小柄コンプを拗らせていた俺、魔術学校ものの異世界に飛ばされた挙句デカ男達から天使扱いされる

荒瀬竜巻

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もはや辿り着けない

もはや罠に近い

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ハジメは部屋で大の字になって寝ていた。パジャマに着替えさせついでに毛布もかけておいたがそれでも起きなかった、寝言やいびきは控えめなタイプなんだな。陰陽で違いはあれどJBと同じく比較的賑やかな性格と反してとてもおとなしい。

「……一応起こせるか試してみぃ」

「え? は、はい」

一応という言葉に不安を覚えたが、とにかくゆすって起こすことにした。

「ハジメ。起きろ。……なあハジメ」

しかしハジメは目覚めなかった。さらに強めにゆすろうとするタイミングで、俺はとあることに気がついた。あまりにも静かだ。寝言等がないのはいいんだけど、あまりにも静か過ぎる。痛いぐらい動悸している左胸を抑えて耳を澄ませてもほぼ無音。寝言どころか、寝息すら些細なものしか聞こえなかった。

「……色々言いたいことはあると思うけど、まだ死んでへんよ。まだな」

学園長の言葉通り、本当に死んでいるわけではなかった。だけどまるでただ生きてるだけのようだった。呼吸も薄くしかしていなければピクリとも動きもしないまま、静かにただ眠っているだけだった。

いつもの北風のような彼の生き様からは想像もできないその様に絶句していると、想定より早い目にスターとJB、それにアナが部屋に入って来た。

「て、天使様!?」

「なんか死ぬかもっていきなりゲームコーナーから連れ出されたんだけど……」

「え、でも寝ていらっしゃるの……?」

3人はハジメの元へ駆け寄り、俺がしたことと同じようにして起こそうとする。しかし結果は同じだった。揺さぶっても、軽く叩いても起きず、本当に小さな呼吸音がうっすらと聞こえるばかり。アナは慌てふためき、流石のJBもいつもの余裕ありげな表情が強張っている、スターに至っては顔面蒼白だ。3人ともが1秒後に学園長へ掴み掛かろうとしていたそこに、ようやく噂のあの人がやって来た。

「ほーん。これが天使様ねぇ……」

「なあ兄貴、ハジメっち死なないよな?」

「多分。というか死なないようにこいつら4人を集めてもらったから死なれたら困る」

学園長の後ろ、部屋と廊下を繋ぐドアから現れたのは、大量のファイルを持ち狐の仮面を被った怪しい人だった。髪は染めたりせず綺麗な金髪で、服装は白シャツに黒のコート、ネクタイまでしっかり締めているのに頭だけは狐の仮面。そしてさらに後ろに控え狐男を兄と呼んでいるのはまさかまさかのブルーブック……2回言うけどブルーブックだ。

「えっと、ブルーブック、その不審者は?」

「ジョセフレカくん思ったよりズバズバいうな……まあいい、この人こそ異世界学の先生や。こう見えて同級生でな、トップとビリやったけど仲良しちゃんや」

「え」

これが、信用のおける先生……? 信じられずに学園長と狐面の男を交互に見ると、狐面の男が咳払いをした。

「弟フォユト・ブルーブックが世話になっている。私はこのアホの元学友にしてブルーブックの愚兄、フォユト・ホワイト。天文学や魔術の歴史を記録する家に生まれたが、今は故あってこの学園にて異世界学の教鞭を握る教師の身だ。多少無愛想に見えるが、あしからず」

あれ、普通にいい先生っぽい。フォユトと名乗った狐面の男改めホワイト先生は、その見た目に似合わず落ち着いた声で自己紹介をしてくれた。……いやでもやっぱり仮面は怖いな。なんかの呪いとかかかってそう。それの頭に浮かんだ失礼な考えを他所に、ホワイト先生はファイルを広げ説明を始めた。

「まず最初に。これから説明する天使様昏睡の原因において、誰のせいでもないという事を念頭においてくれ」

曰くハジメがこの世界に来る際に使った魔導書はかなりな年季ものかつ魔術のない世界に長いことあったせいで、魔力そのものが不足している状態だったらしい。そんな状態で小規模とはいえ異世界間を移動するような魔術を使ったその魔導書はた二つの機関だけほんの僅かに残して無力化してしまった。

「一つ目は使用者を元の世界に送還できる機能。ここで言う天使様と天使様のいた世界を固定するための楔としての機関」

「兄貴、なんでそんな機能あるの?」

「えっと……弟よ、旅行する際において行きはもちろん、有事がないよう帰りのチケットも用意するもんだろ? それの異世界間移動版だ。本人の自覚があったかは置いといて、少なくとも事実として天使様は往復のチケットを買っていた……といえばわかりやすいか?」

「うーん、70点」

「改善の余地ありか」

……こんな状況だけど、あの兄弟仲良くて羨ましいな。

「二つ目の機関として、楔の他に此方の世界と天使様の住んでいた彼方の世界の移動を安心して行えるバリケードのようなものもある。さっきのが楔として、こちらは鎖といったところだろうか。」

「はい、またまたなんでそんな機能?」

「またまた同じ例えを使うぞ。旅行する際、危険物を所持していないかの検査や体調の検査をはじめとした様々な手続きと、それと同様の移動の安全を考えたセキュリティが徹底されていると思う。それだな。天使様が此方の世界にやって来て、お戻りになる際にもトラブルのないよう管理している入国審査官のような存在だ」

「76点」

「絶妙」

なるほど……なんとなくわかって来たような……難しい話だった。

「問題は、魔導書の無力化に伴って起きたその二つの機関の衰弱。その一つである楔の力は今から約30分前ほどに、不完全な形で発動してしまった。端的に言うと、天使様の意識はもはやこの世界に存在せず、心だけが元の世界に強制送還してしまわれたのだ。起きないのはそれが原因」

「意識だけ……って、つまり体そのものはこの世界からいなくなることはないって事っすか?」

ホワイト先生は肯定した。先生の例えを踏襲するとつまりはあれだな、ハジメは旅行から帰国する時に、旅行会社側の不手際で肉体という忘れ物をしてしまった。と言う感じか。ハジメはこのことを知らない、術者を罠にかけるなんてとんでもない魔導書だ。

「とはいえ心と身体の分離は体力も精神力もすり減らす。なんとか手を打たなければ死に至る。恐らく天使様も今頃さぞ焦っているな違いない。元の世界に帰れたのに、他の人間には自分の姿が見えていないからな」

ゾッとした。俺たちの天使様が、あのライオンハートが、料理を作ると約束してくれた優しい北風が、死ぬ。冗談でもなんでもないその事実を再び突きつけられた。しかも天使様が向こうの世界で助けを求めたところで誰にも見つからずに死ぬ、たった1人で。

そんなの、
そんなの、
あの寂しがり屋な天使様には辛すぎる最期だ。

スター、JB、アナと目を合わせ、互いに頷く。天使様を助ける。どのような事になっても、愛しい人、揶揄いたい人、守りたい人、そして約束してくれた人を救うと決める。
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