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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第五話:パオリーアの回想

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 ニート様の専属となって数日の間、アルノルトさんに執事としての仕事を教えていただきました。
 マリレーネはデルトさんに、アーヴィアはコラウスさんに習っていました。
 どうして、私たちに教えてくださるのだろうと思っていたのですが、アルノルトさんがおっしゃいました。

「ニート様が奴隷商人として一人前になるまで、ご主人様は離れて暮らすそうだ。先代のニート様の祖父もご主人様に跡目を譲った時はそうなさったそうだったらしい。だから私たちも、ご主人様と一緒に屋敷を出るので後のことはお前に任せる」

 それを聞いた時は、驚きました。
 アルノルトさんの代わりをすると言うことは、ニート様の執事のような位置付けです。とても私には務まりそうにありません。
 それでも、色々と教わっていましたらなんとか私でもできるようになるだろうと自信が出て来たのも事実です。

「そうでしたの……わかりました。また、戻ってこられるってことですよね」
「もちろんだ。だが、しばらくは諸国の奴隷商人たちを回ってニート様に代替わりしたことを伝えて回るつもりなので、どれくらいかかるかわからない。親心というやつだそうだから、このことは、ニート様には内緒にしておいてくれ」

 そう言う、アルノルトさんはどこか寂しそうでした。

 それから数日して、ご主人様たちは旅に出られたわけですが、入れ替わりにとんでもない女が屋敷に来たのです。
 礼儀作法を教えてくださる先生だそうで、旦那様は『マナーの先生』と言っていました。
 マナーとは何のことかと尋ねたら、礼儀作法のことだそうです。
 たまに、旦那様はよくわからないことをおっしゃいます。でも、旦那様が使う謎の言葉も、私たちは使うようにしています。
 マナーは礼儀作法だけでなく、言葉遣いや掃除などお互いが気持ちよく過ごせるようにする大切なことなのだそうです。

 馬車から降りて来たマナーの先生は、それはそれは美しい女性でした。女の私でも軽く嫉妬してしまうほどです。
 人間の女性で、こんなに綺麗な人は見たことがありません。でも、すごくツンツンした怖い方でした。

「ようこそいらっしゃいました」

 私がご挨拶して頭を下げると、その女性はチラッと足首の奴隷環スレイブリングを一瞥して無視しました。
 目が怖いというか、虫けらを見るような、蔑んだ目で見てくるので背筋が寒くなりました。
 ずいぶん前のニート様も同じ目をされていましたが、この女性も私たちをよく思っていないのは明白です。

 態度も大柄おおへいで、なにより格好が恐ろしい猛獣使いのようでした。
 黒革の衣装で、大きな胸や、折れそうなほど細い腰と大きはお尻が強調されています。
 そのお尻には、恐ろしいほど皮のパンツが食い込んでいます。
 それに、ヒールの高い靴は踏まれると突き刺さりそうでした。

 先生は、客間に通されると旦那様の前でも平然とされていました。
 私たちに礼儀作法を教えてくださるために、王都からいらっしゃったのですから堂々となさっています。
 旦那様も先生の迫力に、足を大きく開いて座っておられたのに、足を閉じて座り直していました。

「あの、そろそろこちらの奴隷を下げてもらってよろしいでしょうか?」

 ライラ先生が、私たちの方を振り向いて、睨みつけてきました。
 顎をクイっと上げるので、出て行けということなのでしょう。

 アーヴィアが、出て行こうとするので引き止め、私は旦那様のご指示を待ちました。
 私たちは旦那様の奴隷なのですから、先生の言うことを聞いて良いのか判断できなかったのです。
 隣で、マリレーネが殺気立っていたので肩をポンポンと叩くと、静まってくれました。

「その娘たちは、俺の専属奴隷だ。俺の身の回りのことをするために、いつもそばにいてもらっている」

 旦那様が、そう言ってくださって嬉しかったです。
 そうです、私たちはご指示がなければ、旦那様から片時も離れるわけにはいきません。
 改めて専属奴隷の立場を身にしみて感じた出来事でした。

 話し合いが終わった後、先生が一緒に部屋に来るようにとおっしゃいました。
 ニート様も了承されたので、私が先生をお部屋まで案内したのですが、何の用事があるのかと心配で心配で……。

 振り向いて見ると、マリレーネは不安な顔で先生の後ろを歩いていました。アーヴィアは先生のお尻を睨みつけていたので、対抗意識が湧いたのでしょうか。確かに先生のお尻って、丸くてキュッと引き締まったメリハリのある素敵なお尻でした。
 ふと、目をあげるとライラ先生と目が合ったので、ビクッとしてしまいました。


「あなたたちは、旦那様から大切にされているように感じたんだけど、どうなの?」
「……はい、とてもやさしくしてくださいます」

 なぜこんなことをお聞きになったのかわかりませんが、ライラ先生は私たち三人を頭から足の先まで見ておっしゃいました。

「あなたたちが旦那様から一目置かれているように感じました。おそらく、他の奴隷たちからも一目置かれているのではありませんか? それなら話が早いです。これから私が説明することを心して聞いてください」
「あの……どのようなことでしょう……?」

 マリレーネが、丁寧に尋ねると先生は、フンと鼻を鳴らしてからおっしゃいました。

「私の指導は大変厳しいわ。おそらく泣き出す者、逃げ出す者も出て来るでしょう。しかし、私は無茶は言いません。出来ないことも言いません。できると思うからこそ、出来るまでさせるのです。私は、あなたたち三人には特に厳しく指導します。他の奴隷たちよりもです」

 私は、背筋が寒くなりました。泣いたり逃げたりするような厳しい指導を、私たち三人だけさらに厳しくすると言うのです。
 でも、それが大切なことなのだということは理解しました。見せしめってやつなのだと思います。

「あなたたち三人を厳しく指導することで、あなたたちを見た他の奴隷たちは叱られたくないと頑張るでしょう。あなたたちが文句言わずに、根をあげなかったら、他の奴隷たちも歯を食いしばるもんです」
「つまり、私たちは他の奴隷たちより厳しくされても我慢しろということですね」
「そうよ。そのかわり、あなたたちは貴族の前に出ても恥ずかしくないだけのマナーを身につけられる。旦那様に恥をかかせたくないでしょ?」

 マリレーネたちを見ると、目がやる気に満ちています。きっと、負けず嫌いな性格に火がついちゃったんですね。
 アーヴィアは尻込みしているようですが、この子は泣き虫でもニート様の鬼の責めに耐え抜いた子ですもの、きっと大丈夫です。

「わかりました。そのかわり、お願いがあります。ライラ先生は他の奴隷の子たちを叩いたりしないでください」
「当たり前よ。をくれてやるつもりはないわ」

 よくわかりませんが、暴力で支配しようとする人ではないようで安心しました。

 そして、先生が宣言した通り、躾られる私たちは見せしめとして、所作の一つ一つ、事細かく指摘を受けました。
 怒鳴りつけられ、鞭が足元へ飛びます。ヒッと悲鳴を出してしまうこともたびたびです。
 その度に、他の奴隷たちも私たちと同じように頑張って練習していました。泣き出す子もいましたが、教えられた通りのことができるようになっていました。
 本当に、先生がおっしゃったとおりになったので驚きました。

 特に、今までの礼の取り方は、奴隷は両膝を地面について体をくの字に曲げるか、土下座だったのですが貴族のご令嬢がするように立ったまま手を左の腰に揃えて体を少し傾ける礼を習いました。
 先生がひざが真っ黒な女って嫌われるから、膝を地面に付けるのはやめなさいと言われたのです。
 どうしたら美しく見えるか、男の人がどんなところを美しいと感じるのか、一つ一つ解説してくれるので、どれもわかりやすいのです。
 しかし、実際にやってみるとうまくできなくて、怒号が飛んできます。
 もし、事前に言われてなければ、私の心はとっくの昔に折れていたと思います。
 やはり先生はすごい人なんだなって思いました。

 ライラ先生は厳しい人ですが、不思議な人でもあります。
 私たち三人だけになると、やたらと旦那様のことをお聞きになるのです。
 旦那様に恋人がいるのか、何が好物なのか、それこそ根掘り葉掘りです。
 旦那様を陥れようとしているのか、何か魂胆があるのではないかとマリレーネが耳打ちして来たのですが、私はなんとなくわかりました。
 ライラ先生は、旦那様のことがお好きなんだと思います。

 だって、旦那様のことをお尋ねになる時の目が、とても可愛らしいのです。キリッとつり上がった表情から、まるで餌を前にした犬のように爛々と輝いているんですもの。
 しかし、旦那様をライラ先生に奪われてしまうのもイヤです。
 たしかに、先生は奴隷ではないのでお嫁さんにだってなれるでしょう。

 だから、マリレーネとアーヴィアで監視することにしました。二人を引っ付けないようにしようって。
 あんなに美しい方ですもの、女好きの旦那様がなびいてしまわれるのは明らかです。
 先生の素性が分かるまでは、大切な旦那様を全力でお守りするのも、私たちの仕事です。

 その、お守りする仕事は、ライラ先生が来た日にさっそく起きてしまいました。
 ライラ先生が部屋からいなくなってしまったのです。
 三人で探していると、アーヴィアがお風呂じゃないかって……。今お風呂は旦那様が使っているはず。
 慌てて行ってみると、ライラ先生が入浴中の旦那様を誘惑されているところでした。
 激しく抵抗されましたが、危機一髪で旦那様を救い出せて本当によかったです。

 ◆

 旦那様の仕事に同行する奴隷を決めるから、集まるように言われました。
 王都に行き、その後チョルル村に行くので何日か旦那様はお留守にされます。
 同行できるのは、私たち三人のうち一人だけだそうです。
 当然、執事である私が行くつもりでいました。

「誰か、行きたい者はいるか? 遊びじゃないんだ、旅は五日ほどかかるかもしれない。その間、食事の手配、宿の手配、あらゆる仕事をしてもらわなければならない。体力勝負だけど、それでも同行したい者がいたら手を上げろ」

 旦那様が言い終わらないうちに、ライラ先生が「私が同行する」と手を上げられました。
 私は、体力的に先生には劣っています。だから、マリレーネに手を上げさせました。この子なら先生と互角の体力です。

「はい……。ウチが行きます! ライラ先生は、奴隷たちの指導がありますから、屋敷を離れるわけにはいきませんよね」

 そうです! マリレーネの言う通りです。さすが、マリレーネ! 私は心の中で拍手していました。
 ライラ先生がとても渋い顔をされています。お可哀想ですが、奴隷たちの指導のお仕事がございます。

「そうだな。ライラは残って奴隷たちの指導と、俺がいない間の留守をパオリーアと一緒に頼むとする」

 ライラ先生は、旦那様の決定に異を唱えることはありませんでしたが、とても残念そうでした。
 本当はみんなで行けたらいいんですけどね。
 奴隷の子たちを置いて行くわけにも行きませんし、連れて行くこともできませんから、仕方がないですね。

 私は、留守の間しっかりとお屋敷を守っていきます。
 そして、その間に、先生と仲良くなって、先生のことももっと知りたいと思います。

 護衛の冒険者のみなさんが、屋敷に揃ってから出発するということで二日ほどかかったのですが、その間、私たちは準備に大忙し。これも旦那様の使用人のお務めですから、奴隷四人で頑張りました。

 あっ、ライラ先生は奴隷ではないのに、つい奴隷の人数になぜか含めてしまいます。
 きっと旦那様が、奴隷の私たちとライラ先生を同じように扱っておられるからなんでしょうね。

 さぁ、私も、みんなに負けないように頑張って仕事しましょう!
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