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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第十三話:奴隷商人は王都で嫉妬する
しおりを挟むスティーンハン国の王都ダバオ。俺の元いた世界の中東に似た雰囲気を持っているが、似ているだけでここは異世界だ。
女たちは露出度の高い衣装を纏い、目の保養になる。通りには、多くの露店が立ち並んでいる。
パオリーアを連れて、こ洒落たオープンテラスのある食堂に入った。
焼き飯の上に油で揚げた鶏肉や炒めた野菜が乗った、ダバオライスがおすすめという。
「俺はそのダバオライスとエールを持って来てくれ」
「私も、同じものをいただいてもいいですか?」
今日はパオリーアもエールを飲みたいようだ。屋敷では奴隷には酒を飲ませないが、外では飲んでも問題ないだろう。
彼女も俺に了承を得てから注文するあたり、好感が持てる。
パオリーアと俺は、先に運ばれたエールで乾杯をした。こちらの世界の乾杯はグラスを打ち付けることはしない。高く掲げて乾杯と言うだけだ。
ライラがテーブルマナーの指導をしているのを聞いていたが、王都の貴族たちは毒殺の心配がないか、お互いのグラスに口をつけるのだそうだ。おっさん同士で間接キッスとは、おぞましいがこの世界ではそれが常識なのだろう。
俺もこの世界のマナーは知らないことだらけなので、ライラの授業はたまに参加しているが元いた世界と共通する部分も多い。
やはり礼儀作法というのは、相手に不快にさせないための行為と捉えると、どの世界で、どの国でも似るのだろう。
パオリーアが肉と米を一度に口に入れると、嬉々として言った。
「んんっ! この料理、すごく美味しいです!」
そうか、そうか、おいしいか。美味しそうに食べてくれて、見ていて気持ちがいい。
彩り豊かな野菜と、上に乗せた揚げた鶏肉に、唐辛子に似た赤い実を砕いたものがまぶされ、アクセントになっている。食欲をそそられる盛り付けだった。特に唐辛子に似た香辛料は辛味で、ジューシーな鶏肉の味を、より一層引き立てていて大満足だ。
「屋敷でもこんな料理が食べられるといいんだが……。料理人でも雇ってみるか」
「はい。毎回作ってくださらなくても、料理を教えてくださる方がいるだけでもいいのですが……」
そうなのだ。料理が得意な奴隷たちが毎日作っているが、どれも家庭料理だ。このような手の込んだ物は、料理人に指導してもらうしかなさそうだ。
それにしても、パオリーアはエールを飲み干す頃には頬が紅潮していて、実に色っぽい。酒がすぐに顔に出るのだろう。
上気して、にこりと笑顔になるだけで俺の心を鷲掴みにされる。うん、やっぱり可愛い。
「このダバオに俺たちの屋敷で働いてくれるような料理人がいればいいのだが、紹介してくれる人がいるかどうかだな」
俺がパオリーアと会話していると、隣の席の男がチラチラをこちらを見ている。会話がうるさくて迷惑をかけただろうか?
隣の席の若い男は、スッと席を立つと俺たちの前に進み出た。なんだ、文句でもいいに来たのか?
「すみません。話し声が聞こえて来まして……。料理人をお探しということですが、どちらのお屋敷の方ですか? おっと、俺はこう見えても料理人です。ただ、今は職がなくてフラフラとしていますが」
「俺は、奴隷商会のニート・ソレだ。西にある屋敷に住んでいる」
「もしかして、奴隷館をされているソレ様ですか!」
爽やかな笑顔に、キリッとした目はまつげも長く、鼻筋が通って美しい顔立ちをしている。こりゃイケメンだわ。
俺は、料理人を名乗る男を見上げて、俺よりイケメンで料理が上手い男を前にして、ちょっと嫌な気分になった。
「俺はハイルと申します。ソレ様、私を雇ってみませんか? 腕には自信があります」
「うーん、どうしようかな……腕に自信があると言ってもなぁ」
俺は悩んでいた。料理人とはいえ、屋敷に男を入れるというのは正直考えていなかった。しかも、俺よりイケメン。
「旦那様。いい話ではないですか。この方の料理を一度食べてから判断してはどうでしょう?」
「おっ、話がわかるお嬢様だ。ありがとうございます。俺は今からでもお屋敷に行けます」
白い歯を見せてにこりと笑うハイルは、よほど腕に自信があるのだろう。なんでも作ってみせますと言った。
それほどの腕で、なぜ無職なのかと聞くと、親方と喧嘩したのだそうだ。長年下積みをしてきて、やっと一人前になったと思ったら店を追い出されたとか。
「自分の店を持とうとは思わないのか?」
「そりゃ思ったさ。でも、王都で店をするってことは、それだけの軍資金が必要なんだ」
「そうか……。それより、さっきからなんでタメ口なんだ?」
俺がよっぽど不機嫌な顔をしていたようで、ハイルは頭を下げて謝罪したが、絶対こいつは俺を舐めている。
そもそも、さっきからパオリーアの方ばかり見ているではないか。
「おい、パオリーアの胸ばかり見てるようだが、女性に失礼ではないのか?」
俺は自分のことは棚に上げて言ってやる。パオリーアも、俺の方を見て吹き出しそうになっている。きっと、お前が言うなって思っているんだろう。だが、俺は見るのはかまわないが、他の男に見られるのは気に食わない。
「すみません。綺麗なお嬢様を前にして、つい見とれてしまいました」
しゃあしゃあと言いやがる。見とれるっておっぱい見てたじゃないか。俺でも、直視するのに数日かかったんだぞ。
「あの、私は旦那様のお嬢様ではないのです。実は……」
俺は、手を上げてパオリーアを制止する。自分から奴隷の身分を言う必要なんてない。しかも、こんな何処の馬の骨ともわからないただのイケメンだ。お引き取り願おう、そう俺は思った。
「明日、屋敷に来てくれ。何か作ってもらって決めたい」
あっ、平静を装って、つい心にもないことを言ってしまった。まぁいいか、食べてみて追い返せばいいのだ。
「ありがとうございます!」
丁寧に頭を下げたハイルを見て、パオリーアが笑顔になった。
うん、かなり爽やかな好青年ですね。リーアちゃん、気をつけようね。
「誠実そうな人ですね」
パオリーアが、ハイルが立ち去ると俺にボソッと言う。な、なんて呑気なことを言っているんだ。あんなにお前のおっぱいに釘付けになっていたんだぞ。きっと、良からぬことを想像しているはずだ。今夜のオカズにされていなければいいのだが。
◆
翌日、昼過ぎになってハイルは屋敷に現れた。ライラが、ハイルを出迎えるため門へと向かっている。
「俺は、ハイルと言います。こちらで料理人の募集をしていると昨日ソレ様からお聞きして、参りました」
「ああ、聞いている。付いて来てください」
ライラは冷たい目で一瞥すると、踵を返し屋敷へと戻る。それを走って追うハイル。
「うわぁ、こんな美しい女性を見たのは初めてです。あなたのような方が、こんな屋敷にいるなんて想像もしませんでした。俺、ぜひともこちらで働かせていただきたいです。あなたのような美人に俺の作った飯を食べて欲しいな」
「うるさい、黙っていろ。こんな屋敷とバカにしたことを旦那様に報告するからな」
慌てて、否定するハイル。
「ちがうよっ、あなたの美しさを讃えているだけで、屋敷をけなしたわけじゃない」
「私は、生まれつき美しいのだ。いちいちお前に言われなくても自覚してるわ!」
キッと睨みつけられたハイルは、肩をすくめると静かにライラに従って屋敷へと入った。
応接室に俺が入ると、ハイルは立ち上がって会釈をする。俺は、うなずき返すとソファに座った。
「よく来た。昨日話をしたように、この屋敷で料理をする者が欲しい。ただし、この屋敷には奴隷たち三十など総勢三十六人が住んでいる。その食事を朝と晩作って欲しい。できるか?」
「お安い御用だ!」
ライラが、一本鞭でハイルの足元へ一発叩きつける。
「旦那様にタメ口は許されないわ。いいか、私の目の前で旦那様に失礼なことをしたら容赦なく鞭を打つ」
「や、やめてくれよ。俺は奴隷ではないんだ。わ、わかったから、そんな怖い顔で見ないでくれ。せっかくの美人が台無しだぞ」
こいつ、火に油をそそぐようなことを言っている。美人に美人と言うのは、デブにデブと言うのと同じで、言わなくても本人はわかっているもんだ。女の気分を害するなよ、特にライラは褒めても喜ばない。
「ライラ、そのへんにしておけ。ハイルは料理人なのだ、職人というものは職人気質といって、少々礼儀ができていなくても許されるものだ」
「そういうものですか? 最初が肝心なのです。こんなチャラチャラした男前はここでビシッと言わなければなりません!」
ふーん、ライラもハイルが男前って認めるんだ。ふーん、そうなんだ……チェッ!
「さっそく、何か作ってもらおうか。俺は食堂で待っているから、ライラは厨房へ案内してやってくれ」
「あの、ソレ様。何を作ればよろしいのでしょうか?」
「俺が食べたいものを作ってくれ。俺の好きな物ならなんでもいい」
これは、少々意地悪だったか。ハンバーグとか言ってもわからないだろうし、肉料理とだけ伝えると部屋を出た。
それから一刻ほど過ぎた頃、食堂にハイルが皿に乗せた肉料理を持って来た。牛肉を細切りにし、ピーマンに似た野菜と一緒に炒めてアンを絡めたような料理だ。俺の元いた世界の『青椒肉絲』に見た目がよく似ている。
俺は、パオリーアが愛用のマイ箸を持ってくる。
「うーん、これはまさしくチンジャオロースだな。まさか、これが食べられるとは……お前すごいやつだな」
「ソレ様。この料理は、チンジャオロースと言うのですか? 俺のオリジナルだと思っていた物が、すでにご存知だとは」
驚いたような顔をしたハイルに、もう一品作るように伝える。
「卵を使ったスープを作ってくれ。すぐにできるか?」
「かしこまりました。卵のスープですね。さっそく取り掛かります」
俺は、パオリーアに手招きすると、箸で一掴みしてパオリーアに差し出す。口をアーンと開けたパオリーアが、まためちゃ可愛い。
これは、まさに恋人同士だな。ふふふ、なんだか嬉しいぞ。
「はぁーんっ、おいしいですっ! なんて美味しい肉料理でしょう。味が濃いくて、もう一口欲しくなります」
「いいぞ、ほれ。あーんっ!」
パオリーアが、ハイルさんすごいですと褒め称えるので、なんだか俺のテンションが下がった。まぁいいか。
ふと、ライラを見ると指を咥えて俺のことを見ている。
「ライラも、こっちにきて食ってみろ」
俺が、言い終わらないうちに走ってくると、床に跪いて口を開けて顔を上げるライラ。
なんだろう、奴隷よりも奴隷らしいじゃないか。
「普通でいいぞ、ライラ」
「いいえ、いけません。私は四番目の専属奴隷。まだ、奴隷契約はしておりませんが、心と体は旦那様のものです」
「そういうのいいから……」
皿に盛った青椒肉絲は、きれいになくなった。この腕前なら文句なく合格だ。気に入らんが……。
その後、ハイルが持ってきた玉子スープも美味で、試食とはいえ大満足した。
「ソレ様。どうでしょうか。俺を雇ってもらえますか?」
「いいだろう」
俺の胃袋をぎゅっと鷲掴みにされてしまった。断ることなどできるわけがない。
ライラが、一歩前に出るとハイルに言い放つ。
「旦那様から当館の料理人として雇うとおっしゃっているのだ。跪いて感謝しろ!」
あの~ライラさん、感謝するのに跪かなくてもいいんだよ。
ハイルは、腰を直角に曲げて深々と頭を下げた。まるで、上客を見送るサラリーマンだ。
「一つ、条件がある。この屋敷には女しか住んでいない。だから、お前は住み込みというわけにはいかん。毎日、ダバオの家から通ってくれ。ソレが条件だ」
「そんなこと、初めからそのつもりです!」
俺は、イケメン料理人を雇うことにした。
このイケメンがその後、大きな火種となることなど、思いもしなかった。
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