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第四章:成長と拡大
第八話:情婦殺しの犯人
しおりを挟むダンジョン地上三階ともなると、上級クラスの冒険者でも大規模なパーティを組んで挑むほどの難易度となっている。
その地上三階へとようやくたどり着いたロシズと騎士たちは、すでに当初の人数の半数へと数を減らしていた。
訓練された騎士でさえ、ここまでたどり着くことは容易ではない。
すでに満身創痍の者も少なくなかった。
「ロシズ卿、いったんこの辺で休憩をとりませんか。この階はゴーレムも大量に発生すると受付の女が言っていたではありませんか。すでに半分の人数になっていますし体力を戻しておかねばこの先は大変危険と判断します」
騎士の中でも上役であろう男が、馬にまたがるロシズの前に膝をつき進言した。
振り返り、戦意の下がった騎士たちの様子を見たロシズは舌打ちをすると、岩場のくぼみを指差して休憩を取れと命じる。
馬もすでに死に絶え、徒歩の騎士もいる。その者たちの重い足取りを見ながらロシズは舌打ちをした。
「この階のオアシスまでどのくらいだ?」
腰を下ろすために適当な岩を見つけたロシズは、どっかと座り込むと騎士の一人に聞く。
キャサリンはこの階のオアシスに匿われているのだ、一刻もたどり着きたい焦りがあった。
騎士は受付で買ったダンジョンのマップを広げる。
「ここから一万メルチ以上あります。徒歩で半日ほどかと。しかし、途中に魔物が現れるのは必至。戦いながらだと夜までに辿り着けるかどうか……」
力無い返事を聞き、ロシズは地団駄を踏みながら歯ぎしりをする。
よほどイラついているのか、差し出された水袋を引ったくると騎士を睨みつけた。
今まで魔物たちと戦うのは騎士たちでロシズは後方で隠れるようにしているだけだ。自分は何一つ傷を負っていない。
騎士たちが負傷しても必死に守ろうとしていたことなど、当然という態度でここまできていた。
すでに騎士の中には、ロシズがやろうとしていることは私的な事であり騎士の仕事なのかという疑問を持つ者も出てきている。
つまり士気が下がっているのだ。
「ロシズ卿にお伺いしますが、エヴァンス伯爵嬢にそれほど執着されているのはどうしてでしょうか? 確かに美しい女性ですが、王都には他にも多くの女性がいらっしゃいます。このような場所まで来てまでご執心される理由がわかりませぬ」
騎士の誰もが思っていることを、代表して一人の騎士が問う。
ロシズは、ふんと鼻で笑うと「意地だ」と答えた。
「あの女は俺の誘いを断った。贈り物も突き返し、受け取りもしなかった。勿体つける女はいくらでもいるが、あの女はよりによってセイヤ・サルバトーレの愛人になっていた。貴族の俺より裏稼業のクズのほうを選ぶとは、気に食わん」
ロシズは、吐き捨てるように言う。騎士に答えるというより呟く程の声量のため、問いかけた騎士以外には聞こえていないかもしれない。だが、聞いた騎士は落胆し、私情でこれだけの損害を出したことを後悔するように騎士たちが休憩している所へと戻った。
「俺は……あの男だけは許さん。あの男の大切なものを一つ一つ壊していってやる。あいつの女を一人一人殺して俺の女に手を出したことを後悔させてやる。悪爪組を使ってあの男の女を殺させたが、あんな回りくどいことではあの男はビクともしない。なぜだ、悲しみにくれるのを期待したのに、なぜ俺の思うように誰も動かないのだ……」
ロシズは奥歯を噛み締め眉間にしわを寄せて、目を吊り上げた。みるみる怒りが込み上げているのが傍目でもわかる。
それを見た騎士は、とばっちりが来ないことを祈りロシズに背を向けた。
◇ ◇
騎士たちが休憩場所として選んだ岩場のその裏で、耳をピンと立てたナミが拳を握りしめていた。
「聞いたど……あの野郎だったのか。フェリーチェの親父をそそのかし、ジャックを使ってミオンちゃんを殺したのは!」
ナミは、この場で殺してやりたい衝動に駆られたのか弓を持つ手に力が入った。
ダメだ、仇を討つならセイヤが自分でしたいはず。セイヤは何も言わなかったが、ミオンちゃんが殺されて一番悲しかったのはセイヤなんだ。すぐにでも戻って伝えないと。
ナミは、そっと岩場の影から抜け出すと帰還石を取り出し、一気に一階へと戻った。
帰還石は、このダンジョンでボスを倒すと現れる宝箱の中に入っている品のひとつで、その名の通り一度一階へと戻ることができるのだ。
何度もセイヤとダンジョンを攻略して、帰還石はいくつかナミも持っていた。
一階のダンジョン受付カウンターに、元勇者ベルの仲間であった老人がカウンターを拭きあげているところだった。
それを横目に、一気に外に出ると竜牙会の事務所へと文字通り脱兎のごとく走ったのだった。
俺は、アルーナから連れて来たレイラ、ツアイ、ツウィスの三人との契約書を作成していた。レイラは、カトリーナの酒場で踊り子として働くが、借金返済するまでは竜牙会からの派遣として働き、給金は竜牙会から貰うようにした。
ツアイたち双子の姉妹と離れることをレイラが拒んだため、二人もカトリーナの店で働かせることとした。
「お前たちは、勝手にこの街を出ることはできん。この契約を破った場合は死ぬまで追いかけられると思え。契約期間は、レイラが借金を払い終わるまでだ。それまでは、竜牙会の一員として大切にしてやる。困ったことがあったら俺やナミに言え」
「わかったわ。借金はなるべく早くお返しします。返したら、もう好きにしていいのよね?」
不安そうなレイラの隣で、ツアイとツウィスは契約書の文字を興味深そうに見ていた。
「自由だ。ここを出てアルーナに戻るのもよし、カトリーナの店でそのまま働くでもかまわない。その時は給金はカトリーナから貰うことになる」
「あの、あの……セイヤもレイラの踊りを見に来る?」
ツウィスは、不安顔のレイラとは対照的に、ニコニコしながら聞いて来た。こいつらにとっては、他の街に出稼ぎに来たくらいの認識なのだろう。
「毎日とは言わないが、よく店には行く。レイラが踊っていたら見るだろう」
「ほんと! じゃぁ、ツアイたちが踊っても見に来てくれる?」
「踊っていたらな」
踊り子として採用されるかどうかはカトリーナが決める。
カウンター上で踊れるように、改装も終わっている頃だろう。
その時、事務所の扉をノックする音がした。入れと声をかけると、入って来たのは獅子人族の女だった。
酒場アンダルシアの店主カトリーナ・クラクストン。
鬣を思わせる金髪は美しく肩まで流れ、大きく開いた胸元と体にぴったりと張り付いたドレスから覗く肢体は官能的だった。
その美貌と合間って空間が華やいで見える。冒険者たちは、豪華と評するとおりの女だ。
「わぁー、きれいー!!」
ツアイとツウィスが感嘆の声をあげた。
「あら、正直な子たちね。この三人かしら、ダンサーというのは」
カトリーナは、三人が座っている後ろに立つと振り向いたまま、目を輝かせている姉妹の頭に手をポンと置く。
レイラは、立ち上がると腰を折って頭を下げた。礼儀だけは昔からきちんとしている女だ。
「そのダークエルフが、お前の店で働いて貰うダンサーだ」
俺がそう言うと、レイラは自分で名乗った。
「ふーん、さすがセイヤが目をつけただけのことはあるわ。踊りを見なくてもわかるわ、レイラはきっと人気者になるわね。で? こっちの子供はレイラの娘かしら……」
「ツアイです。こっちがツウィス。レイラとはお友達で、ついて来たの! 離れたくないんだ、ずっと一緒にいようって約束してるの」
この二人は、俺といる時は語尾が「にゃん」と言っているのに、普通に話せるんだな。
獣人族は訛りが強い者も多い。ナミの舌足らずな語尾といい、この二人のあざとい語尾といい、個性が強い。
カトリーナは獅子人族なので、獣人同士うまくやっていけそうだ。
むしろ、ダークエルフのレイラとカトリーナが馬が合えばいいのだが。
「カトリーナに任せる。この女は俺に借金があるから、しばらくは俺のところで預かる。給金は事務所へ払ってくれ。こっちの小さいのは、直接雇用でかまわん」
ぷくっと頬を膨らませたツアイが、抗議の声をあげた。
ナミが飛び込んで来たのはカトリーナたちが事務所を出て数分後だった。
ロシズが裏で手を引いて俺への嫌がらせのためにミオンを殺したこと、キャサリンを手に入れたいのは純粋な愛でないことなど、ナミが説明する。
「せいぜいダンジョンでのたれ死んでくれたらいいと思っていたが、そうはいかなくなったな」
「はいの! ミオンちゃんの敵討ちするど。その場で射ち殺してやろうかと思ったけど、セイヤに伝えるのが先だと思ったからさ、戻ってきたんだど。どうする、セイヤ?」
俺の答えは決まっている。ナミもわかっていて聞いたのだろう。答えを待たずして奥の倉庫へと入っていった。
キャサリンの親父の無念も晴らしてやらないとな。
この日、俺とナミはロシズへ報復するためにダンジョンへと向かった。
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