異世界悪党伝 〜 裏稼業の元勇者が力と女で成り上がる!〜

桜空大佐

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第三章:ヴァンパイア王妃

第九話:南街アルーナ

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 カールトン国の南部の町『アルーナ』は、国内で四番目の大きさだ。
 ニブルの街に比べ、一年を通して暖かい。
 南国のスティーンハン国との国境にある街のため、文化はスティーンハン国の影響も強く受けている。
 とはいえ、南国との距離は馬車で二十日ほどかかるため、カールトン国の文化が七割がたというか感じか。
 俺は、アルーナの街に入った馬車の中からあたりを見回した。
 初めてきた街だが、陽気な雰囲気が漂っている。色彩豊かな外観の建物が多く、通りには露店のテントが並ぶ。
 道ゆく男女は、肌の露出が多い衣装を身につけていた。
 特に、女は年齢問わず、腹と足を隠さない服を着ている。
 昼に寄った休憩所のエール売りの女のような格好の若い女も見えた。

「ずいぶん熱心に見てるわね。田舎者丸出しだわ」

 レベッカは、そう言うとやれやれと肩をすくめた。
 この女は、八百年も生きているのだ、アルーナに何度も訪れているのだろう。
 だが、俺は初めてだ。珍しい建物の形状、道路沿いの露店、荷車を押す男たち、どれも俺には新鮮だった。

「俺は田舎者だが、お前もかなりの田舎者だと思うがな」
「あら、田舎者は認めるのね。でも、私は違うわ。こう見えても王都にも住んでいたことがあるんですから」

 レベッカは、背もたれに踏ん反り返り、腕を組んでいる。
 生意気な女だ。だが、口論でも勝てる気がしない。

「王都に住んだことがあるのか。どうりで垢抜けた感じがする」
「まあ、お上手ね。今日の服は、この街の気候に合わせてわざわざ職人にあつらってもらったのよ」

 アルーナに着く手前の休憩所で二人は、着替えをすませていた。
 その時は、俺が何も服装について触れなかった。
不満そうだったのはそれが理由か。
 レベッカは、首の後ろで紐を縛るホルターネック形の蒼い洋服を着ていた。
 それは、薄地で透き通った柔らかなシルクワームの糸で編まれており、強い光沢がある。
 肩の露出が程よくあり、背中が大きく開いているため、かなり目を引くだろう。

「とても上品な仕上がりだ。よく似合っている」

 お世辞ではなく、実際レベッカによく似合っていた。
 お洒落している女を、褒めない男がいるだろうか。男は女の変化に敏感になるべきだと思っている。
 メリーは、メイド服だが、袖のないブラウスを着ていた。
 こちらも、過去に気温の高いアルーナに来たことがあるということか。
 俺は、相変わらず黒シャツに黒ズボン。黒っぽい上着を着ていた。
 初めて来たのだ、知っていたら俺も着替えていただろう。

 馬車は、しばらく街の外周沿いを走っていたが、商人ギルドらしき建物の前に停まった。

「到着しました」

 メリーは、スッと音もなくドアを開けると先に馬車から降りた。
 この身のこなし、初めはすばしっこいやつだと感心していたが、吸血人種ヴァンパイアなら納得だ。

 御者は、馬車の後部に積んでいる荷物を持ってメリーに渡す。
 それをメリーは、当たり前のように俺に押し付けた。
 俺はいつから、この女にこき使われる立場になったのだ?

「な、なにか?」

 俺が睨みつけたものだから、メリーはか細い声で俺に抗議した。
 女に重たい物を持たせるのですか……と尻すぼみに声が小さくなる。
 気の弱そうな女に見えるが、実は常人の何倍もの力があるヴァインパイア。
 俺は、レベッカを馬車から下ろした。
 ふわっと馬車のステップから飛び降りたレベッカは、その場に立つだけで、通りを歩く人たちの目を引いた。

「知り合いを探す用事がある。俺への依頼はここまでだったな」
「あら、こんな田舎に私たちを置いて行くの? そんな冷たい人だったのね」

 まだ俺に何かさせるつもりかと、俺は身構えた。

「護衛の依頼は、アルーナまで連れてくることだったはずだが……」
「あなたって意外と冷たいのね。寝てる女に鼻の下伸ばして死にかけたくせに……」
「ちょっと待て! それは、幻覚のせいだ! それに鼻の下は伸ばしていない」

「どうだか。まあ、いいわ、今日、私たちはここに泊まるから、気が変わったら来てちょうだい」

 あっさり引き下がるレベッカの言葉と同時に、メリーから宿屋の名前が書いた紙を渡された。

「大きな部屋だから、貴方も一緒に泊まれるわ。いつでもどうぞ」

 そう言うと、レベッカとメリーは踵を返すように石畳の道を並んで歩いて行く。
 俺は、しばらくその後ろ姿を見ていたが、ふと片手にずっしりと重い鞄を持っていることに気づいた。
 《あいつら、自分たちの荷物を忘れてやがる……》

 俺は、レベッカたちを追いかけた。

「あら、もう決心がついたのかしら。早かったわね」
「早すぎです…… きっと私たちのことが好きなのです……」

 レベッカは、嬉しそうに振り返ると言い、メリーは、蚊の鳴くような声で聞き捨てならないことを言った。
 鞄を差し出す俺にレベッカは、宿まで運んでちょうだいと当たり前のように要求した。
 そうなるとは思っていたが……

「俺は、女を探しにこの街に来た。そいつが見つかるまでは、協力できない。だが、見つかったらお前の弟を探すのを手伝おう。それでいいか?」
「いいわよ。貴方の探してる女って、どんな子?」
「あとで話す。もう宿に着いたようだ」

 宿屋は、商人ギルドから歩いてすぐのところにあり、迷うこともなく、あっさりと到着した。
 近づいて見ると、白い粘土で作った煉瓦レンガを積み上げた煉瓦造りの建物は、おもむきがあった。
 しかも、屋根は半円球になっている。この街では、高級宿屋といったところか。

 俺たちが入口の前に行くと、ピカピカに磨かれた大きなドアを二人の男が、丁寧に開いてくれた。
 サッと、レベッカの前を召使いのメリーが入って行く。宿泊の受付をするためだ。
 だが、おそらく先に入ることで、危険性がないかを確認するのだろう。
 ぐるっと館内を見回したメリーは、そのまままっすぐに受付カウンターに進んだ。

 頭に布を巻いた男の荷物持ちポーターが、俺が持っている鞄に手をかける。
 そして、宿泊の受付が終わるまでこちらでお待ちくださいと、ソファが置かれた一角に案内された。
 流石によく教育されている。西地区バーンの宿屋では、ここまでのことはしていない。
 もちろん、西地区バーンは冒険者の街だから、観光客相手の宿屋は今のところ必要はない。
 何しろ、カールトン国で一番治安が悪いと言われているのだ、観光に来る物好きはいないだろう。

「すまないが、教えて欲しいことがある」

 俺は、荷物持ちポーターの男に声をかけ、銅貨を二枚手渡した。
 この街にある、踊り子がいる店を全て教えてもらい、五店舗の酒場の名を聞いた。
 全て歩いて回るには数時間かかるだろうと言われたが、宿屋の馬車を出してくれるという。
 さすが、高級宿というところか。

「ねぇ、貴方の探している女って、どんな人なの?」

 レベッカは、羽でできた扇子をゆっくりと扇いでいる。
 その風に乗って、ふんわりといつもとは違った、爽やかな柑橘系の香りが微かに香る。
 香水を使う女は珍しくはないが、衣装や場所によって香りを変える女は、上流階級の女くらいだ。
 俺の情婦のキャサリンは、父親が王都で重役をしているため複数の香水を持っていた。
 最近では、香水師パフィーマーという職業も増えて来ていて、人気の香水師は新作を出すと飛ぶように売れているようだ。
 今まで錬金術師や魔術師が作っていたが、それはあくまでも本業とは別にしていたため、本数が少なかった。
 これまで、種類も豊富にはなかったのだが、香水師は次々と新作を発表しているという。
 レベッカが身につけている香水は、おそらく新星の香水師のものなのかもしれないと俺は感じた。

「ねぇ、聞いてる?」

 レベッカは、俺の目の前で扇子をパタパタと扇いで言った。うっかり考え事をしてしまった。

「ああ、すまない。お前の今日の香りはいい香りだな。落ち着く香りだ」
「質問の答えになってないわ……でもありがとう。これ、オレンジスイーツって香りよ」

 その時、受付を終えたメリーが小走りに戻って来た。

「荷物を置いたら食事に出ましょう。それから、人探しよ」

 レベッカは、ソファから立ち上がると俺にニッコリ微笑む。そのニッコリが恐ろしい、何を考えているのだ。
 夕飯を食った後に、人探しでいいだろう。どうせ、踊り子が出る店は夜になってからだ。

 ◇◇

 俺たちが食事が終わったのは、すっかり日が落ちた頃だった。
 夜空には、数多の星が輝いている。
 街に到着した時は、土産物を売る露店が多く活気があったが、今はテントを閉じている。
 明かりがついているのは、酒場といくつかの店だけだ。
 食事の時に、俺は踊り子のレイラの話をレベッカたちにした。
 褐色の肌に、白い髪のダークエルフの女。この街で踊り子をしているという情報も入っていることなど、知っていることは全て伝えた。

「白い髪の娘を探せばいいのね」
「まあ、そうだ」

 俺たちは、まず踊り子のレイラを探すことにした。

<つづく>
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