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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』

第10話:よくわからないけど誓約らしい

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「なぁシェルちゃん……まだなの?」

「そ、そう言うでない……我もここまで肥大化しておるとは思わなかったのじゃ」

 あれから一月余りが経った。
 岩肌を歩き、地底湖を泳ぎ、蛍灯のような魔素マナをかき分け、時には魔結晶すら破壊しながら進み続けていた。もちろんシェルちゃんが。僕は乗ってるだけ。

 しかしながら、始祖龍たるシェルちゃんを馬車馬のようにこき使っていたというのに、まだ洞窟から出ることは叶っていない。
 徒歩で、しかも小さな小さな歩幅で歩いていた僕は、果たしてどれくらいの時間をかけて奥地に辿り着いたのか。考えるだけでも嫌になってくる。
 
「だってねぇ? いうてもう一ヶ月だよ。しかもここ君の迷宮だって言うじゃない。怠惰を貪りすぎたんじゃありませんの? そこんところどう思ってますの?」

「そ、其方そち、どんどんふてぶてしくなってゆくの……」

 何を当たり前のことを。
 僕の面の皮は厚いのだ。いっそ刀剣で刺されても思い切り殴られても大丈夫な程に厚いのだ。鎧だけに。

「まぁ、そろそろ着く頃じゃろうて。それにしても、迷宮核ダンジョン・コアの設定で魔物は産まれ出ないようにしておったというのに、其方のような魔物が迷い込んで我の元まで辿り着くとは、いやはや縁とは不思議なものじゃなぁ……」

「それに関しては僕が知りたいところだね。気づいたらこの洞窟にいたんだ。それに最奥まで向かったのは僕の意志じゃないんだけど、シェルちゃんに会えたのは僥倖に恵まれたってことかな」

「種族特性として彷徨い続ける事を強制する……仮に自我が芽生えたとしたらゾッとしないの」

「でもそれでシェルちゃんに会えたんだ。あの無駄な行進に、少しは意味があったのかなって今は思えるさ」

「うむうむ。そうじゃな、其方と我が出会ったのは運命じゃて」

 僕の下で何か大仰な事を言っているが、別段否定はしなくてもいいだろう。
 『運命』という言葉は嫌いじゃない。ドラマチストであるつもりはないが、そういった趣向に理解がないわけでもない。
 『人外×少女』が大好きな僕が魔物になったのだって、運命なのかもしれないしね!
 
 と、少し気になることがあった。

 僕はシェルちゃんの頭上で足を伸ばして座り、白と金の清楚感がアップした籠手を後方についてバランスを取っていた。視線は心持ち上に向けたまま、出所不明原理不明のくぐもった声を出す。

「ちなみにシェルちゃんさぁ。なんでこんな所に引きこもってるわけ? 日差しに照らされると灰になって死んじゃうとか? あ、他人には言えないいじめられた悲しい過去があったりだとか? 大丈夫大丈夫僕ってばそういうの気にしないから、よく頑張ったねよしよし」

「勝手に哀れんで勝手に慰めるでないわっ! よくわからんが惨めなのじゃ! い、いや、撫でるのは別に構わんのじゃけど……あ、なんでやめるんじゃ」

 やめたくなったからやめました。以上です。

「むぅ……まぁよい。我は吸血鬼ヴァンパイアじゃあるまいて。それに我ほどの高位の魔物をいじめることができる存在がいるのなら、一度見てみたいものじゃがな……や、そういえば普通に一人いたのじゃ」

 いるんかい。
 始祖龍たる【金龍皇シエルリヒト】をいじめるとか……いじめっこレベル高すぎだろそいつ。ていうか、それなら何で引きこもりなんてやってたんだろうか?
 その強いヤツにボコボコにされた挙げ句、危険な性癖をカミングアウトされて居場所がなくなったりとか? ――そりゃいじめか。

「なんだ、やっぱり怠惰にかまけてただけか。みっともない。僕だったら目立つところで堂々とぐうたらするね! アウトドア系ニート目指してるんだぁ。カッコよく言うなれば『世界に引きこもり』ってね」

「其方も結局ものぐさをするのではないかえ! 同じように扱うでないわ……そうじゃな、我の場合は――『誓約』なのじゃ」

「誓約? たった一つの約束を守らせるために尋常じゃない労力をかける、あの無駄の塊のような誓約?」

「其方の価値観はこの際無視するとして……ああ、その誓約じゃ。といっても、それは既に時効を迎えておる。だから我の一方的な我が儘にすぎんのじゃ」

 じゃあなんで、と紡ぎかけた口はシェルちゃんの表情を見て自然と引き結ばれた。
 いや僕に口なんてないんですけども。強いて言うなら面甲ベンテールが口。いや金属ですので形は変わらないんですけども。

「――けどの。我にとって、あやつが全てだったのじゃ。例えもう、相見えることはないのだとしても、あやつと契りを交わしたことは決して忘れぬ。……忘れられぬのじゃ」

 爬虫類の表情筋の構造なんてわからないけれど。
 哀愁を帯びた影が差すその面持ちからは、酷く悲しい感情が伝わってくるようで。自然、僕の口からは気まずげな配慮が漏れ出る。

「……じゃあ僕みたいな適当な奴と外に出ちゃっていいの?」

 ぎょっとしたような瞬きと、「じ、自覚はあるのじゃな」なんて失礼な言葉が返ってきたので舌打ちしておく。チッ。チッ。チッ。

「……其方そちは、特別じゃ……もちろん誓約を無碍にするわけにはいかぬから、迷宮の出口を出れば其方の異次元の中にお邪魔させてもらうつもりじゃ。問題ないであろ?」

 そう言って、おもむろに引き抜いた毒々しい雑草を僕に手渡してくるシェルちゃん。僕は受け取ると面甲ベンテールをガチャコンッと開いて、鎧の内部に広がる謎すぎる異次元ポケットへと収納した。

 物体の大きさや質量を度外視した異能。
 鉱物はもちろん植物も出し入れ可能なので、多分魔物だって問題ないだろう。
 煙のように輪郭をあやふやにして吸い込むので、例え巨大なシェルちゃんでもいけないことはないと思うけど……、

「多分問題はないけどさ……僕の固有ユニークスキル『鎧の中は異次元ストレージ・アーマー』って、どんな環境なのかわかんないよ? 正直危ないかも」

「問題ないのじゃ。例え魔力も酸素も水も食料も何もなくとも、我ならば快適に過ごせるであろ。ふふふ、我を誰と心得る? そう、かつて秩序神の如く拝まれた始祖龍の――」

「駄龍。ちょろごん。無駄に堅くて眩しいヤツ」

「其方の評価はどうしてそうも辛辣なのじゃっ!?」

 言われてみればそうか。
 僕のこのスキルは僕にとって常識外だけど、この涙目で「もっと優しくして欲しいのじゃ」と訴えてくる黄金のドラゴンも大方傑出しているのだった。
 
 全然そうは見えないけどな!

 ちなみにシェルちゃんにこのスキルのことを聞いたところ、「元々放浪の鎧系譜の魔物に備わっていたスキルじゃろうて。今までどの個体も何かを口にしようとは思わなかったが為に露見しなかっただけであろ」という見解が返ってきた。
 
 その言い方からして、殊更珍しいという程でもないのかもしれない。
 彼女の言葉を受け、よくよく考えれば納得できる部分はある。

 そもそもを言って放浪の鎧の構造は未知のヴェールに包まれているのだ。
 そして食事を始めとする生きるための行為が必要なく、さらには自意識を持たない下級の魔物でしかないため、誰もそこら辺に生えてる雑草など啄もうとしないだろう。

 ……転生した元人間でも中に入ってなければ。
 例え人間でも雑草は食わないという突っ込みは受け付けません。

 それにしても、と。
 右の籠手を顎先に当て、込み上げるなんともいえない感情を誤魔化すようにすりすりする。金属が擦れる音が妙に心を落ち着かせてくれるのだ。これも鎧の魔物になったせいかな。

「……そっか。シェルちゃん、中に入っちゃうのか」

 ポツリと溢れたそれに、目ざとく反応を示すドラゴンありけり。

「……むむっ、もしかして寂しいのか? 寂しいのじゃな? ええ? そうかそうか、素気ない態度のくせになんだかんだ言って其方そちも我のことを――」

「よし決めた。新しく家族を探そう」

「切り替えが早いのじゃぁあッ!?」

 うん。
 僕はこれ以上の孤独は許容できない。できるはずがない。
 数え切れない日数、それも薄暗い洞窟を一人で放浪して。
 やっとの思いでシェルちゃんに出会ったんだ。

 ――僕は一人に戻るのが怖い。

 情けないと自分でも思う。
 でも一人になる未来を想像するだけで、親元から巣立ったひな鳥のような心境になるのだ。一人で歩いて行ける自信がない。

 今の僕は、錆びた鎧だ。
 赤黒くくすんだ錆びに覆われている。

 シェルちゃんのおかげで浸食が止まっていたものの、錆が綺麗さっぱりおちた訳ではない。再び苛まれれば――きっともう。
 錆に埋もれて死んでしまう。虫に食われたように穴が開いてしまう。

 シェルちゃんと出会って温もりを取り戻し始めた心に、もう一度冷め切った孤独を注いでしまうと、次こそはボロボロと崩れ去ってしまいそうな気がして。柔い風に吹かれただけで塵と化し、砂埃と共に舞い散ってしまうような気がして。

「……心配せずとも、我は其方そちの側におるのじゃ」

 しんみりした空気を感じとったのか、シェルちゃんが至って真面目な表情で語りかけてくる。

「…………巨乳の美少女」

「其方もぶれないなぁっ!? 幼子も結構良いと思わんっ!?」

 あ、思いません。
 ていうかシェルちゃんも大分危ないこと言ってるって自覚あるのかな?

 なんにせよ、僕の頭の中には新たに家族となった巨乳かつとんでもない美少女たちに囲まれた光景が広がっていた。
 魔物は強者になると『人化』というスキルを獲得することが多いと聞く。そして魔物だからこそ、名を共有することで本物の『家族』になれるはずだ。

 運命的な出会いを求めて人間の少女を探すのもいいけど、結婚式に呼ぶための家族を集めるのも捨てがたいね!
 
 僕は人外の美少女たちに囲まれる白金の鎧を想像する。いい。実にいい。
 むふふ、どうせなら可愛くて、死んでも死なないくらいに強い家族をつくろう。
 
 いじけるシェルちゃんを尻目に、僕はそう決心したのだった。
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