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第一章『人外×幻想の魔物使い』

第14話:美少女のピンチ到来

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『了解だァ。主が西側を探すならオレは東側を探すぞォ。あァ、見つけたら連絡するゥ……放置してたオレ達にも分があるんだ、そうガミガミと怒るなァ』

『――主、いたぞォ、鎧の魔物を見つけたァ。中央広場にまで来てやがったぜェ』

『うーん、多分だがなァ、散歩してたら迷子になってた感じだァ。どこで貰ったのか知らねぇが、風船を持って普通にベンチに座ってたしィ……呆れたァ、本当に人間じみたヤツだなァ』

『あァ? ……大丈夫だろォ。逃げようとする素振りもねェし、ただ自由気ままでとんでもなく馬鹿なヤツってだけで……それが一番タチ悪いってェ? ああもゥ、すぐに連れて帰るから主は先に北門近くの噴水広場に行っててくれェ』

 ……………………
 ………………
 ……はぁ。

 自らの眷属からそのような内容の念話れんらくを受け、盛大に肩の荷を降ろす。

 ――今日はついてるようで、本当についてない日だわ。

 薄緑の長い髪を風靡かせる少女――エルウェ・スノードロップは目頭を親指と人差し指で押さえながら、もう一度大きな溜息をついた。

 季節は粉雪舞う冬、吐き出された白い息が冷たい空気に溶けて消えていく。
 ジャリ、ジャリという小気味よい音は石畳に張り付いた霜を砕く音だ。
 
 疑うはずもない眷属の言葉を受けてようやく肩の力を抜くことが出来た。合流場所にと指定された北門近くの噴水広場へ向かいつつ、エルウェは今日という一日を振り返る。

 本当ならば、齢十三にして冒険者という命を顧みない危険な職業についてから二年間、毎日のように繰り返しもはや日常となった行為をなぞるだけの一日のはずだった。

 《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》でいつものように魔物を狩り、回収屋に通信用の魔導具を通して依頼。収入源である魔物の素材を冒険者ギルド『テューミア支部』直属の解体・卸売場に運んで貰った。
 
 後は日が暮れる前に、油断することなく帰還するだけ。
 ここまでならば、エルウェが送るいつもどおりの日々だ。

 彼女を導く追い風の風向きが変わったのは、帰り道の草原で出会った放浪の鎧系統の新種――『小さな騎士さん』との出会いからだろう。

 エルウェは倒れ伏す首のない鎧の魔物を一目見たときに、雷に打たれたような感覚を得た。これぞまさしく『運命』だと、そう思わせるような衝撃を受けた。

 結局、兜が取れていただけで種族等級レイスランクの高い『暗黒騎士デュラハン』ではなく、城型の迷宮などでよく見かけるらしい『放浪の鎧』というありふれた魔物だったのだが。

 その事実を些細なことだと割り切れるというか、全然気にならないほどに、エルウェ・スノードロップは仲間を欲していた。

 元来、魔物使いという職業ジョブに就く者はパーティーを好まない。
 もちろん有名パーティーの一員として活躍している同業者もいることにはいるが、基本的にはソロが好まれる。

 それには、人族が生涯の中で必ず一体召喚できる『召喚獣』の他に、魔物使いは眷属として『魔物』を仲間に出来る『契約』を行えることも要因の一つに含まれている。つまり、何匹も魔物を使役できる魔物使いは、ソロであってパーティーのようなもの。

 そしていくら善性の魔物といえど少なからず『悪』である部分は持っている。
 純粋無粋の善性の塊である召喚獣でもなければ、他者たる人族とはそりが合わないことも多々あるため、人によっては排他的な態度を取られることもしばしば。結果的にソロでいることが好ましいのだ。

 ゆえに、魔物使いは不遇よりの職業であり、その絶対数は多くない。
 エルウェが若くしてそのようなソロでの日々が難なく送れていたのは、偏に父から継いだ強力な眷属――『幸を呼ぶ幻獣カーバンクル』の力のおかげでしかない。

 エルウェが所属している冒険者組合のギルドマスターであり、同時に早くに両親を亡くしたエルウェを引き取り育ててくれた義父のような存在であるヨキも、『中域』もしくは『迷宮』に潜りたいのであれば、冒険者として大成したいのであれば、仲間を増やせと言ってくる。 

 そんなこと、他の誰よりもエルウェが一番強く痛感していることだ。
 けれど悪性の片鱗を見せる魔物との契約は失敗続き。今日というこの日まで、やりきれない気持ちを燻らせていた。

 だからだろう。
 その『小さな騎士さん』との出会いは衝撃的かつ決定的なもので、速攻で眷属にするしかないとエルウェに判断させる成り行きとなった。

 さらに言えば、その『小さな騎士さん』は野生では滅多に見られない『善性』を持つ魔物だったのだ。『悪性』の魔物も眷属にできないことはないが、手なずけるのに酷く労力を要する。失敗すれば命を脅かす危険だってある。

 多少自分に素直すぎるというか、魔物らしからぬ情欲をもてあましているというか……率直に言ってえっちぃ部分は否めないけれど。

 しかし、最も目を引くのは雪に溶け混じってしまいそうな、小さく金の紋様をあしらったその純白の鎧だろう。知能の高さといい、秘めたる能力は高いと見える。
 錆び付いた鈍色の鎧を身につけている放浪の鎧という魔物の、見るに明らかな変異種。それだけでも相当に遭遇率は低い。

 そんな魔物が草原で気を失っているのだ。拾って下さいと言わんばかりに。実際、仲間になりたいのは小さな騎士さんの方も同じだったようで、道中一貫して楽しげな雰囲気が伝わってきていた。

 もはや神の御業であると、天に向かって感謝したくなるくらいだった。

 夜寝るときには胸に挟めだとか、自分の食事は下着だとか、意味のわからないことを述べる小さな騎士さんの、高い知能を無駄にしている感がやばい言動に辟易としつつ、先に契約を結んでいた眷属のカーバンクルのフラムとは仲良くやってくれているみたいで一安心。

 少し遅くなってしまったが、何の問題もなく《龍皇国ヒースヴァルム》の北門へと辿り着いた。処理を済まし、冒険者ギルドに顔を出さなければいけない。

 そこで門衛に小さな騎士さんを新たな眷属にする旨を伝えて、エルウェが一筆したためた白紙を貼って待たせていたのだが……まさかちょっと目を離した隙にいなくなるとは。

 悪事を働くとは流石に思っていなかったが、契約を済ませていない魔物が問題を起こせば即刻処刑は間違いない。さらには疑う余地もなく責任の追及がエルウェに来るのだと、それは大慌てで探したのだった。

「ほんと、自由な魔物なんだから……いや、小さな騎士さんは新種とはいえ放浪の鎧系統なのよ。そう、そうよ、放浪するのが本能。じっとさせていられると思っていた私が馬鹿だったのね……はぁ……幸先が悪いわ……」

 そんなこんなで、憂鬱とした調子で北門近くの噴水広場へと辿り着く。
 あーだこーだと独り言を呟くが、内心では強く安堵していた。

 その道すがら、エルウェは終始とぼとぼと下を向いて歩いていたため、酒場の前を通った際に投げられていた厭らしい視線に気がつけなかった。

 そろそろ日が暮れそうかという時間帯であることもあり、広場には仕事を終えて疲れ切った表情をしている大人や友達とはしゃぎ回る子供達、周囲の視線を憚らずいちゃこらするカップルに、中には酒を酌み交わす冒険者なんかもいた。

 そして、ベンチに腰掛けこれからの苦労を嘆き再度溜息を吐くエルウェの前に、件の三人の男達が現れる。

「へい嬢ちゃ~ん。さっき《大蜂の蜜亭》の前、通っただろぉ~う? その時に見かけたんだがよぉ~う、うんうん~、そんな若いのに冒険者やるなんて健気で可愛いねぇ~っ!」

「でもよぉ、格好からして駆け出しの新人だろぉ? 階級レートもF……よくてEと見たぁ。そこで、だぁ。階級レートCの先輩である俺達がよぉ、冒険者のノウハウってやつを教えてやるからよぉ、一緒に来ねぇ~かぁ?」

「そうだそうだッ! ああ、もちろん礼はしてもらうがなッ! 大丈夫、俺様の三日洗ってない聖剣でてめぇもしっかり楽しませてやるからよォ!」

 冒険者の格好をした男三人組は肩を組み合って「ぎゃははハハッ!!」と下衆な笑い声を響かせる。

 胸の徽章は蜷局を巻く蛇――ピティ支部の冒険者だ。
 できあがっているわけではないが、漂ってくる強い酒精の匂いにエルウェは顔を顰めた。それだけの反応を残すと、組んでいた膝を組みかえて目を瞑り、無視する姿勢を貫く。

 何もこういった輩に絡まれるのは初めてのことではないのだ。経験則からいって無視するに限る。

「ああんっ!? てめぇ何いっちょまえに無視してんだぁ!? エクスカリバーすんぞ!! ここで俺のビックな息子がエクスカリバーすんぞぉっ!?」

 そんな彼女の態度が癪に障ったのか、右頬に入れ墨を入れた坊主の男が恫喝し、それに続き残りの二人も叫び散らし始める。噴水広場に集っていた人々からの迷惑極まりないといった視線には気づいていない様子。

 これだからならず者の多い冒険者は……と嘆息しつつ、そろそろ掴みかかってきそうだな、というタイミングで、ふと気づいたことを聞いてみる。その答えはわかりきっていることではあるが、多少の時間稼ぎにはなるはずだ、と。

「ねぇおじ様達……召喚獣はどうしたの? 一緒じゃないの?」

「あァん、召喚獣ぅ? そんな何の役にも立たない雑魚を連れ歩いてどうする!? 直ぐに死んじまうどころか俺らが笑いものにされるだろうが!」

「そう……種族等級レイスランクが低い召喚獣だったの?」

「ばぁか! 俺が引き当てたのは種族等級レイスランクCの召喚獣だったが、一回目の戦闘でおっ死んじまったんだぁ! ほんと、荷物持ちさせるつもりだったのに……何の役にも立たねぇんだからよぉ!」

「……そう、ね。普通はそうよね」

 わかっていたことだが、魔物使いとしてそれを聞くのは少し気分が悪い。
 眉根を寄せて顔を逸らしたエルウェだったが――、

「――ははん、もしかしてお前……魔物使いか?」

「っ……」

 片眉を上げた坊主男の言葉に、ぴくり、と肩を揺らす。

 時間稼ぎのつもりが誤って墓穴を掘った、と気づいたときにはもう遅い。冒険者として最低限の警戒を怠っていなかった三人組の顔が厭らしく歪み、舌なめずりをし始める。そこには歪んだ確信と醜い侮りが満ちていた。

「召喚獣を大事にすんのはよっぽど変わり者の馬鹿か、レアなヤツを引き当てた豪運の持ち主か、魔力を持った住民か……あるいは魔物が大好きな魔物使いか、だもんなぁ。おいおいおい……眷属はどうしたぁ、魔物使い、、、、?」

 ――まずい。

 たらり、と頬を冷たい汗が垂れた。
 要するに、ばれたのだ。この少女は冒険者であるが、戦う術を持たないと、警戒する必要がないのだと。女冒険者に不用意に近づき寝首をかかれる、なんて巷でよく聞くことが起こりようがないのだと。

 焦りの一切を外面には出さず、けれど年相応に感じる恐怖を誤魔化すように自らの眷属に強く訴えかける。早く、早く、早く、早く――急ぎなさい、早く、はや、

「なぁ、眷属もいない魔物使いの嬢ちゃん。ちょっとこっち、きてくれるよな?」

 ゾッとするほど気味の悪い笑みを浮かべた坊主頭の男に、腕を捕まれた。

「っ、離しなさい!」

 職業の差。年齢の差。男女の差。タイミングの悪さ。仮にも階級Cの冒険者が三人。眷属を連れていない魔物使いが勝てる道理はない。

「汚い手で触れるんじゃないわよ! ひゃっ、どこ触ってッ……このっ、離さしなさいって言って――、」

 直ぐに二人の男にも引っつかまれ、抵抗虚しく人目のつかない路地裏へと連行されそうになる。けれども、そんなことはエルウェの矜持プライドが許さない。このままむざむざと純潔を散らしてなるものかと、腰に佩いていた唯一の武器に手を伸ばす――だが、

「おぉっと、いいのかい嬢ちゃん? 魔物使いにとって、その短剣、、、、は――」

 男の言葉と同時。
 細い指先が柄に触れたところで、エルウェの動きがピタリと止まった。

 目を見開いて俯き、唇を噛みしめる。小刻みに震える身体、最後まで涙を見せなかったのは、彼女の強さに他ならないだろう。

 そしてそのまま、路地裏に引きずり込まれるのだった。
 聞くに堪えない、哄笑に抱かれるまま。
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