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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第二十三話:奴隷商人は放火される
しおりを挟むパチパチと燃え木が弾け、黒煙を巻き上げている。風が炎を燃え立たせ猛火となった。
そこは、元奴隷たちが押し込められていた奴隷棟。今は、ミアとルイのカップル奴隷が住んでいる小屋だった。
その周囲では、パオリーアたちが、火の手を必死に消化していた。
「旦那様に、誰か伝えて! 火の回りが早いわ! 早くっ」
奴隷たちが、桶に水を汲んでは小屋に水をかけていた。火は小屋の裏手から上がったが、木造の納屋は壁一面を焼き上げると、納屋の中へと火が回り込み、内部も火に包まれていた。
「なんで、こんなところに火が上がるの? 火なんて使うところじゃないのに!」
マリレーネも駆けつけ、次々に運び込まれる桶の水を掛けていくが、まったく効果はなかった。
水を掛けたそばから水蒸気となり、逆にパオリーアたちに熱風が吹く始末。
風向きから屋敷への引火の心配はなかったが、ルイとミアの二人の家だ。
みんなで必死に消火に当たっていた。
駆けつけた俺は、絶句した。
二階建ての奴隷棟は、原型を留めておらず柱と梁の一部を残して、全てが灰となっていた。
パオリーアたちの必死の消化活動も虚しく、全焼したのだった。
「ルイたちは無事か!」
辺りを見回すと、疲れ果て呆然としているカップル奴隷を見つけた。
わなわなと震え、抱き合うようにして呆然と自分たちの家を見ている。
「ルイっ! 大丈夫か? 怪我していないのか?」
「はい……旦那様。申し訳ありません。寝ていたのですが何とか火の手から逃れることができました。こんなことに……申し訳ありません」
二人の貫頭衣は煤に汚れ、腕から血が流れ指先に滴り落ちていた。
聞くと、逃げる時に転んだと言う。
ミアのほうは怪我はないようだが、鼻の下が真っ黒く煤で汚れていた。
「ミアは大丈夫か? 煙を吸ったようだが、鼻や喉は痛くないか?」
「はい、大丈夫です。ライラ先生の授業で火事の際の逃げ方を習っていたおかげで、なんとか逃げることができました。煙は吸ってしまいましたが、火傷はしていません」
二人の様子を見て、一瞬気が動転したが無事と知り胸をなでおろす。人的被害がなくてよかった。
そういえば、ライラには緊急時の対応について指導するように伝えていたっけ。ちゃんと、教えてくれていたんだな。
ルイに比べミアの方が度胸があるのか、気持ちはしっかりしているようで、ルイを慰めている。
未だ火が燻ってはいるが、ほぼ鎮火されているので周囲を見て回る。
一番燃えていたところは、ちょうど屋敷から見て真裏と、俺は推測した。放火だな。
松明に使ったと思われる棒切れが落ちていたのだ。
「マリレーネ、塀の外を見て来い。塀の外に誰かいるかもしれない」
俺も後を追って、屋敷の塀の外へ行く。
すでに真っ暗となった宵闇の中、松明の炎を頼りに丹念に、手がかりを捜索した。
塀は見上げるほど高い。三メートルはある。塀の外からは中の建物は見えない。
外から火を投げ込んだとしたら、この位置に小屋があることを知っている者だろう。
消化活動していた奴隷たちに、部屋に戻るように指示する。労いの言葉をかけると、奴隷たちは腰をかがめて礼を取ってから戻って行った。
「旦那様! こいつが外でうろついてました!」
マリレーネに担がれた男を見た。気絶してだらしなく口を開いて白目を向いている。
この男、見覚えがある。王都で俺たちを襲ってきた男だった。俺を恨んでいるようだったが、まさか火を放つとは。
「そいつは以前、俺たちを襲ってきたやつだ。地下牢にぶち込んでおけ」
マリレーネは、肩に担いだ男の尻を一発叩く。スパーン!と良い音が敷地中に鳴り響いた。
それでも目を覚まさない男。死んでるじゃないかな? どうやって気絶させたのか気になる。
マリレーネが男を地下牢に連れて行き、俺も後に続いた。
◆
地下牢は普段は使っていないため、カビ臭く湿気が高い。空気が淀み、とてもではないが長居したくない場所だ。
いつか、ここを改装しようと思っているが、地下牢はこの世界では必要と判断し残していた。
両手を鎖で繋がれ、壁に張り付けにされた男に水をぶっかける。
放火は重罪だ。この世界の法律ではどうか知らないが、他人の財産を燃やしてしまう放火は許せない。
男は、ピクッと足が弾けると、目を覚ました。
「どういうつもりだ。なぜ火をつけた?」
ドスの効いた声が出て、自分で言って自分で驚いた。
男は、鎖をジャラジャラと鳴らすと、繋がれていることに気づき、観念したのか大人しくなった。
「お前が俺たちにした仕打ちは一生忘れねえぞ! たとえ殺されても許さねえ」
唾を飛ばしながら、男は俺を睨みつけ悪態をついた。
「悪いが、俺はお前のことも、俺が何をしたのかも知らない。お前に恨まれる覚えがない」
本心だ。俺はこの男を知らない。
元の鬼畜ニートが何をしたのか知らないが、恨んでいる奴隷は他にも多くいるだろう。
そんなやつらが今後も俺を狙ってくるのだろうか。気が重いな。
「なっ、あれだけのことをした癖に覚えていないだと! 俺は大切な友をお前に殺されたんだぞ。親友だったんだ……お前なんかのところに売られたばっかりに……」
泣き始めたので、少し心が痛む。たとえ、自分の知らないこととはいえ、元の俺がしたのだから俺も知らぬ存ぜぬは通用しないことはわかる。どうしたものか。
「なぜ火をつけた。あそこに何が建っているのかお前は分かって火をつけたのだろ?」
男は、唇を震わせながらポツリと言った。
「奴隷たちが可哀想だから、死んで楽にしてやろうと思った。お前に、嬲り殺されるくらいなら焼け死ぬ方がまだマシだろう? 俺だって、そんなことはしたくない。でも……」
「でも? なんだ、続けろ」
男は、俺の見下ろす目に竦みながらも、ポツリポツリと語った。
奴隷たちが死んだら俺が困るだろうという思いと、奴隷に死んで苦しみから解放させてやりたいという思いがあったようだ。
「焼け死ぬつらさをお前は知らないようだな。想像してみろ、自分が火に炙られて苦しみもがきながら死ぬ姿を。お前は奴隷たちにそんな思いをさせたかったのか?」
「どうすりゃよかったんだよ! 俺は、仲間を焼き殺してしまった……」
嗚咽をあげて涙を流す男は、今になって後悔したというのか。無様だな。
「お前は何か勘違いしているが、あそこには奴隷は住んでいない」
俺の言葉に、男は泣くのをやめ「今はどこに?」と聞いた。
「屋敷だ。だが、お前が火を放った建物には、二人の奴隷が住んでいた。結婚を誓い合った男女の奴隷たちだ。そいつらの家を焼き払った罪は重いぞ」
混乱するかのように、男の目が泳ぐ。情報の整理ができないようだ。
「奴隷たちが屋敷に住んでいるのか? あの、綺麗な屋敷に? ち、地下牢か? あんなところにっ!」
唾を飛ばしながら、男は地下牢に奴隷を押し込みやがってと息巻いた。まだわからないのか。
俺は、否定すると教えてやった。
「奴隷たちにも今は部屋を与えている。毎日ではないが、風呂にも入れる。腹一杯に飯を食い、仕事を与え、働きに出た者には給金も出している。お前がいた時と大きく違うんだ」
「なっ、ど、どうしてだ? なぜ奴隷にそこまで? ご主人様だな。あの方は優しかった……」
ご主人様とは、俺の親父のことだ。確かに優しいが、奴隷に興味がなかったとも言える。奴隷商人になりたくなかったが祖父から引き継いでしぶしぶと経営していたようで、奴隷たちに優しく接していたようだが環境改善などは一切手をつけてこなかった。奴隷にも興味がなかったみたいだし、俺に代を譲って、今は生き生きと諸国巡りをして楽しんでいることだろう。
「親父ではない。俺が奴隷たちの境遇を変えたのだ。お前が焼いた家に住むカップルの奴隷もいつか結婚するだろう。俺が奴隷同士の結婚を認めさせる。そうやって奴隷の権利を得ようとしている」
男は、俺の顔を見上げる。本当か嘘かを見抜こうとしているのか、迷いのある目だ。
奴隷同士で結婚だと……と独り言ちる男。
「お前たちがいた頃の俺は、もう死んだのだ。今は心を入れ替えている。後でこの屋敷を案内してやるから他の奴隷たちを見てみるがいい。それで俺が言っていることが本当か嘘か、自分の目で確認するといい」
男の鎖を外してやったが、牢に閉じ込めておく。
「明日、出してやる。今夜はここで頭を冷やせ。お前の放火で誰も命を失っていないことに感謝しろ」
「ああ……」
男は力なく返事をすると、うなだれて壁に背を預けた。
「一つ聞くが、お前は奴隷としてどこかに売られたのではないのか? なぜ、外を自由に歩けるんだ」
「捨てられた。俺が売られたのは隣町の農家だったが、ご主人様は高齢でお亡くなりになった。俺を相続する者もいなかったため、自由にしろと追い出されたんだ」
奴隷を飼う主人が死ぬと、その所有権は相続される。だが、相続されなかった場合は解放されることもあるのか。
「お前、仕事はどうしてる? どうやって飯を食っているのだ」
「仕事なんてつけるわけがない。だからといって、奴隷に使ってくださいって自分から売り込むなんてこともできない。一度奴隷に堕ちたものは一生奴隷のままなんだからな。……死ぬしかないと思っていたら、お前を思い出した。一矢報いてから死ぬつもりだった……」
奴隷と一般人の区別はつかない。身分を隠して仕事に就くことだってできたはずだ。
きっと、この男は奴隷としての仕事を探していたのだろう。
解放されても本人が、自分は奴隷だから奴隷しかできないと思い込んでいるのなら、それは不幸なことだ。
おそらく、この世界は奴隷に堕ちたものが一般の身分に復活する手がないのかもしれない。
だが、今の俺では奴隷の意識改革まで手が回らない。
ライラの父親とも話をしたが、王政国家であり、奴隷制度のあるこの国で、奴隷の権利を声高に掲げるのは得策ではないとの結論に至った。
俺も、この国の価値観に現代日本のモラルを持ち込んでも、うまくいくわけがないことは理解している。
そのために、俺はどうすればいいのかを常々考えていた。
奴隷の意識も変えないと、権利を確立したとしても何も変わらないってことが、この男の話で気付かされた。
この男のしでかした放火は許せないが、男の置かれた状況から更生させることもできると俺は考えた。俺のことを恨んでいるのなら、手元に置いておくほうが安全という考え方もできるしな。
「腹が減っていたら飯を用意するが、どうだ? 何か食うか?」
やせ細って、ろくなものは食べていないのだろう。空腹は人の心をギスギスさせる。棘の立った心では俺の話を聞く気にもならないだろう。
「どうせ毒でも盛るつもりだろう、いっそこの場で首を切ってくれ」
「そんなことはしない。腹が減っているのなら飯を食わしてやろうと思っただけだ。いらないのなら無理に食えとは言わん」
男の腹がタイミング良く鳴った。やはり腹が減ってるじゃないか。
「お前の腹は、食いたいと文句を言っているな」
「いらん! お前なんかの施しは受けない!」
強情なやつだ。しかし、腹の虫はおさまらず、さらに胃の収縮音を鳴らした。
「今夜は、鶏肉を焼いた肉と卵だったかな。ふんわり柔らかいパンにアプリコートの甘いジャムで食べるのも美味しかったなぁ、なぁ、マリレーネ!」
「はいな!鶏肉なんて頬張ると肉汁がじゅわーと溢れ出て、口の中が幸せになりましたよ。ああ、思い出しただけでお腹がすいてくるなあ」
マリレーネは、料理を思い出したのか口の端からヨダレをのぞかせ、ジェスチャーを交えて肉のうまさを表現した。
食いしん坊だが、体型はナイスバディ。鍛え上げた筋肉は、しなやかな野生の獣を彷彿させた。そんな女が、うまそうに食べる表情をするもんだから、俺もゴクリと唾を飲み込んだ。
男も同じだろう。腹の虫がさらに音を立てているのが、その証拠だ。
「なんでもいいので、何かいただけるのなら……。お願いします」
その後、ハイルたちに食事を地下牢に運ばせると、男は流し込むように飯を食った。
すっかり、ハイルの美味い料理で胃袋を掴まれたはずだ。
うまい飯は人を優しくする。
◆
翌日、男を外に出す。マリレーネが腰縄を男に付けているが、この男は逃げないだろう。
行く先々で、男は目を丸くし、感嘆の声を上げた。
奴隷たちの部屋は、小綺麗に片付けられ大きなベッドもある。
また食事をする棟で奴隷たちの朝食に同席し、男も同じ物を食べさせた。
その後、奴隷たちと同じように水汲みをさせ、午後からはランニングに筋トレにも参加させた。
使命を与えられたかのように、積極的に取り組む姿勢は根が真面目なことを物語っていた。
「お前のいた頃とずいぶん違うだろう?」
俺は、筋トレの後に肩で息をして庭でぶっ倒れている男を見下ろして、声をかけた。
男は、身を起こすと土下座する。
「何もかもが違います。奴隷たちに悲壮感がなく、みんな楽しそうに笑顔なのが不思議でなりません。ですが、腑に落ちません。なぜここまで奴隷を大切にされているのか。走らされたりするのは、ニート様らしい仕打ちとは思いますが、これも何か考えがあってのことだと思います。なにより、あそこに立っている猛獣使いの女でさえ鞭を打つことがない。驚きしかありません」
ライラは鞭を持っているが、奴隷を叩くことはない。あれは、ゲキを飛ばすための鞭だ。
ちなみに、今日も露出狂かというほど、尻丸出しのTバックを履いている。猛獣使いに見られたとしても仕方ない。
俺の視線に気づいたのか、ライラが振り向くとニコリと笑った。
俺は笑顔で返す。男は、不気味なものを見たかのように小さく悲鳴をあげた。
「あの女も、奴隷商人なのでしょうか?」
「女と言うな。あれでも先生だ。あの女性が奴隷たちに品位を身につけさせている。厳しいが優秀だ。言葉遣いに気をつけろ」
はいと返事をした男は、土下座のまま俺を見上げて言う。
「ニート様。私をどうか使ってください。せめてもの罪滅ぼしに……」
「心配するな、初めからそのつもりだ。お前が焼いた家を再建する金をお前が稼げ。衣食住は保証してやる。命もな」
マリレーネとパオリーアが、俺を見つけ駆け寄ってきた。
大きなおっぱいが、上下左右に揺すられて目のやり場に困った。
「旦那様。商人ギルドが手配してくださった大工さんがお越しです」
ルイとミアの家を再建しなければならない。俺は男を見やると、言った。
「お前はしばらく大工のもとで修行しろ。大工の下で働き、焼いた家を再建しながら大工の腕を身に付けろ。わかったか! それと他の奴隷との接触禁止な」
「ははあー!」
平伏した男を見て、パオリーアが目を丸くしている。久しぶりに土下座を見たって感じだろう。
マリレーネは男を見てニヤニヤしている。良からぬことを考えてそうで怖い。
男に奴隷環を取り付ける。この屋敷から出ると爆発する魔法道具だ。
俺以外の者が解除できないように改良してある。
一度、何者かに解除されて逃げられたことがあってから俺は必死に勉強して、魔法がいくつか使えるようにもなっていた。
「おい、ところでお前の名前は?」
「オンハルトです」
パオリーアたちに、オンハルトの新しい貫頭衣を用意させ、俺は大工との打ち合わせに出た。
大工は四人。それぞれ、ドワーフの筋骨隆々な壮年の男たちだった。
オンハルトを大工の元で使ってもらえるように頼むと、快く引き受けてくれた。
さて、俺はこの後、性奴隷のエルフの性指導が待っている。
俺は、一度風呂に入り汗を流すと自室へと戻った。
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