マホウノセカイ

荒瀬竜巻

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プロローグ

井の中の蛙大海を知らず

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「この世の中、貴女のように心優しい女性ばかりなら良いんですが」

高橋くんと別れた直後、関根くんがそうぼやいた。私は何のことだかわからずに、ただ聞き返した。リュック越しの背後からでもぬいぐるみの頭を大切そうに撫でていることが分かる彼は一瞬ハッとしていたけれど、暫くして私の方に向き直った。

「伊藤妃芽花さん、高橋勇弥がお世話になりました。彼はお人好しの性格も相まって先程のような被害に遭いやすい体質で、我々救済組織も気を付けているのですよ」

いきなり頭を下げられて混乱したけれど、その後も彼のおかげで色々とわかった。聞けばなんとこの関根くん、関根伊織くんは16歳にして八王子市救済組織?のリーダーをやっているらしい。私より2歳年上とは言え、そんなすごいことができるなんて本当に尊敬する。そして、何より気になることがある。ふたつに結んだいつもより高めのツインテールの右側をさわさわと撫でてしまう。

「あのその、この町では、さっきみたいな事が平気で起こっているんですか?」

私の疑問はこの一言に尽きた。高橋勇弥、あの人はあの様な酷いことを毎日のように受けているのか。関根くんは絆創膏だらけで骨張った痛々しい両手でぬいぐるみを抱きしめて離さなかった。

「貴女には心苦しいお話かも知れませんが、そうです。ここ八王子市ではこの様なことがおおよそ10年以上慢性的に続いています」

なんというか、うまく声が出なかった。彼の言葉に相槌を打つ事も、感想を述べることすらも出来なかった。心境は、そうだね、うん。やっぱりかという感情が7割、いまだに信じられないというのが2割、理性をかなぐり捨ててこんなの酷いと叫びたい気持ちが1割……だと思う。関根くんの話は終わらない。

千代田区から男性を排除し、女性の政権が完璧に確立された時から、職を失い路頭に迷う男の人が沢山出始めた。この路地裏、もといスラムを作ったのはそうした男の人である。しかし男性は女性の5倍近い税金を支払わなければならない上、仮に上場企業に入社できても出世は女性が圧倒的に有利。一向に生活が良くならない、すっかり心が荒んで自分より地位の低い男の人を痛めつける様になった。関根くんは、だいたいこんなことを話してくれた。

なんだか違う世界の人間とお話をしているみたいだった。否、私には知らないことが多すぎたんだ。千代田区に男性が許可なしでは移住できないのは知っていた。でも税金が5倍なんて知らなかった、お父様もそんなこと一度も行った事はない。住む場所だけじゃなく、そんなことにまで制限があったのか。私の世界は思っていた以上に小さかった様だ。こういう時にぴったりのことわざが、なんだっけな、確かあったはずだ。

「あの、よろしければ僕たちと救済組織の一員として活動をしてはくれませんか?」

考えが脱線してしまいそうだった私に対して、関根くんから藪から棒に言われた。猫のぬいぐるみは強い力で抱きしめられてちょっと苦しそうだ。私は迷っていた、私の正義は、間違いなくここに住む人たちを助ける事だ。でも未だに踏み切れない。私の心は違う、一度外を知ったこの心は、今にも正義を超越しそうだった。

拳を握りしめる、

「この八王子市以外で苦しんでいる人がいる場所は、あるんですか?」
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