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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
SS:奴隷商人は少年二人を仕入れる
しおりを挟むその日、俺はオンハルトが仕事から戻ったら、すぐ部屋に来るようにアルノルトに頼んでいた。
オンハルトという男奴隷は、ルイとミアのカップル奴隷の新居を大工に作らせた時に大工見習いにした男だ。
新居完成後も、しばらく大工見習いとして街に仕事に出している。
部屋を訪れたオンハルトは、すっかりたくましい体躯になっていた。
だが、俺の前では相変わらず恐縮して目も合わせられないようで下を向いている。
「仕事終わりに来てもらって申し訳ない。実はオンハルトに頼みたいことがあるんだ」
俺は、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
オンハルトが、興味深そうに紙に目を落とす。
一目見て図面だというのがわかったのだろう。これを作るのですかと尋ねた。
「ルイとミアに赤ん坊ができたのは知ってるよな。そこで祝いとしてベビーベッドを送ろうと思っている。素人の俺が書いた図面には寸法も書いていないし、材質なども書いていないからわからないと思う。そこで、お前が親方に相談して作って欲しいんだ」
「赤ん坊用のベッドですか……それを私が……わかりました」
怪訝な顔をしているのは、おそらくこの国には赤ん坊用のベッドというものがあまり一般的ではないからだろう。
しかも、男奴隷のオンハルトは目にしたことがないかもしれない。
俺は肯首すると、広げた図面を指差して言った。
「赤ん坊の安全が何より大切だ。だから落ちたり、柵に頭がはさまったりしないよう安全なものを作ってくれ」
俺は、簡単にスケッチしただけの図面をオンハルトに手渡すと、彼は恭しく両手で受け取った。
もちろん報酬は払うから、お前が作ってみろと言っておく。
親方に作ってもらうのではなく自分で作るようにとも伝えた。
オンハルトが退室すると入れ違いで、アーヴィアが入って来た。
「旦那様。オンハルトに何を渡したのですか?」
「ああ、大工の腕を試すためにひとつ家具を作ってもらおうと思ってな、図面を渡しておいたんだ。ところで、アーヴィアは何か用か?」
こくんと頷いたアーヴィアは、椅子に座った俺のそばに来ると訴えるような目をした。
何かお願い事でもあるんだろうか?
「なにか、欲しいものでもあるのか? それともおねだりか?」
「なぜおねだり前提なんですか! そんなこと言わないです。教えて欲しいことがあって」
アーヴィアは、ここ数ヶ月の間ずっとハイルの下で屋敷の料理を作る仕事をしていた。
ハイルは元宮廷料理で腕がいいので、料理のセンスのあるアーヴィアに手に職をつけさせたいと思いハイルの下で働かせていた。
しかし、なぜ自分だけが俺のそばでお仕えできないのかと不安になったようだ。
「旦那様のそばでお仕えしているマリやリア姉さんが羨ましい……私は旦那様に嫌われたのでしょうか」
最近は、俺も商店やギルドの運営に忙しく屋敷にいることが少なかった。それに同行するのはパオリーアかマリレーネばかり。アーヴィアとしては面白くないのだろう。
「俺のためにメシを作ってくれないか? アーヴィアには、料理の腕を磨いて美味しいものをいっぱい作れるようになって欲しいと思ってる。アーヴィアの作る料理が俺は好きだからな」
フッと頬が赤くなったアーヴィアの目尻が下がる。褒められたのが嬉しいのか、さっきまで責めるような目をしていたのが嘘のようだ。
「私の料理をいつまでも食べたいって……フフ、旦那様ったら」
ごにょごにゅと口ごもると、ふと顔を上げて「いいですよ」と言った。
頬を赤らめているのが気になるが、機嫌が直ってくれてよかった。
この屋敷の料理すべてをハイルとアーヴィアが仕切るよう、俺が命じている。
もちろん、数人の料理見習いとして女奴隷たちを付けている。
どの娘も、召使いとして働きに行くよりも料理の道に行きたいという者ばかりだ。
いつか、街にこの女たちにレストランを運営させるのも自立するためにはいいだろうと思っている。
アーヴィアには経営を任せたいとさえ思っていた。
なにせ、アーヴィアは対人コミュニケーションは苦手なようだが、性格的に無駄をバッサリと切り捨てる度胸がある。冷酷とも思えるが、他人を気遣うやさしいところもあり使い分けがうまい。
その点は、経営者に向いていそうだった。
自己評価が低いアーヴィアは、現状に満足せず改良を加えたり改善することを普段からしているので、自信さえつけば、俺が経営するよりもうまくやってくれるだろう。
もう一点、アーヴィアは他の二人と違って俺の身の回りの世話が得意ではないというのもあって、側仕えにはアーヴィアは向いていないと思っている。
「他の娘たちはどうだ? 使い物になりそうか?」
「はい。みんな下処理だけでなく、調理工程もひと通りできるようになっています」
面倒見がいいハイルも、しっかりと奴隷たちを育成してくれているようだった。
「ところで、ハイルのほうはどうだ?」
ハイルは、唯一この屋敷の中にいる部外者だ。奴隷ではなく料理人として雇っている。
以前、奴隷を盗んだ賊に加担したため完全に信用したわけではないが、料理の腕は一流だ。
何しろ、俺が食いたいと言った元いた世界の料理を、うまくこの世界の食材で再現してみせる腕前がある。
裏切り者だからと切り捨てるには惜しかった。
「特に不審な点はない。以前のように女の子たちを口説いたりすることもなく、真面目にしています。ただ、最近奴隷たちが増えたので人手が足りないとぼやいていて、できれば男の弟子が欲しいって」
アーヴィアにぼやいていると言うくらいだから人手不足は深刻なのかもしれない。
新たに入った奴隷の中から料理に向いている者がいるかパオリーアに調べさせるか。
男奴隷は、街に働きに出していて料理の手伝いをさせるような男たちはいない。いずれも、オンハルトの元同僚というか奴隷仲間の男たちだ。
門番や守衛にした屈強な男奴隷もいるが、料理をさせるような人材は思いつかない。
アルノルトに、男奴隷を仕入れるように伝えておこう。
◇ ◇
翌朝、さっそくアルノルトは男奴隷を二人仕入れて来た。
金に困った農村から、ぜひ俺のところで買い取って欲しいと息子を連れて来たのだ。
農村では、長男が家業を継ぎ次男が手伝うという家がほとんどで、三番目、四番目の末弟たちは売りに出すことが多かった。
以前は、奴隷すると過酷な労働の中で殺される運命しかなかったのだが、今は少しは処遇改善されたという話が国中で広まっているので、比較的簡単に労働力が手に入る。
アルノルトが連れてきた男は、まだ少年だった。
ボロをまとい、手足も真っ黒に汚れた男の子たちだ。アルノルトが言うには、素直な性格だという。
このスティーンハン国は王都ダバオだけ見ると貧富の差が激しいというイメージがない。
しかし、いったん辺境の村に行くと途端に貧しい人たちが多い。
山賊の類も未だ多く、冒険者ギルドでもたえず護衛の募集はしているという話も聞いていた。
「ニート様。こちらの赤毛の子がピアスでこちらの茶髪がヘルムと言います。どちらも十二歳だそうです」
赤毛と茶髪と言われても、薄汚れてわかりにくい。
見たところ、ずいぶんの髪は油でベトベトに汚れ、固まって張り付いたように見える。
部屋に入って着た時から、獣のように臭うので髪をしばらく洗っていないのだろう。
「わかった。ピアスとヘルムだな。とりあえず、体を清潔にしろ。パオリーアが手伝ってやってくれ。アルノルトはこいつらに貫頭衣を用意してやれ」
廊下で待っていたパオリーアが、ひょこり顔を出す。
さっきから、入り口でチラチラを中をのぞいているのが見えていたぞ。
俺がパオリーアに微笑むとバレてたことが恥ずかしかったのか頬を赤らめている。
「旦那様。お風呂の掃除がまだですので、この子たちを風呂に入れます。そのあとに掃除するのでお風呂の使用を許可してください」
「べつにかまわないよ。着替えさせたらライラのところに連れて行ってくれ。しばらくは躾とマナーを仕込んでくれ」
パオリーアは、軽く腰をかがめて礼を取ると、男の子ふたりを連れて部屋を出て行った。
「ニート様、少々お部屋が臭くなってしまいました。申し訳ございません、先に体を洗ってから連れて来るべきでした」
「窓をしばらく開けておけば匂いは消える。気にするな。ところで、子供だが家に帰りたいとか泣きわめいたりしないか?」
アルノルトは心配無用だと言う。
家を出る時に覚悟ができていることと、村の生活に比べたらここでの生活の方が毎日十分な食事が取れて、雨露がしのげる屋根の下で眠れるだけ幸せだからと言う。
「男奴隷の宿舎のほうは、空きがあるのか?」
ハッと目を見開いたアルノルト。忘れていたのか、焦り始めて目が泳いでいる。
実を言うと俺も、男奴隷を仕入れるのはいいが寝泊まりする場所については気にしていなかった。
「ハイルの部屋があるだろう。あいつは王都の家から通っているのだから、この屋敷の部屋を片付けさせて二人を入れたらどうだ?」
「それは名案です。ほとんど使っていないのですから……ですが、子供とはいえ十二歳の男をこの屋敷に入れるとなると女奴隷たちが不安に思ったりしないでしょうか?」
うーん、俺が十二歳の頃は女の子に興味とかなかったけど、こっちの世界の男ってどうなんだろう。しかも、この国は性に対して開放的なところがあるし……。俺はしばらく悩んだが、ハイルでさえ女奴隷に手を出すことはないのだから大丈夫だろうと思い至った。
「そういうことがないようにライラに躾をしてもらってくれ」
俺の言葉に、慌ててアルノルトは部屋を出て行った。
あの男の子たち、今頃は風呂を見て驚いているだろうな。
温かいお湯がいっぱい張った浴槽なんて見たことがないだろう。
パオリーアが体を洗ってやっているのかもな……あっ、もしかして姉ショタって感じになっていないだろうか。
まさか、パオリーアまで脱いでたりしたら、あんな大きなおっぱいを見たらたとえ子供でもやばいぞ。
俺は、脳裏に浮かんだパオリーアが男の子たちに弄ばれている光景を頭を振って消し飛ばすと、気になって風呂場へと向かった。
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