46 / 97
<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第五話:パオリーアの回想
しおりを挟む
ニート様の専属となって数日の間、アルノルトさんに執事としての仕事を教えていただきました。
マリレーネはデルトさんに、アーヴィアはコラウスさんに習っていました。
どうして、私たちに教えてくださるのだろうと思っていたのですが、アルノルトさんがおっしゃいました。
「ニート様が奴隷商人として一人前になるまで、ご主人様は離れて暮らすそうだ。先代のニート様の祖父もご主人様に跡目を譲った時はそうなさったそうだったらしい。だから私たちも、ご主人様と一緒に屋敷を出るので後のことはお前に任せる」
それを聞いた時は、驚きました。
アルノルトさんの代わりをすると言うことは、ニート様の執事のような位置付けです。とても私には務まりそうにありません。
それでも、色々と教わっていましたらなんとか私でもできるようになるだろうと自信が出て来たのも事実です。
「そうでしたの……わかりました。また、戻ってこられるってことですよね」
「もちろんだ。だが、しばらくは諸国の奴隷商人たちを回ってニート様に代替わりしたことを伝えて回るつもりなので、どれくらいかかるかわからない。親心というやつだそうだから、このことは、ニート様には内緒にしておいてくれ」
そう言う、アルノルトさんはどこか寂しそうでした。
それから数日して、ご主人様たちは旅に出られたわけですが、入れ替わりにとんでもない女が屋敷に来たのです。
礼儀作法を教えてくださる先生だそうで、旦那様は『マナーの先生』と言っていました。
マナーとは何のことかと尋ねたら、礼儀作法のことだそうです。
たまに、旦那様はよくわからないことをおっしゃいます。でも、旦那様が使う謎の言葉も、私たちは使うようにしています。
マナーは礼儀作法だけでなく、言葉遣いや掃除などお互いが気持ちよく過ごせるようにする大切なことなのだそうです。
馬車から降りて来たマナーの先生は、それはそれは美しい女性でした。女の私でも軽く嫉妬してしまうほどです。
人間の女性で、こんなに綺麗な人は見たことがありません。でも、すごくツンツンした怖い方でした。
「ようこそいらっしゃいました」
私がご挨拶して頭を下げると、その女性はチラッと足首の奴隷環を一瞥して無視しました。
目が怖いというか、虫けらを見るような、蔑んだ目で見てくるので背筋が寒くなりました。
ずいぶん前のニート様も同じ目をされていましたが、この女性も私たちをよく思っていないのは明白です。
態度も大柄で、なにより格好が恐ろしい猛獣使いのようでした。
黒革の衣装で、大きな胸や、折れそうなほど細い腰と大きはお尻が強調されています。
そのお尻には、恐ろしいほど皮のパンツが食い込んでいます。
それに、踵の高い靴は踏まれると突き刺さりそうでした。
先生は、客間に通されると旦那様の前でも平然とされていました。
私たちに礼儀作法を教えてくださるために、王都からいらっしゃったのですから堂々となさっています。
旦那様も先生の迫力に、足を大きく開いて座っておられたのに、足を閉じて座り直していました。
「あの、そろそろこちらの奴隷を下げてもらってよろしいでしょうか?」
ライラ先生が、私たちの方を振り向いて、睨みつけてきました。
顎をクイっと上げるので、出て行けということなのでしょう。
アーヴィアが、出て行こうとするので引き止め、私は旦那様のご指示を待ちました。
私たちは旦那様の奴隷なのですから、先生の言うことを聞いて良いのか判断できなかったのです。
隣で、マリレーネが殺気立っていたので肩をポンポンと叩くと、静まってくれました。
「その娘たちは、俺の専属奴隷だ。俺の身の回りのことをするために、いつもそばにいてもらっている」
旦那様が、そう言ってくださって嬉しかったです。
そうです、私たちはご指示がなければ、旦那様から片時も離れるわけにはいきません。
改めて専属奴隷の立場を身にしみて感じた出来事でした。
話し合いが終わった後、先生が一緒に部屋に来るようにとおっしゃいました。
ニート様も了承されたので、私が先生をお部屋まで案内したのですが、何の用事があるのかと心配で心配で……。
振り向いて見ると、マリレーネは不安な顔で先生の後ろを歩いていました。アーヴィアは先生のお尻を睨みつけていたので、対抗意識が湧いたのでしょうか。確かに先生のお尻って、丸くてキュッと引き締まったメリハリのある素敵なお尻でした。
ふと、目をあげるとライラ先生と目が合ったので、ビクッとしてしまいました。
「あなたたちは、旦那様から大切にされているように感じたんだけど、どうなの?」
「……はい、とてもやさしくしてくださいます」
なぜこんなことをお聞きになったのかわかりませんが、ライラ先生は私たち三人を頭から足の先まで見ておっしゃいました。
「あなたたちが旦那様から一目置かれているように感じました。おそらく、他の奴隷たちからも一目置かれているのではありませんか? それなら話が早いです。これから私が説明することを心して聞いてください」
「あの……どのようなことでしょう……?」
マリレーネが、丁寧に尋ねると先生は、フンと鼻を鳴らしてからおっしゃいました。
「私の指導は大変厳しいわ。おそらく泣き出す者、逃げ出す者も出て来るでしょう。しかし、私は無茶は言いません。出来ないことも言いません。できると思うからこそ、出来るまでさせるのです。私は、あなたたち三人には特に厳しく指導します。他の奴隷たちよりもです」
私は、背筋が寒くなりました。泣いたり逃げたりするような厳しい指導を、私たち三人だけさらに厳しくすると言うのです。
でも、それが大切なことなのだということは理解しました。見せしめってやつなのだと思います。
「あなたたち三人を厳しく指導することで、あなたたちを見た他の奴隷たちは叱られたくないと頑張るでしょう。あなたたちが文句言わずに、根をあげなかったら、他の奴隷たちも歯を食いしばるもんです」
「つまり、私たちは他の奴隷たちより厳しくされても我慢しろということですね」
「そうよ。そのかわり、あなたたちは貴族の前に出ても恥ずかしくないだけのマナーを身につけられる。旦那様に恥をかかせたくないでしょ?」
マリレーネたちを見ると、目がやる気に満ちています。きっと、負けず嫌いな性格に火がついちゃったんですね。
アーヴィアは尻込みしているようですが、この子は泣き虫でもニート様の鬼の責めに耐え抜いた子ですもの、きっと大丈夫です。
「わかりました。そのかわり、お願いがあります。ライラ先生は他の奴隷の子たちを叩いたりしないでください」
「当たり前よ。ご褒美をくれてやるつもりはないわ」
よくわかりませんが、暴力で支配しようとする人ではないようで安心しました。
そして、先生が宣言した通り、躾られる私たちは見せしめとして、所作の一つ一つ、事細かく指摘を受けました。
怒鳴りつけられ、鞭が足元へ飛びます。ヒッと悲鳴を出してしまうこともたびたびです。
その度に、他の奴隷たちも私たちと同じように頑張って練習していました。泣き出す子もいましたが、教えられた通りのことができるようになっていました。
本当に、先生がおっしゃったとおりになったので驚きました。
特に、今までの礼の取り方は、奴隷は両膝を地面について体をくの字に曲げるか、土下座だったのですが貴族のご令嬢がするように立ったまま手を左の腰に揃えて体を少し傾ける礼を習いました。
先生が膝が真っ黒な女って嫌われるから、膝を地面に付けるのはやめなさいと言われたのです。
どうしたら美しく見えるか、男の人がどんなところを美しいと感じるのか、一つ一つ解説してくれるので、どれもわかりやすいのです。
しかし、実際にやってみるとうまくできなくて、怒号が飛んできます。
もし、事前に言われてなければ、私の心はとっくの昔に折れていたと思います。
やはり先生はすごい人なんだなって思いました。
ライラ先生は厳しい人ですが、不思議な人でもあります。
私たち三人だけになると、やたらと旦那様のことをお聞きになるのです。
旦那様に恋人がいるのか、何が好物なのか、それこそ根掘り葉掘りです。
旦那様を陥れようとしているのか、何か魂胆があるのではないかとマリレーネが耳打ちして来たのですが、私はなんとなくわかりました。
ライラ先生は、旦那様のことがお好きなんだと思います。
だって、旦那様のことをお尋ねになる時の目が、とても可愛らしいのです。キリッとつり上がった表情から、まるで餌を前にした犬のように爛々と輝いているんですもの。
しかし、旦那様をライラ先生に奪われてしまうのもイヤです。
たしかに、先生は奴隷ではないのでお嫁さんにだってなれるでしょう。
だから、マリレーネとアーヴィアで監視することにしました。二人を引っ付けないようにしようって。
あんなに美しい方ですもの、女好きの旦那様が靡いてしまわれるのは明らかです。
先生の素性が分かるまでは、大切な旦那様を全力でお守りするのも、私たちの仕事です。
その、お守りする仕事は、ライラ先生が来た日にさっそく起きてしまいました。
ライラ先生が部屋からいなくなってしまったのです。
三人で探していると、アーヴィアがお風呂じゃないかって……。今お風呂は旦那様が使っているはず。
慌てて行ってみると、ライラ先生が入浴中の旦那様を誘惑されているところでした。
激しく抵抗されましたが、危機一髪で旦那様を救い出せて本当によかったです。
◆
旦那様の仕事に同行する奴隷を決めるから、集まるように言われました。
王都に行き、その後チョルル村に行くので何日か旦那様はお留守にされます。
同行できるのは、私たち三人のうち一人だけだそうです。
当然、執事である私が行くつもりでいました。
「誰か、行きたい者はいるか? 遊びじゃないんだ、旅は五日ほどかかるかもしれない。その間、食事の手配、宿の手配、あらゆる仕事をしてもらわなければならない。体力勝負だけど、それでも同行したい者がいたら手を上げろ」
旦那様が言い終わらないうちに、ライラ先生が「私が同行する」と手を上げられました。
私は、体力的に先生には劣っています。だから、マリレーネに手を上げさせました。この子なら先生と互角の体力です。
「はい……。ウチが行きます! ライラ先生は、奴隷たちの指導がありますから、屋敷を離れるわけにはいきませんよね」
そうです! マリレーネの言う通りです。さすが、マリレーネ! 私は心の中で拍手していました。
ライラ先生がとても渋い顔をされています。お可哀想ですが、奴隷たちの指導のお仕事がございます。
「そうだな。ライラは残って奴隷たちの指導と、俺がいない間の留守をパオリーアと一緒に頼むとする」
ライラ先生は、旦那様の決定に異を唱えることはありませんでしたが、とても残念そうでした。
本当はみんなで行けたらいいんですけどね。
奴隷の子たちを置いて行くわけにも行きませんし、連れて行くこともできませんから、仕方がないですね。
私は、留守の間しっかりとお屋敷を守っていきます。
そして、その間に、先生と仲良くなって、先生のことももっと知りたいと思います。
護衛の冒険者のみなさんが、屋敷に揃ってから出発するということで二日ほどかかったのですが、その間、私たちは準備に大忙し。これも旦那様の使用人のお務めですから、奴隷四人で頑張りました。
あっ、ライラ先生は奴隷ではないのに、つい奴隷の人数になぜか含めてしまいます。
きっと旦那様が、奴隷の私たちとライラ先生を同じように扱っておられるからなんでしょうね。
さぁ、私も、みんなに負けないように頑張って仕事しましょう!
マリレーネはデルトさんに、アーヴィアはコラウスさんに習っていました。
どうして、私たちに教えてくださるのだろうと思っていたのですが、アルノルトさんがおっしゃいました。
「ニート様が奴隷商人として一人前になるまで、ご主人様は離れて暮らすそうだ。先代のニート様の祖父もご主人様に跡目を譲った時はそうなさったそうだったらしい。だから私たちも、ご主人様と一緒に屋敷を出るので後のことはお前に任せる」
それを聞いた時は、驚きました。
アルノルトさんの代わりをすると言うことは、ニート様の執事のような位置付けです。とても私には務まりそうにありません。
それでも、色々と教わっていましたらなんとか私でもできるようになるだろうと自信が出て来たのも事実です。
「そうでしたの……わかりました。また、戻ってこられるってことですよね」
「もちろんだ。だが、しばらくは諸国の奴隷商人たちを回ってニート様に代替わりしたことを伝えて回るつもりなので、どれくらいかかるかわからない。親心というやつだそうだから、このことは、ニート様には内緒にしておいてくれ」
そう言う、アルノルトさんはどこか寂しそうでした。
それから数日して、ご主人様たちは旅に出られたわけですが、入れ替わりにとんでもない女が屋敷に来たのです。
礼儀作法を教えてくださる先生だそうで、旦那様は『マナーの先生』と言っていました。
マナーとは何のことかと尋ねたら、礼儀作法のことだそうです。
たまに、旦那様はよくわからないことをおっしゃいます。でも、旦那様が使う謎の言葉も、私たちは使うようにしています。
マナーは礼儀作法だけでなく、言葉遣いや掃除などお互いが気持ちよく過ごせるようにする大切なことなのだそうです。
馬車から降りて来たマナーの先生は、それはそれは美しい女性でした。女の私でも軽く嫉妬してしまうほどです。
人間の女性で、こんなに綺麗な人は見たことがありません。でも、すごくツンツンした怖い方でした。
「ようこそいらっしゃいました」
私がご挨拶して頭を下げると、その女性はチラッと足首の奴隷環を一瞥して無視しました。
目が怖いというか、虫けらを見るような、蔑んだ目で見てくるので背筋が寒くなりました。
ずいぶん前のニート様も同じ目をされていましたが、この女性も私たちをよく思っていないのは明白です。
態度も大柄で、なにより格好が恐ろしい猛獣使いのようでした。
黒革の衣装で、大きな胸や、折れそうなほど細い腰と大きはお尻が強調されています。
そのお尻には、恐ろしいほど皮のパンツが食い込んでいます。
それに、踵の高い靴は踏まれると突き刺さりそうでした。
先生は、客間に通されると旦那様の前でも平然とされていました。
私たちに礼儀作法を教えてくださるために、王都からいらっしゃったのですから堂々となさっています。
旦那様も先生の迫力に、足を大きく開いて座っておられたのに、足を閉じて座り直していました。
「あの、そろそろこちらの奴隷を下げてもらってよろしいでしょうか?」
ライラ先生が、私たちの方を振り向いて、睨みつけてきました。
顎をクイっと上げるので、出て行けということなのでしょう。
アーヴィアが、出て行こうとするので引き止め、私は旦那様のご指示を待ちました。
私たちは旦那様の奴隷なのですから、先生の言うことを聞いて良いのか判断できなかったのです。
隣で、マリレーネが殺気立っていたので肩をポンポンと叩くと、静まってくれました。
「その娘たちは、俺の専属奴隷だ。俺の身の回りのことをするために、いつもそばにいてもらっている」
旦那様が、そう言ってくださって嬉しかったです。
そうです、私たちはご指示がなければ、旦那様から片時も離れるわけにはいきません。
改めて専属奴隷の立場を身にしみて感じた出来事でした。
話し合いが終わった後、先生が一緒に部屋に来るようにとおっしゃいました。
ニート様も了承されたので、私が先生をお部屋まで案内したのですが、何の用事があるのかと心配で心配で……。
振り向いて見ると、マリレーネは不安な顔で先生の後ろを歩いていました。アーヴィアは先生のお尻を睨みつけていたので、対抗意識が湧いたのでしょうか。確かに先生のお尻って、丸くてキュッと引き締まったメリハリのある素敵なお尻でした。
ふと、目をあげるとライラ先生と目が合ったので、ビクッとしてしまいました。
「あなたたちは、旦那様から大切にされているように感じたんだけど、どうなの?」
「……はい、とてもやさしくしてくださいます」
なぜこんなことをお聞きになったのかわかりませんが、ライラ先生は私たち三人を頭から足の先まで見ておっしゃいました。
「あなたたちが旦那様から一目置かれているように感じました。おそらく、他の奴隷たちからも一目置かれているのではありませんか? それなら話が早いです。これから私が説明することを心して聞いてください」
「あの……どのようなことでしょう……?」
マリレーネが、丁寧に尋ねると先生は、フンと鼻を鳴らしてからおっしゃいました。
「私の指導は大変厳しいわ。おそらく泣き出す者、逃げ出す者も出て来るでしょう。しかし、私は無茶は言いません。出来ないことも言いません。できると思うからこそ、出来るまでさせるのです。私は、あなたたち三人には特に厳しく指導します。他の奴隷たちよりもです」
私は、背筋が寒くなりました。泣いたり逃げたりするような厳しい指導を、私たち三人だけさらに厳しくすると言うのです。
でも、それが大切なことなのだということは理解しました。見せしめってやつなのだと思います。
「あなたたち三人を厳しく指導することで、あなたたちを見た他の奴隷たちは叱られたくないと頑張るでしょう。あなたたちが文句言わずに、根をあげなかったら、他の奴隷たちも歯を食いしばるもんです」
「つまり、私たちは他の奴隷たちより厳しくされても我慢しろということですね」
「そうよ。そのかわり、あなたたちは貴族の前に出ても恥ずかしくないだけのマナーを身につけられる。旦那様に恥をかかせたくないでしょ?」
マリレーネたちを見ると、目がやる気に満ちています。きっと、負けず嫌いな性格に火がついちゃったんですね。
アーヴィアは尻込みしているようですが、この子は泣き虫でもニート様の鬼の責めに耐え抜いた子ですもの、きっと大丈夫です。
「わかりました。そのかわり、お願いがあります。ライラ先生は他の奴隷の子たちを叩いたりしないでください」
「当たり前よ。ご褒美をくれてやるつもりはないわ」
よくわかりませんが、暴力で支配しようとする人ではないようで安心しました。
そして、先生が宣言した通り、躾られる私たちは見せしめとして、所作の一つ一つ、事細かく指摘を受けました。
怒鳴りつけられ、鞭が足元へ飛びます。ヒッと悲鳴を出してしまうこともたびたびです。
その度に、他の奴隷たちも私たちと同じように頑張って練習していました。泣き出す子もいましたが、教えられた通りのことができるようになっていました。
本当に、先生がおっしゃったとおりになったので驚きました。
特に、今までの礼の取り方は、奴隷は両膝を地面について体をくの字に曲げるか、土下座だったのですが貴族のご令嬢がするように立ったまま手を左の腰に揃えて体を少し傾ける礼を習いました。
先生が膝が真っ黒な女って嫌われるから、膝を地面に付けるのはやめなさいと言われたのです。
どうしたら美しく見えるか、男の人がどんなところを美しいと感じるのか、一つ一つ解説してくれるので、どれもわかりやすいのです。
しかし、実際にやってみるとうまくできなくて、怒号が飛んできます。
もし、事前に言われてなければ、私の心はとっくの昔に折れていたと思います。
やはり先生はすごい人なんだなって思いました。
ライラ先生は厳しい人ですが、不思議な人でもあります。
私たち三人だけになると、やたらと旦那様のことをお聞きになるのです。
旦那様に恋人がいるのか、何が好物なのか、それこそ根掘り葉掘りです。
旦那様を陥れようとしているのか、何か魂胆があるのではないかとマリレーネが耳打ちして来たのですが、私はなんとなくわかりました。
ライラ先生は、旦那様のことがお好きなんだと思います。
だって、旦那様のことをお尋ねになる時の目が、とても可愛らしいのです。キリッとつり上がった表情から、まるで餌を前にした犬のように爛々と輝いているんですもの。
しかし、旦那様をライラ先生に奪われてしまうのもイヤです。
たしかに、先生は奴隷ではないのでお嫁さんにだってなれるでしょう。
だから、マリレーネとアーヴィアで監視することにしました。二人を引っ付けないようにしようって。
あんなに美しい方ですもの、女好きの旦那様が靡いてしまわれるのは明らかです。
先生の素性が分かるまでは、大切な旦那様を全力でお守りするのも、私たちの仕事です。
その、お守りする仕事は、ライラ先生が来た日にさっそく起きてしまいました。
ライラ先生が部屋からいなくなってしまったのです。
三人で探していると、アーヴィアがお風呂じゃないかって……。今お風呂は旦那様が使っているはず。
慌てて行ってみると、ライラ先生が入浴中の旦那様を誘惑されているところでした。
激しく抵抗されましたが、危機一髪で旦那様を救い出せて本当によかったです。
◆
旦那様の仕事に同行する奴隷を決めるから、集まるように言われました。
王都に行き、その後チョルル村に行くので何日か旦那様はお留守にされます。
同行できるのは、私たち三人のうち一人だけだそうです。
当然、執事である私が行くつもりでいました。
「誰か、行きたい者はいるか? 遊びじゃないんだ、旅は五日ほどかかるかもしれない。その間、食事の手配、宿の手配、あらゆる仕事をしてもらわなければならない。体力勝負だけど、それでも同行したい者がいたら手を上げろ」
旦那様が言い終わらないうちに、ライラ先生が「私が同行する」と手を上げられました。
私は、体力的に先生には劣っています。だから、マリレーネに手を上げさせました。この子なら先生と互角の体力です。
「はい……。ウチが行きます! ライラ先生は、奴隷たちの指導がありますから、屋敷を離れるわけにはいきませんよね」
そうです! マリレーネの言う通りです。さすが、マリレーネ! 私は心の中で拍手していました。
ライラ先生がとても渋い顔をされています。お可哀想ですが、奴隷たちの指導のお仕事がございます。
「そうだな。ライラは残って奴隷たちの指導と、俺がいない間の留守をパオリーアと一緒に頼むとする」
ライラ先生は、旦那様の決定に異を唱えることはありませんでしたが、とても残念そうでした。
本当はみんなで行けたらいいんですけどね。
奴隷の子たちを置いて行くわけにも行きませんし、連れて行くこともできませんから、仕方がないですね。
私は、留守の間しっかりとお屋敷を守っていきます。
そして、その間に、先生と仲良くなって、先生のことももっと知りたいと思います。
護衛の冒険者のみなさんが、屋敷に揃ってから出発するということで二日ほどかかったのですが、その間、私たちは準備に大忙し。これも旦那様の使用人のお務めですから、奴隷四人で頑張りました。
あっ、ライラ先生は奴隷ではないのに、つい奴隷の人数になぜか含めてしまいます。
きっと旦那様が、奴隷の私たちとライラ先生を同じように扱っておられるからなんでしょうね。
さぁ、私も、みんなに負けないように頑張って仕事しましょう!
0
お気に入りに追加
898
あなたにおすすめの小説
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる