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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第八話:奴隷商人はチョルル村で奴隷と話す

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 俺たちがチョルル村に到着したのは、屋敷を出て二日後だった。
 ほとんど時間を馬車で過ごしたため、尻が痛い。別の意味でマリレーネも尻は痛いと言う。
 二日目の夜にも、お尻の穴の拡張をしたが、指三本は無理だった。

「旦那様。到着したようです」

 窓から外を眺めるマリレーネは緊張した面持ちで俺を見た。
 なぜこの村に来たのか話をしていないから不安なのか。会合後の食事会でトラファさんと話をした時、彼女はその場にいなかった。

「心配しなくても、俺のそばにいればいい。できれば、ニコニコしていてくれ」
「はい、わかりました。ニコニコですね」

 そう言うと、ニコリと笑顔を見せるマリレーネ。可愛いっす!

 冒険者三人組は、馬車から降りると、俺たちを囲むように護衛してくれる。
 この三人は護衛を専門でしているそうだが、ときどき魔物を狩りに出ることもあるそうだ。
 かなり腕は立つのだと、冒険者ギルドから紹介を受けたから安心していいだろう。


「ようこそ、お越しくださいました。ニート様!」

 俺の姿を見つけた奴隷商人のトラファさんが、ガハハハと大きな声で笑う。

「やはり遠いな。本当に二日もかかるとは思わなかったよ。帰るのが面倒になる」
「ハハッ! それならずっとこの村でいてくださってかまいませんよ」

 軽く冗談を交えながら、世間話をしてから本題に入った。

「トラファさん、さっそくだが例の女奴隷に会わせてもらえるか?」
「いいですとも。納屋の方に閉じ込めていますので、そちらへ」

 そう言うと、トラファさんはマリレーネに目を留めて言った。

「あれ? このお嬢ちゃんは、たしかニート様の専属奴隷だった……」
「マリレーネと申します。以後お見知り置きを」

 ニコリと笑顔を作ると、スカートの裾を軽くつまみ、膝を曲げて頭を下げる姿はライラ仕込みの挨拶だ。
 とても優雅に、そして美しく見える。

「おっ、驚いた! ニート様、これが奴隷なんて誰も思いやしないぜ。もしかして、貴族の娘さんを攫って来たんじゃ?」
「そんなわけあるか! 俺の奴隷はみんな躾けてある。礼儀作法も、俺よりも詳しいだろう」

 トラファがあんぐりと口を開いたままマリレーネを見ているので、背中をポンと叩く。

「いっけねぇ。つい見とれてちまったよ。しかし、驚いたな」

 トラファの大きな独り言に、マリレーネが笑顔になっている。俺は耳打ちする。

「どうだ? ライラ先生の指導で間違いなかっただろ?」
「はい。先生が、美しい所作を見て嫌がる人はいないって言っていたのが本当だと実感しました」

 厳しいライラのしごきに耐え、礼儀作法の基本は身につけていた。マナーの方はこれからだが、挨拶や会話は丁寧にできている。この娘も頑張って来たんだと思うと、つい涙腺が緩みそうになる。あのじゃじゃ馬が、ずいぶん変わったものだ。

「そうだな。言葉遣いもよくなって来ているぞ。今のお前は、いい女だ」
「今の……ですか。そうですね、前はいい女じゃなかったですもんね」

「いや、違う。そう言う意味じゃなくて、以前から可愛かったけど、今はもっと可愛く見えるって意味だ」
「あはっ、旦那様……こんなところで、照れちゃいます……」

 も、もしかしてからかわれたのかな、俺。


 納屋の窓には格子があり、室内はワラが敷き詰められていた。まるで家畜小屋だ。

「おいっ、生きてるか?」

 トラファが、扉を開けるなり暗がりの中へ声をかける。ゴソゴソっと音がするので生きているのだろう。

「ニート様。あちらが、その奴隷です」

 俺とマリレーネは、鎖で繋がれて、舌を噛み切らないように猿轡をされた女奴隷がいた。
 髪がボサボサで、肌も汚く、匂いも強い。仕入れてからここにずっと置いていたんだな。

「悪いが、猿轡と手足の鎖を外してやってくれ」
「それはいいのですが……暴れるかもしれませんぞ」

 金を出して買った奴隷が、売れないばかりか死んでしまっては丸損する。仕方なく、縛り付けて閉じ込めたのだろう。
 それにしても、すぐに死のうとするとはどういうことだ?
 俺はトラファに聞いた。

「ところで、この女が、こうなると思わずに買ったのか?」
「はい、面目ない。見た目が良かったから、それで買ったんですがね。まさか、死のうとするとは……」
「見た目だけで選べば、ハズレを引くことになる。今度から、奴隷に話しかけて反応を見て買うんだな」
「ええ、肝に命じておきます」

 トラファはトラ柄のベストから鍵を取り出すと、錠前を外し女奴隷の拘束を解いた。

 人間ヒューマンの娘で、見た目は二十歳くらいか。きれいにして髪を整えるともう少し若く見えるかもしれない。
 俺は、女奴隷が藁の上で座り直す姿を見て、話しかけた。

「何度も死のうとしたみたいだな。理由を教えてくれないか」
「……教えてどうにかなるのでしょうか?」

 憔悴しきっているが、頭は回転しているようだ。これなら話ができる。

「お前に会うために二日かけてここに来たんだ。話くらい聞かせてくれないか」
「あの、彼を、彼に会わせてくださいっ! 絶対に生きているはずなんです!」

 彼? 彼とはこの奴隷の彼氏がいるのか。

「その彼というのは?」

 俺は、トラファのおっさんへ問いかけると首を横に振った。

「この奴隷商の親分も彼のことは知らないらしい。お前は、ここに一人で来たはずだ。彼とは恋人か?」
「はい……彼に会わせてください! お願いです。なんでもします。一生奴隷でかまいません。どんなお仕事でも精一杯させていただきます。だから……」

 ううっと言葉にならない言葉を発して涙を流す女奴隷。彼氏がいるのか……。って、なんで俺はがっかりしているんだ。

「彼とはどこで離れ離れになったんだ?」

 女に話しかけると、横からトラファが答えた。

「ニート様。この女は隣国の金貸しから買ってくれと持ちかけられて、器量がいいから買ったんだが、金貸しが連れて来たのはこの女だけですわ。男奴隷は見ませんでしたけどね」

 もう一度、俺はどこで彼と離れ離れになったのかと聞いた。

「わかりません……。私と彼はあるお屋敷に召使いとして働いていました。お貴族様がお一人で住んでおられたのですが、その方がどうやらお金を借りて返せなかったようで……借金のカタに私たちを……私は殴られて気を失っていたので、彼がどうなったのか……」

 また、泣き始める女奴隷。その時、マリレーネが女奴隷に近づくとそっと肩を抱いた。チラッと、女奴隷がマリレーネを見ると恐れるように目を見開く。

「あっ、お嬢様はお触れにならないほうが……汚れてしまいます」
「いいの、いいの! 恋人と離れ離れになって、奴隷に売られて心細いんだよね。わかるよ」

 背中をポンポンと叩きながら、女奴隷をあやすように言う。

「あああぁぁぁ……」

 泣き崩れる女奴隷。呆然と見る俺とトラファのおっさん。肩を抱いてあやすマリレーネ。
 数分ほどたっただろうか。女奴隷がポツリポツリと口を開いた。

「金貸しの人が彼は死んだって言ったんです。だから、私も死のうって……。でも、まだ生きてますよね? ね?」
「知らん! 悪いが、このおっさんも、俺もお前の恋人のことは聞かされていないんだ」

 呆然として力なくうなだれる女奴隷。可哀想だが、無駄に期待を持たせるようなことを言うものじゃない。知らないものは知らないのだ。だが、探せないこともないか。

「ニート様。あの、もしかしたら、その彼とやらのことわかるかもしれませんぜ」
「そうなのか?」
「もしかしたら、という程度ですが……。売りに来た金貸しは、この村に来る前にもう一つ村に寄ったと言っていました。もしかしたら、そこで男のほうは奴隷として売られた可能性はありますぜ。死んでたにしろ何か情報があるかもしれません」

 トラファのおっさん、ナイスだ。

「わかった。その村に行ってみるとするか……」
「あ、あのっ! 私も、私も連れて行ってください!」

 俺は、トラファのおっさんを見ると首を横に振っている。

「ダメだ。彼がどうなったのか知りたいのなら、ここで女神にでも祈って待っていろ」
「おねがいですっ! どうか、どうかお願いです。彼が生きているのなら、もう一度、彼に会わせてください!」

 マリレーネがその時、立ち上がって俺に言った。

「トラファ様、どうにかならないのでしょうか?」
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