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第三章:ヴァンパイア王妃

第十一話:踊り子レイラ②

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 レイラは、恐怖に引きつった顔で俺を見た。
 おそらく、やって欲しいことをだと勘違いしたのだろう。

「返せないのなら、働いてもらうしかないからな」
「や、いやよ。知ってるでしょ! 知らない男たちに触られるのも、男に奉仕するのも、そんなのできない!」

 その時、控え室のドアが勢いよく開き、部屋に入るなり、俺の襟元をつかんだ。
 ……先ほどの男だ。

「お兄さん、勝手にうちの踊り子を引き抜かれても困りますな」

 外に出ていた店員は、ドアの外で俺たちのやりとりを聞いていたのだろう。
 客と店員の会話を盗み聞きとは、癖が悪いやつだ。

「引き抜きではない。こいつは、もともと俺の元で働いていたんだ」
「そんなこと知ったこっちゃねえんだ。こっちは、踊り子がいなくなったら商売にならねぇ」

 俺は、襟を掴んだまま離さない男の手をねじりあげる。男は、悲鳴をあげ苦悶の表情となった。
 手首が骨が軋む。それでも、男の膝が俺の腹を狙う。それを躱すと、男の軸足を払った。
 もんどりうって倒れる男に、とどめの一撃をみぞおちに一発入れた。
 呼吸ができなくて、空気を求めて口をパクパクさせているだけの男がうずくまる。
 さらに、追い討ちで踏みつける。
 腹を抱えて、のたうちまわる男の尻を蹴り飛ばすと、男は頭から壁に突っ込み、呻き声をあげた。
 小さく丸まった男の背に俺は腰をおろした。

「俺に掴みかかるとは、いい度胸しているな」

 ここまで俺は一切声を発しない。
 何も言わず、淡々と相手を潰していくだけだ。
 俺は、男の側頭部に一発殴りつける。
 なす術もなく、丸まることしかできない男の背に座り、煙管を取り出すと一服吸った。
 肩を上下させながら息をするだけの男をすでに戦意喪失している。

 レイラは、控え室の隅でおそるおそる顔を上げた。俺と目が合うと慌ててそらした。
 俺は立ち上がり言った。

「お前も、こんな風になりたいのか」

 その言葉を聞いたレイラは、頭を大きく振る。
 そして、後ずさりし、壁に背中が当たりしゃがみこんだ。

「いや、やめて。乱暴はしないで……」

 ダークエルフの褐色の頬に涙が流れ、濃い紫の口紅を塗った唇が小刻みに震えているのが見えた。

「お前次第だ」

 俺は、小さく、だがよく響く声で言うとレイラの方に一歩近ずく。
 レイラは、逃げようと後ずさりしようとするが壁に阻まれると、ヒッと小さく悲鳴をあげて頭を抱えた。
 さらに俺が一歩進む。レイラは震えながら身を固くする。殴れるか蹴られると思ったのだろう。

 俺は女には手を挙げた事がないが、レイラはそんなことは知らない。
 やりかねないと思っているのなら、そう思わせておけばいい。
 横を見ると、他の踊り子たちも、立ち上がると身を寄せ合って怯えていた。

 《そろそろ、脅すのはやめてやるか……》

 十分に反省したかわからないが、いつまでもお仕置きしても、逆効果だ。

「レイラ、俺と一緒に来るんだ。なに、悪い話ではない」

 レイラからは返事がなかったが、俺は続けた。

「頼みたいと言うのは、西地区バーンのアンダルシアで踊り子を募集している。お前なら、やっていけるだろう。それに、金も返せるし、待遇もいい。どうだ」

 レイラは、俺の話を聞いて、おずおずと顔を上げる。俺の顔を見て、恐る恐る言った。

「そ、それなら……」

 やっとの事で声を絞り出すと、俺が殴りかかってこないとわかり、安堵の色を浮かべ胸をなでおろす。
 さらに、レイラは恐る恐る、消え入る声で言った。

「この子たちも一緒なら……」

 俺は、身を寄せ合って壁を向いている女たちを見た。この女たちは、厄介ごとに巻き込まれたくないと、見ないように壁の方を向いていた。
 自分たちは何も見ていませんということで、とばっちりを食わないようにしているのだろう。

 背を向けているが、踊っていた時の彼女たちは、美しかった。連れて帰ればそれなりに金を生むだろう。
 だが、五人は多い。アンダルシアにそんなに雇う余裕はない。せいぜい、三人が限度だ。

「ダメだ。五人もいらん。だいいち、この店が困るだろう」

 俺は、うずくまっていた男を見やると、怯えた男は何度も首を縦に振った。
 すると、突然壁の方を向いていた女が二人、俺の前に飛び出して来た。

「あの、あの、すみません…… あの、あの、私もレイラと一緒に行きたい!」

 猫人族の女が二人だった。目にうっすら涙を溜めている。
 この二人は、双子なのか、同じ顔、同じスタイル、同じ背格好をしている。二人ともショートボブが似合っていた。

「この子たちの面倒は私が見ます。だから、せめてこの二人だけでも一緒に……お願いします」

 俺が欲しいのはレイラだけだが、レイラはすぐに逃げ出すことも考えると、人質としてこの二人を連れて行くのもいいだろう。

「レイラ、条件がある。この猫人族の女は、連れて帰っても踊り子にはしない。それでいいか」
「えっ? この子達には酷いことはやめて! この子たちに体を売らせないで!」

 えらい剣幕だ。。
 だが、なぜ俺が女に体を売らせると思ったのだろう。レイラの前でそんな話はした事がないのだが……

「誰も娼婦にするとは言っていない」

 レイラはホッとした表情を見せた。それほど心配なのか。

「踊り子として雇うには、店主の意向もある。場合によっては、踊り子ではなく給仕になることもあると言うことだ」
「わかったわ…… 」
「この二人は、しばらく俺が預かる。お前が逃げ出さなければ、すぐに一緒に住まわせてやろう」

「はい、それでいいわ。でも、この子たちを酷いことをしたら絶対に許さないから!」
「わかった、約束しよう」


 その時、レベッカが控え室に入って来た。

「あのー、まだかしら。そろそろ話はついた?」

 痺れを切らしたのか、レベッカは煙管を吸いながらドア枠に手をかけて言った。
 ゆっくり煙を吐くと色気が撒き散らされるかのようだ。
 踊り子たちは、皆レベッカを見て、惚けている。
 レベッカは、今はベールを脱いでいる。
 もし、店内でベールを脱いでいたら、今頃は踊り子よりもレベッカの方に客が殺到していたはずだ。

「話はまとまったところだ。悪かった、次はお前の弟探しだな」
「やっと、本題ね」
「俺にとっては、こっちが本題なんだがな」

 レベッカは、ニッコリと笑うと踊り子たちの嬌声が響いた。なんだ、こいつらレイラと同類か?
 ゆっくり、レイラの方を見るとすでに立ち上がって、レベッカに熱い視線を送っている。
 変わってないな……

 帰りは、レイラにレベッカの相手をさせてやろう。俺は、やっと奥様の絶叫から解放されることに安堵した。

<つづく>
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