1 / 97
<第一巻:冷酷無慈悲の奴隷商人>
プロローグ①:奴隷商人の鬼畜な男
しおりを挟むスティーンハン国のダバラの街。大陸の南に位置し、年間通して気温は初夏ほどのため過ごしやすい。
大らかな気候が、大らかな人を作るかのように、街は活気に溢れ笑い声も絶えない、明るい雰囲気が街を包んでいる。
だが、この屋敷は笑い声よりも、悲鳴や怒声、すすり泣きのほうが多い。
アルノルトは、鞭打たれる音を廊下で聞きながら、早く折檻が終わってくれることを祈っていた。
彼もまた、元はこの屋敷の奴隷であった。現在は、この館の執事として仕えている。
ダバラの街で唯一の奴隷商を営むソレ家。奴隷商が認可制となり、国の許可が必要になってから羽振りがさらに良くなっていた。
館の主人は、横柄だが奴隷を大切に扱ってくれていたが、一人息子のニート・ソレは幼少の頃から乱暴であった。
奴隷を、虫けらのように扱い、執拗にいじめ、暴力を躊躇なく振るう男に育った。
アルノルトは、室内から聞こえる女性の悲鳴に耐えられず、耳をふさぐ。悲痛な叫びだ。聞くだけで気持ちが萎える。
聞くに耐えないと思った。
そして、頼むから命までは取らないでやってくれ、と願うように何度もつぶやいた。
「アルノルト!」
ドアの向こうから呼ぶ声がする。アルノルトは、慌てて室内に入ると、それを見て……目を背けた。
そこには、泡を吹いて仰向けに倒れた裸の女が床に転がっていた。薄汚れてはいるものの、白い肌には鞭で叩かれたミミズ腫れが無数にあった。
特に尻は、元の白い肌が見えなくくらい赤黒く痣になり、ところどころ血がにじみ出ていた。
また顔の形まで変わるかのように腫れ上がっている。何度も殴られたのだろう。目、口、鼻から血が流れ出し無残な姿があった。
今月になって何人目だろうか……
「おい、そのゴミが生きていたら檻に入れろ! 死んだのなら片付けておけ」
チラッと、壁側に立つ奴隷の女たちを見ると涙を流し、鼻水を垂らし、それでも声を出さずにじっと立ち尽くしている。
見せしめに嬲り倒したのだろう。もし、泣き叫べば同じような目にあわされるため、震えていた。
奴隷の少女を助けてやれなかった悔しさが全身から滲み出ている。
ぎゅっと握られた手が物語っていた。
「仕方がないのだ……」
アルノルトは、そう独り言ちた。
この息子は成人してからはさらに奴隷をゴミのように扱い、命を粗末にして来た。だから、こういうことは毎晩のことだ。
だが、慣れることはない。人を人として扱わない男に嫌悪すら抱くが、アルノルトは何も言えなかった。
「さっさと連れて行け。もっとマシなやつはいないのか!」
「はっ、どの奴隷も従順に躾けておりますが、何かお気に触るようなことがありましたでしょうか?」
「こやつは、俺の足の裏をくすぐりやがった。俺は、気持ちよくなるように足の裏を掻けと命じたのにだ!」
アルノルトは、男の話が終わるのを待って、壁に立つ奴隷に、この者を連れ出せと命じた。
足の裏を掻いたらくすぐったいもんではないのか、なぜ気持ちよくせよと命じたのだ?
虐めではないかと心の中で苦々しく毒づいたが、口答えは厳禁だ。
この男の扱いには、主人でさえ手を焼いている。
「おい、みんな出ていってどうする。そこの狐耳! おい、お前だ。お前は残れ」
指さされた獣人族の女は、恐る恐る振り返る。そして、自分のことだとわかると肩をすくめ震えた。
「……はい」
消え入りそうな怯えた声で返事をした少女は、ボロ布を斜めに体に掛けているのみだ。
まだ年端もいかない少女のようにも見える、その奴隷は震える手を自分の手で押さえながら壁際に立った。
この後何をするのか理解しているのだろう。身にまとった布をゆっくりと脱ぐ。
「おぼっちゃん、奴隷は商品です。くれぐれもそれをお忘れないように……」
「ああ、わかってる。躾がなってない者は、躾けなくちゃな。まともに主人に仕えられない奴隷は売り物にもならん」
アルノルトは、もう一度振り返り、ニートに会釈をするとドアを閉めた。
「なにがわかっているだ。何もわかっていない。自分勝手な解釈だ」
アルノルトは吐き捨てるように独り言ちた。
館の別館が奴隷の部屋となっている。もちろん、個室ではなく大きな空間に押し込められているので部屋とも呼べない。
ここには、主に僻地の山の森人と言われる獣人族の女たちが入れられていた。
ほとんどが、盗賊に攫われて奴隷商に売られた女たちだ。息子の意向で近頃は男の奴隷は買取していない。
残っている男の奴隷は、この屋敷で庭の整備や掃除、水汲みなどのために働かされている。
アルノルトもまた、執事という立場だが奴隷。ただ、男の奴隷たちは館の主人が引き立てた者たちのため、息子から暴力を振るわれることはなかった。
だが、暴言は日常茶飯事だ。
ゆっくりと、女を寝かせる。鼻先に手を当て息を確認するが、息をしていないようだった。紫色にまだらな痣のある乳房の上を押し、胸の鼓動を確認する。
奴隷たちは、心配そうに見ているがこの光景は毎晩のことだ。だから、助からないことも皆がわかっていることだった。
それでも一縷の望みをかけ祈る者、泣き崩れる者がいる。そして静かに目を閉じて見なかったことにする者たちも多い。
恐怖に支配された奴隷商の館だが、この街の奴隷たちはほとんどがこの奴隷商から買うことになっていた。
多くの奴隷がいるため、冷酷な息子の餌食にされる前に買い取られていく者もいるためだ。
だが、売れ残った奴隷には地獄でしかない。
息を引き取った奴隷を、荷車に乗せると墓地へと運び出したときは、すでに真夜中になっていた。
せめて安らかに異世界に旅立って欲しいと、アルノルトと二人の奴隷の女は遺体に土をかぶせながら祈った。
◆
その頃、人の輪廻転生を司る女神が、天界から地上の様子を窺っていた。最近、魂に傷を負った者が多いことに気づいたのだ。
傷を負った魂とは、寿命以外で死を迎える者の魂で、それが目立つ世界があった。
女神はすぐに監視することにし、傷ついた魂の出所を探しだした。
傷ついた魂とは、人と人の戦いや、人と獣や魔物との戦い、或いは何らかの不慮の事故とは別の、無念のまま死んだ魂を指す。
我が子を嬲り殺す親がいる世界もある。奴隷を人と扱わず酷い死を与える人がいる世界もある。
女神が管理するどの世界にも一人や二人は、魂を傷つける人の姿をした悪魔がいる。
<人の心を持たぬ鬼畜の所業。魂まで疲弊した者は輪廻転生の輪に戻すこともできぬというのに、無駄に殺戮しておる>
傷ついた魂は修復は不可能。神のもとで消滅となる。転生し、異世界に飛び立つこともできない。
当然、消滅した魂は無に帰る。
どの世界でも鬼畜はいる。だが、我が子を殺す親も、子供が何人もいるわけではない。
多くの場合、悪事は必ず明るみなり人が人を裁き、罪を償わせることができる。そこに神は介在しない。
だが、女神が見ている光景は誰からも咎められず、密室で起こっていた。このような鬼畜は生かしておくべきではない。
だからといって、女神とはいえ、人の命を奪うことはできない。ただ見守るだけだ。
しかし、目に余るものがあり、女神の怒りは頂点に達していた。
<命は奪わぬ……だが、こやつの魂を一度綺麗に浄化しなければならん。さて、どうしたものか>
女神は、いくつかの世界を覗きながら思案した。
そして、ちょうどその時、別の世界の片隅で一人の男が不慮の事故で亡くなった。階段から落ちたという。
一度死んだ者の魂は、元の体には戻せないため、輪廻転生することになる。
女神は、そこで気がついた。妙案を。
<鬼畜から魂を抜き、残った肉体にこの不慮の事故で亡くなった男の魂を入れてやればいいか……>
こうして、奴隷商の息子ニート・ソレの魂は抜かれ、入れ違いに日本の片山仁人の魂を入れることになった。
0
お気に入りに追加
900
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!
クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』
自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。
最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる