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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第二十九話:奴隷商人は、アルノルトの帰還を喜んだ

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 男たちから襲撃を受けてから、十日ほど経った。
 男たちに、元の俺が行った過去の蛮行を謝罪し、必要であればこの屋敷で雇うことを約束した。

 俺があっさりと非を認めて頭を下げたため、話がこじれることもなく、俺の思惑通りに進んだ。
 思惑というのは、男たちを屋敷で引き取りたかったのだ。

 オンハルトが大工の見習いとして頑張っていることを知った男たちは、二つ返事で俺の配下になることを承諾した。

 体力と体格の良い男たちは、門番ゲートキーパー守衛ガードとして、雇うことになった。
 その他の者は、近くの農村に働きに行かせて日銭を稼がせている。
 男たちの面談では、精霊石を使って男たちの本音の部分を読み取ったのは言うまでもない。
 だが、そんな力を持っていることを知らないライラやパオリーアは、反対したが押し切った。
 ただし、住む場所は新築することにし、今は納屋を片付けて住んでもらっている。
 もちろん、仕切りをつけ最低限のプライバシーは確保したのはせめてもの俺の償いだった。
 とはいえ、俺はなにも悪いことはしていないんだけどね。


 俺は、中庭でのんびりと茶を飲みながら午後の運動をしている奴隷たちを眺めていた。
 女奴隷だけでなく、門番や守衛として雇った男たちも、奴隷たちに混じって体力づくりに勤しんでいた。
 奴隷からいきなり警備係に抜擢された男たちが、自らトレーニングしたいと言いだしたのだ。
 役立ちたいという思いがひしひしと伝わって、女奴隷と共に運動することを許可してやった。
 男奴隷が入ったことで、女奴隷はより女らしく振る舞い、男奴隷は男らしく振舞うようになったので、お互いによい刺激となっているようだった。


 近頃、ある問題が発生していた。それは、出荷する奴隷が不足しているのだ。
 奴隷に礼儀作法や読み書きができるように仕込むには二、三ヶ月かかる。
 奴隷の売れ行きが良くても、中途半端に育てた奴隷を売るわけにも行かないので、そこがジレンマとなっていた。売れるのに売るものがないという状態は、事業が滞るってことだ。

 奴隷商店では、あいかわらずエルフが人気だったが、徐々に獣人族にも注目が集まるようになって来ていた。
 売りに出せば儲かるのはわかっているが、出荷する奴隷が育っていないことも多く、入荷待ち状態となっていてジュンテやコメリに迷惑をかけている状況なのだ。

 ライラからも、この屋敷で奴隷を調教するには限界がきていると相談を受けている。
 さて、どうしたものか……外部に調教する場所を作ってもいいが、調教できる者がいない。
 常温になった茶をグイッと飲み干すと、俺は頭の後ろで手を組み、しばらく考えてた。

 ライラと同じくらいのマナーの先生が他にいればいいのだがな。そんな人材は、そうそういないだろう。

 中庭を三十分ほど走った奴隷たちが、今は腕立て伏せと腹筋をしているところだった。
 近頃は、この体力づくりの指導はマリレーネも買って出ている。ライラはどちらかというと、睨みをきかせているだけだ。
 ライラには礼儀作法のみを指導してもらい、体力作りはマリレーネに任せていい頃だろう。
 マリレーネも、今では奴隷たちから一目置かれていて、そのしなやかなしたいと美貌にファンが増えていた。

 その時、パオリーアが小走りに向かって来るのが見えた。慌てている様子ではない……客人か?

「だ、旦那様。アルノルトさんが戻ってきたようです!」

 息を切らせたパオリーアは、溢れんばかりの笑みで言った。彼女もアルノルトが戻ってきたことが嬉しいらしい。
 そして、俺も待ちわびていたかのように、正面玄関へと急いだ。
 ひさしぶりに、あの男が戻ってきた。少しは、俺の成長ぶりと屋敷の変貌ぶりに驚くだろうか。



 裏口から入り、廊下を足早に抜けると玄関先へと急ぐ。
 すでに、アルノルトは馬車から降りて玄関先で、膝をついて礼をとっている状態だった。

「アルノルトっ! 戻ったか!」
「はい、ただいま戻りました。ニート様、お元気そうで何よりです」

 あいかわらず、痩せた強面の男はニコリと笑うと頭を下げた。オールバックの頭が懐かしい。
 俺は、アルノルトを立たせると肩を叩いてねぎらった。

「よく戻った! 親父はどうだ、元気にしているか?」
「はい。ご主人様は、毎日楽しく過ごされていますよ。小さな家ですが、慎ましい生活をしながらも幸せであられます」

 お互いに、抱き合って再会を喜ぶ。
 俺がこの世界に来てから、ずっとアルノルトは俺のそばに仕えていた。
 はじめは、俺にビビってすぐに土下座していたが、二ヶ月もせず打ち解け信頼関係を築けたと思っている。

「ずいぶん、屋敷も明るくなった気がします。なによりパオリーアが淑女のように美しくなっていて驚いた」
「まぁ、正直ですね! うふっ、アルノルトさんも逞しくなられて見違えるようです」
「そ、そうかな? 逞しくなっただろうか?」

 褒められてまんざらでもない二人を尻目に、俺は奴隷たちに荷物を運び込ませるとアルノルトのために開けていた部屋へ案内した。

「ここが、お前の部屋だ。好きに使ってくれていい。まずは旅の疲れを癒すために風呂にでも入るか?」
「いえ、大丈夫です。それより、門番までいてずいぶん屋敷の様子も変わったようですね」

 アルノルトが親父と共にこの屋敷を出てから、大きく変わったことはないと思うが雰囲気が変わったらしい。
 そんなわずかな空気感の違いまで気付くとは、さすがアルノルトだった。

「お前が戻って来たら相談したいことがたくさんあったんだ。良かったら、後で俺の部屋に来てくれないか?」
「はい、かしこまりました」

 そう答えたアルノルトは、旅装束を着替えるというので俺とパオリーアは部屋を出た。


 ◆

 俺の部屋に、アルノルトとパオリーア、アーヴィア、マリレーネが集まっていた。
 ひさしぶりの四人が顔を合わせて、俺の元に来た時は懐かしい気がした。
 アルノルトも、白いシャツに黒いズボンという執事の格好となり、ビシッと決まっていた。やはりこの男は執事がよく似合う。

「ニート様のことは、辺境の街でも話題になっていましたよ。なんでも、奴隷に付加価値をつけて売り始めたとかで、またとても高値で売れているとかで。隣の国の奴隷商人でさえ、ニート様の情報を集めようとしているという話も聞きました」
「隣の国の奴隷商人が? 悪い噂でなかったらいいんだけどね」

 他国の奴隷商人や奴隷制についてまで、気が回っていなかったが、他国にも奴隷商人がいてもおかしくない。
 一度、他国の状況も知っておきたい。制度は大陸同じであるほうがいいだろう。

「カールトン国の奴隷商人とは、どんな人たちなんだ?」
「うまく説明できませんが、例えて言えばニート様が奴隷投資家スレイブインベスターとしたら、カールトン国の奴隷商人は、奴隷仲介業スレイブブローカーと申しましょうか」
「ブローカーか。奴隷の売買の仲介だけして差益で儲けているって感じなんだな。俺が投資家というのは言い得て妙だが、たしかに奴隷を財産として考えていることは間違いない。さすがアルノルト、よく分析しているじゃないか」

 ――――コン、コン、コン

 ノックの音と共に、ライラの声が聞こえた。入れと声をかける。
 入って来たライラを見て、アルノルトが頭を下げた。この二人は初対面だったな。

「ライラだ。ハリリ公爵の娘さんで、今はこの屋敷に住み込みで奴隷に礼儀作法を教えてもらっている」
「はぁ……。あ、アルノルトです。はじめまして。その、なんというか、その、格好は……」
「はじめまして。ライラ・アル・ハリリと申します。この格好がどうかしましたか?」

 ライラは、真っ黒な革のボンテージ衣装に鞭を持っている。どこからどう見ても、女王様にしか見えないがこの世界の人には猛獣使いのように見えるらしい。
 しかも、大きな胸元はざっくりと開き、下半身はせり出した尻に食い込むTバックが極小サイズで張り付いている。
 俺は見慣れてしまっていたが、初めて見たアルノルトは目のやり場に困っているようだった。

「いえ、その珍しいお召し物を着ておられるので……。ハリリ侯爵の娘さんでしたか。」
「これは旦那様の趣味ですの。旦那様の目を楽しませるのも私の務めです。ところで、私の父をご存知ですの?」
「はい。何度か侯爵様にお目にかかったことがあります。たびたびご主人様を訪ねて来られていましたので」

 そういえば、ライラの父親と俺の父親は旧知の仲だったな。
 奴隷商人と貴族との接点があったことに驚きだが、今はそんなことはどうでもいい。

「みんな揃ったようだな。実は集まってもらったのは、俺の考えを聞いてどう思うか知りたいのだ」
「考え……ですか。それはどのような?」

 アルノルトは、ソファに座りながら尋ねてきた。ライラはなぜか俺の隣に座っている。俺を挟むようにパオリーアも座る。
 マリレーネとアーヴィアは、どうしたらいいのかわからず目で俺に訴えかけるので、アルノルトの隣を指差す。

「実は、奴隷の結婚が法で認められた。そこでだ、ルイとミアを結婚させようと思っている。もう少しで新居も完成しそうだしな」
「ルイとミア……? 誰なんです?」
「ちょっと縁があってチョルル村で拾ってきた男女の奴隷だ。二人は愛し合っている。すでに一緒に住まわせているが、正式に結婚させたいと思っている」

 マリレーネが目尻を下げて嬉しそうに笑顔になる。そういえば、二人のことを密かに応援していたもんな。

「それ、いいと思います! ウチもミアたちに幸せになってほしい」
「ちょ、ちょっと待ってください。奴隷同士で結婚するなど聞いたことがありません。法的に結婚が認められたというのも疑わしい」

 経緯を知らないアルノルトには、ルイとミアという見ず知らずの奴隷同士が結婚することなど信じられないことなのだろう。
 愛し合っている二人がいるのだ、法で認められたのならすぐに結婚させてやりたいではないか。

「法で決まったのは本当だ。ライラの父、ハリリ侯爵の後押しもあり成立となった。自由に結婚することはできないが、所有者が認めれば結婚可能になった意義は大きい」
「たしかに、それはすごい進歩です。やりましたな、旦那様!」

 女奴隷たちもライラもみんな笑顔で俺を称えた。正直、俺は要望を侯爵にしたくらいで自分で何かしたわけじゃないのだが……まぁ、いいか。

「そんなわけで、ルイたちの新居が完成したら二人の結婚を認めてやろうと思っている」
「うん、いいね。さすが旦那様! お優しい!」

 マリレーネが、たゆんたゆんと胸を揺らして言う。パオリーアたちも、次々と賞賛してくれた。
 なに、このハーレム状態。みんな俺に優しすぎないか?

「いいですね、この雰囲気。ずいぶん変わった気がします。私たちがいない間ご苦労なさったのでしょうね」
「いいや、この三人のおかげで特に苦労などしていないよ。本当にありがたいことだ」

 三人の女を見回す。いい笑顔だ。パオリーアは羞花閉月のごとく誰もが認める美人であり、マリレーネは美しさの中に堂々とした体つきと見事な肢体で目を引く。アーヴィアは儚く可憐な少女で男心をくすぐる。みんな可愛い俺の専属奴隷だ。奴隷は身分を表す。俺の中では、奴隷扱いしたことはない。みんな、俺の部下のようなものだった。

「わ、私のことも少しは認めてもらえないでしょうかあ、旦那さま……」
「うぁっ、ライラ!」

 俺の肩にちょこんと頭を乗せてきたライラが、耳元に息を吹きかけながら言ってきたもんだから、思わず変な声が出た。
 その姿に、みんなが笑う。

「アルノルトまで笑ってやがる。ライラ、そういうのみんなの前でやめてくれないか」
「だって、旦那さまは私を褒めてくださったこと一度もないですもの、私とても寂しくて……」

 俺の腕を引き寄せて胸を押し付けるあざとさ。これって、もしやパオリーアたちがするのを真似たのかな。
 マリレーネが、わぁズルイ!とテーブル越しに身を乗り出して、ライラを引き離そうとするのだが、俺は前かがみになったマリレーネの胸元に目が……
 いかん、いかん。お色気で惑わされるな、俺。

「旦那さまは、ライラさんとそういう関係なのですか?」
「はい、私たちは先日婚約したんですの」

 ちょっと、なに言ってんだよ。婚約などしていないはず、いや婚約したことになるのか?

「そうそう、ルイたちの結婚の前に、ライラ先生と旦那さまが結婚するのがいいかもね」
「ダメよ、旦那様とライラ先生はもう少しおつきあいを深めてからのほうがいいわ」
「うん、私もそう思う。まだ早い……」

 俺がライラと結婚することが前提で、三人は話し合っている。俺は決心つくんだろうか。

「ルイたちの結婚が先だ。それに、ライラとの結婚は親父に報告していない。もし反対されたらどうするんだ?」
「旦那様。その心配は無用です。ご主人様は、反対されませんよ。むしろ喜ぶはずです」

 アルノルトよ、空気を読んでくれよ……

 俺が睨みつけるとアルノルトは、顔面蒼白になった。俺の気持ちが伝わったようだ。

「旦那様と私の結婚は、急ぎませんし私もまだまだやるべきことがあります」
「ライラ先生のやるべきことって?」

 マリレーネが、首を傾げて言う。俺もその話は聞いていない。なんだろう?
 ライラは、姿勢を正すとマリレーネたちに向かって言った。

「いま、私ひとりで奴隷の調教をしています。しかし、効率が悪いのです。もっと、奴隷の調教師が必要と考えています」
「うん、その通りだが、何か策があるのか?」

 俺は隣のライラを見ると、ライラはこちらを見てうなずく。この至近距離で見るライラはめちゃくちゃ可愛いな、おい。

「調教師を育成したいと思います。奴隷調教師になりたい者に、しっかりと叩き込んで私と同じように調教できる者を増やします。奴隷たちの中にも素質がある者が何人かいますので、その者たちをぜひ私にお預けください。三ヶ月で仕上げてみせます!」

 はっきり宣言したライラは、もう一度俺の方を見て頭を下げた。
 断る理由はなにもない。俺は二つ返事で許可をした。

 翌日、ライラは奴隷の中から見所のあるという女奴隷を五人ほど俺のところへ連れてきた。
 獣人族だけでなく、エルフも一人いる。エルフは売った方がいいのではないかとライラに言うと、この者は性奴隷になることを望んでいないので高値では売れないですよと諭された。
 それならいいけど……。
 とりあえず、五人はライラ付の奴隷として礼儀作法の先生、ライラの言う調教師になるための修行を始めることになったのだった。
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