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三途の川にて

芹沢鴨、あの世にて徳川幕府の崩壊を知る

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「ここはどこだ?」深い眠りから覚めた芹沢鴨は痛む右胸を左手で抑えつつ起き上がり、四方を見回した。しかし近くには穏やかに川が流れているだけでこれといって目立つものは何もない。すると突然背後に人の気配を感じたので芹沢鴨は振り向いた。
「ここはあの世とこの世の境、三途の川の船着き場よ。わしはその警備を司る者。そなたは既に死んだのじゃ」白い着物を着て、髪を角髪(みずら)に結っている老人がそう答えた。右手には大きな剣を持っている。
「俺は既に死んでいる?」
「そうだ。覚えはないか?」
「ああ、そういえば俺はお梅と寝ていたところを土方歳三らに襲われたんだった。それで斬られて、気がついたらここにいた。道理で右胸が痛むわけだ」
「そうか。これはあの世へ旅立つ貴様への餞じゃ、わしの神力で怪我を治してやろう。さぁ、右胸をわしの前へ突き出せ」普段の芹沢鴨であれば、老いぼれからこのような物言いをされただけで激高し、鉄扇で頭をたたき割っているところであるが、老人の見慣れぬ風体や威圧に気圧された為芹沢鴨は素直に従い、右胸を老人の前へ近付けた。老人は両手を芹沢鴨の右胸に当て大声を上げた。忽ち、傷口はふさぎ、痛みも消滅した。
「おお、何だこれは。土方らにやられた刀傷が一瞬にして治ったぞ。夢か現か」
「馬鹿者。死んだ身で、夢も現もあったものではなかろうに」芹沢鴨は「馬鹿者」と言われ、さすがに頭に血が上ったのか、声を荒げて
「馬鹿者とは何であるか!我を何と心得るか。泣く子も黙る新選組筆頭局長芹沢鴨であるぞ!」と言い放った。
「それがどうした?」
「何だと!」
「そんな肩書はあの世では一切通用せんぞ!少なくともここではわしよりは全然偉くない」
「ならば聞くが、貴様は一体何者なのだ。先程の神通力と云い、その風体といい、仙人か?」
「わしを知らんとな?」
「知らんな」
「わしはお前の名に大変ゆかりがある者じゃ。わしは日本武尊(ヤマトタケルノミコト)じゃ」
「なんと!おぬしは日本武尊なのか?」芹沢鴨は水戸藩の出身で、元の名を下村嗣次(つぐじ)と言った。水戸学の尊王攘夷思想を幼少期から学んだ後、郷里玉造(たまつくり)でその水戸学を共に信奉する同志と水戸天狗組を結成。その頭となる。しかしある時天狗組の同志三人を斬捨て、その罪により獄に入ったがその後恩赦により出獄した。その時に「常陸国風土記」の中の一節「常陸国芹沢村を通過する日本武尊が鴨を従えた」という記述をふと思い出し、名を下村嗣次から芹沢鴨に改めたのだった。
「はは、あなた様が日本武尊様でしたか。御無礼つかまつった。お許し下され」
「まぁ良い。頭を上げよ。分かればよいのじゃ」
「はは」
「芹沢よ、現世でやり残した事はなかったか」
「は、やり残した事でございまするか。私のやり残した事は徳川幕府の建て直しと攘夷を行う事でございます。アメリカ、イギリス、フランスなどと戦争をし、神州日本から毛唐共を排除致したかったのであります。そもそも私が清河八郎が策した浪士組に入り京へ上ったのは徳川家茂公を警護し、公武合体を阻止せんとする長州などの不逞浪士を一滅したかったがため。近藤勇や土方歳三らと馬が合いませんでしたが徳川幕府を支え、攘夷をいずれ行おうとする決意だけは相通ずるところがございました」
「そうか。それは志半ばのところで殺され大変悔しかろうな。だが一つ、残念な事を教えておこう。徳川幕府はお前が死んで後五年で倒れる」
「何と!徳川家が日本を治める世が終わると。しかもあと五年で」「そうじゃ、お前は悔しかろうが、時代の流れは新選組では止めら
れなかったのじゃ。長州や薩摩が主体となって行う国造りがもうすぐ始まろうとしているのじゃ」
「徳川家に代わって、長州や薩摩が日本を治める世が来ると。薩摩は会津と協力して徳川幕府を支える立場ではなかったはずでは・・・・」
「薩摩は会津と徳川幕府を裏切って長州と手を組み倒幕へと走ったのじゃ」
「何と、無情な。わしが土方に斬り殺されなければ、そんな事態にはさせまいに」と芹沢鴨は慨嘆した。
「いや芹沢よ、時代の流れは無情で儚いものじゃよ。かつて織田信長や豊臣秀吉の世から天下分け目の関ケ原で徳川家康の世に移ったように、政治の趨勢と云うものは所詮一人の人間の力で動かせるものではない。しかしな、芹沢よ。長州や薩摩が築いた新国家はやがて東洋を代表する軍事国家となり、アメリカやイギリスと戦争をしたのじゃぞ!」
「何と!攘夷を行ったのですか」
「そうだ。攘夷をしたのじゃ」
「で、神州日本は勝ったのですか」
「勝ったと思うか?」
「勿論」
「それが負けたんだな。しかも無条件降服と云う形でな」
「なんと!神州日本は毛唐の国に敗れた・・・・」
「そうだ。日本はアメリカやイギリスとの戦争に負け、しかも占領もされてしまうのじゃな」
「許せん。その時は長州の毛利家、薩摩の島津家のどちらが征夷大将軍なのかは存じ上げませんが、そんな形で降伏をしたのであれば、私がその将軍を斬って捨ててやりたいくらいだ」
「そう、血気に逸るでない。もう一度死んでいる身なのだぞ」
「はぁ、確かにそうであるのですが・・・・」
「熱血漢じゃな、お前は。かつて東国で蛮族と戦っていた頃の自分を思い出すわい。でな芹沢よ。その長州や薩摩が築いた軍事国家が無条件降伏を受け入れる一日に行ってみたいと思わんか?」
「行けるのですか?」
「一日だけな。十二刻(二十四時間)だけだ。長年ここで三途の川の警備をしていた功績を閻魔様に認められ、一日だけ死者を現世に戻せる権利を賜った。それをお前に使ってやろうか、と云うのじゃ」
「一日だけでもなんでもいい。私がその毛唐との戦の無条件降伏を阻止してやる」芹沢鴨は息巻いて言った。
「常識も何もお前が生きていた時代とはかけ離れてしまった日本に行くのだぞ。歴史を変える事は難しいぞ」
「構いません。男芹沢鴨、戦に負ける事は親の仇より何よりも憎いのでございます。」
「分かった。覚悟は出来ているようじゃな。では目を瞑り頭を前へ差し出せ」
「はい」芹沢鴨は言われた通り目を瞑り頭を日本武尊の前に差し出した。日本武尊は草薙剣(くさなぎのつるぎ)を振り上げて、勢いよくそれを芹沢鴨の頭に落とした。芹沢鴨は悶絶した。
「うぁぁあ!」

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