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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第九話:奴隷商人は奴隷の男女を手に入れる
しおりを挟むマリレーネは、トラファになんとかしてやれないかと、頼み込んだ。
奴隷の分際で! とトラファが言わないのは、マリレーネが奴隷に見えないからだろう。どこぞのお嬢様に頼み込まれたような反応をして、トラファは唸った。
「高い金を出して買ったんだ。逃げられでもしたら大損だ。何も、こいつを連れて行く理由もない」
「マリレーネ、トラファさんの言う通りだ。この女は奴隷として売られたのだ。どんな理由でも、奴隷商に売られた時点で女の自由はないのだ」
マリレーネが、女奴隷を見てから、俺に言った。
「旦那様、この奴隷を引き取りましょう。そうして連れて行ってあげましょう」
マリレーネが俺に、はっきりと物を言うのは久しぶりだ。そういえば、こういう面倒見のいいところがマリレーネのいいところなんだよな。
だが、引き取るということは、トラファのおっさんから女奴隷を買うってことだ。
彼氏持ちの奴隷なんて、どうすりゃいいんだよ。
「トラファさん。どうだろう、仕入れた金と同額で譲ってくれないか」
「ど、どうしてです。ニート様。奴隷に同情なんて! らしくないですぜ!」
「同情ではない。こいつも、奴隷になりたくて売られたわけではない。お前も、何も事情を知らない女を買って苦労しているのだろう? 本当なら、俺がお前から取り上げてもいいんだが、それではギルドマスターとして職権乱用だ。だから、もう一度言う。俺に売れ!」
マリレーネは、俺の言葉を聞き、俺に頭を下げた。マリレーネよ、任せとけ!
「ま、まあ、金だけ払ってもらえるなら……白金貨一枚で……」
「なにっ! 白金貨一枚も出して買ったのか! ずいぶん太っ腹だな。どういう見積もりをしてその値段になったんだ?」
白金貨一枚は、元いた世界では百万円と同じ価値がある。たしかに、綺麗に着飾れば美しい女性になるはずだが、性技を身につけているようでもないし、労働力としても役立つとは思えない。せいぜい、召使いとして働かせるくらいか。大して金にはならないだろう。
「あ、それが、その金額は金貸しの奴らが言ったわけで、わしが言ったわけでは」
「はあ? 客の言い値で買ったのか? それはお前が悪い。この女にそんな価値があるわけがない。騙されたんだよ、お前!」
渋い顔をして、肩を落としたトラファに追い打ちをかける。騙されたは言い過ぎかな?
「せいぜい、金貨十五枚だ。それで俺が買ってやる。」
本当はこれくらいの美人なら、金貨六十枚くらいで売れる可能性はあるが、それは俺の屋敷で磨かれてからの値段だ。仕入れ値としては妥当な線だろう。
「そんなぁ、御無体な。半値以下ではないかっ! それでは、大損だぜ!」
「じゃぁ、こうしよう。お前が持ち主と交渉して、男奴隷を連れてこい。その男とこの女を二人合わせて白金貨一枚だ」
トラファのおっさんは、おそらく頭の中で勘定をしているはずだ。男奴隷を買う金額を払っても白金貨一枚で大損しないかを。
「わかった。その条件を飲もう。やっぱりニート様は、冷酷無慈悲な人だ……噂は本当だったんだな」
「そんなことはないぞ。このままでは、この女は売り物にならないのだ。売り物にならない女は、動物の餌にしかならん」
チラッと女奴隷を見ると、俺の言葉を聞こえたのだろう、恐れて唇が震えている。
本心では死にたくないのだ。それなら、今後は死のうとはしないはずだ。動物の餌にされたくないと、彼女の顔が物語っている。
もちろん、俺はそんな酷いことしないけどな。
「そういうことだ。今から村を出たら、いつ頃に戻ってこられるんだ?」
「夕方には戻れるはずだ。しかし、もし売りたくないと拒んだ時はどうするんだ?」
それは俺も考えた。売りたくないと言われる可能性がある。それでも売ってくれと食い下がると足元を見られるだろう。あるいは、買い戻したいほどの奴隷なら高値でふっかけてくる可能性もある。
「ここの男奴隷を一人連れて行け。そして、人が死ぬ病気にかかっていることがわかったから、交換しますと言えばいいだろう」
この世界は、それほど医学が発達しているようにない。魔法なんてものがあるから、医学が遅れているなんてことは、俺にはわからない。だが、人が死ぬ病にかかっていると言っても、調べようがないのだ。つまり、言ったもん勝ち。
「そうか! あっ、でも、それでうまくいきますかね?」
「知るかっ! 交渉はお前がするんだ、うまくいかなかったのはお前のせいだからな」
「そ、そんなぁ~」
◆
結局、女奴隷はここで待たせることにした。この女が行くと交渉ができなくなる可能性がある。
彼氏が生きていたと知って女が泣き崩れるなんてことになると相手に足元を見られるからだ。
「おい、女。良い知らせが来ることを信じて、今は落ち着いて待て」
「はい……。旦那様には一生お仕えしご恩を返したいと思います。お嬢様もありがとうございます」
女奴隷は、マリレーネが綺麗に着飾っているため、どこぞのお嬢様と勘違いしているようだ。
「あの……言っておくけど、ウチはお嬢様でもなんでもないんだ。旦那様の奴隷だよ」
女奴隷が驚いて、マリレーネを上から下まで観察して、首を振る。
「奴隷……じゃないですよね? こんなきれいな奴隷は見たことがないもの」
ほれっ、とマリレーネはスカートの裾を上げると奴隷環を見せた。このリングは魔法が付与されていて、俺から遠く離れると自動的に魔法が発動する。と、いうことにしている。
アルノルトが残してくれたノートに、奴隷環の魔法付与の仕方が載っていたが、俺にはうまく効果を付けることができなかった。
もちろん屋敷から出るために、解除はしてあった。
マリレーネの、この奴隷環はただの飾りだった。もちろん、マリレーネにも言っていない。
「旦那様は、奴隷をとても大切にしてくださる方だよ。私たちに、パンツも服も買ってくださったわ。お風呂にも毎日入っているの」
「そ、そんなことが……。そんな奴隷商人、聞いたことがないです」
女奴隷は、珍しいものを見たときのように目を見開いて、マリレーネと俺の顔を見比べた。
「その話はもういい。お前は、さっき俺に一生仕えると言ったが本心か?」
「はい。旦那様は私の話を聞いてくださいました。そして、彼を探しに行くように言ってくださった。それだけで、私は救われました」
「まだ、彼が見つかったわけじゃない。あくまでも可能性として隣の村にいるかもしれないということだ」
うなずいた女奴隷は、藁の上で正座しておとなしく待っていた。
◆
日が地平線に落ちる頃、トラファが戻ってきた。満面の笑みだ。結果を聞かなくてもわかった。
「うまくいったようだな」
「はい。男奴隷はやはり売られていました。でも、ニート様が言うように、病気だから交換すると言ったら、簡単にいいよーって。拍子抜けするくらいですわ」
そういうと、ガハハハと笑った。下の歯に虫歯がありますね、トラファさん。
「で、その彼氏というのはどこだ?」
トラファが、手下に合図を送ると、荷台から一人の貫頭衣を着た男が出てきた。
小汚い格好をしているが、力強い目をしている。生きようとする目だ。
「マリレーネ。あの女を連れて来てくれ」
かしこまりましたと返事したマリレーネは走って納屋に入ると、女の手を引いて出て来た。
女奴隷は、男の姿を見つけた瞬間、マリレーネの手を振りほどき、駆け寄ると抱き合った。
「ああああっ! ルイっ!!」
男も険しい顔から、やさしい顔になって涙を流している。
「どうして、ミアがここに……? 俺たちはどうなったんだ?」
事情がわからない二人は警戒するように周囲を見た。
「お前たちは、ニート様に買われたのだ。この方は、奴隷商会の長で、冷酷で無慈悲で有名なニート様だ。助かったと思わないほうがいいぜ。むしろ、離れ離れでもよかったと後悔することになるかもな」
うわー、なんてこと言うんだよ、このおっさん。俺はそんな悪いやつじゃねぇし。
おっ、マリレーネが一歩前に出たぞ。よし、言ってやれ! 俺はそんなヤツじゃないって!
「再会できて、幸せを味わっているところ申し訳ありません。どうしても言っておきたいことがあります。まず、二人とも旦那様の前です。礼儀がなっていないのでは? 二人とも旦那様に頭を下げるのが筋ですよ。それとも、この場で旦那様に殴り殺されたいのでしょうか?」
ぬあっ! マリレーネまで、何を言い出すんだよ。それはないよぉ。
震え上がった二人の奴隷は、俺の前まで走り寄ると盛大に土下座して見せた。見慣れた光景だけど、今だに落ち着かない。別に土下座してくれなくても、頭を下げるだけでいいと思うのだが。
「もういい。頭を上げろ」
「あの、旦那様。私はルイと申します。あの、これはいったい……?」
「その女が、お前が死んだと聞かされて、後追い自殺を試みたそうだ。それも、何度もだ。そこのトラ柄の服を着たおっさんが、その女のためにお前を連れ戻しにいったのだ。礼を言うなら、このおっさんにまずは言え」
おっさん、おっさんって言うなよと、トラファが小声で俺に抗議するが、無視だ。
俺のことを冷酷と言ったことは一生忘れないぞ。
「ありがとうございました。ミアに会わせていただいたこと、それにミアの命まで助けていただいて、感謝いたします」
「勘違いするなよ。お前さんたちは、ニート様がお買い上げになった。それだけだ。ニート様の言いつけをよく守るんだな。逆らうと八つ裂きにされるぞ」
そういう脅しはもういいから、やめてくれないかな?
ビビって地面に頭をこすりつける二人の奴隷。俺って、そんなに悪党の顔してるかな?
すでに日が暮れ始めている。今夜はこの村に泊まることにした。
トラファさんの自宅へ案内された俺たちは、盛大に歓迎された後、村で一軒しかない宿屋に泊まった。冒険者たちも俺たちの後に宿に入る。この人たちは、きちんと俺たちの警護をしてくれて頼もしい人たちだ。名前は知らないけどね。
部屋に入った俺は、途方に暮れていた。
うーん、俺の部屋にマリレーネがいるのはわかるが、なぜこの奴隷のカップルがいるんだろ?
納屋にでも入れておいてもらえばよかっただろうか。しかし、すでに俺の奴隷だ。トラファのところで預かってもらうわけにもいかない。だから、部屋まで連れてきたが、問題だらけだ。
「お前たちは、一緒に寝てはダメだ。俺の前でイチャイチャするのは禁止! それと、俺とマリレーネはベッドで寝る。ミアはそこのソファに寝ろ。ルイは、入り口の床だ。間違っても、俺たちが寝ている間に子作りなんて始めるなよ!」
「「はい。肝に命じます」」
俺とマリレーネがイチャイチャできないのだ、奴隷の分際でイチャイチャしたら怒るからな。
そんな想いは、奴隷たちには通じないみたいで、二人仲良く、部屋の隅に正座していた。
「足は崩していい。楽にしておけ。ルイは、風呂に湯をためておけ。ミアは俺たちの着替えをきれいに片付けろ」
何か仕事を言いつけないと、この二人は不安なままだ。まぁ、いずれ慣れるさ、俺のやり方に。
そんなことより、今夜はマリレーネとイチャイチャ出来ないのがつらいな。
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