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もはや辿り着けない
独占欲
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後ろから声が聞こえた気がするもそんなもん無視だ無視。さっきあれだけ走ったのにまだそんな脚が残ってたんかと我ながら感心してしまう。一目散に体育館から脱出し隠れる場所が多そうな本校舎に逃げ込む。本館は外履き禁止だがあいにく今は緊急事態だ。申し訳程度に入り口付近にあったカーペットで靴の裏を拭き取る。
全校集会中だから廊下を走っても誰かと鉢合わせるようなこともなく、本館の中でも比較的ごちゃごちゃしている購買に辿り着いた。いつもいるおばちゃんは朝だからかまだ来ていない、好都合だ。奥にある文房具コーナーで息を潜めさせてもらうとしよう__
「朝日奈さん」
……またも背後から声をかけられた。しかも同じ声の持ち主。今度は逃げずにゆっくりと振り返る。そこには逆陸がいた。入るところを目撃されていたのか、扉を開けて入り口に立っている。この部屋における正攻法の出口はそこしかない。こうなっては俺が逃げる道は窓しか無くなってしまう。もっとも、窓を開けて外に出るまでの動作を虎杖に邪魔される事を想定した場合、今ここから逃げる手立ては無くなってしまうのだけれど。
「お前……なんで……」
色んな意味を込めた「お前なんで」だった。他の奴らは俺のことを視認できていないのに何故お前だけ。俺のほうがスタート早かった筈なのにどうして追いついているんだ。そもそもの話集会中なのにこんなところまで来ていいのか。
「それ、運動部の僕に聞くの?」
そうだ。こいつバスケ部じゃん。体づくりの基礎的な体力をつける運動しかしていない俺と、日々大会だのなんだのに向けて鍛えているバスケ部じゃ脚力が違う。
「朝日奈さん、どこに行ってたの?」
虎杖は中に入り扉を閉めた。いつもの穏やかな顔とは違う狩人のような視線に射止められ、ウサギのように震えながら許しをこう事しか出来ない。
「ちょ、話せばわかるから……落ち着けよ……」
「どうしてみんなには朝日奈さんの姿が見えてないの? どうして僕にだけ君が見えてるの?」
「や、やめろ。寄るな。そんなん知らねえ」
「朝日奈さん。その服はなに?」
「ひぇっ!」
虎杖がどんどん近づいてくる。狭い部屋でしかも奥の方の文具コーナーに隠れたのが仇となった。壁に追いやられたらもう逃げ場はない。
「逃がさないよ。またいなくやっちゃうからね」
「な、なんでお前はそんなに俺にこだわるんだよ……」
それは防戦一方だった俺にとって必死の反撃だった。声も身体も小動物のように震えた情けないものだったけれど、それでも何もやり返せないよりはずっとマシだ。朝日奈は一瞬だけ眉を歪ませる。そしてようやっと俺が怖がっていることに気がついたのか後ろに二、三歩下がった。
「ごめんね。怖がらせちゃった。こうでもしないとまたなにも言わずにどこかに消えてしまうと思って……」
「は、はぁ?」
「その反応を見るに、君は覚えてないかもだけど……君が行方不明になる前最後に接触したのは僕なんだ」
あー……そういやそうだっけ。たしか雨降っててこいつに相合傘して帰ろうみたいなことほざかれたのは覚えている。身長差が如実になるのが嫌過ぎて適当に嘘ついてそんでやり過ごしたんだっけ。
「あの時無理にでも君と一緒にいるべきだった。一緒には帰れなくたって雨が止むまで君から目を離さなければ……」
「お、おい。別にあれはお前のせいじゃねえし……」
「好きな人ともう二度と会えなくなるかと思うだけで苦しかった!」
「……え?」
俺は何も答えられない。だってそうだ。俺はあの世界に行く直前までこいつと面と向かって話をしたことすらない。すきなひと? 好きな人? 友達としてではないニュアンスを含ませたように感じたのは気のせいだろうか? うんうんそうだきっとそうに違いない。
だって顔が良くて女子からはモテモテ。運動が得意で男からも人気者。愛想も素行も良くて教師からの人望も厚い。そんな奴が俺みたいなチビで女子からは笑いもの。付き合いが悪くて男子からは根暗の陰キャ。教師ですら俺を腫れ物扱い。そんな男を好きになるはずがない。
「アイツら本当に見る目ないよ。朝日奈さんの可愛さに気が付かないなんて」
「ちょ」
「でも他の奴らに取られることもないと思ったからゆっくり仲良くなろうと思ってたのに……」
吐き捨てるように言うその言葉はいつもの優しい虎杖の雰囲気とはあまりにかけ離れていた。まるで大好きな宝物を独り占めする子供のように無邪気な声であったけれど、同時にその独占欲の強さに背筋が凍りつくほどの恐怖を感じた。
本能が逃げろと警告を鳴らすが身体が動かない。恐怖のせいで思考諸共凍りついたように固まっている。虎杖の手がこちらに伸びてきた。どうしよう、どうしよう。
ついに伸びてくる手と己の距離は二十センチもない。
諦めかけたそのタイミングで、ピカッと音が鳴りそうなほどの強い光が俺のポッケから発せられた。それと同時にいつの間にかポッケに入ってたスマートフォンが震えだす。その震えはどんどんと大きくなり、それがスマホのバイブレーションである事を把握出来る頃には俺の身体はすっかり動けるようになった。
着信だ。その着信番号は非通知で、誰から来たのかはわからない。でもこんな超常現象に巻き込まれた最中でも電話かけてくるやつとかアイツらしか居ない。虎杖が豆鉄砲喰らった鳩みたいになっとるこの隙を逃さず、その着信に応答した。
全校集会中だから廊下を走っても誰かと鉢合わせるようなこともなく、本館の中でも比較的ごちゃごちゃしている購買に辿り着いた。いつもいるおばちゃんは朝だからかまだ来ていない、好都合だ。奥にある文房具コーナーで息を潜めさせてもらうとしよう__
「朝日奈さん」
……またも背後から声をかけられた。しかも同じ声の持ち主。今度は逃げずにゆっくりと振り返る。そこには逆陸がいた。入るところを目撃されていたのか、扉を開けて入り口に立っている。この部屋における正攻法の出口はそこしかない。こうなっては俺が逃げる道は窓しか無くなってしまう。もっとも、窓を開けて外に出るまでの動作を虎杖に邪魔される事を想定した場合、今ここから逃げる手立ては無くなってしまうのだけれど。
「お前……なんで……」
色んな意味を込めた「お前なんで」だった。他の奴らは俺のことを視認できていないのに何故お前だけ。俺のほうがスタート早かった筈なのにどうして追いついているんだ。そもそもの話集会中なのにこんなところまで来ていいのか。
「それ、運動部の僕に聞くの?」
そうだ。こいつバスケ部じゃん。体づくりの基礎的な体力をつける運動しかしていない俺と、日々大会だのなんだのに向けて鍛えているバスケ部じゃ脚力が違う。
「朝日奈さん、どこに行ってたの?」
虎杖は中に入り扉を閉めた。いつもの穏やかな顔とは違う狩人のような視線に射止められ、ウサギのように震えながら許しをこう事しか出来ない。
「ちょ、話せばわかるから……落ち着けよ……」
「どうしてみんなには朝日奈さんの姿が見えてないの? どうして僕にだけ君が見えてるの?」
「や、やめろ。寄るな。そんなん知らねえ」
「朝日奈さん。その服はなに?」
「ひぇっ!」
虎杖がどんどん近づいてくる。狭い部屋でしかも奥の方の文具コーナーに隠れたのが仇となった。壁に追いやられたらもう逃げ場はない。
「逃がさないよ。またいなくやっちゃうからね」
「な、なんでお前はそんなに俺にこだわるんだよ……」
それは防戦一方だった俺にとって必死の反撃だった。声も身体も小動物のように震えた情けないものだったけれど、それでも何もやり返せないよりはずっとマシだ。朝日奈は一瞬だけ眉を歪ませる。そしてようやっと俺が怖がっていることに気がついたのか後ろに二、三歩下がった。
「ごめんね。怖がらせちゃった。こうでもしないとまたなにも言わずにどこかに消えてしまうと思って……」
「は、はぁ?」
「その反応を見るに、君は覚えてないかもだけど……君が行方不明になる前最後に接触したのは僕なんだ」
あー……そういやそうだっけ。たしか雨降っててこいつに相合傘して帰ろうみたいなことほざかれたのは覚えている。身長差が如実になるのが嫌過ぎて適当に嘘ついてそんでやり過ごしたんだっけ。
「あの時無理にでも君と一緒にいるべきだった。一緒には帰れなくたって雨が止むまで君から目を離さなければ……」
「お、おい。別にあれはお前のせいじゃねえし……」
「好きな人ともう二度と会えなくなるかと思うだけで苦しかった!」
「……え?」
俺は何も答えられない。だってそうだ。俺はあの世界に行く直前までこいつと面と向かって話をしたことすらない。すきなひと? 好きな人? 友達としてではないニュアンスを含ませたように感じたのは気のせいだろうか? うんうんそうだきっとそうに違いない。
だって顔が良くて女子からはモテモテ。運動が得意で男からも人気者。愛想も素行も良くて教師からの人望も厚い。そんな奴が俺みたいなチビで女子からは笑いもの。付き合いが悪くて男子からは根暗の陰キャ。教師ですら俺を腫れ物扱い。そんな男を好きになるはずがない。
「アイツら本当に見る目ないよ。朝日奈さんの可愛さに気が付かないなんて」
「ちょ」
「でも他の奴らに取られることもないと思ったからゆっくり仲良くなろうと思ってたのに……」
吐き捨てるように言うその言葉はいつもの優しい虎杖の雰囲気とはあまりにかけ離れていた。まるで大好きな宝物を独り占めする子供のように無邪気な声であったけれど、同時にその独占欲の強さに背筋が凍りつくほどの恐怖を感じた。
本能が逃げろと警告を鳴らすが身体が動かない。恐怖のせいで思考諸共凍りついたように固まっている。虎杖の手がこちらに伸びてきた。どうしよう、どうしよう。
ついに伸びてくる手と己の距離は二十センチもない。
諦めかけたそのタイミングで、ピカッと音が鳴りそうなほどの強い光が俺のポッケから発せられた。それと同時にいつの間にかポッケに入ってたスマートフォンが震えだす。その震えはどんどんと大きくなり、それがスマホのバイブレーションである事を把握出来る頃には俺の身体はすっかり動けるようになった。
着信だ。その着信番号は非通知で、誰から来たのかはわからない。でもこんな超常現象に巻き込まれた最中でも電話かけてくるやつとかアイツらしか居ない。虎杖が豆鉄砲喰らった鳩みたいになっとるこの隙を逃さず、その着信に応答した。
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