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第三章

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「ワンちゃん、何がありましたの?」
「騒がしいが、その様子だとてめぇの仕業とはちょっと違うんだろ」
「そっちはどうだ」
 空から青色の姉妹を呼びつけると二人は素直に降りてきた。箒に腰掛けた二人は顔を見合わせる。
「ワンちゃんの言った通りですの」
「てめぇが派手に暴れ出した途端に窓から魔女達が飛び出してきたぜ。つっても集会の底の底、魔女の端くれってだけの連中だった。捕まえたが、あまり意味はないだろうな」
「下っ端ですから、自分達が何をしていたのかすら自覚なしですわぁ。魔力を提供する為だけにいたようですの」
「なるほど」
 想定していたので特に驚きはなかった。一つ頷いただけの少年に問いが投げられる。
「何があった?」
「喪服の魔女だ。死んだ子供を産み直そうとしたらしい」
「喪服の魔女なんて初耳ですわぁ。わたし達もすべての集会を掌握しているわけではありませんが。なかなかの思想のようですの」
 モチーフが喪服。死者に対する思いがすでに見て取れる格好だ。ベアトリクスが妹の言葉を引き継ぐ。
「死者は蘇らない。あたしらは生死の境を触れるけれど、それは禁忌だ。生と死は覆らない。でもそれを無理やり覆そうとしたのか?そいつはどうした」
「死んだ。赤子を産んだらばったり。その死体を赤子が食った」
「死んだってんなら良い。だが、てめぇが尻尾まくって逃げてきたのはなんでだ?」
「あー、」
 そこでタユラは言い淀む。獣が四肢に力を入れた。
「見たらわかる」
 獣が大きく上に跳躍したのと窓から巨大化した赤子の手が飛び出すのは同時だった。窓ガラスを突き破って獲物を逃した手がウゴウゴと空を彷徨う。
 ワイルド系なお姉ちゃんが叫んだ。
「何だあれは!?」
「僕も聞きたい。あれはなんだろうな?」
「手に持ってる剣でなんとかならないんですの!?」
「なってたら逃げて来るかよ。アレ、神聖属性付きなんだ。僕と相性が悪すぎる」
「あんなに禍々しいのに!?」
「やっぱりそう思うよな。一応生物の範囲ではあるみたいだが」
 窓ガラスどころではなく壁すらも破壊しながら蠢いている赤子は手当たり次第に掴んだものを口に入れているらしい。ぐちゃぐちゃと肉をすり潰す咀嚼音と悲鳴がそこかしこで広がっていた。
『(我の眷属は無事か?)』
「(最初の邂逅の時点で戻してある。あんなものに食われてたまるかよ)」
 獣の眷属は数が膨大だ。だが、こんなところで失くすとか冗談でも嫌なので最初の時点で放った眷属達は全員回収済みだった。
「ベア!」
「わかっていますわぁ、お姉様!」
 箒に跨った青い姉妹が互いに交差するように円を描く。魔力が練り上げられていくのがわかった。
 獣と共に距離をとる。
「「【燃えよ、海。砕けろ、大地。善なるもの、悪なるもの、そのすべては我らの前に平伏せよ。燃えよ、燃えよ、あらゆるものよ、燃え尽きよ!】」」
 建物が真っ青な炎に包まれた。獣が纏う炎とは少し違う色だが神秘的な色をしている。
 燃え盛る青の炎は一つの生き物のように建物ごと赤子を飲み込んでいった。
 炎を見て、タユラは下に視線を向ける。
 自分を乗せる獣に、
「ヨヨテル、お前もアレになれないのか」
『我が主人よ、さては鬼畜だな?あんな炎を使ったら我も大怪我よ』
「くっそ、やっぱり偏ってるのが良くねぇし」
『良かろうが良くなかろうが貴様には関係あるまい。何をやっても無駄であろう』
「それはそうなんだが言われるとそれはそれでムカつく」
 むす、としながら獣の背中をポコポコ叩く。戯れのソレに獣は愉快そうな笑い声をあげていた。
 少し時間をおいて青の姉妹が降りて来る。
「助かりましたわぁ。これで魔女の秘薬が出回る事はないでしょう」
「色々と予想外だったけど、助かったのは事実だ。礼を言っとく」
「いいよ、別に。そういう契約だし。まぁ最後はびっくりしたけど、こっちにも収穫はあったしな」
 まさか建物ごと燃やされるとは思わなかったので回収しておいて良かったと内心胸を撫で下ろしていたタユラ。
 秘薬が大鍋いっぱいに作られていたのだが、彼女達にとってはそこに価値はない。
 他の場所に渡されるぐらいなら壊す。
 それが出来る魔女が彼女達だ。
「報酬は後ほど大魔女エデン様を通してお渡し致しますわぁ。後始末はお任せください」
 おっとりお嬢様な妹がそう言ってくれたのでありがたく後始末を任せる事に。
 獣が外に向かって跳躍する。
 大変疲れたと大きく背筋を伸ばしていると、
『魔導書の中身を思えば燃やしておいた方が世の為だろうになぁ』
「悪魔が世の為とか笑える。燃やしたいが契約だ。あの魔女に返すよ」
『あの魔女ならば何かしらの手がかりを掴めるやもしれんな?』
「かも、だがな。まぁ前進だ。円満な契約完了を目指す為にも必要だろ」
 言って、少年は獰猛に笑った。
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