか、話し合いに応じるようなヤツなのか……と。
「彼は、本当は仲間思いで優しい人だと思います。辛い目にあって、自分の力で今の職と仲間を得たのだと言っていました。それに、魂の色は澄んでいました。人でなしは魂の色が濁っています。灰色や茶色のような透明感のない色。しかし、あの人は違った」
「エルフの魂の色を見る力を持ってるんだな。たとえ根は良いヤツだとしても、良い行動ができるとは限らない」
「ええ、そのとおりです。ですが……私には彼が何か焦っているように思うのです」
目に力が宿り、ヴィヴィは俺をまっすぐに見るとお願いすべきか悩んでいる。
「何かに焦りがあって、暴挙に出ると思っているのだな」
「そのとおりです。あの……こんなことを、あなたたちにお願いしていいのかわかりませんが、どうか彼を助けてあげてください」
助けるつもりはないが、ジルダたち闇商人を根絶やしにしようとも思っていない。
降りかかる火の粉は払うが、自分から危険に身を投じるなんてリスクが高すぎる。
この世界は俺のような平和ボケした日本人には生きるには難易度が高いのだ。
「助けたいのなら、お前がすればいい」
俺の言葉に、彼女は落胆を隠そうともせずため息をついた。
どうしたら助けられるっていうのかと心の中で考えているのが、精霊石を通して聞こえる。
冷たいようだが、ジルダの側にいた女ならジルダも話を聞く可能性はある。
俺が説得に走るよりは、彼女の方が適任だろう。
しかし、彼女が俺の側についたことが知られれば逆効果になることも考えられる。
「俺について来るか? ここにいるよりは俺たちのところにいるほうが情報は入るだろう」
俺が突然ヴィヴィを誘ったためパオリーアが驚いたものの、俺の意図を汲んだのか軽くうなずいて見せた。
「連れて行きたいやつがいるなら、連れて来ればいい」
「いません。きっと、私はここにいない方がいいんじゃないかと思っていたから……ぜひ、私も一緒に連れて行ってください」
顔を上げ力強く頷いたヴィヴィの目に迷いはなかった。
◇ ◇
屋敷に戻った俺を、まっさきに出迎えてくれたのはマリレーネだった。
たまたま、門の近くを歩いていたマリレーネが俺たちの馬車を見つけ駆け寄ってくる。
大きなメロンのようなおっぱいが、左右上下にゆさぶられ、ちぎれてしまうのではないかと心配したほどだ。
「旦那さまー! おかえりなさいっ!」
はぁはぁと、息を切らせて走りながら俺に抱きつくもんだから、勢いに押されて尻餅をついてしまった。
「痛ぇな、こら、マリレーネ!」
「ご、ごめんなさいっ! お尻大丈夫ですか? きゃぁーーっ、おしりが二つに割れてるぅ」
「ほんとだ、穴まで開いてしまったじゃないかっ!」
マリレーネのボケに合わせた俺のノリツッコミを聞き、ぎゃはははと腹を抱えて笑うマリレーネにパオリーアが叱りつける。
「マリっ、ダメじゃない。旦那様を押し倒すなんて、はしたないですよ!」
「わりぃ、わりぃ、リア姉さんも元気そうで……あっ、馬車の中でいろいろとエッチなことした?」
「もぉっ、そ、そんなことしてないわよ! またライラ先生にマナーの指導をしてもらいますからねっ!」
パオリーアは、眉間にしわを寄せて睨みつけるが、どこ吹く風でマリレーネは笑い飛ばす。
「ライラ先生の指導はきついからイヤだよ。ウチすごい寂しかったんだから。旦那様もリア姉さんもいなくて」
まあ、と少し恥ずかしそうにパオリーアがはにかむが、すぐに目を三角にして怒る。
「そんなことを言ってもゆるしませんよ!」
「まあ、まあいいじゃないか。ケガしたならともかく、転んだだけなんだから。それより、みんなはどうした?」
マリレーネに尋ねると、屋敷の方を見た。
俺の帰りに気づいたライラが、全速力で走ってきている。砂埃が立ち上る走りは見事だが、かなり怖い。
「ちょっと、待て、ライラ! ちょっ、があああああっ!」
ライラが飛びつくように俺に抱きついてくるのを、足を踏ん張って耐える。
マリレーネに比べたらライラは細身でかなり軽いので、押し倒されることはなかったが危険すぎる。
「旦那さま、おかえりなさいませ。一日千秋の思いでお待ちしておりました」
「ああ、待たせたな……。お前、王都にいるんじゃなかったのか?」
「すべて手はずは済ませましたの。ところで、そのエルフは? ずいぶん小綺麗なエルフですが……ま、まさかっ!」
ライラは、舐め回すようにヴィヴィを見ると、その勢いに押されたヴィヴィは慌ててパオリーアの後ろに隠れた。
ほぼ半裸に近いボンテージ衣装のライラに睨みつけられたら、そりゃ俺だって怖い。
「まさかって、なんだ? こいつはヴィヴィ。ジルダのことに詳しいから来てもらった」
「そうですの? ……ふーん、旦那さまとはどこまでお進みになったのかしら?」
尋ねられた意味がわからず、ヴィヴィは目で俺に助けを求める。
「何もするものかっ! お前は俺が手当たり次第に女に手を出すと思っているのか?」
「ち、違います。そうは思っておりませんが……もしや、また愛人が増えたのではと……」
「同じことだろ、それって。そんなに俺のこと信用していないんだ……」
手をブンブン振って否定するライラを無視して、俺は屋敷へと向かった。
「旦那さま、お待ちください! ああああっ、さっそく放置とかヒドイですぅ」
甘えた声を出すライラは、パオリーアとマリレーネに任せ、さっそく自室へと戻ったのだった。
0
お気に入りに追加
900
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。


ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる