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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第二十一話:奴隷商人は勘違いされて困る

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<ライラ視点>

 旦那様が下着屋に用事があるとかで、私もご一緒させてもらいました。デートに下着屋とは、気の早い旦那様です。

 ダバオの大通りから一本入った通りに、いくつも店舗が立ち並ぶ一角。その中でやたら女性の出入りのある店がフレイアさんのお店です。
 何度か店に行って下着を選んでもらったりして、顔なじみになった頃、旦那様が礼儀作法の先生を探してるからやってみないって紹介されたのは奇跡でした。フレイアさんには本当に感謝しているわ。

 お店に着くとフレイアさんが旦那様に手を振って愛想してたのは、少し嫉妬してしまったけど旦那様は誰にでも分け隔てなく接する人だから仕方ないわね。
 旦那様に関わった人みなさん、協力的で優しく接してくれるのは旦那様の人徳でしょうね。

「ライラも欲しいのがあれば、買ってやる。好きなものを見てこい」

 な、なんと私に新しい下着を! まぁ、今夜のために新しい下着を着けておけってことなのですわね。
 今までのらりくらりと、はぐらかされてきましたが、ついに旦那様もご決心なさったのですねっ!

「は、はい。旦那様好みの下着を探してまいります」

 私は、店の中の隅々まで下着を探しましたが、旦那様のお好みの下着がわからなくて愕然としました。
 パオリーアたちは薄い色のパンツを履いていますが、ああ言うのがお好みなのかしら。私にはちょっと可愛すぎないかしら。
私はいつも黒いパンツなので何を選べば良いのかわからなくて、しばらく悩みました。。
 以前、フレイアさんに私には黒いローライズのパンツが似合うって言われたからずっと同じ下着ものを買っていたんだけど、やっぱりここ一番の勝負どきですからね。ちょっと冒険してみようって、一番目立っていた赤いパンツを手にしました。

 きっと、旦那様はこの下着を見て喜ばれるはず。情熱的な赤だし今の私たちにぴったりですわ。
ああ、この紐をほどいてもらう瞬間が待ち遠しいです。
 つい、妄想してしまって内股になってしまいましたが、そんなことしている場合ではありません。すぐに、旦那様の元へ走りました。

「旦那様……あの……こういうのはどうでしょうか?」

 私は手に握りしめた赤いパンツを旦那様に差し出した。どうです? 派手だけど燃えるような夜にぴったりでしょっ!

 旦那様は私が広げた下着を見て少しがっかりされたようでした。な、なんで……これはダメでしたの?
 あああっ、恥ずかしい……旦那様の好みもわからないなんて……
 穴を掘って入りたい気分です。できることなら、その上から土でも被せて埋めてもらいたいくらい。

 旦那様は、派手な色は好みじゃなくて白とかピンクとかの薄い色がお好みだそうです。
 どのような下着が好みなのか知らなかったなんて、私は結婚前から減点ですね。

 はぁ……思わず、ため息が漏れました。

 三奴隷の娘たちが、どうして水色や薄桃色や白いパンツを履いているのか理由がわかりました。
 きっとあの子たちは、すでに旦那様の好みを熟知していたんだわ。だから、毎晩あんなに楽しそうに……

 その後、私の落ち込みぶりに気を使ったのか、フレイアさんが私に旦那様の好みの下着を見繕みつくろってくれると言ってくれました。
 どうして、フレイアさんが旦那様の好みをご存知なのでしょう。も、もしかして……フレイアさんも旦那様のお妾さんになっているのでしょうか。
 思わず、どんな関係ですかって聞いてしまいました。

「奴隷たちの下着はこの女将が全て準備してくれているんだ。だから、俺の好みを知っている。勘違いするなよ」

 思いっきり勘違いしていましたわ。そうですよね、フレイアさんは若く見えても旦那様より十歳ほど年上だし……。あっ、でも私も旦那様より年上でしたわ。
 若い旦那様の性欲に私の体がついていけるでしょうか。昼間は性奴隷たちの性指導だし、夜は奴隷たちの夜のご奉仕を受けている旦那様の絶倫ぶりなら、私の方が先に参っちゃうかも……どうしましょう。ああ、待ち遠しい。

 つい、来るべき時の光景を想像してしまって、キュンと胸が熱くなってきました。

「お嬢さんは、面白い方だね。旦那さまの奴隷にしては、上等な服を着ているし、旦那さまのお気に入りの奴隷かしら?」

 私は思わず胸を張って、押しかけ奴隷ですわって言いかけましたが、旦那様がすぐに否定してくださいました。
 やっぱりフレイアさんは私に気づいていなかったんですね。

「うわっ、気づかなかったよ! いつもの破廉恥な格好はどうしたの?」

 破廉恥ハレンチぃ……って、私にとっては褒め言葉ですわ。エロい格好をしろと旦那様に言われてから十数年、私は下着のような服で過ごしたのですから。

「久しぶりね。本当に分からなかったの? 今日は旦那様がお父様にご挨拶に来てくださったの。実は私、旦那様の第一夫人になったのよ」

 うわっ、言っちゃった。いいですよね、もう公表しちゃっても……うん、お父様の許可も取れてますわ。大丈夫。
 旦那様は、なぜか白けた顔をして平静を装っておられます。照れてるのですね、カワイイですわ。

 その後、旦那様の結婚感などフレイアさんとお話しされていましたが、なんと明日が旦那様の誕生日だったなんて。
私もうっかりしていましたが、そういえば旦那様の誕生日はダバオ果実祭フルーツフェスティバルの前日だったはず。
 いてもたってもいられなくて、旦那様に何も言わずに知り合いの雑貨店へ走りました。私、すっかり忘れてプレゼントを買っていなかったのです。これでは妻失格ですわ。


 ◆


「ご、ご主人! 私が入るほどの箱を用意してくれ。それに、大きなリボンを頼む」

 雑貨屋のご主人は、私の子供の頃からここでお店をしていて、私とは長年のつきあいです。だから、フレイアさんは私に気づかなかったけど、さすがに店の主人はすぐ気づいてくれました。

「これは、お嬢ちゃん。久しぶりだな。どうしたんだい、今日はおめかしして」

 口髭が特徴的な雑貨屋の主人は、すでに髭まで白いものが目立っています。

「そ、そんなことより一大事よ。明日、誕生日なのだ!」
「へぇ、一大事なのか……で、誰の誕生日なんだい?」

「き、決まってるじゃないかっ! ニート様だぁあ!」
「落ち着けって。そうか、あの彼か!」

 私は子供の頃から、このお店に来てはニート様の話をして、主人に揶揄からかわれました。

「彼氏にプレゼントって、そんな大きな箱なんてどうするんだい?」
「決まってますわ。わ、私が入って私が旦那様のプレゼントに……」

 主人が豪快にガハハハって笑っていますが、私はそんな笑い事じゃないんですのっ!

「おい、それは迷惑でしかないぞ。彼氏に嫌われたくなかったら、彼氏の好きな物を送るだけにしておけ」

 そうですわね。もう、私ったら何を考えていたのでしょう。
 私は旦那様のものですから、今さら私をあげますって言われても困りますわね。
 では、何を……?

 店を見回してみて、思い出しました。私、旦那様の好きなもの何も知らない……

「どうした、お嬢ちゃん。急にシュンとして。さては、彼氏の好みがわからないんじゃ……」
「な、なんでわかりましたの! そうよ、何を差し上げたら喜んでもらえるのか分からないわよ」

 主人は、店の奥に引っ込むと、小さな箱を持って出て来ました。私に、その箱を差し出して来たので受け取りますが、見た目より重くて驚きました。

「これは何かしら……宝石? 違うわね……もしかして、魔石かしら」
「少し違う。魔石は魔物の魔力を吸って石化したものだが、これは精霊の力を蓄えた精霊石だ。エルフが金に困って売りにきたんだ」

 握りこぶし大の石は、七色に光を反射して、半透明で綺麗です。

「これは、どう使うものなの?」
「うーん、正直わからない。だが、エルフの力を使えるようになるそうだ。心が綺麗な人でないと使えないそうだから、これをプレゼントしてみたらどうだろう。もし、彼氏が使えなかったらそれまでの男だ。お前の言うように立派な男なら、何か変化があるかもしれんぞ」

 変化……も、もしかして、身体的な変化でしょうか……んんんっ! もう、あれ以上大きくなられると私の体が持ちませんわ。でも、この石はとても綺麗だし、きっと旦那様は気に入ってくださるはず。

「いいわ。これをください。お金は家の者に持って来させるわ。あ、それと大きな箱もね」
「おい、やっぱり箱も使うのかよ。まぁいい、好きにしな」

 私は、精霊石と箱を屋敷に明日までに運ぶように伝えて店を出ました。

 その時、ちょうど入り口を出て二歩ほど歩いたところで、頭に衝撃が……痛いっ……

――――私、誰かに襲われた? 誰が? さっきの男……まさか攫われてしまうのかしら……

 どうしよう。このまま男に連れ去られて陵辱の限りを受けたりしたら、旦那様に合わせる顔がないわ……
 ああ、意識が遠のく。ダメよ、旦那様に迷惑をかけたりしたら……
 あんなことや、こんなことや、辱めを受けるんだわ。いいわ、受けて立つわ……
 だめよ、私の初めては旦那様に取っておいたのに……旦那さま……
 きっと、旦那様が助けに来てくださる。きっと必ず――――



 ◆

 俺は、下着屋の女将が見繕ったライラのパンツを紙袋に入れてもらっていると、店にバタバタと男が入ってきた。
 こんな女の園には似つかわしくない、エプロンをつけたおっさんだ。

「ニート様っていうのはいるか?」
「ああ、俺だが、何か用か?」

 おっさんは、店の奥の部屋までズカズカと入ってくるとぺこりと頭を下げた。喧嘩を売りにきたのではないみたいだな。
 俺は立ち上がって、おっさんに近づく。白髪混じりの頭に口髭……どこの親父さんだ?

「あなたがニート様か。あ、俺は雑貨店をしている者だがライラのお嬢ちゃんが大変なんだ!」

 なにっ! しまった。あの時の男がライラを付け狙ったのか!

「ライラがどうした? 誘拐されたのか?」
「は? 何を言っているんだ。そうじゃない。とりあえず来てくれ」

 俺は、女将からパンツの入った紙袋をふんだくるように受け取ると、おっさんに続いて店を出た。
 どこに行ったのかわからなかったが、一人で行かせたのが間違いだった。もっと、ライラに気をかけてやっていればこんなにことにならなかったのに。ちくしょう。どこのどいつだ!

「ニート様。こちらです。私の店の奥にいます」

 誘拐さらわれたわけじゃないのか。店の奥に、神官服の女がヒーリングしているのが見えた。 
 助かったのか? 俺は、急いで駆け寄ると目を閉じて眠っているライラの手を取った。

「ライラ! ライラ! 大丈夫か? 何があった?」

 俺は耳元でライラに声をかけたが無反応だった。鼻の下に手の甲を当てる。息はしている。

回復魔法ヒールをかけたわ。大丈夫よ、傷も大したことないし、たんこぶができているだけよ」
「命に別状は?」
「あるわけないじゃない。心配しすぎよ、たかだか頭に看板が落ちて来たくらいで!」

 はぁ? 看板?

「ニート様。申し訳ねぇ。店の看板の取り付けが緩んでたようでな。お嬢ちゃんがたまたま店を出てドアを閉めた時に振動で看板が落ちてしまったようなのだ」
「そ、そうか……しかし、なぜ気絶している。そんなに大きな看板か?」

 俺は、寝ているライラの首の下に手を差し込み頭を持ち上げてそっと触ってみた。
 たんこぶが出来ている。だが、血は出ていない。さすが神官の回復魔法だ。

回復魔法ヒールで頭のこぶもすぐに消える。意識は戻って来ていいはずなんだけど、おそらく睡眠が足りなかったんじゃないかな。ただ眠っているだけだと思うわ」

 神官服の女は、俺にそこまで言うと、ゲラゲラと笑い始めた。

「あ、あなた焦りすぎよっ、笑っちゃうわ。何が、命に別状は?よ。きゃははは、腹が痛い……息をしているか確かめたりして……。やめて、思い出してまた笑いが出るからっ!」

 このクソ神官は、涙を流しながら俺の顔を見ては笑い転げている。聖職者じゃないのか、この世界の神官ってのは。
 初めて見たが、まだ十代だろうか。俺を馬鹿にするとは、なんと腹立たしい。だが、たゆんたゆんの胸に免じて許してやろう。

「すまない。この神官は腕はいいんだが、ちょっと性格がな……それに、ライラにも悪いことをした。許してくれ」
「いいんだ。助かったんだ、気にするな。神官に治療してもらうだけでも費用がかかっただろう。十分よくしてもらった。だから、もう気にしなくていい」

 おっさんは、すまなそうに何度も頭を下げていた。侯爵様には黙っていてくれないかと言われたので、言う必要がないと言っておいた。侯爵令嬢の頭に看板を落としたとあっては店が取り潰されるかもしれないからな。

「ところで、ライラはこの店に何しに来たのだ?」
「あぁ、それがな。言っていいのかわからんが、明日あんたが誕生日だからってんでプレゼントを買いに来たのだ」

 眠っているライラを見て、「そんな気を使わなくてもいいのに」と独り言ちる。
 きれいな寝顔だ。端正な顔立ちだし、肌もきれいでホクロひとつない。陶器のように滑らかな肌とはこんな肌を言うのだろう。
 何かと不憫な女だが、一生懸命なのだな。可愛い女だ。


 俺は、馬車に乗せてライラを屋敷に連れ帰った。
 途中で目を覚ましたライラは、俺が悪漢から助けてくれたと勘違いして、泣きながら抱きついて離れないので困った。
 あまりにも、一方的に感謝されたもんだから、実は看板が頭に落ちただけだと教えてやるきっかけを失ってしまった。
 まぁいいか……。後では話してやろう。

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