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第三章:ヴァンパイア王妃
第四話:淫蕩
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初日の宿場町は、石造りの城壁に囲まれていた。赤煉瓦造りのアーチ型の門には『ザ・ポール』と街名の看板が掲げられている。
俺は窓から様子を見ていたが、門番らしい男は呼び止めもせず、馬車が通り過ぎるのを見ているだけだった。人の出入りが激しい宿場町では、出入りの管理はしていないのだろう。誰でも自由に出入りできるのか、馬車だから通れたのかわからない。
この大陸の四つの国家は人が流動的で制限されていない。身分証さえあれば出入りの自由が約束されている。だが、身分証の確認をしない町は初めてだった。
後で知ったことだが、カールトン国の宿場町は複数あるが、このザ・ポールは日の出から日没までの間、身分証の確認はしないらしい。しかし、日没から夜明けまでは門が閉じられるため、身分の確認がある。
隊商や遍歴職人の元締めである商人ギルドが運営している宿場町のため、手続きは簡素化しているのだと宿屋の主人から教えてもらった。
宿屋と小さな酒場があるくらいだが、よく整備されている街だ。宿屋は、どの建物も白い漆喰塗りの外壁に煉瓦で縁取りされた洒落た外観をしていた。窓に鉄製のカゴが取り付けられ花が飾られているのも特徴的だ。
街には魔法街灯があり青白く灯っている。雰囲気のある街だ。この小さな宿場町の馬車置き場には、すでに百台以上が停まっている。人気の街のようだ。
「到着いたしました」
召使いは、馬車が停まるとベールを被った女に向かって言った後、扉を開き先に降りる。
「待て、俺が先に降りる」
女からの返答はなかったが、先に降りて周囲を確認した。多くの馬車が停まっていて人も多い。気にかけるような危険は感じられなかった。
馬車の客席に座った女に向かって、大丈夫だと告げると、女は頷き、そして俺の手をとって馬車を降りた。くるぶしまである長いプリーツスカートを踏まないように、足元を気にする身のこなしは、馬車に乗り慣れている。
躊躇せずに俺の差し出した手を取ったのも、普段からそういう扱いを受けていたからだろう。
召使いは、御者に荷物を下ろしてもらうと両手で大きな鞄を持った。数日分の着替えでも入っているはずだが、やけに量が少ない。鞄ひとつに四日分の着替えを詰めているのか。
俺が、女の荷物の少なさを気にかけていると、ベールの女は俺の視線に悟ったのか俺に向かって言った。
「魔法袋を持っているの。でも、その鞄だけは入らなかったわ」
魔法袋には収納量に限度があるのか。俺は、その辺の知識は持ち合わせてはいない。氷竜攻略のドロップアイテムの一つだった魔法袋の収納量は底なしだ。だが、女の魔法袋はせいぜい三日分程度の収納量ということなのだろう。
「その荷物を持ってやる」
俺は、両手で重そうに下げている鞄を召使いから引ったくるように受け取った。たとえ、召使いでも女が重い物を持っているのを見て見ぬ振りできない。
召使いは、俺に鞄を取り上げられると、あっと小さな声を上げた。問答無用の俺の強引な態度に、戸惑った様子だが、深々と頭を下げ感謝の言葉を言った。
俺は辺りを見回した。
「どこの宿だ」
「こちらでございます」
ベールの女の横に召使いの女がつき、俺が後ろをついて歩く。ベールの女は、腰を左右に振りながら歩いている。男を喜ばせるために仕込まれた歩き方だ。もしかしたら、貴族に嫁ぐために幼い頃から教育を受けてきたのかもしれない。間違いなく、どこかの貴婦人ということだ。娼婦の歩き方と違うのは、娼婦は上体も左右にくねらせるが、貴族の女たちは上体はほとんど動かない。腰だけが左右に揺れる。
馬車置き場から数十メルチの距離にある宿屋は、木製の大きな開き戸の入り口があるが、今は開放されていて中の受付カウンターが見えていた。年配の男女が二人が深々と頭を下げて、いらっしゃいませと言うと召使いはカウンターに走り寄り、泊まる手続きを始めた。
手馴れたものだと、俺は感心して召使いを見ていると、ベールの女は俺の様子を見ていたのかニコリと唇の端が上がった。厚い布でできたベールはほとんど光を通さない。中が透けて見えないため表情は口元しかわからない。だが、この女はそのベールの中から外が見えるようだった。
どんな仕掛けがあるのだ。俺は、ベールの構造が気になったが、その時一人の男が近づいてきたので意識をそちらに向けた。
「お部屋は最上階になりますので、お荷物をお持ちします」
男は、俺にそう言うと会釈をした。この男は荷物を運んでチップで生活している雇われ人だろう。俺は素直に、その男へ荷物を渡した。生活のために働くやつから仕事を奪うわけにはいかない。
部屋は、寝室が1つ、それと別に居間と風呂場が完備されていた。浴槽もあるが湯は入っていない。呪文紙が置かれているので、魔法で湯を張る仕組みらしい。
さらに、その隣には便所があった。小さな個室に木箱に穴を開けた便器と水瓶があり柄杓が置かれている。
部屋の安全を確認していると、ベールの女はソファに座っていた。召使いは荷物持ちの男に、飲み物や食事を注文している。この部屋で食事を取るのだろうか。
ベールの女が、ふぅと大きなため息をついた。手持ち無沙汰か、俺がいるから着替えができないのでイラついているのだろうか。俺は、女に向かって言った。
「そのベールは取らないのか? そのままでも俺は構わないが周りが見えにくいだろう」
「あら、気にしてくださっていたのね。私はあなたが何も聞いてくれないから、ベールを取るタイミングを逃してどうしようかと思っていたところよ」
女は、嫌味を言うとベールをゆっくりと上げた。召使いが、近寄って帽子と一体となったベールを受け取る。
「やっと落ち着けるわ。馬車ってどうしてあんなに揺れるのかしら。後少しで気分が悪くなってしまうところでした」
ベールの女は、大きく深呼吸した。思った通り、美形の女だ。想像していたより若い。ウェーブのかかったロングヘアが編み込まれ後ろに一つに纏められている。
彫の浅い顔に、鼻筋の通った小さいが形の良い鼻。化粧で縁取られた目は大きくパッチリとしている。
「何をそんなに見つめているのかしら。私に見とれているの?」
「そうだ。思っていたよりも可愛い顔をしていると思ったもんでな」
あら素直なのねと女は軽く躱すと、煙を吐き、俺の方を見た。
「いい男ね。旅の間ずっとあなたがそばに居てくれるなんて嬉しいわ」
「護衛だからな」
女は、間髪入れずに答えた。
「それ以外もよ」
「それはどういう意味だ」
女は、呆れたと言わんばかりに肩をすくませ、小さくため息をついた。
「あなた、依頼の内容を見ていないの?」
俺は、出発間際に町長に渡された紙片を思い出した。依頼内容が書かれていると言っていたが、ポケットにねじ込んだままだ。
俺は、紙片を取り出すと目を走らせた。
「夜伽までが依頼内容……。いいのか?」
「いいのよ……それに、その子もね。一緒に泊まるのよ」
俺は、召使いの女の方を見た。入り口で腹の前で手のひらを重ねて立っている女は、こくんと頷くとよろしくお願いしますとほとんど聞こえない微かな声で言った。
その時、ドアがノックされた。召使いの女はすぐに扉を開ける。
料理が運ばれてきたようだ。
給仕の男が、部屋まで料理を運び入れるとテーブルに並べた。
護衛される女と、その召使い、そして護衛担当の俺の三人で食事を摂った。味は普通だが、品数が多くテーブルいっぱいに皿が並べられている。酒もあったが俺は口をつけなかった。
腹が満たされ、俺と女は煙草に火をつけた。食事中に名を尋ねたが、それは内緒だと含みをもたせた言い方をされ、名を聞かされなかった。召使いはメリーと名乗った。
メリーもまた、この女を名前では呼ばなかったが「奥様」と呼んでいたので、どこぞの貴族の奥様なのだろう。
俺もこれからは奥様と呼ぶことにする。
メリーは、浴室に入ると浴槽に湯をためた。呪文紙を使うため、あっという間に湯船に湯がたまると、湯気が立ち上り、浴室が白い湯気で覆われた。メリーが浴室から出ると、彼女について湯気が部屋に入って来る。
「貴方が入浴中に暴漢が襲って来ても困るから、三人で入りましょう」
奥様は、そう言うと立ち上がった。俺は構わないが、暴漢が襲ってくるような宿場町ではなさそうだ。それでも、据え膳食わねば男の恥。俺は、二人が服を脱ぎ始めるのを確認してから入り口の施錠を確認し、窓の木扉を閉めた。
召使いのメリーも、おずおずと服を脱ぐ。ソバカスが多いが素朴な顔立ちをしている。美人ではないが、愛嬌のある幼さを残すタレ目が特徴的の顔をしている。町長のところで雇われているだけあって、召使いとしての働きぶりは良かった。
俺はこの女も悦ばせるのか、それともこの女と二人であの奥様を相手するのだろうか。どちらでもかまわないが、報酬はたっぷりいただくことにする。
◇
◇
◇
奥様は驚くほどの淫乱だった。俺が主導権を取ること叶わず、ひたすら後手に回った。
召使いのメリーも、加勢して二人で攻め立てたが精力は衰えることもなく、何度も何度も求められた。
メリーも疲れ果て、動きが鈍くなっているが淫乱女はメリーの頭を股間に押しつけ太ももでガッチリと固定している。流石に、メリーが可哀想になり、奥様の艶の乗った脚をこじ開き、メリーを退けると俺がその後を続けた。
朝方、ようやく女は満足したかのように眠った。メリーもいつしか眠ってしまっている。
キングサイズの大きなベッドに美女と若い娘が素っ裸で寝ている光景はいいものだが、尽き果てた俺には目の毒でしかない。
二人の頭をあげて枕を差し込み、布団をかけてやった。よく眠っている。
俺は、一緒に寝るわけにはいかない。俺の仕事は護衛だ。起きていなければならない。
しかし、奥様は自分本位で、自分が満足できたらそれでいいと言わんばかりに、あれこれ指図するので辟易する。見た目は淑女だが、夜は貪欲な淫乱
俺は、ソファに座るとそのまま眠りにつこうとした。
そのとき、「コツン」と外から音がしたような気がした。下の階からだ。
女たちは眠っていて気付いていない。
俺は扉に何か当たったのかと思ったが、念のため静かに窓を開けて外を確認する。
すると、ちょうど窓の下の外壁に一人の男がしがみついているのが見えた。レンガの凹凸に指を掛け、壁を上がって来ている。背中には大きな袋を背負っていた。
盗人か。俺は、静かに木窓を全開にし、窓をゆっくりと音がしないように開いた。
男は気づいていない。左右交互に手を上に伸ばして指を掛け、指の力だけで体を持ち上げる。足をレンガの目地に引っ掛け、さらに上に登っている。手足が細く長い。まるで蜘蛛が這っているかのようだ。
それにしても、上で見られていることに気づかないとは、間抜けな盗人だ。
俺は、煙管に火をつけて一服をして待つことにした。
部屋は暗くしている。盗人は窓が開いたとは気づいていないようで、徐々に近づいて来た。
あと、一メルチほどのところで俺は、窓から煙管の火玉を落とす。
ちょうど、盗人が右手を伸ばして窓枠に手をかけようとしているときだった。男と目が合い、そして男の手の甲に火玉がポトンと落ちた……
盗人は、目と口をまん丸にして声も出さずに驚くと、その拍子に足が滑り、レンガに掛けていた指が外れた。
そのまま背中から地面に落下。遠ざかる盗人……ドスンと大きな音がした。
一切声を出さなかったのは褒めてやるが、進行方向に目をやらず、一心不乱に登っているようでは盗人の初心者としか思えない。
俺は、女たちを確認したが、二人はいつの間にか抱き合うようにして眠っていた。
地面に落ちた男はしばらく、動けなかった。苦悶の表情を浮かべてのたうちまわっている。
何事かと、宿屋の主人も駆けつけたので、壁を登っていた男が落ちたのだと伝えた。
主人が自警団を呼びに行く。
その後、自警団が駆けつけ盗人を調べたが、盗人は背中の荷物が緩衝材となり、大きな怪我はしていなかった。ただ、手の甲に火傷の跡があると報告しているのを聞いた。
少しやりすぎたようだ。
朝、宿屋の主人が俺たちの部屋に朝食を運び入れるときに給仕と一緒に入ってきて礼を言った。二階の部屋の荷物が盗まれていたという。
俺は、特に何もしていないから気にするなというと、主人は一礼し、ニヤつきながら部屋を出て行った。
女たちと俺が夜に楽しんでいたことを気づいたのだろう。この淫乱な奥様の声が大きすぎなのだ。獣の雄叫びのような絶叫と、気持ちいいだの、そこそこだの、大きな声で叫ぶもんだから近所迷惑もいいところだ。
その女たちは、昨日の出来事なんて知らないわよと言わんばかりに、澄まし顔で朝食に手をつけている。
あと二泊ある。俺は大きなため息をついた。
<つづく>
俺は窓から様子を見ていたが、門番らしい男は呼び止めもせず、馬車が通り過ぎるのを見ているだけだった。人の出入りが激しい宿場町では、出入りの管理はしていないのだろう。誰でも自由に出入りできるのか、馬車だから通れたのかわからない。
この大陸の四つの国家は人が流動的で制限されていない。身分証さえあれば出入りの自由が約束されている。だが、身分証の確認をしない町は初めてだった。
後で知ったことだが、カールトン国の宿場町は複数あるが、このザ・ポールは日の出から日没までの間、身分証の確認はしないらしい。しかし、日没から夜明けまでは門が閉じられるため、身分の確認がある。
隊商や遍歴職人の元締めである商人ギルドが運営している宿場町のため、手続きは簡素化しているのだと宿屋の主人から教えてもらった。
宿屋と小さな酒場があるくらいだが、よく整備されている街だ。宿屋は、どの建物も白い漆喰塗りの外壁に煉瓦で縁取りされた洒落た外観をしていた。窓に鉄製のカゴが取り付けられ花が飾られているのも特徴的だ。
街には魔法街灯があり青白く灯っている。雰囲気のある街だ。この小さな宿場町の馬車置き場には、すでに百台以上が停まっている。人気の街のようだ。
「到着いたしました」
召使いは、馬車が停まるとベールを被った女に向かって言った後、扉を開き先に降りる。
「待て、俺が先に降りる」
女からの返答はなかったが、先に降りて周囲を確認した。多くの馬車が停まっていて人も多い。気にかけるような危険は感じられなかった。
馬車の客席に座った女に向かって、大丈夫だと告げると、女は頷き、そして俺の手をとって馬車を降りた。くるぶしまである長いプリーツスカートを踏まないように、足元を気にする身のこなしは、馬車に乗り慣れている。
躊躇せずに俺の差し出した手を取ったのも、普段からそういう扱いを受けていたからだろう。
召使いは、御者に荷物を下ろしてもらうと両手で大きな鞄を持った。数日分の着替えでも入っているはずだが、やけに量が少ない。鞄ひとつに四日分の着替えを詰めているのか。
俺が、女の荷物の少なさを気にかけていると、ベールの女は俺の視線に悟ったのか俺に向かって言った。
「魔法袋を持っているの。でも、その鞄だけは入らなかったわ」
魔法袋には収納量に限度があるのか。俺は、その辺の知識は持ち合わせてはいない。氷竜攻略のドロップアイテムの一つだった魔法袋の収納量は底なしだ。だが、女の魔法袋はせいぜい三日分程度の収納量ということなのだろう。
「その荷物を持ってやる」
俺は、両手で重そうに下げている鞄を召使いから引ったくるように受け取った。たとえ、召使いでも女が重い物を持っているのを見て見ぬ振りできない。
召使いは、俺に鞄を取り上げられると、あっと小さな声を上げた。問答無用の俺の強引な態度に、戸惑った様子だが、深々と頭を下げ感謝の言葉を言った。
俺は辺りを見回した。
「どこの宿だ」
「こちらでございます」
ベールの女の横に召使いの女がつき、俺が後ろをついて歩く。ベールの女は、腰を左右に振りながら歩いている。男を喜ばせるために仕込まれた歩き方だ。もしかしたら、貴族に嫁ぐために幼い頃から教育を受けてきたのかもしれない。間違いなく、どこかの貴婦人ということだ。娼婦の歩き方と違うのは、娼婦は上体も左右にくねらせるが、貴族の女たちは上体はほとんど動かない。腰だけが左右に揺れる。
馬車置き場から数十メルチの距離にある宿屋は、木製の大きな開き戸の入り口があるが、今は開放されていて中の受付カウンターが見えていた。年配の男女が二人が深々と頭を下げて、いらっしゃいませと言うと召使いはカウンターに走り寄り、泊まる手続きを始めた。
手馴れたものだと、俺は感心して召使いを見ていると、ベールの女は俺の様子を見ていたのかニコリと唇の端が上がった。厚い布でできたベールはほとんど光を通さない。中が透けて見えないため表情は口元しかわからない。だが、この女はそのベールの中から外が見えるようだった。
どんな仕掛けがあるのだ。俺は、ベールの構造が気になったが、その時一人の男が近づいてきたので意識をそちらに向けた。
「お部屋は最上階になりますので、お荷物をお持ちします」
男は、俺にそう言うと会釈をした。この男は荷物を運んでチップで生活している雇われ人だろう。俺は素直に、その男へ荷物を渡した。生活のために働くやつから仕事を奪うわけにはいかない。
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さらに、その隣には便所があった。小さな個室に木箱に穴を開けた便器と水瓶があり柄杓が置かれている。
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ベールの女が、ふぅと大きなため息をついた。手持ち無沙汰か、俺がいるから着替えができないのでイラついているのだろうか。俺は、女に向かって言った。
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「あら、気にしてくださっていたのね。私はあなたが何も聞いてくれないから、ベールを取るタイミングを逃してどうしようかと思っていたところよ」
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ベールの女は、大きく深呼吸した。思った通り、美形の女だ。想像していたより若い。ウェーブのかかったロングヘアが編み込まれ後ろに一つに纏められている。
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「それ以外もよ」
「それはどういう意味だ」
女は、呆れたと言わんばかりに肩をすくませ、小さくため息をついた。
「あなた、依頼の内容を見ていないの?」
俺は、出発間際に町長に渡された紙片を思い出した。依頼内容が書かれていると言っていたが、ポケットにねじ込んだままだ。
俺は、紙片を取り出すと目を走らせた。
「夜伽までが依頼内容……。いいのか?」
「いいのよ……それに、その子もね。一緒に泊まるのよ」
俺は、召使いの女の方を見た。入り口で腹の前で手のひらを重ねて立っている女は、こくんと頷くとよろしくお願いしますとほとんど聞こえない微かな声で言った。
その時、ドアがノックされた。召使いの女はすぐに扉を開ける。
料理が運ばれてきたようだ。
給仕の男が、部屋まで料理を運び入れるとテーブルに並べた。
護衛される女と、その召使い、そして護衛担当の俺の三人で食事を摂った。味は普通だが、品数が多くテーブルいっぱいに皿が並べられている。酒もあったが俺は口をつけなかった。
腹が満たされ、俺と女は煙草に火をつけた。食事中に名を尋ねたが、それは内緒だと含みをもたせた言い方をされ、名を聞かされなかった。召使いはメリーと名乗った。
メリーもまた、この女を名前では呼ばなかったが「奥様」と呼んでいたので、どこぞの貴族の奥様なのだろう。
俺もこれからは奥様と呼ぶことにする。
メリーは、浴室に入ると浴槽に湯をためた。呪文紙を使うため、あっという間に湯船に湯がたまると、湯気が立ち上り、浴室が白い湯気で覆われた。メリーが浴室から出ると、彼女について湯気が部屋に入って来る。
「貴方が入浴中に暴漢が襲って来ても困るから、三人で入りましょう」
奥様は、そう言うと立ち上がった。俺は構わないが、暴漢が襲ってくるような宿場町ではなさそうだ。それでも、据え膳食わねば男の恥。俺は、二人が服を脱ぎ始めるのを確認してから入り口の施錠を確認し、窓の木扉を閉めた。
召使いのメリーも、おずおずと服を脱ぐ。ソバカスが多いが素朴な顔立ちをしている。美人ではないが、愛嬌のある幼さを残すタレ目が特徴的の顔をしている。町長のところで雇われているだけあって、召使いとしての働きぶりは良かった。
俺はこの女も悦ばせるのか、それともこの女と二人であの奥様を相手するのだろうか。どちらでもかまわないが、報酬はたっぷりいただくことにする。
◇
◇
◇
奥様は驚くほどの淫乱だった。俺が主導権を取ること叶わず、ひたすら後手に回った。
召使いのメリーも、加勢して二人で攻め立てたが精力は衰えることもなく、何度も何度も求められた。
メリーも疲れ果て、動きが鈍くなっているが淫乱女はメリーの頭を股間に押しつけ太ももでガッチリと固定している。流石に、メリーが可哀想になり、奥様の艶の乗った脚をこじ開き、メリーを退けると俺がその後を続けた。
朝方、ようやく女は満足したかのように眠った。メリーもいつしか眠ってしまっている。
キングサイズの大きなベッドに美女と若い娘が素っ裸で寝ている光景はいいものだが、尽き果てた俺には目の毒でしかない。
二人の頭をあげて枕を差し込み、布団をかけてやった。よく眠っている。
俺は、一緒に寝るわけにはいかない。俺の仕事は護衛だ。起きていなければならない。
しかし、奥様は自分本位で、自分が満足できたらそれでいいと言わんばかりに、あれこれ指図するので辟易する。見た目は淑女だが、夜は貪欲な淫乱
俺は、ソファに座るとそのまま眠りにつこうとした。
そのとき、「コツン」と外から音がしたような気がした。下の階からだ。
女たちは眠っていて気付いていない。
俺は扉に何か当たったのかと思ったが、念のため静かに窓を開けて外を確認する。
すると、ちょうど窓の下の外壁に一人の男がしがみついているのが見えた。レンガの凹凸に指を掛け、壁を上がって来ている。背中には大きな袋を背負っていた。
盗人か。俺は、静かに木窓を全開にし、窓をゆっくりと音がしないように開いた。
男は気づいていない。左右交互に手を上に伸ばして指を掛け、指の力だけで体を持ち上げる。足をレンガの目地に引っ掛け、さらに上に登っている。手足が細く長い。まるで蜘蛛が這っているかのようだ。
それにしても、上で見られていることに気づかないとは、間抜けな盗人だ。
俺は、煙管に火をつけて一服をして待つことにした。
部屋は暗くしている。盗人は窓が開いたとは気づいていないようで、徐々に近づいて来た。
あと、一メルチほどのところで俺は、窓から煙管の火玉を落とす。
ちょうど、盗人が右手を伸ばして窓枠に手をかけようとしているときだった。男と目が合い、そして男の手の甲に火玉がポトンと落ちた……
盗人は、目と口をまん丸にして声も出さずに驚くと、その拍子に足が滑り、レンガに掛けていた指が外れた。
そのまま背中から地面に落下。遠ざかる盗人……ドスンと大きな音がした。
一切声を出さなかったのは褒めてやるが、進行方向に目をやらず、一心不乱に登っているようでは盗人の初心者としか思えない。
俺は、女たちを確認したが、二人はいつの間にか抱き合うようにして眠っていた。
地面に落ちた男はしばらく、動けなかった。苦悶の表情を浮かべてのたうちまわっている。
何事かと、宿屋の主人も駆けつけたので、壁を登っていた男が落ちたのだと伝えた。
主人が自警団を呼びに行く。
その後、自警団が駆けつけ盗人を調べたが、盗人は背中の荷物が緩衝材となり、大きな怪我はしていなかった。ただ、手の甲に火傷の跡があると報告しているのを聞いた。
少しやりすぎたようだ。
朝、宿屋の主人が俺たちの部屋に朝食を運び入れるときに給仕と一緒に入ってきて礼を言った。二階の部屋の荷物が盗まれていたという。
俺は、特に何もしていないから気にするなというと、主人は一礼し、ニヤつきながら部屋を出て行った。
女たちと俺が夜に楽しんでいたことを気づいたのだろう。この淫乱な奥様の声が大きすぎなのだ。獣の雄叫びのような絶叫と、気持ちいいだの、そこそこだの、大きな声で叫ぶもんだから近所迷惑もいいところだ。
その女たちは、昨日の出来事なんて知らないわよと言わんばかりに、澄まし顔で朝食に手をつけている。
あと二泊ある。俺は大きなため息をついた。
<つづく>
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ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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