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第一章『人外×幻想の魔物使い』
第2話:偽姫の双果実
しおりを挟む「ぁぁあああぁあぁあぁあああああああああああ――――!?」
やぁおはよう、川に暮らす皆! 僕だよ! 名前はまだないけど、僕だよぉッ!!
現状、僕の周囲は無重力に包まれているような景色が広がっている。
凍えそうなほど冷たい水滴。巨大な氷の欠片。僕の隣に浮かぶルイ。白と金の短剣。それらが全て浮かんでいるように見える。
しかしそれは、僕をピンポイントでズームインした際のタイトな情景であって、いったんカメラをズームアウトして頂けると今の状況がおわかりになると思います。
「どひゃぁああぁぁああああっあっあっあ~~っっ!?」
ええ、はい。
僕は今、天を衝くような全高を誇る滝の上から、絶賛落下中であります。
はっはぁ、全っ然楽しくないんだけどっ!
森抜けるの命がけすぎて全然楽しくないんですけど~っ!?
なにこれ死ぬ。全身から冷や汗が噴き出てる感覚。実際は鎧の身体だから出てないだろうけど死ぬ! このままじゃ死ぬからぁ!?
くそ、僕の可愛い少女捜しの旅はここまでなのか。
……どうして、どうしてこうなったのか?
それを説明するには、今より一週間ほど前に遡らなければならない。
臭い。一つだけ先に言っておくと僕のせいじゃないんだ。臭い。ほんとだよ。だいたい何であんな化け物がこんな浅域に、臭い、しかも頼りにしてたルイは全く役に――――、
――ズカァァァアアアアァアアアアアンッッ!!
河の表面を覆っていた氷を粉砕し、氷の欠片と水飛沫の柱を間欠泉の如く噴出させ、僕はそのまま極寒の川の底に沈んでいった。浮力の働かない鎧の身体では浮かぶこともなければ、泳ぐことなどもっての他。
――ああ、またか。臭い。
せっかく洞窟の外に出られたのに、またこの薄闇の世界に抱かれるのか。臭い。
朦朧とする意識の中、僕はそんなことを思いながら遠ざかる光に手を伸ばした。
幾つもの気泡が、暗く冷たい水の中を昇っていく。
……臭い。
****** ******
僕が大瀑布から真っ逆さまに落下する、その一週間ほど前の話だ。
迷宮跡を出発してから三十分ほど経過していただろうか。
野生の魔物との遭遇はなく、雪に足を取られて歩行速度こそ壊滅的だったものの、順調と言えば順調な幸先だった。
ザク、ザク、ザク――
金属製の靴が柔らかく積もった雪を踏み固めていく、爽快な音が白の絨毯に潜ったような大森林に響いていた。
脛当てが全部埋まる程の雪は、人間からしてみれば大したことはないだろうが、身長が三十センチちょっとしかない僕からしてみればとことん苦行だ。早く大きくなりたいものである。
《荒魔の樹海》に植生する木々の種類は千差万別であり、その枝先に葉のない巨木もあれば、先端の細い緑葉が茂っている灌木もある。幹に霜が付着し枝からは鋭利な氷柱が幾本も下がり、木々の間隙にはたゆんだ蔓が通る者の進行を阻もうとしていた。
そんな森の中でも取り分け目立つのは、厚い雪雲に梯子をかけるような三本の巨木。『禁断の木の実』を実らせると伝承に伝えられる――『三世の大樹』。
かの有名な『世界樹』の魔力を受けている『子』であるのだと噂される程に、あまりにも巨大なそれらの大樹は目印にするにはぴったりであり、その時は人間界に近い一本を目指して歩いているところだった。
ある程度進んだらさらに進路変更して河を渡るらしい。
「……三本とも同じに見えるけどなぁ」
『むむ、ちょっとばかり違うであろ?』
シェルちゃんが言うには三本とも違いがあるらしいのだけど……、
「はぇー? いや、どの辺がー?」
『ほら、あっちとこっちでは葉の付き方がまるで違うであろ?』
後ろを見て。次に前を見て。
僕は首を傾げた。寒さのせいか、きしきしと軋む音がする。
「同じだけどなぁ」
言われて眼を凝らすも、全く違いがわからない僕であった。
冬になると冠雪の化粧に葉から放出されるカラフルな魔素で彩られ、クリスマスツリーのような様相であるため、見る分には目の保養になるからいいんだけどさ。きれいきれい。これが夜になればもっと綺麗なんだけどね。
む、なんか顔の真ん中あたりがむずむずしてきた。
「ぁ、ふぁ……ふぇ、ふぇっ、ふぇっきしゃんぶるでぃあッ!!」
ブバッ、と面甲の隙間から液体が飛び出る。
発生源が本当に謎だが、自然、籠手で鼻を啜っているとシェルちゃんが呆れたような声を届けてきた。ちょっと馬鹿にしたような響きだ。
『……其方、それ何じゃ? くしゃみ? くしゃみかえ?』
「ずずず……くしゃみ以外に何があるってんだい。ぅう~ていうかこの身体でもくしゃみ出るってどういうことだよ……面甲の隙間から鼻水みたいなの出てるし……意味わかんない」
『身体もそうじゃが、色々と不可思議なやつなのじゃ……』
きっと褒められたのだろう。そうなんだろう。うるせーわ!
そういうことにしておいて、僕は再び歩みを進める。
洞窟を歩くのはきつかったが、時を重ねるに連れ増していく精神的なダメージがキツさの専らを占めていた。だから外に出て気分はいいんだけど、獣道も思った以上に体力を消耗する。
雪まで積もっているのだから大変さも四割増しだ。
と、その時。視界の端で何かがきらりと光った気がした。
「お、おおっ! あれは――ぶへぇっ」
と、僕は右手の木の下へと走り寄る――も、雪に足を取られてずっこけたのはご愛嬌。
顔面から冷たい雪に突っ込み、面甲の隙間から入り込んだ雪をぺっぺと吐き出す。息が出ないはずなのに吐き出せるのは、そういうものだと思うしかないのだろう。ふ、もう不可思議には慣れたものよ。まかせてくれ。
そして四つん這いになりながら、その正体へと近づいた。
「これ……間違いない。『白雪の双果実』だ」
それは純白に輝く二房の果実。
白い葉に、白い茎。垂れるように実っているその果実の大きさは、僕の片手に乗る程度が二つ。人間の食べ物で言う、サクランボのような大きさと見た目だ。
震える手で果実をもぎ取る。
水晶のように透き通ってはいないけれど、白銀の魔素が漂うその果実はこう、特別感というか品というか、すごいってわかる感じが出てる。うん、すごいわ。
「すごい……これって結構珍しいよね? 《荒魔の樹海》の冬に採れる三大珍味で、水晶林檎に続く金になるやつだった気がする! すごい!」
『其方の喜びようの方がすごいのじゃ……葉も茎も実も全てが白いから、発見しづらいのもレア度に拍車をかけているんじゃろな。よく見つけられたものじゃ――む……』
白雪の双果実を発見した際、ナチュルに放り投げていたルイが気づけば僕の隣に来ていて、蒼結晶の瞳を爛々と輝かせている。
確かに気持ちはわからんでもない。そりゃ食べたいよね。美味しそうだよね。
白雪の双果実は高値で売れるが、その理由は美味な『味』にあるのだから。
「…………(ぷるぷるぷる)」
「……何、ルイ。その目は。そんなにねだってもあげないんだからな!」
じーっと僕の手元を見つめるルイにぷいっと背を向けると、「!?」とショックを受けたように身体を跳ねさせた気配。きっと彼女の眼は波のようにふにゃふにゃだろう。
「…………っっ(ぷるぷるりんっ)」
「……何? シェルちゃんこの子なんて言ってるの?」
そのまま歩き出すも、あまりにもしつこく僕の周りをぼいんぼいんと跳ねているため、シェルちゃんに翻訳をお願いする。
すると驚くべき返答が返ってきた。
『くれるならもうちょっとだけ揉ませてあげる、と言っておるのじゃ。だが……』
な、なななななななんということでしょう。
「な、なななななななんということでしょう」
なんて語呂の卑猥なことでしょう!
「なんて語呂の卑猥なことでしょう!」
あの泣き虫でびびり屋なルイが!
なんと大胆不敵な発言をするようになってしまったのでしょうか!
「エロスッ!!」
あぁ、あぁ。心の声が垂れ流しになってしまったではないか。
いつの間にやら厭らしい子に育ってしまって、父は悲しいよ。まぁ考慮しなくはないけどね。揉みたいもん。だってルイの身体揉みたいもん。
「………………………だが断るッ!!」
「っ!? (ぷるるんっ!?)」
でも考えた末、お断りさせてもらうことにした。凄い揺れたな今。
だってこの果実、滅多に手に入らないんだぜ。
今はどうこうすることができなくとも、僕の固有スキル『鎧の中は次元』さえあれば保存は完璧。どうとでもなるのだ。未来は明るい。
それに、
「だってさ、ルイの許可なんかなくても揉みますもん。揉まさせていただきますもん。ルイの身体は僕のもの! この世の全てのおっぱいは僕のもの! ええ、例えどれだけ拒もうとも揉みしだきますもみもみ」
「~~~~~~~~~~っっ!?」
お、泣くか? また泣くのか? さすがに虐めすぎたか。
ルイの瞳が輪郭をあやふやにし始め、大粒の涙が溜まり始めた。そのため、またあの尋常じゃない大泣きがくる、なんて身構えていたら、
『其方は最低じゃのぅ……まぁまてまて。もしやそれ……『偽姫の双果実』じゃないかえ? うん、嫌な感じが漂ってくるゆえ、そんな気がするのじゃ』
「――はぇ?」
シェルちゃんがテレパシーのようなもので脳内に直接伝えてきたその言葉に、僕は素で呆けた。
そして度外視していた可能性と向き合い、その存在を思い出す。
『白雪の双果実に酷似している、毒の果実じゃ。つまるところ『偽物』。その毒性は極めて強力での、ただの人間であれば息絶えるのに三秒もかからんであろ。毒素が強すぎて手を加えるのが難しいから金にはならんはずじゃ。なに、其方は魔物なのじゃ。ふふ、其方が食べてみてはどうかえ?』
どこか誇らしげ、というより厭らしい感じで勧めてくるシェルちゃん。
なんだか最近、僕の中に入ったからって不貞不貞しくなってきた気がするのは僕だけだろうか。
そっか。偽物だったか。嬉しさの余り疑うことすら忘れていた。
しかしそれならそれでやるべきことがあるのだ。僕は自分の欲しいものは直球で求めに行く男である。
「……あ、僕はいらないっかなぁ。だってもともとルイにあげるつもりだったからさ。ルイ、すっごい物欲しそうな眼で見てたもんね? ね? 欲しいならちゃんとそう言いなよもう、あげるあげる~」
「!? (ぷるりんっ!?)」
僕は内心優しい笑みを浮かべながらルイの方へ向き直る。
そう、そうだよ。心優しい僕はもともと食いしん坊なルイにあげるつもりだったじゃないか。そうじゃないか。うんうん。優しいは正義。
跳ねるように震えたルイをガシッとひっ掴み、その口元に偽姫の双果実を押しつける。スライムが食事をするのは全身で溶かし込む感じだから、そもそも口なんかないんだけどね。言い方を変えれば全身が口。
「さぁ食べてごらん。さぁ、さぁ、食べなよっ! これ美味しいんだってさぁあ!」
「!? (ぷるぷるぷるぷるっ!?)」
さぁ食べろ! 今すぐ食べろ!!
君が食べてくれないと、僕が君の身体を揉めないじゃないか!!
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