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第一章
私は女が苦手である
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タイムマシンがあったのならば真っ先に江戸時代へとタイムスリップしたいと思う男が川野光彦である。光彦は物心ついた時から現代と云う時代に相当な違和感と喪失感を抱いていて常に居心地が良くなかった。西洋化された建築物や無機的な高層ビルやアスファルトで舗装された道路、その上を走っていく無数の自動車達。そのどれもが彼にはゴミゴミした印象を与えて不愉快であって一つも面白くなかったのである。自然が好きだった彼にはそれらは邪魔で仕方なかったのである。中でも取り分け不満だったのは和服が衰退していて洋服一辺倒の生活を幼い時から強いられた事だっただろうか。光彦は中学校の時に制服として着させられた英国風のブレザーも大嫌いだったし、友人達が争うようにして買い求めていたジーンズにも全く興味がなかった。光彦は幼い時からアニメや大河ドラマなどの影響で和服が好きだったのだけれど、当然のように彼が育った時代では男性が和服を着る機会と云うのは酷く限られていたので、甚だ不満であったのだった。女性はまだ良いだろう。夏祭りの浴衣や成人式の振袖など和服を着る機会には男性よりも断然恵まれていたのだから。一方で男性は夏祭りでも浴衣を着ている人は少なかったし、ましてや成人式ではほとんどの人間が紋付き袴ではなくスーツを着込んでいたのであった。このように光彦は洋服が苦手で和服が好きな男であるのだが、実はもう一つ彼にとって非常に苦手なものがあったのである。
それは恋愛である。勿論光彦だって女が嫌いな訳ではない。いやむしろ人一倍性欲は強い方である。一日に最低三度はマスタ―ベショーンをする男である。しかし事恋愛となると彼は人の三倍は無関心になってしまうのであった。その理由はとなるとやはり面倒臭さにあると言ってもいいだろう。彼の高校時代にはウィルコム恋愛と云う携帯電話の定額通話プランによる毎日のコミュニケーションによって愛を育む形態の恋愛が流行していたが、光彦はそれが鬱陶しく思ってしまい、結局高校時代は一度しか彼女を作る事をしなかった。友達とメールのやりとりをするだけでも面倒なのに、毎日誰かと定額通話プランだからと言って会話する事が時間の無駄にしか思えなかったのである。そして今は何と言ってもAVがある時代だったから、彼女がいなくても毎日の性処理には困らなかったし、いざとなったらソープランドにでも行けばいい。そう思い始めると光彦は殊更恋愛をするつもりにはなれなかったのだった。
そんな光彦は新宿区にある都立高校を卒業した後、和服が好きだったので大手呉服メーカーの就職試験を受けたものの、残念ながら不採用の結果となってしまった為仕方なく大して勉強もせずに入れる三流私大で都内にあるF大学へと進学したのだった。本当は進学などしたくなかったのだったが、両親が進路未定で高校を卒業する事だけは許してくれずそうなったのである。光彦は半ば投げ遣りな気持ちになってしまっていた。だがそのようにして不本意な形で始まったキャンパスライフだったが、光彦の心を満たしてくれる刺激がない訳ではなかった。大学サークルの中に和装サークルがあったからである。何でもそのサークルは「F大和装会」なるネーミングで活動しており、文字通りF大学の学生のみを対象としていた為他大学の学生は入れなかったが、サークルの人数は百名を超えている程の盛況振りを示していた。男女比も男が三で女が七と云ったところだった為男であっても女子高に紛れ込んだ、などと云う表現には当たらない程の居心地の良さがあったのだった。活動内容としては月一回和装が似合いそうな関東各所に赴き、そこで記念撮影などをして会員同士で親睦を深めると云うようなものである。光彦は早速四月から毎月その「F大和装会」の集まりに参加した。
するうち夏休みを過ぎた頃になって「F大和装会」の中で特段仲のいい女友達が出来るようになった。その彼女の名前は「進藤瞳」と云った。体型としては身長が160cm程度の細身で、黒髪の髪型はポニーテールに纏めている。面相は色白の細面の狐顔で鼻筋も通っていたし、眼も二重である為美人と云えなくもない所が特徴でもあった。そんな瞳から光彦は「川野君、川野君」などと親し気に呼ばれて休日には一緒に中古の和服が置いてある呉服店などへと赴くようにもなっていったのであった。瞳はいつも花柄の浴衣を着用しており、半幅帯の柄も小洒落ていたので、岩手県から上京してF大学に入学したと云う話からは想像出来ない程田舎臭くなかったし、垢抜けてもいた。和服に関する知識も深くて「何処何処の呉服店には亀甲絣の薩摩絣がある」だの「蚊絣の久留米絣を手に入れるならあの店だわ」だのと和服好きな光彦には堪らない程の情報提供をしてくれる言わばアドバイザーのような存在でもあった。ただ非常にぎこちない事に、地元の岩手県の言葉を直そうとして必死に東京弁を使おうとしている所が見苦しくて光彦は少々不満足ではあった。彼はあらゆる意味で余裕がない女は好きではないのである。
しかしながらその瞳と都内にある中古専門の呉服店を散策すると云うデートを五回程重ねた後に光彦は瞳から思わぬ仕打ちを受けて非常に当惑する羽目になったのである。それは十月の中旬の土曜日に普段通り共に蕎麦屋で昼食を食べた後浅草の仲見世近くの中古専門の呉服屋を見てからの事だった。瞳が突然「上野へ行かないか?」と云うのであった。既に十五時を過ぎていたし、普段であればこのまま浅草で現地解散と云った展開であるにも拘らず「どうして上野へ行きたいのか?上野公園にでも行きたいのかな?」と訝しがった光彦だったが、いつも呉服店巡りで瞳に世話を掛けている手前断らずに素直にそれに従う事にした。ただいつもであれば呉服店を見終わった後は互いに気になった反物や帯の話で盛り上がるのに今日は銀座線で上野駅まで向かっている間中瞳は光彦に視線を合わせる事もなくまた何も光彦に声を掛けないので、彼は何とも言えぬ居心地の悪さを感じるのだった。
やがて上野駅に着くと瞳は「私について来て」と言って足早に何処かへ向かって歩き出していく。それからカップルや外国人観光客で賑わっている上野公園を経由してニ十分、たどり着いたのは何と鶯谷のラブホテルであった。これに少々気が動転した光彦は「どういう事?」と瞳に問えば、瞳は「だって私達は付き合っているんだから当然でしょ。さ、早く入りましょう」などと返してくるではないか。これに光彦もますます訳が分からず少々口調が激しくなってきた。
「付き合っているってどうゆう事なんだよ?いつ俺達が付き合い始めたんだよ」
「いつってこうしてF大和装会関係なく会ってからでしょうよ。あなたは今まで私と付き合っているっていう自覚がなかった訳?」
「そんなもんねぇよ。勝手に俺と付き合っているなんて決めるなよ。第一お互い告白さえしていないじゃないかよ」
「だったら今告白するわ。私と付き合って頂戴」
「嫌だね。断る」光彦はにべもなく言った。
実は光彦は女に告白されるのがこれで二度目であった。一度目は彼が高校二年生の時、アルバイト先のスーパーで同い年の別の高校に通っているアルバイトの女子高生に「私と付き合って欲しい」と告白されたのだった。その時は「OK」を出して付き合った。しかし結局は先に述べたように飽き性で面倒臭がりな光彦は互いに毎日携帯電話で連絡し合うと云う約束を全く無視してしまったが故に三ヵ月も持たずに破局してしまったのだった。そもそもセックスをする訳でもないのに休日に会って何処かへ行ったり、ましてや毎日ただ彼女の寂しさを埋める為に電話をし合うと云う事の面白味が光彦には全く分からないのである。やはり光彦にとって女と云う生き物は鬱陶しくて厄介極まりないものなのだろう。男の真の価値を見極める事が出来ず、付和雷同する傾向が強い事が女の特性で、だからジャ〇―ズやホストなんかにハマって金を無駄使いするのだろう。そんな愚鈍な存在と付き合って金を使うぐらいなら飽くまでも好きな和服に惜しみなく金を使う方が光彦にとっては余程身の為なのであった。
それから少し間があった後に瞳が「そう・・・・でも私は川野君の事が好きなの」と呻くようにして零した。光彦も瞳にそこまで言われてしまうと黙って引き下がる事も出来ずに「だったら俺のどういう所が好きなのか、教えてもらおうか」と言った。さすれば瞳は「頑なな所、川野君の誰に何と言われようと主張を曲げないような頑固な所が好きなの」と返してきた。光彦はそれを聞いて嬉しくもあったが、俺以上に頑固な男はいるだろうし、それらの男達を見つけられない、もしくは見つけようとしない瞳が哀れに感じて尚と彼女と付き合いたくなくなったので再度「断る」と言って踵を返したのだった。やがて直線を百メートル程歩いた所で後ろを振り返ってみると相変わらず瞳はその場に佇んでいた。そこから何か泣き声のようなものが聞こえた気がしたが、光彦は気のせいだと思ってどんどん前へと歩んでいったのだった。
こうして光彦は瞳の事を振ったのだったが、彼女の純粋な気持ちを何処か傷付けてしまったような気がして彼自身若干気分が落ち込んでしまった。瞳の事は好きではなかったが、かと言って嫌いとも言い切れず、そんな女の気持ちに応えてあげられなかった事が申し訳なく思ったのである。かと言って瞳と付き合うと云う選択肢はあり得なかったからそれ以降F大のキャンパスで授業を受ける際も教室に瞳がいない事を確かめてからそこへ入るようになったし、あれだけ楽しみで仕方のなかった「F大和装会」にも顔を全く見せないようになってしまったのである。そしてこれらは当然進藤瞳の存在があっての行為だったが、彼は段々とその行為を続けるうちに大学自体に居心地の悪さを感じ始めたからか大学そのものに興味が持てないようにもなってきたのだった。それは一種の焦りとも言えただろうか。光彦が在学しているのは経済学部だったが、このまま経済学部を卒業して呉服店に就職する道を選ぶよりも、落語家なり講談師なりに弟子入りをしてそこで着物を着用して働く道の方が現実的に思えてくるようになってしまったのである。何と言っても彼が進学したのは三流の私大の経済学部であったから就職先が選び放題と云う訳にはいかないだろう事を彼はこの時点でよく認識出来たからである。となると仮に伝統芸能の世界へ行くのであれば、年齢は若ければ若い方が良いだろう。それで思い立ったが吉日を地で行く光彦は十一月の中旬にはF大学の当局に退学書を提出していたのである。
当初これに寝耳に水の状態であった光彦の両親は「何て事をしたんだぁ!」と激怒したが、光彦の意志が固い事を知るや全てを諦めた模様でもあり、光彦ら川野家がある西東京市のマンションの自宅から栃木県宇都宮市の別荘へと引き移ってしまったのだった。この展開に光彦は毎日の洗濯や掃除などを自身で行わなければならなくなった事は面倒に感じたものの、両親に干渉される事なく日常を過ごせる快適さも享受出来て嬉しかった。そしてその自由気ままな生活はそのまま続けていけば光彦を地元で堕落させる大きなきっかけになり得たが、光彦は早々に演芸の街である浅草へと足を運んだので、そうなる事はなかった。元々光彦はこの浅草と云う街が子供の頃から大好きであった。父方の祖父が台東区に住んでいた関係で、この浅草には幼児の頃から何度も通いつめていたが、特に光彦がお気に入りだったのが西洋館と云う演芸場がある六区の通りだった。華やかに彩られた仲見世通りもそれなりに魅力的だったものの、いつも大量の人で賑わっている為に気疲れしてしまう光彦にとっては少々閑散としているが、浅草芸能独特の空気感が漂っている六区の通りの方が素敵に映ったのだった。
しかし今回の、平成二十四年一月に浅草へと赴いた光彦の眼目は六区ではなくてそこからやや離れた場所に在する木馬館であった。この木馬館では一階で浪曲や講談などの演芸が行われている故にその出入り口で出演する講談師達の出待ちをしようと云うのだった。光彦は出待ちをしてそこでとある講談師に弟子入りの直談判をしてから見事弟子にさせてもらうと云う腹積もりだったのである。そもそも何故落語家ではなく講談師になろうとしたかと云えば、昨今流行の「島田梅之丞」の活躍もさる事ながら、その話芸が歴史物に特化しているからであった。繰り返すが、光彦はタイムマシンがあったのならば、真っ先に江戸時代へとタイムスリップしたいと思う男なのである。しかしタイムマシンがない以上、頭の中で江戸時代へとタイムスリップしてから講談師として「見て来たような嘘をつく」のもまた面白いと思ったのだった。
さてこのような意気込みで以って厳冬の中を木馬館へと足を運んでみると講談界では一派閥を形成している「島田一門」の講談師達が楽屋へと入っていく最中であった。彼らはその年季が入って古ぼけている木馬館の中へ一散に入り込んでいる。因みに光彦が狙っている師匠も「島田一門」の島田紫織師匠であったのでこれは願ったり叶ったりの展開であった。何故島田紫織師匠をターゲットに絞ったのかと云えば弟子入りにしてもらいやすいと云う噂がインターネットで流れていたからである。一方観客はと云えば、六区を見終わった観光客達が流れ込んでくるような形でグングンと中へと入っていく。やはり腐っても浅草と云ったところだろうか、こんな寒冬であっても人通りの流れは芋を洗うような状態となっている。と言って師匠方はその場に来る様子は全く見られなかったので光彦は彼らに声を掛ける事はしなかった。結局光彦が仕方なしに両手に息を掛けて身体を暖めてから一時間程が経った時に、その光彦の様子に不審なものを感じたであろう受付の初老の男が「兄ちゃん、どうしたんだ?入るのか?入らないのか?一体どっちなんだよ」と迫って来たのだった。これに光彦が素直に答える事なく「今日は島田紫織師匠はいらっしゃらないんでしょうか?」と問うたのだった。
「今日は紫織師匠は木馬館には来ない日だったと思うなぁ」
「そうですか。分かりました。では一体いつ木馬館にいらっしゃる予定ですか?」
「恐らく一週間後・・・・でもおたく一体紫織師匠に何の用があるの?」
「いや、実は紫織師匠に弟子入りしたいと思ってまして。僕、講談師になりたいんです」「何だ、おたく紫織師匠に弟子入りがしたいのか。で名前はなんて云うのさ」
「えェ?」
「おたくの名前だよ」
「川野光彦と言います」
「そう、川野さんねぇ。紫織師匠に会いたいのなら木馬館じゃなくて広小路亭に行きなさいよ」
「はっ、広小路亭・・・・」
「それは上野にあるんだよ。そっちの方が師匠方は出演されているからさ」
「はぁ、それはどうもありがとうございます」そして一通りの問答が終わるとその受付の初老の男は元居た場所に戻って行きそれで光彦の存在は視界から消えた模様であった。
数日後インターネットで島田紫織が広小路亭の高座に出演する日を確かめた光彦は意を決して広小路亭へと赴いていった。目的は勿論弟子入り志願である。出向いてから初日で自分と島田紫織が面会してくれるとは思っていなかった光彦はこれから何度もそこへ行って島田紫織の出待ちをする予定であった。そして数日間通いつめていると島田紫織は会場入りする際も高座を終えて帰る際も一般の観客が出入りする通用口を弟子である付け人を連れて通っている事が判明した。初めて見た島田紫織の顔貌は小皺が多くて鼻筋が通っていないやや豚鼻の細面のおばさんといった感じで着物さえ着ていなければ、上野広小路亭を掃除しに来るアルバイトかパートの従業員と云った感さえあった。ただやはり真打ちになっている芸人のオーラは凄まじいもので光彦はそこを通過する島田紫織に近寄りがたいものを感じて容易に声を掛ける事が中々出来ないのだった。しかしそこへ通い始めて十四回を数える頃合いとなった時に転機が訪れた。何でも出待ちをしている光彦の存在に気が付いた島田紫織の付け人である島田一之進が光彦に声を掛けてきてくれたのである。それでここぞとばかりに思った光彦は「弟子入り」の件を打ち明けてみると「取り合えず携帯電話の番号を教えてくれ」とだけ言われたので光彦は素直に従って自分の携帯番号を伝えたところ、島田一之進は「追って連絡するから」と伝えて来たではないか。この思わぬ展開に光彦は酷く動揺したが、弟子入りの道が開けるかもしれないと思うと胸の高鳴りを抑える事に必死であった。
それから一週間が経った昼下がり、浅草のひさご通りの中にある喫茶店ミルソーレの中で光彦はスーツを着込んである人を待っていた。ある人とは言わずもがな島田紫織である。この喫茶店で弟子入りの面接が行われる事は目下前座修行をしている島田一之進の手配に依っていた。島田一之進は光彦の期待を裏切らずに島田紫織に話を付けてくれたのである。因みにこの日光彦は面会開始時刻の十四時より一時間も早く喫茶店へと来ていた。電車の人身事故があって遅れたりしたら大変だと思ったし、早く現場について面接の問答のシュミレーションを自分一人でやってみたいと思ったからであった。気が付けば事前に頼んでいたバナナジュースがどんどんと飲み干されていった。緊張している事は火を見るよりも明らかであった。やがて光彦が脳内であれやこれやとシュミレーションをして一息付いた頃に島田紫織は喫茶店へと姿を現した。その時光彦が自身がして来た腕時計を見やれば時刻は13時50分となっている。自分など島田紫織にとってはどこの馬の骨かも分からないのにわざわざ十分程早く到着してきた島田紫織に光彦は誠実さを感じたものであった。
「一之進から聞いたわ。貴方が川野光彦君ね」島田紫織は席に腰かけるなりそう言った。
「はい」
「講談師になりたいんだって?」
「はい」
「それはどうして?」
光彦の本心としては講談師になれば毎日和服が着られるからと云う事が最大の理由であったが、その事をそのまま告げれば、講談師を舐めていると受け止められて撥ねつけられると思ったので光彦は咄嗟にこう嘘を付いた。
「日本の歴史について分かりやすく人前で語りたいからです」すると島田紫織は
「だったら歴史の教師になって中学校なり高校なりで生徒に日本の歴史を教えた方がよっぽど健全だし、食えるわよ」
「はぁ」
「とにかくねぇ、講談界って云うのは真打ちにならない限りはそれで食べていく事なんて出来ないのよ、前座や二つ目は皆アルバイトをやっている世界なのよ」
「はい」
「それに真打ちになるにはそれは大変な修行をして苦労をして芸を身に付けていかなければならないんだから」
「はい」
「それに貴方見たところ高校生ぐらいに見えるけどいくつなの?」
「今年で二十歳になります」
「今年で二十歳、なら大学生?」
「いやこの間まで大学生だったんですけど中退しました」
「中退?なんで?」
「講談師になる為です」
「馬鹿言いいなさんな」
「えッ」
「貴方、悪いこと言わないから大学に復学した方が良いわよ。講談師として生きていくなんて並大抵の事ではないから止めておきなさい」
「いいから、分かったでしょ。もし本当に講談師になりたかったら大学に今すぐに復学して卒業してからまた私の前に現れなさい。いいわね?」
「はい・・・・」光彦は畳みかけるようにして説得する島田紫織の迫力に気圧されて頷くしかなかった。故に面談は結局そこで終わってしまったのだった。
ミルソーレを後にしてひさご通りを抜けて仲見世の方へと足を進めていく帰り道、光彦は今後の事について思い悩んだ。島田紫織は光彦の弟子入りを完全に拒否した訳ではなく、若干の含みを持たせていた。しかしそれは光彦が中退したF大学に復学して卒業したら、と云う条件付きであった事は忘れてはならないだろう。光彦としても中退した大学に戻ってまで講談師になろうとは考えてもいなかった。他の島田一門の師匠や別の一門の師匠に弟子入りする方法もあるにはあったが、インターネットの情報では島田紫織師匠が一番弟子入りしやすいと書いてあったので、その時の彼はそれを鵜呑みにして新たな行動を起こそうとは思わなかったのだった。既に大学を中退してしまった以上前途多難な将来が待ち受けている事は必至である。光彦はドロップアウターにありがちな不安と期待が入り混じって懊悩した。
そしてそんな中ふと仲見世通りを雷門の方向へ歩いてみれば、そこは外国人観光客もいたが、浅草見物にやって来ている日本人のカップルも溢れかえっていた。光彦は恋愛に興味がない事には変わりがなかったが、やはり彼ら(と云うか彼氏)が羨ましかった。いつでもロハでセックスが出来る関係性を構築出来ている事が羨ましかったし、今は二月の冬だが、夏になれば彼女達は露出度の高い衣服を身に纏って彼氏達の股間を刺激するのだろうと思うと殊の外羨ましかった。しかしかと言って光彦は積極的に恋愛をしたいとは思わないのである。毎日彼女と携帯電話で話したり、彼女が欲しいブランド品を澄ました顔して買ってやる事が何としても出来ないのだった。その時ふと彼は女を忘れたい、と思った。彼にとって女を忘れるとはマスターベーションをしてから賢者モードになった末に一切女体について考えない状態となる事である。この状態が一回の射精で二週間程続いてくれればいいものの、良くて二日間しか持たぬと云うのが二十歳たる光彦の悲しい下半身事情なのであった。
なので光彦は一旦踵を返して仲見世通りを浅草寺の方へと歩き、そこにある公衆トイレに入ろうと思った。その公衆トイレの個室に入ってマスターベーションをしようと云うのである。今すぐに女を忘れたい彼にとってそれは喫緊の問題であったし、それで浅草寺の公衆トイレに着くとそこの個室は運よく一つだけ開いていたのである。且つ洋式のトイレであったのでズボンを下ろした上で便座に座った状態でマスをかく事も出来る。光彦は今月ガラパゴス携帯からスマートフォンに買い替えたばかりだったが、最新式のその携帯はエロ動画を見る上でもフルハイビジョンであり、脳と股間をAV女優の裸体画がフルスロットル的な威力で刺激してくれるので、射精を済ますのには精々五分間程度で済んだのだった。しかし終わりしな、光彦が両手に付着した精子をトイレットペーパーで拭いている時に光彦が入っている個室のドアが何度も激しく叩かれたのだった。また「早く出てこい、オラァ」と乱暴な口調で以って迫ってもくる。これに意外と気の短い光彦は「何だコラァ、もう一遍言ってみろぉ!」と怒鳴ってドアを開けてみればそこにいたのは小学校と中学校が一緒で幼馴染だった林一馬がいたのであった。
その一馬は赤のスーツに黒のシャツを着てセルリアンブルーのネクタイを締めている。身長180cmの光彦に対して一馬は170cm程しかないが、体重が80kg位ありそうなのでやや寸胴の土管体型と云ったところではある。パッと見ヤクザの若旦那と言われても頷いてしまう風体でもあるのだ。「よぉ、一馬、こんなところでそんな恰好をして何してるんだよ」光彦はそう問うと一馬は「とにかく今は糞がしたいから、そこをどいてくれェ」と光彦を押しのけて個室へ駆け込んだ。光彦は一馬のその叫びを聞いて思わず笑ってしまったが、そもそも光彦と一馬は住んでいるマンションが一緒で仲が良くなったのだった。それにお互いに一人っ子であった事も心が通じ合う一つの理由ではあっただろう。中学の時もお互いに陸上競技部に入った事でより仲が親密になったものである。しかし中学卒業後は光彦は新宿にある普通科の高校に進学し、一馬は西東京市の地元にある工業高校へと進学した為に音信不通となっていた。だから今回の再会は中学校の卒業式以来となるのである。
やがて用を足した一馬だったが、その彼を光彦は浅草寺の片隅にあるベンチまで率いてそこで話をする事にした。何でも一馬曰く彼は今浅草の西洋館で漫才師をしている身なのだと云う。工業高校卒業後、就職はせずに西洋館に所属しているベテラン漫才師である秋風こうた・ふくたに弟子入りして、秋風一太(いちた)と云う芸名を貰って活動しているが、最近相方に逃げられて八方塞がりだと云う話だった。そして一通り一馬の話が終わった後、一馬からも光彦の近況を尋ねられたので、着物が好きな事やそれ故に大学を中退して講談師を目指している事や今日その弟子入りで面接に来たが、すんなり断られてしまった事などを話した。一馬とこうして面と向かって話す事は久方振りであったので気恥ずかしかったが、かつては親友と言っても良い存在であったので、隠さずに話したかったのである。お互いこうして近況報告をし合って別れるものだとも思っていた事も関係して綺麗さっぱり打ち明けてしまいたかったのかもしれない。
しかし運命の悪戯と云った奴であろうか、一馬との話はここから思わぬ方向へと展開していくのだった。何と光彦に対して自身と漫才コンビを組まないか?と誘ってきたのである。
「何だよ、それ。今の話をお前は聞いていなかったのかよ、俺は漫才師じゃなくて講談師になりたいんだよ」
「そりゃ分かっているよ。でもよ、その島田紫織って人には弟子入りを断られてしまったんだろ。で他の師匠には恐らく弟子入りするのは難しいって言っていたのは光彦じゃないか?」
「それはそうだけどよ。だからって何で俺がお前と漫才コンビを組まなきゃならないんだよ」
「なぁ頼むよ、俺と漫才コンビを組んでくれよ」
「嫌だよ」
「ならこうしよう一年だけ俺と漫才コンビを組んでくれ。その間に俺は新たな相方を探すから。今まで組んでいた相方に逃げられて、もう二ヵ月が経つからこのままじゃそろそろ西洋館にいられなくなってしまうんだよ」
「一年だけ漫才コンビを組むってどういう事だよ」
「その一年の間で光彦は色んな講談師の師匠や前座を見極めればいいじゃないか。浅草の漫才師は西洋館でだけで漫才をやる訳じゃないんだよ。木馬館でも漫才をやる事もあるし、売れてくれば東京中の演芸場に出る事が出来るし、地方へ営業にだって行くんだよ。そんな時きっと色んな講談師と舞台がブッキングするはずだよ。俺達漫才師は色物だから控室とかも別だろうけど、講談師の人達の色々話す機会はあるって」
「何だよ、そのこじつけた理由は?」
「こじつけなんかじゃねーよ、実際現場はそんなものだって。ほら今も俺も光彦もスーツを着ているし、これからすぐにでも西洋館へ行って漫才が出来ると思うぜ」
「何だよ、俺は漫才なんてしたくないんだよ、ほっといてくれよ」光彦はそう言ってベンチから立ち上がり、仲見世通りの方へと駆けて行った。その背中へ一馬が
「もし気が変わったら一週間以内に俺の携帯に電話を掛けてくれ。待っているぞぉ」と叫んできた。光彦はそれを聞いてもただがむしゃらに駆け出していくだけであった。
その日以来、光彦は今後の去就について思い悩む時間が多くなった。良いか悪いかは別として今講談師の卵となる事はかなり難しい状況となってしまっている事は確かなのである。講談界は確かに島田紫織師匠曰く食えない世界であるし、それに礼儀作法に厳しい世界でもあった。理不尽な事でも先輩が命令してくれば、素直に従わなければならない世界と云う奴である。だから元々が上下関係関係なく納得出来ない事には徹底して逆らってしまうような気質のある光彦には向かない世界であったから、尚更師匠選びは重要であるはずであった。しかし未だ木馬館や上野広小路亭にさえ数十回しか通った事がない身であれば、師匠方の人柄など分かるはずもない事は確かであった。そう考えるとあの日一馬が光彦に対して告げた「一年間漫才コンビを組んで、前座修行をする中で講談師の人とも知り合っていき、弟子入りしたい師匠を見極めていけばいい」と云う提言があながち外れたものとも思えなくなってくるから不思議であった。
結局一馬と再会してから六日後、光彦は一馬に連絡をしていた。目的は漫才コンビの結成の了解を伝える為である。
「どうした?」一馬は開口一番こう言った。
「お前と漫才コンビを組もうと思ってな」
「本当か?」
「ああ、ただ一年間だけだぞ。俺も一年間は漫才に集中するが、その後は勝手にするから分かってくれ」
「勿論」
「でコンビ名とかどうするんだ?」
「コンビ名か、コンビ名の前にな、俺の師匠に会ってくれ」
「師匠?」
「そう師匠」
「秋風こうた・ふくたさんか?」
「そうそう。で弟子入りしてくれよ」
「おい、ちょっと待てよ。一馬と漫才コンビを組むのに秋風こうた・ふくたさんに弟子入りしなきゃならないなんて聞いてないぞ。しかも俺は一年間しか漫才師をしないのに弟子入りなんて許してもらえないだろう?」
「大丈夫だって。今まで秋風こうた・ふくた師匠には数多の新弟子達が入門してるんだけど、俺以外皆辞めているんだからさ。絶対に大丈夫だよ。だけど面談の時にいきなり一年間しか漫才師をしませんとかは言わないでな」
「それは分かってるけどよ。そんな簡単に入門出来るもんなのかよ」
「大丈夫、大丈夫。秋風こうた・ふくた師匠は西洋館の漫才協会の中で一番入門しやすい師匠だから安心して来いよ。ただスーツだけはしっかりと着てな」
「それはそうだよな・・・・」
「じゃあ明日浅草のひさご通りにあるミルソーレに午後二時に来てくれ」
「分かった。でもまたミルソーレかよ笑」
それは恋愛である。勿論光彦だって女が嫌いな訳ではない。いやむしろ人一倍性欲は強い方である。一日に最低三度はマスタ―ベショーンをする男である。しかし事恋愛となると彼は人の三倍は無関心になってしまうのであった。その理由はとなるとやはり面倒臭さにあると言ってもいいだろう。彼の高校時代にはウィルコム恋愛と云う携帯電話の定額通話プランによる毎日のコミュニケーションによって愛を育む形態の恋愛が流行していたが、光彦はそれが鬱陶しく思ってしまい、結局高校時代は一度しか彼女を作る事をしなかった。友達とメールのやりとりをするだけでも面倒なのに、毎日誰かと定額通話プランだからと言って会話する事が時間の無駄にしか思えなかったのである。そして今は何と言ってもAVがある時代だったから、彼女がいなくても毎日の性処理には困らなかったし、いざとなったらソープランドにでも行けばいい。そう思い始めると光彦は殊更恋愛をするつもりにはなれなかったのだった。
そんな光彦は新宿区にある都立高校を卒業した後、和服が好きだったので大手呉服メーカーの就職試験を受けたものの、残念ながら不採用の結果となってしまった為仕方なく大して勉強もせずに入れる三流私大で都内にあるF大学へと進学したのだった。本当は進学などしたくなかったのだったが、両親が進路未定で高校を卒業する事だけは許してくれずそうなったのである。光彦は半ば投げ遣りな気持ちになってしまっていた。だがそのようにして不本意な形で始まったキャンパスライフだったが、光彦の心を満たしてくれる刺激がない訳ではなかった。大学サークルの中に和装サークルがあったからである。何でもそのサークルは「F大和装会」なるネーミングで活動しており、文字通りF大学の学生のみを対象としていた為他大学の学生は入れなかったが、サークルの人数は百名を超えている程の盛況振りを示していた。男女比も男が三で女が七と云ったところだった為男であっても女子高に紛れ込んだ、などと云う表現には当たらない程の居心地の良さがあったのだった。活動内容としては月一回和装が似合いそうな関東各所に赴き、そこで記念撮影などをして会員同士で親睦を深めると云うようなものである。光彦は早速四月から毎月その「F大和装会」の集まりに参加した。
するうち夏休みを過ぎた頃になって「F大和装会」の中で特段仲のいい女友達が出来るようになった。その彼女の名前は「進藤瞳」と云った。体型としては身長が160cm程度の細身で、黒髪の髪型はポニーテールに纏めている。面相は色白の細面の狐顔で鼻筋も通っていたし、眼も二重である為美人と云えなくもない所が特徴でもあった。そんな瞳から光彦は「川野君、川野君」などと親し気に呼ばれて休日には一緒に中古の和服が置いてある呉服店などへと赴くようにもなっていったのであった。瞳はいつも花柄の浴衣を着用しており、半幅帯の柄も小洒落ていたので、岩手県から上京してF大学に入学したと云う話からは想像出来ない程田舎臭くなかったし、垢抜けてもいた。和服に関する知識も深くて「何処何処の呉服店には亀甲絣の薩摩絣がある」だの「蚊絣の久留米絣を手に入れるならあの店だわ」だのと和服好きな光彦には堪らない程の情報提供をしてくれる言わばアドバイザーのような存在でもあった。ただ非常にぎこちない事に、地元の岩手県の言葉を直そうとして必死に東京弁を使おうとしている所が見苦しくて光彦は少々不満足ではあった。彼はあらゆる意味で余裕がない女は好きではないのである。
しかしながらその瞳と都内にある中古専門の呉服店を散策すると云うデートを五回程重ねた後に光彦は瞳から思わぬ仕打ちを受けて非常に当惑する羽目になったのである。それは十月の中旬の土曜日に普段通り共に蕎麦屋で昼食を食べた後浅草の仲見世近くの中古専門の呉服屋を見てからの事だった。瞳が突然「上野へ行かないか?」と云うのであった。既に十五時を過ぎていたし、普段であればこのまま浅草で現地解散と云った展開であるにも拘らず「どうして上野へ行きたいのか?上野公園にでも行きたいのかな?」と訝しがった光彦だったが、いつも呉服店巡りで瞳に世話を掛けている手前断らずに素直にそれに従う事にした。ただいつもであれば呉服店を見終わった後は互いに気になった反物や帯の話で盛り上がるのに今日は銀座線で上野駅まで向かっている間中瞳は光彦に視線を合わせる事もなくまた何も光彦に声を掛けないので、彼は何とも言えぬ居心地の悪さを感じるのだった。
やがて上野駅に着くと瞳は「私について来て」と言って足早に何処かへ向かって歩き出していく。それからカップルや外国人観光客で賑わっている上野公園を経由してニ十分、たどり着いたのは何と鶯谷のラブホテルであった。これに少々気が動転した光彦は「どういう事?」と瞳に問えば、瞳は「だって私達は付き合っているんだから当然でしょ。さ、早く入りましょう」などと返してくるではないか。これに光彦もますます訳が分からず少々口調が激しくなってきた。
「付き合っているってどうゆう事なんだよ?いつ俺達が付き合い始めたんだよ」
「いつってこうしてF大和装会関係なく会ってからでしょうよ。あなたは今まで私と付き合っているっていう自覚がなかった訳?」
「そんなもんねぇよ。勝手に俺と付き合っているなんて決めるなよ。第一お互い告白さえしていないじゃないかよ」
「だったら今告白するわ。私と付き合って頂戴」
「嫌だね。断る」光彦はにべもなく言った。
実は光彦は女に告白されるのがこれで二度目であった。一度目は彼が高校二年生の時、アルバイト先のスーパーで同い年の別の高校に通っているアルバイトの女子高生に「私と付き合って欲しい」と告白されたのだった。その時は「OK」を出して付き合った。しかし結局は先に述べたように飽き性で面倒臭がりな光彦は互いに毎日携帯電話で連絡し合うと云う約束を全く無視してしまったが故に三ヵ月も持たずに破局してしまったのだった。そもそもセックスをする訳でもないのに休日に会って何処かへ行ったり、ましてや毎日ただ彼女の寂しさを埋める為に電話をし合うと云う事の面白味が光彦には全く分からないのである。やはり光彦にとって女と云う生き物は鬱陶しくて厄介極まりないものなのだろう。男の真の価値を見極める事が出来ず、付和雷同する傾向が強い事が女の特性で、だからジャ〇―ズやホストなんかにハマって金を無駄使いするのだろう。そんな愚鈍な存在と付き合って金を使うぐらいなら飽くまでも好きな和服に惜しみなく金を使う方が光彦にとっては余程身の為なのであった。
それから少し間があった後に瞳が「そう・・・・でも私は川野君の事が好きなの」と呻くようにして零した。光彦も瞳にそこまで言われてしまうと黙って引き下がる事も出来ずに「だったら俺のどういう所が好きなのか、教えてもらおうか」と言った。さすれば瞳は「頑なな所、川野君の誰に何と言われようと主張を曲げないような頑固な所が好きなの」と返してきた。光彦はそれを聞いて嬉しくもあったが、俺以上に頑固な男はいるだろうし、それらの男達を見つけられない、もしくは見つけようとしない瞳が哀れに感じて尚と彼女と付き合いたくなくなったので再度「断る」と言って踵を返したのだった。やがて直線を百メートル程歩いた所で後ろを振り返ってみると相変わらず瞳はその場に佇んでいた。そこから何か泣き声のようなものが聞こえた気がしたが、光彦は気のせいだと思ってどんどん前へと歩んでいったのだった。
こうして光彦は瞳の事を振ったのだったが、彼女の純粋な気持ちを何処か傷付けてしまったような気がして彼自身若干気分が落ち込んでしまった。瞳の事は好きではなかったが、かと言って嫌いとも言い切れず、そんな女の気持ちに応えてあげられなかった事が申し訳なく思ったのである。かと言って瞳と付き合うと云う選択肢はあり得なかったからそれ以降F大のキャンパスで授業を受ける際も教室に瞳がいない事を確かめてからそこへ入るようになったし、あれだけ楽しみで仕方のなかった「F大和装会」にも顔を全く見せないようになってしまったのである。そしてこれらは当然進藤瞳の存在があっての行為だったが、彼は段々とその行為を続けるうちに大学自体に居心地の悪さを感じ始めたからか大学そのものに興味が持てないようにもなってきたのだった。それは一種の焦りとも言えただろうか。光彦が在学しているのは経済学部だったが、このまま経済学部を卒業して呉服店に就職する道を選ぶよりも、落語家なり講談師なりに弟子入りをしてそこで着物を着用して働く道の方が現実的に思えてくるようになってしまったのである。何と言っても彼が進学したのは三流の私大の経済学部であったから就職先が選び放題と云う訳にはいかないだろう事を彼はこの時点でよく認識出来たからである。となると仮に伝統芸能の世界へ行くのであれば、年齢は若ければ若い方が良いだろう。それで思い立ったが吉日を地で行く光彦は十一月の中旬にはF大学の当局に退学書を提出していたのである。
当初これに寝耳に水の状態であった光彦の両親は「何て事をしたんだぁ!」と激怒したが、光彦の意志が固い事を知るや全てを諦めた模様でもあり、光彦ら川野家がある西東京市のマンションの自宅から栃木県宇都宮市の別荘へと引き移ってしまったのだった。この展開に光彦は毎日の洗濯や掃除などを自身で行わなければならなくなった事は面倒に感じたものの、両親に干渉される事なく日常を過ごせる快適さも享受出来て嬉しかった。そしてその自由気ままな生活はそのまま続けていけば光彦を地元で堕落させる大きなきっかけになり得たが、光彦は早々に演芸の街である浅草へと足を運んだので、そうなる事はなかった。元々光彦はこの浅草と云う街が子供の頃から大好きであった。父方の祖父が台東区に住んでいた関係で、この浅草には幼児の頃から何度も通いつめていたが、特に光彦がお気に入りだったのが西洋館と云う演芸場がある六区の通りだった。華やかに彩られた仲見世通りもそれなりに魅力的だったものの、いつも大量の人で賑わっている為に気疲れしてしまう光彦にとっては少々閑散としているが、浅草芸能独特の空気感が漂っている六区の通りの方が素敵に映ったのだった。
しかし今回の、平成二十四年一月に浅草へと赴いた光彦の眼目は六区ではなくてそこからやや離れた場所に在する木馬館であった。この木馬館では一階で浪曲や講談などの演芸が行われている故にその出入り口で出演する講談師達の出待ちをしようと云うのだった。光彦は出待ちをしてそこでとある講談師に弟子入りの直談判をしてから見事弟子にさせてもらうと云う腹積もりだったのである。そもそも何故落語家ではなく講談師になろうとしたかと云えば、昨今流行の「島田梅之丞」の活躍もさる事ながら、その話芸が歴史物に特化しているからであった。繰り返すが、光彦はタイムマシンがあったのならば、真っ先に江戸時代へとタイムスリップしたいと思う男なのである。しかしタイムマシンがない以上、頭の中で江戸時代へとタイムスリップしてから講談師として「見て来たような嘘をつく」のもまた面白いと思ったのだった。
さてこのような意気込みで以って厳冬の中を木馬館へと足を運んでみると講談界では一派閥を形成している「島田一門」の講談師達が楽屋へと入っていく最中であった。彼らはその年季が入って古ぼけている木馬館の中へ一散に入り込んでいる。因みに光彦が狙っている師匠も「島田一門」の島田紫織師匠であったのでこれは願ったり叶ったりの展開であった。何故島田紫織師匠をターゲットに絞ったのかと云えば弟子入りにしてもらいやすいと云う噂がインターネットで流れていたからである。一方観客はと云えば、六区を見終わった観光客達が流れ込んでくるような形でグングンと中へと入っていく。やはり腐っても浅草と云ったところだろうか、こんな寒冬であっても人通りの流れは芋を洗うような状態となっている。と言って師匠方はその場に来る様子は全く見られなかったので光彦は彼らに声を掛ける事はしなかった。結局光彦が仕方なしに両手に息を掛けて身体を暖めてから一時間程が経った時に、その光彦の様子に不審なものを感じたであろう受付の初老の男が「兄ちゃん、どうしたんだ?入るのか?入らないのか?一体どっちなんだよ」と迫って来たのだった。これに光彦が素直に答える事なく「今日は島田紫織師匠はいらっしゃらないんでしょうか?」と問うたのだった。
「今日は紫織師匠は木馬館には来ない日だったと思うなぁ」
「そうですか。分かりました。では一体いつ木馬館にいらっしゃる予定ですか?」
「恐らく一週間後・・・・でもおたく一体紫織師匠に何の用があるの?」
「いや、実は紫織師匠に弟子入りしたいと思ってまして。僕、講談師になりたいんです」「何だ、おたく紫織師匠に弟子入りがしたいのか。で名前はなんて云うのさ」
「えェ?」
「おたくの名前だよ」
「川野光彦と言います」
「そう、川野さんねぇ。紫織師匠に会いたいのなら木馬館じゃなくて広小路亭に行きなさいよ」
「はっ、広小路亭・・・・」
「それは上野にあるんだよ。そっちの方が師匠方は出演されているからさ」
「はぁ、それはどうもありがとうございます」そして一通りの問答が終わるとその受付の初老の男は元居た場所に戻って行きそれで光彦の存在は視界から消えた模様であった。
数日後インターネットで島田紫織が広小路亭の高座に出演する日を確かめた光彦は意を決して広小路亭へと赴いていった。目的は勿論弟子入り志願である。出向いてから初日で自分と島田紫織が面会してくれるとは思っていなかった光彦はこれから何度もそこへ行って島田紫織の出待ちをする予定であった。そして数日間通いつめていると島田紫織は会場入りする際も高座を終えて帰る際も一般の観客が出入りする通用口を弟子である付け人を連れて通っている事が判明した。初めて見た島田紫織の顔貌は小皺が多くて鼻筋が通っていないやや豚鼻の細面のおばさんといった感じで着物さえ着ていなければ、上野広小路亭を掃除しに来るアルバイトかパートの従業員と云った感さえあった。ただやはり真打ちになっている芸人のオーラは凄まじいもので光彦はそこを通過する島田紫織に近寄りがたいものを感じて容易に声を掛ける事が中々出来ないのだった。しかしそこへ通い始めて十四回を数える頃合いとなった時に転機が訪れた。何でも出待ちをしている光彦の存在に気が付いた島田紫織の付け人である島田一之進が光彦に声を掛けてきてくれたのである。それでここぞとばかりに思った光彦は「弟子入り」の件を打ち明けてみると「取り合えず携帯電話の番号を教えてくれ」とだけ言われたので光彦は素直に従って自分の携帯番号を伝えたところ、島田一之進は「追って連絡するから」と伝えて来たではないか。この思わぬ展開に光彦は酷く動揺したが、弟子入りの道が開けるかもしれないと思うと胸の高鳴りを抑える事に必死であった。
それから一週間が経った昼下がり、浅草のひさご通りの中にある喫茶店ミルソーレの中で光彦はスーツを着込んである人を待っていた。ある人とは言わずもがな島田紫織である。この喫茶店で弟子入りの面接が行われる事は目下前座修行をしている島田一之進の手配に依っていた。島田一之進は光彦の期待を裏切らずに島田紫織に話を付けてくれたのである。因みにこの日光彦は面会開始時刻の十四時より一時間も早く喫茶店へと来ていた。電車の人身事故があって遅れたりしたら大変だと思ったし、早く現場について面接の問答のシュミレーションを自分一人でやってみたいと思ったからであった。気が付けば事前に頼んでいたバナナジュースがどんどんと飲み干されていった。緊張している事は火を見るよりも明らかであった。やがて光彦が脳内であれやこれやとシュミレーションをして一息付いた頃に島田紫織は喫茶店へと姿を現した。その時光彦が自身がして来た腕時計を見やれば時刻は13時50分となっている。自分など島田紫織にとってはどこの馬の骨かも分からないのにわざわざ十分程早く到着してきた島田紫織に光彦は誠実さを感じたものであった。
「一之進から聞いたわ。貴方が川野光彦君ね」島田紫織は席に腰かけるなりそう言った。
「はい」
「講談師になりたいんだって?」
「はい」
「それはどうして?」
光彦の本心としては講談師になれば毎日和服が着られるからと云う事が最大の理由であったが、その事をそのまま告げれば、講談師を舐めていると受け止められて撥ねつけられると思ったので光彦は咄嗟にこう嘘を付いた。
「日本の歴史について分かりやすく人前で語りたいからです」すると島田紫織は
「だったら歴史の教師になって中学校なり高校なりで生徒に日本の歴史を教えた方がよっぽど健全だし、食えるわよ」
「はぁ」
「とにかくねぇ、講談界って云うのは真打ちにならない限りはそれで食べていく事なんて出来ないのよ、前座や二つ目は皆アルバイトをやっている世界なのよ」
「はい」
「それに真打ちになるにはそれは大変な修行をして苦労をして芸を身に付けていかなければならないんだから」
「はい」
「それに貴方見たところ高校生ぐらいに見えるけどいくつなの?」
「今年で二十歳になります」
「今年で二十歳、なら大学生?」
「いやこの間まで大学生だったんですけど中退しました」
「中退?なんで?」
「講談師になる為です」
「馬鹿言いいなさんな」
「えッ」
「貴方、悪いこと言わないから大学に復学した方が良いわよ。講談師として生きていくなんて並大抵の事ではないから止めておきなさい」
「いいから、分かったでしょ。もし本当に講談師になりたかったら大学に今すぐに復学して卒業してからまた私の前に現れなさい。いいわね?」
「はい・・・・」光彦は畳みかけるようにして説得する島田紫織の迫力に気圧されて頷くしかなかった。故に面談は結局そこで終わってしまったのだった。
ミルソーレを後にしてひさご通りを抜けて仲見世の方へと足を進めていく帰り道、光彦は今後の事について思い悩んだ。島田紫織は光彦の弟子入りを完全に拒否した訳ではなく、若干の含みを持たせていた。しかしそれは光彦が中退したF大学に復学して卒業したら、と云う条件付きであった事は忘れてはならないだろう。光彦としても中退した大学に戻ってまで講談師になろうとは考えてもいなかった。他の島田一門の師匠や別の一門の師匠に弟子入りする方法もあるにはあったが、インターネットの情報では島田紫織師匠が一番弟子入りしやすいと書いてあったので、その時の彼はそれを鵜呑みにして新たな行動を起こそうとは思わなかったのだった。既に大学を中退してしまった以上前途多難な将来が待ち受けている事は必至である。光彦はドロップアウターにありがちな不安と期待が入り混じって懊悩した。
そしてそんな中ふと仲見世通りを雷門の方向へ歩いてみれば、そこは外国人観光客もいたが、浅草見物にやって来ている日本人のカップルも溢れかえっていた。光彦は恋愛に興味がない事には変わりがなかったが、やはり彼ら(と云うか彼氏)が羨ましかった。いつでもロハでセックスが出来る関係性を構築出来ている事が羨ましかったし、今は二月の冬だが、夏になれば彼女達は露出度の高い衣服を身に纏って彼氏達の股間を刺激するのだろうと思うと殊の外羨ましかった。しかしかと言って光彦は積極的に恋愛をしたいとは思わないのである。毎日彼女と携帯電話で話したり、彼女が欲しいブランド品を澄ました顔して買ってやる事が何としても出来ないのだった。その時ふと彼は女を忘れたい、と思った。彼にとって女を忘れるとはマスターベーションをしてから賢者モードになった末に一切女体について考えない状態となる事である。この状態が一回の射精で二週間程続いてくれればいいものの、良くて二日間しか持たぬと云うのが二十歳たる光彦の悲しい下半身事情なのであった。
なので光彦は一旦踵を返して仲見世通りを浅草寺の方へと歩き、そこにある公衆トイレに入ろうと思った。その公衆トイレの個室に入ってマスターベーションをしようと云うのである。今すぐに女を忘れたい彼にとってそれは喫緊の問題であったし、それで浅草寺の公衆トイレに着くとそこの個室は運よく一つだけ開いていたのである。且つ洋式のトイレであったのでズボンを下ろした上で便座に座った状態でマスをかく事も出来る。光彦は今月ガラパゴス携帯からスマートフォンに買い替えたばかりだったが、最新式のその携帯はエロ動画を見る上でもフルハイビジョンであり、脳と股間をAV女優の裸体画がフルスロットル的な威力で刺激してくれるので、射精を済ますのには精々五分間程度で済んだのだった。しかし終わりしな、光彦が両手に付着した精子をトイレットペーパーで拭いている時に光彦が入っている個室のドアが何度も激しく叩かれたのだった。また「早く出てこい、オラァ」と乱暴な口調で以って迫ってもくる。これに意外と気の短い光彦は「何だコラァ、もう一遍言ってみろぉ!」と怒鳴ってドアを開けてみればそこにいたのは小学校と中学校が一緒で幼馴染だった林一馬がいたのであった。
その一馬は赤のスーツに黒のシャツを着てセルリアンブルーのネクタイを締めている。身長180cmの光彦に対して一馬は170cm程しかないが、体重が80kg位ありそうなのでやや寸胴の土管体型と云ったところではある。パッと見ヤクザの若旦那と言われても頷いてしまう風体でもあるのだ。「よぉ、一馬、こんなところでそんな恰好をして何してるんだよ」光彦はそう問うと一馬は「とにかく今は糞がしたいから、そこをどいてくれェ」と光彦を押しのけて個室へ駆け込んだ。光彦は一馬のその叫びを聞いて思わず笑ってしまったが、そもそも光彦と一馬は住んでいるマンションが一緒で仲が良くなったのだった。それにお互いに一人っ子であった事も心が通じ合う一つの理由ではあっただろう。中学の時もお互いに陸上競技部に入った事でより仲が親密になったものである。しかし中学卒業後は光彦は新宿にある普通科の高校に進学し、一馬は西東京市の地元にある工業高校へと進学した為に音信不通となっていた。だから今回の再会は中学校の卒業式以来となるのである。
やがて用を足した一馬だったが、その彼を光彦は浅草寺の片隅にあるベンチまで率いてそこで話をする事にした。何でも一馬曰く彼は今浅草の西洋館で漫才師をしている身なのだと云う。工業高校卒業後、就職はせずに西洋館に所属しているベテラン漫才師である秋風こうた・ふくたに弟子入りして、秋風一太(いちた)と云う芸名を貰って活動しているが、最近相方に逃げられて八方塞がりだと云う話だった。そして一通り一馬の話が終わった後、一馬からも光彦の近況を尋ねられたので、着物が好きな事やそれ故に大学を中退して講談師を目指している事や今日その弟子入りで面接に来たが、すんなり断られてしまった事などを話した。一馬とこうして面と向かって話す事は久方振りであったので気恥ずかしかったが、かつては親友と言っても良い存在であったので、隠さずに話したかったのである。お互いこうして近況報告をし合って別れるものだとも思っていた事も関係して綺麗さっぱり打ち明けてしまいたかったのかもしれない。
しかし運命の悪戯と云った奴であろうか、一馬との話はここから思わぬ方向へと展開していくのだった。何と光彦に対して自身と漫才コンビを組まないか?と誘ってきたのである。
「何だよ、それ。今の話をお前は聞いていなかったのかよ、俺は漫才師じゃなくて講談師になりたいんだよ」
「そりゃ分かっているよ。でもよ、その島田紫織って人には弟子入りを断られてしまったんだろ。で他の師匠には恐らく弟子入りするのは難しいって言っていたのは光彦じゃないか?」
「それはそうだけどよ。だからって何で俺がお前と漫才コンビを組まなきゃならないんだよ」
「なぁ頼むよ、俺と漫才コンビを組んでくれよ」
「嫌だよ」
「ならこうしよう一年だけ俺と漫才コンビを組んでくれ。その間に俺は新たな相方を探すから。今まで組んでいた相方に逃げられて、もう二ヵ月が経つからこのままじゃそろそろ西洋館にいられなくなってしまうんだよ」
「一年だけ漫才コンビを組むってどういう事だよ」
「その一年の間で光彦は色んな講談師の師匠や前座を見極めればいいじゃないか。浅草の漫才師は西洋館でだけで漫才をやる訳じゃないんだよ。木馬館でも漫才をやる事もあるし、売れてくれば東京中の演芸場に出る事が出来るし、地方へ営業にだって行くんだよ。そんな時きっと色んな講談師と舞台がブッキングするはずだよ。俺達漫才師は色物だから控室とかも別だろうけど、講談師の人達の色々話す機会はあるって」
「何だよ、そのこじつけた理由は?」
「こじつけなんかじゃねーよ、実際現場はそんなものだって。ほら今も俺も光彦もスーツを着ているし、これからすぐにでも西洋館へ行って漫才が出来ると思うぜ」
「何だよ、俺は漫才なんてしたくないんだよ、ほっといてくれよ」光彦はそう言ってベンチから立ち上がり、仲見世通りの方へと駆けて行った。その背中へ一馬が
「もし気が変わったら一週間以内に俺の携帯に電話を掛けてくれ。待っているぞぉ」と叫んできた。光彦はそれを聞いてもただがむしゃらに駆け出していくだけであった。
その日以来、光彦は今後の去就について思い悩む時間が多くなった。良いか悪いかは別として今講談師の卵となる事はかなり難しい状況となってしまっている事は確かなのである。講談界は確かに島田紫織師匠曰く食えない世界であるし、それに礼儀作法に厳しい世界でもあった。理不尽な事でも先輩が命令してくれば、素直に従わなければならない世界と云う奴である。だから元々が上下関係関係なく納得出来ない事には徹底して逆らってしまうような気質のある光彦には向かない世界であったから、尚更師匠選びは重要であるはずであった。しかし未だ木馬館や上野広小路亭にさえ数十回しか通った事がない身であれば、師匠方の人柄など分かるはずもない事は確かであった。そう考えるとあの日一馬が光彦に対して告げた「一年間漫才コンビを組んで、前座修行をする中で講談師の人とも知り合っていき、弟子入りしたい師匠を見極めていけばいい」と云う提言があながち外れたものとも思えなくなってくるから不思議であった。
結局一馬と再会してから六日後、光彦は一馬に連絡をしていた。目的は漫才コンビの結成の了解を伝える為である。
「どうした?」一馬は開口一番こう言った。
「お前と漫才コンビを組もうと思ってな」
「本当か?」
「ああ、ただ一年間だけだぞ。俺も一年間は漫才に集中するが、その後は勝手にするから分かってくれ」
「勿論」
「でコンビ名とかどうするんだ?」
「コンビ名か、コンビ名の前にな、俺の師匠に会ってくれ」
「師匠?」
「そう師匠」
「秋風こうた・ふくたさんか?」
「そうそう。で弟子入りしてくれよ」
「おい、ちょっと待てよ。一馬と漫才コンビを組むのに秋風こうた・ふくたさんに弟子入りしなきゃならないなんて聞いてないぞ。しかも俺は一年間しか漫才師をしないのに弟子入りなんて許してもらえないだろう?」
「大丈夫だって。今まで秋風こうた・ふくた師匠には数多の新弟子達が入門してるんだけど、俺以外皆辞めているんだからさ。絶対に大丈夫だよ。だけど面談の時にいきなり一年間しか漫才師をしませんとかは言わないでな」
「それは分かってるけどよ。そんな簡単に入門出来るもんなのかよ」
「大丈夫、大丈夫。秋風こうた・ふくた師匠は西洋館の漫才協会の中で一番入門しやすい師匠だから安心して来いよ。ただスーツだけはしっかりと着てな」
「それはそうだよな・・・・」
「じゃあ明日浅草のひさご通りにあるミルソーレに午後二時に来てくれ」
「分かった。でもまたミルソーレかよ笑」
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