悪役転生した奴隷商人が奴隷を幸せにするのは間違っていますか?

桜空大佐

文字の大きさ
上 下
86 / 97
<第三巻:闇商人 vs 奴隷商人>

第五話:誘拐と潜入

しおりを挟む

 酒場でさんざん飲みまくったジルダは宿へと戻ることにした。
 手下は、これから女を買いに行く者、女が酌する店へと散り散りになったがジルダはそんな気分になれなかった。

 ヴィヴィの「何でもしますから許してください」という言葉が繰り返し再生される。
 あの言葉、以前にも耳にしたことがある。幼い頃の記憶、母の最後の言葉。
 酒を飲んだせいで感傷的になっているんだと、自分の頬を張った。

 宿に戻ったジルダは、冷静に現状を分析していた。
 奴隷の闇取引がうまくいかなくなったのは、法の制定後になってからだった。
 裏の世界の者相手に奴隷を売りつけることは今でもできているが、それだけではいずれ立ち行かなくなるだろう。

 太客だった娼館はまるっきり買ってくれなくなっている。

 ふと、奴隷売買をやめて魔道具の取引と麻薬取引だけでもいいのではないかと思いがよぎる。それだけでも十分な利益は確保できるだろう。
 だが、闇商人ジルダとしての意地がある。
 ここで俺たちが手を引いたら、奴隷商人ギルドのやつらに負けたと世間では思われるだろう。
 俺たちは顔で商売をしているのだ、舐められるわけにはいかねぇ。

「奴隷商人と真っ向対決と行くか。だが奴らも元は盗賊、山賊上がり。ぶつかれば双方共倒れもあるだろう。しかも、やつらの背後には王都の騎士団がいるという……どうしたものか」

 一つずつ潰して行くか。
 寝返らせることができるなら、こちらに引き込むのもいい。
 チョルル村には仲間やつらがいる。そいつらと合流して作戦を練るとするか。
 幸い、あの村にも奴隷商人がいる。トラファなら、見知った仲だ。
 ヤツを罠にはめて引き込むか。抵抗するなら叩き潰すまでだ。


◇ ◇


 翌日、チョルル村に着いたジルダ一行は、傘下の闇商人のアジトにいた。
 この村の西の山あいでは小さな集落に奴隷を集め、麻薬を栽培させている。
 小さな集団だが、自分たちも薬を使っているためか、勇敢な者が多く眠らずに戦い続けることができる手下を多く抱えていた。
 手足を切られたくらいでは戦意喪失しないことから、ゾンビ団の異名を持つほどだ。
 その首領が、ゾルデと言うミイラのように痩せこけた男だった。
 ジルダはこの男を全く信用していないのは、金で平気で裏切るようなヤツだからだ。逆に言うと、金さえ渡せば何でもしてくれる頼もしい奴でもある。


◇ ◇

 チョルル村のハズレにあるゾルデのアジトに着いたジルダは、すぐにゾルデに共闘を持ちかけた。
 だが、ゾルデは取り合わなかった。
 理由は単純だ。ゾルデには麻薬の売買ができればいいのだ。
 だからゾルデは麻薬に関係がないからと適当にあしらった。

 当然、ジルダが激怒した。
 あっという間にジルダはゾルデを投げ飛ばし、動きを封じた。

 ジルダはゾルデの顔を踏みつけ、剣先を喉元に突きつけて言う。

「誰のおかげで商売できているのか、よく考えるんだな。俺に歯向かうのなら、お前の大切な畑を焼き払ってやってもいいんだぞ」

「やめ、やめてくれ。わかった。わかったから……」

 ゾルデは顔を踏みつけられているにも関わらず、体をかきむしりながらヘラヘラと笑った。薄気味悪い男だ。

「俺に何をさせたい? タダではないんだろ?」
「ああ、成功したらたんまりと報酬をやる。この村の奴隷商人から奴隷を根こそぎ奪ってこい、それだけだ」

 ゾルデは、目をひん剥いて驚く。

「奴隷商人を襲うって言うのか? そんなことをしたら……ちっぽけな俺らは潰されてしまうだろうがっ!」
「潰させねえ! 策はあるんだ。協力しろ!」

「本気なのか? あのトラファに勝てるヤツなんていねぇんだぞ」
「俺は正々堂々と戦おうとしてるんじゃねえんだ。ここを使えよ、バカなお前にはわからんか」

 こめかみを指すと、ジルダはほくそ笑んだ。

 この男は中毒者ジャンキーだが、元は暗殺者だった男だ。
 手下どもも隠密行動に長けている者が多い。麻薬で少々いかれていまってるが、使えるだろう。

 ジルダは、描いた策をゾルデたちに伝えた。
 簡単な話だ。忍び込んで奴隷をかっぱらい、それをネタに奴隷ギルドから俺たちに寝返させるだけだ。

「決行は明日の深夜。それまで、誰にも言うなよ。奴隷は売り物にするんだから、絶対に手を出すな。いいな」

 ジルダは、踏みつけていた足を下ろすと、ゾルデの手を取り立たせた。
 ゾルデは、だらしなく涎を垂らしながら立ち上がると、へらへらと笑った。

「相手はあのトラファだ。だが、奴隷を盗み出す程度なら俺たちでもできる。明日の夜だな、まあまかせてくれ」
「ああ、期待以上の成果を待ってるぞ」

 ジルダは、ゾルデのアジトを後にした。

 ヤツが強かったのは十年も前のことだ……
 最悪、正面からぶつかっても勝てるはず。だが、じわじわと侵食していけばいい。


◇ ◇

 時を同じくして、トラファの屋敷に一羽の伝書鳩が届いた。

「ギルドマスターからお手紙のようです」

 見張り係がトラファの部屋に手紙を持って来た。

「ニート様から……?」

 引っ手繰るように受け取ると、手紙に目を走らせる。
 手紙は側仕えのパオリーアという女からだった。

 内容を確認したトラファは、立ち上がると手下をすぐに集まるように指示した。

「こいつは面白いことになったぞ!」

 一人、部屋で声を上げたトラファは肩を震わせてた。
 武者震いというやつだ。

 数人の見張りを残し、手下全員が広間へと集まるのを見てトラファは言った。

「ギルドからの伝令だ。闇商人ジルダがこの村に来ている。どうやら俺たちに何か仕掛けるらしい」

 側近の男は、トラファの言葉にフッと笑う。

「面白いことになりましたね。俺たちに喧嘩をふっかけるなんざ、殺してくれと言っているようなもんだぜ。いっちょやったりましょうや」
「おいおい、弱い者いじめはいかんぞ。ニート様に教えていただいただろう? 弱きを助け強きをくじくだっけ?」
「ジルダは強きに入るんじゃねぇんですか? ありゃ、相当の悪ですぜ」
「そりゃそうだな。がははははっ!」

 トラファは大声で笑うと、手下たちも手を叩いて笑った。
 ひさしぶりにおもしろいことになりそうだ。

「奴隷の女たちを狙ってくるかもしれん。全員、別棟の隠し部屋に移動させてやれ。あそこなら火を放たれようが、ビクともしないだろう」
「しかし、女が一人もいないとなると逆上するんじゃないですかね?」
「そうだな。お前たちが、代わりに部屋にいろ。ちゃんと、女奴隷に見えるように変装しておけよ」

 トラファの屋敷には男奴隷は外へ働かせに出していて居ない。
 屋敷に残っている奴隷たちは、女の奴隷ばかりだ。
 女奴隷は、稼ぎ頭で盗まれると大損する。

 なにしろ、毎日メシを食わせ、体を洗い、綺麗な服を与えている。とても、奴隷の扱いではないほど、丁寧に扱っているのだ。
 経費もかかるが、売れる金額は以前の数倍にもなっていた。
 誘拐でもされたらえらい損をすることになる。

 そこで、手下が女装して奴隷の部屋にいることにした。
 もちろん、明るいところで見たら男だと気付くだろうが、泥だらけにボロ切れを着ておけば、ちょっと見ただけではわからないはずだ。

「殺されそうなら返り討ちにしていい。もし、アジトに連れていかれるなら、そのまま黙って奴らのアジトへ行け。奴隷らしく無気力を装えばすんなり連れて行ってくれるだろうよ」
「そんなに簡単にいきますかね?」
「さぁどうだろうな。だが、面白いじゃねえか」

 ガハハハと笑うトラファにつられ、引き攣り笑いの側近たち。
 トラブルが大好物のこの親分には敵わないなと、誰かが呟いている。

「アジトに着いたら暴れてやれ。やつら麻薬中毒で痛みを感じないから気をつけろよ」
「まかせてくだせえ」

 トラファは見張り番に、奴らが侵入した時の合図を再度打ち合わせした。

「誰一人、お前たち死ぬなよ」

 がはははと、トラファが笑うと手下も同じく大笑いした。
 この男所帯のトラファ一家は、上も下もなく全員が山賊時代からの仲間だ。
 トラファは、何よりも仲間を大切にしていた。
 そして、不安なことがあってもガハハと笑って吹き飛ばすのが、ここのやり方だ。

「やつら、親分を暗殺しようと考えているかもしれませんぜ」
「ああ、それならそれでかまわんさ。返り討ちにしてやる」
「くれぐれも無理はしないでくださいよ」

 手下に心配されるようじゃ、俺も歳をとったなと笑うトラファだった。


 その翌々日、トラファの目論見通り、闇商人ゾルデの一派がトラファの屋敷を襲撃し、奴隷たちを連れ出した。
 無論、それらは女装したトラファの手下たち。
 男たちが奴隷のふりをしていることに気づかれなかったことは、後の語り草になったのは言うまでもない。

 翌日、ゾルデ一派が壊滅した後、揚々とトラファはゾルデのアジトへと入ったのだった。
しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

処理中です...