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<第一巻:冷酷無慈悲の奴隷商人>
第十七話:奴隷商の息子は再び街に出る
しおりを挟む前回の奴隷商店の視察から十五日が経った。
七日後に来ると伝えていたが、頻繁に店主のジュンテが手紙をよこすので任せておくことにしたのだ。
報連相をきちんとしてくれるのはありがたい。
親父には、店の運営について任せると言われたので、思い切って大改装することにした。
俺が奴隷商人として親父の跡取りになると伝えてから、店のことはなるべく任せると言ってくれたのだ。
ありがとうございます、親父さん。
アルノルトと二人で行くつもりだったが、たまたま庭で草抜きをしていた獅子人族のマリレーネが一緒に行きたいというので連れて行くことにした。
マリレーネにとっては気分転換になっていいだろう。
「街で騒ぎを起こすなよ。静かについてくるんだ。いいな!」
「はい、わかりました。けっして騒ぎは起こしません」
いつになく素直な様子だが、アルノルトは訝しげにマリレーネを見つめる。
こいつは騒ぎを起こすだろう、と俺も実は思っている。
屋敷の前に馬車が停められ、三人は乗り込む。マリレーネは、俺が乗る前に乗り込もうとしてアルノルトに首根っこを掴まれ、引きずり出されていた。
「いててて……なんだよ!」
「ニート様が先だ」
「わ、わかってますよ。痛てぇな」
先が思いやられるが、実は俺はこいつが可愛くて仕方がなかった。
大きなおっぱいだからというわけではない。もちろん、それもあるが根がやさしく、奴隷たちの面倒見がいいのだ。
奴隷たちの不満や悩みを聞き、俺に意見することもある。物怖じしない性格は羨ましいぐらいだ。
俺が引っ込み思案で、言いたいことを言えない性格だから、こういう娘に惹かれてしまう。
「なぁマリレーネ。礼儀やマナーは身につけておいて損はないぞ」
「奴隷に礼儀が必要なのはわかるけど、マナーって必要ですか?」
アルノルトが、コラっとゲンコツを落として諌める。
「いいんだ。アルノルト、問題ない。マリレーネよ。お前はどんな人に買ってもらいたい?」
「ウチは奴隷なんだからわかんないよ。誰に買われるのかもわからないんだからさ」
「そうか……だが、お客様のみんなが、労働力として奴隷が欲しいと思っているわけではないんだ。性奴隷として慰み者にしようと思って奴隷を買う人もいるが、だが、それだけでもない。中には、自分の子供の代わりにそばにいてほしいと願って奴隷を買うお客様もいる」
「そ、そうなのか?……」
俺は、首を縦にふる。実際に、そういう客が増えて来ているという。
なぜ知っているかと言うと、店主ジュンテが寄越した手紙にそう書いてあったからだ。
その中に、客層が少し変わったのだと書かれていた。詳しいことは店で聞くことになっている。
一般の富裕層の高齢者の中には、息子や娘が他国に行ってしまい独り身の辛さから、そばに奴隷でもいいから置いておきたいと購入される方もいるってことだ。
「マリレーネは、もし買ってもらえる人を選べるとしたら、どんな人に選んでほしいんだ?」
「そりゃ、暴力を振るわない人がいいな。できれば、今みたいにお風呂に入れてもらえて、服も着せていただけるとうれしい」
「その条件なら、お前の場合、いくらでも買い手がいるだろうな。お前は力もあるし、体力もあって労働力としての価値もあるが、見た目が可愛いのも売りだ」
「か、かわいい……可愛いのか、ウチって……」
真っ赤になって、俺の顔を上目遣いに見る。うっ、可愛いな。
「マリレーネは可愛いぞ。大きな瞳、長い睫毛、猫のような耳。先がふさふさした尻尾。その美しい金髪のショートカットもよく似合っている」
俺は、マリレーネの良いと思うところをいくつか並べていく。すると、横でアルノルトも頷く。
アルノルトの様子を見たマリレーネは、きちんと脚を揃えて座り直した。お利口さんだね。
「あの、私は高く買ってもらえるかな?」
「ああ、俺が保証しよう。だが、マナーが悪い、言葉遣いが悪い、そんな女に良い客は来ない。いいか、人というのは自分と同じレベルの者同士が引き寄せられると言われている。だから、お前が最低の人間になったら、最低の人間しか寄って来ない。逆に、お前がマナーの良い娘になるほどマナーが必要なお金持ちで、優しくて思いやりのある人たちが寄ってくるんだ」
「そ、そういうものなのか?」
「そうなのですか、だろ?」
アルノルトが、笑って言い直しさせる。
この娘は売りに出すつもりはないが、それは今は言わないでおく。
今は、もう少しマナーを身につけてもらいたい。
そうなればマリレーネは、もっと輝くだろう。
◆
店の前に着くと、店構えを見た。初めて来たときは薄暗い、汚い建物が外壁は白に塗られ少しは入りやすい雰囲気になっていた。
マリレーネは、興味津々で見ていたが、七日前に来ていたらパオリーアのように恐ろしくて立ちすくんでいたかもしれないな。
「ここが、奴隷を売る店……」
「ああ、屋敷から出荷された奴隷は、ここで売り手がつくまで待つことになる」
俺たちは、店へと入ると店主のジュンテが大きな腹を揺らしながら小走りにやって来た。
「ニート様。ようこそおいでくださいました」
「お疲れ様。どうだ、改装して変わったことはないか?」
「はいっ! 最近は客層がとても良くなりまして奴隷たちを大切にしてくださるお客様が増えました」
そう手紙にも書かれていた。実は、それが狙いだったんだ。うん、うん。
奴隷を使い捨てにしてやろうという者は、この店のように明るく清潔感があり、美しい女性が置かれている店で買うのに気がひけるものだ。
「ニート様が仰ったとおりにしましたら、価格が高くても売れるようになって、客からの紹介も増えました。ありがとうございます」
「いいや、お前の努力だ。俺はきっかけを与えたに過ぎない。よくやってくれた」
アルノルトとマリレーネは、下男に案内されテーブルのそばに立った。俺の方をチラッと見たが、俺がうなずくと椅子に座る。茶でも飲んでゆっくりしていろと声をかけて、俺は倉庫の方へと行った。
今は檻が取り払われそれぞれ壁で仕切られた小部屋になっていた。ただ、通路側は壁がなく三方向のみ壁で仕切られた空間になっている。
その部屋は、それぞれ奴隷たちの部屋として使い、自由にくつろいで良いことになっていた。
ソファに座って本を読んでいる者もいれば、寝転がって寛いでいる者もいる。
俺の姿を見つけた奴隷たちは、姿勢を正すと正座して俺を出迎えてくれた。
「ニート様!」
次々に名を呼ばれる。みんな、覚えていてくれたようだ。
「どうだ、不自由はしていないか?」
「はい。店主様も大切にしてくださって、毎日こうしているだけでご飯を食べさせていただいて本当にいいのかと、逆に申し訳ない気持ちです」
店主のジュンテは、以前は奴隷に対して人権蹂躙とも呼べる酷い仕打ちをしていた。だが、それもこの世界の奴隷の扱い方の標準。責めたところで本人に罪はないと思っている。だが、今は奴隷を大切に扱って、大切にしてくれる客へ売るようにした。
また奴隷のほうから誰に買われるかを選ばせるようにしていたのだ。
だから、客はほしい奴隷がいても、奴隷がうんと言わなければ買うことができない。
そのため、破格の条件を引き出すことができていた。
もちろん、店主であるジュンテの営業トークのうまさもあるだろう。
たった、これだけでも営業利益は、大幅にアップしたそうだ。
俺が思いつきで言ったことを、自分なりに考え、忠実に行なっているジュンテの功績は大きい。見た目はのろまに見えるが、対応も早い。さすが、親父が雇っているだけのことはある。
「ニート様……あの……」
マリレーネがドアを開けて顔を覗かせる。俺が手招きすると駆け寄って来て、小部屋にいる奴隷たちを見て目を輝かせていた。
「うわぁ、すげぇ素敵な部屋! あっ!」
顔見知りの奴隷を見つけたのか、駆け寄って抱きついている。久しぶりの再会だろうから、そのままにしておいた。
お互いにゆっくり話でもしてくれていい。
「ジュンテ。少し打ち合わせをしよう」
「はい。では、こちらへどうぞ」
アルノルトも呼び、三人で打ち合わせをする。まずは、売り上げと来店数の確認。
どちらも、徐々に増えている。特に、客からの紹介で客が来ているのはありがたい。
また、リピーターになりそうな客も増えてきそうだとジュンテは言う。
「客の調査の方はどのようにしているんだ?」
「はい。町の諜報屋で信用がおける者がいますので、そちらに依頼しています。それなりに費用はかかりますが、利益が増えたため特に売上に影響はございません」
「そうか、その客たちのリストを見せてくれ」
俺は、以前に来た時に客のリストを作るように伝えていた。どこの誰が、どんな奴隷を買ったのか、どんな客なのかをリストアップしてる。
そこには、諜報屋から得た情報も書き加えられていて、客が一目瞭然だった。
「仕入れの方はどうだ」
「はい。人さらいや盗賊が連れてくる女たちは買わないようにしています。自警団が時々立ち寄ってくれるので、人さらいは自警団が捕らえて女を解放しているようですが、私どもはそこまで介入はしておりません」
「今はそれでいい。だが、それだと仕入れが厳しいんじゃないのか?」
奴隷は、ほとんどが盗賊が旅行客を襲い、殺して金銭を奪い、女子供を奴隷商人に売り払うことで流通することが多い。もちろん、戦に巻き込まれて行くあてもなく、食うに困り奴隷として親が売りにくることもある。
俺たちの商会に来る女たちは、ほとんどが親に売られた娘たちだった。
「ここの奴隷たちが幸せそうにしているのを、最近は客の口コミで噂になっているようでして、親の方が娘を買って欲しいと連れて来るので困ることはありません」
「そうか。だが、よく相手を見て買わないと騙されることになる。それに、買うのは美人のみだ」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
俺たちはその後、もう一店舗の視察をしたがそちらも売り上げは上々だった。
ジュンテの弟が店主をしていて、名をコメリという小太りの男だ。顔も体型もよく似ているので、どっちの店に来たのか迷いそうだ。
帰りの馬車で、マリレーネはぽつりと呟いた。
「もっと、いろいろと勉強して、私も立派な人に買ってもらえるようにがんばります。ニート様」
「そう肩肘張らなくても、お前は頑張ってる。問題ないだろう」
「今日は連れて来てくれてありがとうございました」
「いいよ。わかってくれたらいい。俺はお前に期待しているんだ。だから、屋敷の仕事も勉強も頑張るんだぞ」
「はい!」
マリレーネは、屋敷に戻ってからアルノルトに本を貸して欲しいと言って、一冊の本を渡されたらしい。
それは、閨房術の本だった。
アルノルトさん、よく見てから渡そうね。
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