『人外×少女』:人ならざる魔物に転生した僕は、可愛い少女とあれこれする運命にあると思う。

栗乃拓実

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第一章『人外×幻想の魔物使い』

第5話:何してんだよぉ

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「完全にはぐれた……なんだよルイ、逃げ足速すぎだろ」

『いや……其方が遅すぎると思うのじゃ』

 僕はぶつぶつと文句を垂れ流しながら、雪道を踏みしめる。
 細かな氷の結晶が、僕の小さな足跡の形に踏み固められていく。それも同じ場所、円を描くように。僕が斃れた朽ち木の周りをぐるぐる回っているからだ。

 シェルちゃんはルイが速いんじゃなくて僕が遅いと言うが、あの速度は十二分に速いの域だった。ぼいんぼいんぼいんっ! って感じ。いや伝わんないか。

 約まる所見失ってしまったのだからどうしようもない。

 この森はただでさえ広いのだ。
 やけくそに進むわけにも行かず、今は『水晶林檎フローズン・アップル』を頭に乗せて朽ち木に座って待機しているような状況。黄金の塊が甘い芳香に吊られて餌にかかるのをまっているのだ。あげる気はさらさらない。

「仕方ないだろ、僕は身長が低い上に人型なんだ。どうしても足を取られる。っていうかあれだけ素早く動けるならさ、多少なりとも魔物との戦闘で役にたつはずだよね。主に囮とか囮とか囮とかで」

『其方もブレんのぉ……我はルイに酷く同情するのじゃ。確かに何かあるとすぐに癇癪を起こして大泣きしてしまうのは幼気ないが、其方も其方で、白雪の双果実スノー・ポムは与えなかったのじゃから、水晶林檎フローズン・アップルくらい食べさせてあげてもいいのではないかえ?』

「いやだね。最初のあれは偽物の偽姫の双果実ヴェレノ・ポムだったんだから元々食べられないし、ノーカウントだ。それにシェルちゃんは知らないだろうけど! あの林檎、滅茶苦茶レアなんだぞ! バーカバーカ!」

『むむ、我だって知ってるのじゃ。レア度は5で毒素を全て分解する精霊を宿している解毒、、の類いの効果がある。それに加え一度もぎ取れば枯れることはなく観賞用としての需要も高いし、食しても美味であるのだから必然高価になるのも頷けるのじゃ』

「それは知らなかったです調子に乗りました」

 めっちゃ詳しいですやんシェルちゃん。
 解毒の効果があるとか全然知らなかったよ。『おいしい』『高く売れる』って事しか知らなかったよ。ごめんなさいだよ。

『……この際、我への態度はそのままでも構わないのじゃ。でもの、あの子には……ルイには、もう少しだけ優しくしてあげてはくれぬかえ? ――オトモダチとしての頼みじゃ』

 真剣な眼差しを錯覚する程に、その言葉には重みがあった。
 まるで母親が子を思うような憂慮があった。

 僕は暫し沈黙し、ボソリと零す。

「…………三百年放置してたくせに」

『それはもういいであろっ!? 我だってそんな気はなくて、でも本当に辛くてっ、放置する気などさらさらなくてっ、ちょっと寝ようと思ったら何年か経ってて、そしたらいつの間にか忘れてたのじゃぁああ……!』

 物凄い必死に言い訳を述べるシェルちゃん。
 結局忘れたら意味ないよね。ルイを助けたのもシェルちゃんだけどさ、ルイがあんな性格になったのも三百年独りぼっちにさせた君に責任があるよね。

 ていうか、実は自分を集中的にいじってなじってもらって「じゃぁあ……」って言いたいだけじゃないのか? ある。十分ありえるな。このドMドラゴンめ。

「……ま、そうだな。少しは優しく――待って……何、この音?」

 僕に悪い部分があったことも事実。少しだけ考えてあげてもなんて思い始めたその時――遠くで何かが破壊される音が聞こえてきた。

 続いて、ズズン、と地面が揺れる。再びズズン、と。
 不穏なその破壊音は徐々にこちらへと近づいてきている気がしなくもない。
 遠くで木片と土片混じりの白い噴煙が上がった。

「……え、何だろうな。ものすごい嫌な予感がこう、ひしひしとするんだけどさ。気のせいだよね? 自意識過剰だよね? うんだよね、モテる男は謙虚にいかなきゃね」

『……我は逃げる準備をすることをオススメするのじゃ』

 ズズン、ズズンズズン――と不規則な地響きと炸裂音は絶対に気のせいなんかじゃなく、着実とこちらへ近づいている。寸分違わず、僕が座って休憩している、この一点を目指して。

 うん。嫌な予感がする。めちゃんこ嫌な予感がするんだけど!

 そしてその正体が目視できる距離まで来た。来てしまった。

 頭部には一本の太い角。
 折れてはいないが歪な曲がり方をしている。まるで硬い何かに当たったような……哀れな、どこかにぶつけたんだろうか?

 口周りには口腔から突き出た牙が数本。
 人に似たその体躯は筋骨隆々といった様相で、けれど濃い緑に塗られた肉体はどこからどうみても魔の物であると思わせる。
 二対の筋肉質な腕――計四本の手にはそれぞれ棍棒を持っていて、何かを圧砕せんと凄まじい威圧感でもって棍棒を振り下ろしているではないか。

 そして何より――でかい。
 茂りに茂っている大森林の木々でさえ、彼の魔物の腰の辺りに達するかどうか。

「あ、あれってもしかして――『緑魔の巨人サイクロプス』?」

『それも腕が二対に、眼が三つ――間違いなく上位個体じゃろうて……に、逃げた方がいいであろ、今の其方では一撃でぺしゃんこじゃ』

 これまで数々の魔物と相対しても余裕を保っていたシェルちゃんが、なんと慌てている。その事実だけで今の状況のやばさがわかるというものだ。
 緑魔の巨人サイクロプスは中域の魔物だ。単純な膂力だけじゃなく、浅域の魔物達とは一線を画する潜在能力ポテンシャルを秘めてる。きっと棍棒の一振りで僕は即死だろう。

 なんでこんな場所にいるのかわからないけど、とにかく逃げなきゃやばい――だがしかし、僕はまだヤツに見つかっていない可能性もある。

 こっちに向かってきているのは、そう、偶然っ、偶然なんじゃないの!? 
 うん、そうであって欲しいなぁて。どうかな無理かなぁて。

「ま、まさかぁ。どうして中域の魔物が。はは、さすがにね。多分彼は立ちションしたくて、たまたま通りかかった場所がここに近かっただけで……」

『……あれを見てもそのような事が言えるか、其方?』

 次々に上がる爆発の如く噴煙をまき散らす巨人のその下を、シェルちゃんが見るように促してきた。

 見たくない。マジで見たくない。
 だって見たらいろいろと終わってしまう気がするから。

 だってさ、ヤバイよあれ。緑魔の巨人サイクロプスの顔面。
 どう見ても怒りに染まっていて、血走った眼球が三つ、ぎょろぎょろと足元を睨めつけているんだぜ。ほらおかしいじゃん。まるで何かを追いかけてるみたいじゃん。矮小な存在をぶち殺さんと、追い縋ってるみたいじゃん。

 だけどもこのまま見ないわけにも行かない。
 だってそろそろ言い訳できないレベルの距離まで接近してきているのだから。

 半ば確信を持ちながら、頼む違ってくれと何度も心の中で反芻しながら、ゆっくりと視線を下へずらす。僕に表情というものがあるのならば、きっと盛大に引きつっているに違いない。

 見たくない見たくない見たくない見たくな――ぁ、見ちゃった。

 そして結局こう叫ぶんだ。

「なぁぁああにしてんだよルイ、、ぃぃぃぃいいぃいぃいいぃっ!?」

 案の定ルイであった。
 殺意にまみれた緑魔の巨人サイクロプスに追いかけられているのは、黄金に輝くスライムのルイであった。

 全速力でぼいんぼいん跳ねてこっちに来る。
 そう、こっちに来るのだ。その表情はよくわからんが助けを求めているような気がする。この僕に! スライムとはいえ! 女の子が助けを求めている気がする!

 あ、目が合った。今、蒼宝石サファイアの瞳と目が合ったかも。

『其方っ、流石に適わないとは思うが、ルイを見捨てる訳にもいかぬであろ? 多分きっと恐らく奇跡でも起きれば、スキルの使いようによっては――、』

「いやだぁああこっち来んなしぃぃぃぃぃいいいっっ!?」

 僕はぷいっと目をそらし、反対側へと全力疾走! 
 え、なに? 助けてよって? あっはは無理です。

 シェルちゃんが助ける的なこと言ってるがそんなの関係ない! あれは無理! 流石に無理! いくら僕でも死ぬからぁあぁあっ!! でかすぎィっ!!

「!? (ぷるるるるんっ!?)」

『ゲスだな其方ぃぃいぃいいいっっ!?』

 二人の心底驚愕したような反応。
 僕は何も見てない。何も聞いてない。何も言うつもりはない。

 逃げろ。とにかく走れ。もっと機敏に動け僕の脚!
 逃げろ。絶対に振り返るな。甘えを見せたら死ぬぞ!
 逃げろ。悪いなルイ! 君は生け贄に――って、

「…………………ッッ!! (ぼいんぼいんぼいんぼいんッッ!!)」

 もう追いつかれたぁぁああああっ!?
 そしてもう抜かれたぁぁあぁああっ!?

 気づけば高速で追い縋るルイに追いつかれ、そして気づけば置き去りにされていた。なんてことだ、なんてことだなんてことだっ!

 ルイ、君ってヤツは友達を見捨てるなんてどういう神経してんだよぉおおっ!?
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