カタルシス症候群

カタルシス症候群

小さな町の片隅で、古びた本屋を営む老人がいた。彼の名はハルト。店は売り上げも少なく、訪れる客もまばらだったが、ハルトにとってその場所は世界の全てだった。

ある日、店に一人の少女が訪れた。彼女は「カタルシス症候群」という珍しい病を抱えていた。感情が高ぶると、その感情が文字となって肌に浮かび上がるのだ。喜び、悲しみ、怒り、愛…。彼女の感情は、読む者に強烈な共感を呼び起こす力を持っていた。

ハルトは少女に、店で一番のお気に入りである古い物語を見せた。それは、失われた愛と再生についての物語だった。少女はページをめくる手を止め、涙をこぼした。その涙は、彼女の頬を伝い、本のページに落ちた。すると、不思議なことに、彼女の涙が文字を浮かび上がらせた。それは「希望」という言葉だった。

ハルトは驚いた。彼女の症状は、本の世界に新たな命を吹き込む力を持っていたのだ。二人は、彼女の症候群を使って、忘れ去られた物語たちに新しい命を与えることにした。

日々、彼女の感情は本のページに色を加え、訪れる客たちはその魔法のような物語に引き込まれていった。町の人々は、本屋に集まり、共に感動し、時には涙し、笑い合った。

やがて、本屋は町で最も賑わう場所となり、ハルトと少女の物語は、人々の心に深く刻まれていった。カタルシス症候群は、もはや病ではなく、人々を結びつける奇跡となったのだ。

そして、ハルトは知った。本当のカタルシスとは、心を開き、共感を通じて人々が一つになる瞬間に訪れるということを。彼と少女は、その瞬間を何度も何度も、本のページを通じて体験したのだった。