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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第二十二話:奴隷商人はエルフの精霊石をもらう

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 二十歳の誕生日は、わりと地味に終わってしまった。
 この世界は、誕生日を盛大に祝うことはしないと思っていたら、後で知ったことだが、昨年までは親父やアルノルトが企画し、ギルドの親分連中も集まって盛大にしていたらしい。
 そんなこと当の本人である俺も覚えていないどころか、自分の誕生日すら知らなかった。

 唯一、ライラからプレゼントをもらった。
 部屋に大きな箱が運び込まれた時は、何が届いたのかと驚いた。
 この箱の中にライラが入っていて、開けると「ジャーン!私をお好きになさってくださいませ!」なんて言いながら裸で飛び出して来るのではないかと、想像した。あいつならやりかねない。

「こんな大きな箱、いったい何が入っているんだよ。まるで人が入っているみたいだな」

 そんな牽制をしてみたが、箱からは物音一つ聞こえなかった。
 思い過ごしだったか。
 大きな木箱には、飾りも文字もなく実に質素だ。まるで酒場の外に積まれている空き箱のような木箱。

「あーちゃん、これってライラが持って来たのか?」
「……これは、雑貨屋の親父さんが朝に運び込んでいました」

 ふーん、せっかくだし何が入っているのか見てみるか…… 
 俺は木箱にかかった大きなリボンを外し、蓋を外そうとした。
 重いぞ。これは一人では持ち上げられない。
 力を込めて、蓋を引っ張り上げる。やはり開かない。

「旦那様、釘で止めてありますから、すぐに釘を抜きますのでお待ちください」

 うわっ、恥ずかしい。これはアーヴィアの前でやらかしていいドジではない。
 アーヴィアが薄ら笑いを浮かべている。

「す、すまない。釘で止めてあるとは思わなかった」

 なんとか威厳を取り戻そうとしたが、事実はごまかせない。
 薄ら笑いのままアーヴィアは聞き流し、いつのまに用意したのか釘抜きを取り出した。

 木箱の釘が外され、中を覗き込む。
 予想通り、ライラが入っていた。しかし、体を丸くして寝ているようだ。
 手には、何やら布を持っている。裸で飛び出してくる絵を想像していただけに拍子抜けした。

「ライラ先生は、昨夜からずっと何か縫い物をされていましたよ。お疲れなのですね」

 アーヴィアが抑揚のない声で俺に言う。アーヴィアも呆れているように見える。
 どうやら、誕生日のプレゼントに何かを手作りしていたらしい、
 徹夜で作っていたが間に合わないため、箱の中で作りながら待っていたとアーヴィアが教えてくれた。

「おい、ライラ……ライラ……」

 ライラの頬を突いて、起こしてみる。瞼がピクリと反応すると、パチクリと目を開いた。

「あわわわ、だ、旦那様! どどど、どうしてここに!」

 俺の顔を見て飛び起きると、ライラは辺りを見回し俺の部屋と気づいて、真っ青になった。

「だ、だ、旦那様のお誕生日だというのに、私ったら……申し訳ありません!」
「いいんだ、いいんだ。それより、その手に持っている物はなんだ?」

 ライラは、手に持った布を慌てて隠そうとしたが、思いとどまったのか、ゆっくりと俺の前に差し出す。
 綺麗に四つ折られた布を手に取る。シルクワームの糸で作られたシルクのハンカチだった。

「これは、ライラが縫ったのか?」
「は、はい……これを旦那様にお渡ししたくて……。もしよかったら、使ってください」

 真っ白なハンカチに、同じ絹糸で刺繍がされている。この刺繍を昨夜から縫っていたのか。
 ライラが俺の様子を伺おうと上目遣いでチラチラと見て来る。

「気に入ったよ、俺こういうのが欲しかったんだ。ありがとう」

 ハンカチが欲しかったのは本当だ。この国は常夏のため汗をよくかく。汗拭きのハンカチは俺には必需品なのだ。元いた世界のようにタオルがあればいいのだが、この国はタオル地の布は見当たらなかった。だからハンカチは何枚あってもありがたい。

 俺の言葉を聞いて、パッと花が咲いたように笑顔になるライラに、ありがとうと言って抱きしめた。

「あああ、旦那さまぁ」

 そのまま、膝裏に手を回しお姫様抱っこして、ライラを箱の外に出した。
 俺の胸に頬を当てて目を閉じるライラ。安堵したような優しい顔つきをしている。
 いつも、赤い髪をポニーテールにしているためか、目が吊り上がって見えるが、今夜は髪は後ろに一つ括りにしているため、表情も柔らかく見える。美人は何をしても美人だな。

 頭を撫でると、心地好さそうに目を細めるライラ。
 俺のために手縫いのプレゼントを作ってくれたのだと思ったら、急に愛おしく感じた。

「ライラ先生、うれしそう」

 アーヴィアが、木箱に蓋をすると壁際に押しやりながらポツリと言った。
 その声を聞いて、ライラが顔を上げるとハーレムパンツのポケットから布で包まれた塊を俺に差し出す。

「これは?」
「これも、旦那様に。貴重な精霊石だそうです。触ってもらってもよろしいでしょうか?」

 ライラが布で包まれた精霊石を取り出すと、俺に差し出した。
 布の上で七色に光った精霊石を、俺は恐る恐る触ってみる。ひんやりした感触で神秘的な光を放っている。
 それに、石であるはずだが、見た目ほど重くはない。

「もらっていいのか? これって貴重なものなんだろう?」
「ぜひ、もらってください。旦那様の助けになると思います」

 精霊石というくらいだから、精霊の加護でも付いているのだろうか。
 手のひらに乗せて、いろいろと角度を変えて見ると光が反射し、赤や青に表情を変えた。初めて見たが、とても美しい精霊石だ。

《旦那様は、気に入ってくださったかしら……》

 なんだ? 今、ライラの声がしたような気がする。俺は、ライラの方を見るが話しかけてきたようには見えない。
 もう一度、目の前に持ち上げて見てみた。
 精霊石の向こうで、ライラが不安そうに見ている。

《エルフの力が宿っているらしいけど、どんな力なの? もし旦那様に害をなす力だったりしたら、私が命をかけてでもお守りしなければ》

「ライラ、何か言ったか?」

 きょとんとしたライラは、首を振って何も言っていませんよと答えた。気のせいか。

 エルフの力が宿っているって言ったよな。エルフの力ってことは、魂の色を見ることができる能力のことだろうか。そのわりに、ライラを見ても魂の色は俺には見えない。
 もしかして、さきほどのライラの声は心の声ではなかろうか。他人が何を考えているのかわかる能力を授ける石、あるいは相手の心の声を聞かせてくれる石なのか。

 仮にそうなら、この石の力のことは誰にも言ってはダメなやつだ。

「ありがとう。大切にする。エルフの力が宿っているみたいだな」
「はい。えっ、旦那様は精霊石の力にお気付きですか?」
「ああ、精霊石が教えてくれたよ」

 間違いではないが、精霊石じゃなくてライラ自身が教えてくれたのだが、俺は黙っていた。
 この精霊石の力とは、きっと石越しに見た人の考えていることがわかるというものだろう。
 人の心を読む力が、エルフにあるかと聞いたことがある。あの時は、「そんな力はない」とエルフは答えたが、この精霊石では他人の心を読むことができると、俺は確信した。

「ライラ、ありがとう。いい誕生日になったよ」
「ええ、喜んでいただけてなによりです。毎年、こうやってお祝いできることを願っています」

 丁寧に頭を下げるライラ。その後ろで、アーヴィアは恨めしそうに俺を見ている。
 あんな目をして、ライラに意地悪なんてしないだろうなぁ。

「アーヴィアも、これを見てみろ。綺麗だぞ」

 俺は、アーヴィアを呼び寄せ精霊石を顔の前に差し出した。アーヴィアを精霊石ごしに見る。

《ライラ先生、お金に物を言わせてこんな高価な宝石を贈って気を引こうだなんて、反則よ》

「どうだ、アーヴィア、綺麗だろう」
「はい。とても高価そうに見えます。旦那様が持っていると、さらに素敵に見えます……」

 最後の方が尻すぼみに声が小さくなったが、褒めてくれたのだろう。
 それにしても、アーヴィアが嫉妬深いとは思わなかった。
 いつも、物静かでおとなしく従順なのに、腹の中ではそんなことを思っていたのか。
 あまり女が何を考えているかなんて知りたくないな。
 女って内心は怖いこと考えてそうだし、自分から女の嫌な部分を知ろうとする必要もない。

 俺は手にした精霊石を改めて見た。この石は大変な代物だぞ。これがあれば、交渉でも商売でも相手の思惑の裏をかけるってことだ。ただ、人は本心で話をしないものだ。必ずしも相手が何を考えているかわかるからといって、優位に立てるわけでもない。使い方には注意が必要だ。
 この石には、俺以外の者が触らないように気をつけなくては。

 ライラは、俺の背中に体を寄せる。

「旦那様に気に入っていただけて、私も嬉しく思います」

 ライラは俺の背に頬を寄せてそう言うが、俺は背中に胸の感触がポヨンと感じて、一瞬力が抜けてほうけてしまった。
 やはりおっぱいとは男の心を惑わすものだな……って、やばい!

「「あっ!」」

 精霊石は俺の手から転がり落ちると、床の上に落ちて四方八方に飛び散った。
 俺とアーヴィア、ライラも驚きの声を上げたが、一歩も動けなかった。

「あああっ、旦那様の精霊石がぁあああ!」

 ライラは頭を抱えて、しゃがみ込むと石の欠片カケラを拾い集めようとする。

「待て、怪我をするぞ。拾わなくてよいから。俺に任せろ」

 俺は、ライラとアーヴィアに声をかけると、ライラからもらったハンカチに精霊石のかけらを拾い集めて乗せた。
 小さくなった物から比較的大きな塊など大きさはバラバラになってしまった。
 大き目の塊を取り上げ、ライラの方へ向ける。

《わ、私が精霊石なんて差し上げたばっかりに、旦那様が心を痛めておられるなんてことになったら、どうしたらいいの?》

「旦那様。申し訳ありません。私が貴重な精霊石をこんな布で包んだだけでお渡ししたばかりに、ううっ……」
「俺が悪いんだ、気にするな」

 涙を流して言っているライラを見て、本心から俺のことを思っていることがわかった。
 いつも調子の良いことを言っているだけだと思っていたが、俺のことを大切に思ってくれているのは間違いない。
 俺は、ライラのことを誤解していたのかもしれない。

「アーヴィア。何か石が入る袋があれば持ってきてくれ」

 俺は、アーヴィアを部屋から出すとライラを抱きしめた。あっ、と小さく声を上げるライラに唇を重ねる。
 初めてキスがこんな形でよかったのだろうか。だが、俺は頭で考えるよりも先に体が動いてしまっていた。

 ライラの閉じた目から、一筋の涙が頬を伝う。手のひらで頬を撫で、涙を拭う。
 きめ細かな頬の感触、柔らかな唇、かすかに香る爽やかな香り。胸の奥が熱いものがこみ上げた。

 唇を合わせて何秒たっただろう。お互い、自然と唇を離しお互い見つめ合う。

「ライラ。精霊石のことは気にするな。割れてしまっても、欠片ひとつひとつ俺は大切にする」
「はい……あの、今の口づけは……私はどう受け止めればいいのでしょうか」

 感謝のキスか、お礼のキスなのか、それとも他に意味があるのかライラが戸惑っている。

「プレゼントありがとうな。突然、その、口づけしたことは許してくれ」
「なななな、何をおっしゃいますか! 許すも何も待ち望んでいたのですから! いつでも何度でも、私を求めてくださって構いませんからっ!」

 頬を赤らめ身をよじるライラに、今夜は俺の部屋に泊まれと言った。正直、ライラの一途さに嬉しかったのだ。
 俺の言葉を聞いたからか、ライラは力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。

 俺は、ライラを抱き上げると再び抱きしめた。

「お願いがあるんだ、ライラ。精霊石のことは誰にも言ってはだめだ。エルフの力のことを知っている者がいても、割れてしまって力はなくなったことにしてくれ。これは、俺たちの安全のためだから」
「はい……。二人だけの秘密ってことですね。ふふふっ、幸せですわ」

 この精霊石の力は、悪用されないように俺がしっかり管理しておかなければ。
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