上 下
6 / 57
第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』

第5話:ドラゴンのデレに需要はない

しおりを挟む

「ほう……放浪の鎧などという雑魚モンスターに自意識があることに驚いておったが……転生者とな。それも元人間の」

 あれから黄金のドラゴンは一度僕を指先で弾き、生じた時間で腕を枕にだらしなく寝そべった。再び行進してきた僕を鼻先で押さえ、歩みを止めない僕の足は地面を滑りながら停滞という術を経ていた。

 その場で行進してるっていう、すごく間抜けな格好ではあるけどね。

 ちなみに僕は言葉を発していないのに会話が成り立つのは、魔物同士の共感覚テレパシーなんだとか。自意識さえあれば、魔力を媒介としてどうたらこうたら……端的に言って面と向かっていれば念話が可能なのらしい。便利。

 こうして、ここにまともな状態での会話が成り立ったのである。

(そうです。素敵です。元人間と言っても。綺麗です。今は魔物なので殺さないでください。可愛いです)

「そ、其方さぁ……それはもしかして我の機嫌を取ろうとしてるのかえ? 少しばかり舐めすぎではないかえ?」

 ギクリ。
 さすがに適当にやりすぎたか。そこまで堕ちた駄竜ではなかったらしい。
 
 僕は急ぎ誠心誠意謝ろうとしたのだが、

「ま、まぁ……? 嬉しくないこともないのじゃ。も、もっと言うのじゃ」

(…………ワァ、ホレソウデス。エエ、ホントデス)

 ダメだな、やっぱり駄竜だ。
 こんな木っ端魔物の言うことに一々一喜一憂するなど、伝説の魔物さんとは到底思えない。まぁ、扱いやす……ゲフン、友達になりやすくて助かってはいるけど。友達になりやすいって何だろ。つまりちょろいってことじゃん。

「しかしなるほど。放浪の鎧とは自分の意思で放浪しておったわけではないのだなぁ。これまた不憫な……しかも前世の記憶も曖昧だというのであろ?」

 彼女(おそらく)の言葉に、僕は小さく頷いた。
 正確に言えば、培った知識は残っていると思う。

 一方で、自分の顔や名前は覚えていないし、知人や友人なんかも一人だって想起されない。まるで僕が今も昔もぼっちだったみたいだ。

 あれ、あれれ。
 前世の僕にちゃんと友達がいたかどうか妖しい件について……いや流石にいたよな。やめてよそんな悲しいこと言うの。いたから。友達百人いたからぁ!

 唯一、その顔を覚えている、というより記憶の断片を持っているのは――件の少女だけ。彼女の顔だってぼやけてハッキリとしている訳ではないけれど、なんとなくわかる。多分彼女に会えば一発だ。

 まぁあの調子じゃ、僕と一緒に……や、今はいいか。

(まぁ、そうなんだよ。えっと……ドラゴンちゃん?)

 金色で縦に細長い瞳孔を持つ竜眼を狭めて、哀れみを浮かべる黄金のドラゴン。
 彼女の高温の鼻息が鎧の隙間を撫ぜてくすぐったい。

「ちゃ、ちゃん付けとは……まったく。我のことは、そうだな――シェル様と呼ぶがいいであろ。特別なんじゃぞ」

 どこか高慢なその態度。
 高位者の放つ威容にすっかり慣れてしまった僕は、自然ムッとした。

 ビシッと右の籠手をドラゴンの眉間に向け、勘違いしている駄竜へとハッキリと申し上げる。

(呼ぶがいい? ちょっとちょっと駄竜さん。僕と君、トモダチ。オッケー? 命令口調ダメ。オッケー?)

「だ、駄竜!? いや、そう、そうよな。我と其方はトモダチ。そうだ。シェルと呼ぶことを、その、許すのじゃ……」

(許すのじゃ? ちょっとちょっと駄竜さん。僕と君、マブダチ。オッケー? 許されなきゃいけないくらいなら呼ばないよ。オッケー?)

「だから駄竜ってどういうことなのじゃ!? い、いやいや、そうよな。我と其方そちはマブダチ。う、うむうむ。それでは、シ、シェルちゃんと、そう呼んで欲しい……のじゃぁ……」

 やっぱり友達っていうのは対等な関係じゃないとね。
 こういうのを後回しにしてると、いつか面倒くさい拗れが生じるんだ。つけがくる。最強主たるドラゴンと雑魚い魔物である放浪の鎧だからこそ、そこら辺の線引きはしっかりとしていた方がいいだろう。

 もちろん喧嘩っ早いドラゴンが相手だったら、一瞬で灰燼と化していただろうけどね。ちょろごんで助かった。

 例のちょろごんさんはいい年して小っ恥ずかしいのか、顔を赤く染めている。
 いや、照れても可愛くないぞ? 蜥蜴頭に需要なし。せめて可愛い美女に人化してください。

 ――シェル。
 黄金のドラゴンはやはり名前付きネームドモンスターだったか。
 しかし、シェルちゃんねぇ……うん、ちょろごんにしてはいい名前だな。親しみやすさが滲み出てくるから不思議。

(じゃあシェルちゃん。この身体のせいでこんな所まで来ちゃったし、これじゃ一向に外に出られないし……どうにかならないかなぁ)

「は、恥ずかしいのじゃぁ……我、こう見えても最強種たるドラゴンなのに……其方もあの男のように軽いヤツじゃのぉ。どこまでも自由奔放で……でも我は、あやつのそういうところが……キャッ」

 ――ドラゴンのデレに需要はないって言ってんだろうがっ!!

 という言葉が喉から出かかって、必死に堪えた。
 いいじゃん。そんなの個人の自由じゃん。ドラゴンが照れたっていいじゃん。
 そうだよ。そうだよね。よしよし。

 最強のドラゴンなのかは妖しいところ。
 実を言えば、この世界でドラゴンはそこまで珍しくなかったりする。

 それこそスライムのように無限に湧くわけではないが、少なくともドラゴン下位種の亜竜や子竜は比較的目にする機会も多い。冒険者として生きていれば、数年に一度くらいは遭遇するだろうか。そんな頻度だ。

 もっと出会いにくい幻の魔物なんて山ほど存在するしなぁ。

 ドラゴンはドラゴンでも、中には『真龍』といって、最強種ドラゴンの中の真の覇者たる存在もいる。確認されている個体は非常に少なく、高度な知能を有しているため国と契約している個体もいたはずだ。

 それにしても――『黄金のドラゴン』……? 

 僕は目の前で恥ずかしそうに身を捩る駄龍を見た。

 巨大な体躯に生え揃う黄金の鱗は一枚一枚が異常な純度を誇っている。
 ドラゴンの年齢を象徴する角も背中に沿うように馬鹿でかく、千年はくだらない歳月を重ねているだろう。爪や牙も言わずがもな、「冗談をいうでないわ!」と軽く突っ込まれただけで僕の身体が粉砕するどころか大地が裂けそうだ。
 
 だが、何かがおかしい。

 他のドラゴンの情報は頭に入っているのに、そんな個体がいたとは到底思えないのだ。

 ドラゴンは長命種でもある。
 ここまで立派なドラゴンになるには長い年月を生きているはずだ。
 そうなると少なからず、情報は出回るはずなんだけど――ズキリと奔る痛み。

 ――あぁ、またこれか。

「まぁよい。そうじゃの……放浪の鎧系譜の魔物が歩き続けることを宿命づけられているのだとすれば、それを意志の力で覆すのは難しいであろ。だからこそ、進化すればいいのではないかえ?」

 口端をひくひくして汗を流していたシェルちゃんの口から漏れた言葉は、僕の虚を突くものだった。

(進化? 進化って、今の僕でもできるの? あ、でも、今の僕が進化しても放浪の鎧になるだけだよ? その先も放浪の~ってつくし。絶対放浪するだろーけど)

 放浪の矮鎧が進化しても放浪の鎧になるだけだ。
 さらに続くそこからの進化も、『放浪の堅鎧』、『放浪の巨鎧』と頑強さを極めていく進化樹や、『放浪の炎鎧』や『放浪の氷鎧』と属性特化していく道もある。

 それら全ては『放浪の~』が名前の先に付くのがネック。
 シェルちゃんは一度「うむ」と頷くようにゆっくりと瞬いてから、凶悪な牙を覗かせて言った。自慢げな顔らしい。

「本来は魂に他者の霊魂を取り込む必要があるが、例外もあるのじゃ。それもただの進化ではないぞ? 新種になるのじゃ。放浪の鎧系譜の進化樹から逸脱した進化を成し遂げれば、もしかしたら自由に動けるうやもしれぬであろ?」

(おーなるほど、そういうことか! へぇ……新種、いいね新種! なりたいと思ってたんだ! って、そんなに簡単になれるものなのか?)

「想いが進化の源となるのじゃ。強い自我さえ芽生えれば、どんな魔物であろうとも別系統の進化へと進むことになるじゃろうて。我もそうであったからの」

 シェルちゃんの言葉に、僕は強い納得を覚えた。

 元来より名を轟かす名前付きの魔物というものは、賢い知能を有している場合がほとんどだ。それは自我を持っていることの証左であって、進化系統から外れた新種になるのもそういう奴らだったんだな。

 ……もしかしたら、僕と同じように元人間としての前世を持った魔物もいたのかもしれない。そう考えるとゾッとしないが、どのみち僕に出来ることは先達のような未来を辿らないことに全力を尽くすのみ。

「それじゃあさっそく、進化させるのじゃ」

(おーよろしく。いやぁ、助かるよ……へっ?)

 もののついでのような、軽い言葉を機に僕の視界が黒に染まった。
 シェルちゃんから発せられた強烈な黒の魔力が吹き捲り、僕の周囲を球状に囲む。

 するとすぐに、猛り狂ったように僕の体内の魔力が沸騰し始めた。


 ――あれ。進化って、思ってたのと違う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孤高の英雄は温もりを求め転生する

モモンガ
ファンタジー
 『温もりが欲しい』  それが死ぬ間際に自然とこぼれ落ちた願いだった…。  そんな願いが通じたのか、彼は転生する。  意識が覚醒すると体中がポカポカと毛布のような物に包まれ…時々顔をザラザラとした物に撫でられる。  周りを確認しようと酷く重い目蓋を上げると、目の前には大きな猫がいた。  俺はどうやら猫に転生したみたいだ…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

解体の勇者の成り上がり冒険譚

無謀突撃娘
ファンタジー
旧題:異世界から呼ばれた勇者はパーティから追放される とあるところに勇者6人のパーティがいました 剛剣の勇者 静寂の勇者 城砦の勇者 火炎の勇者 御門の勇者 解体の勇者 最後の解体の勇者は訳の分からない神様に呼ばれてこの世界へと来た者であり取り立てて特徴らしき特徴などありません。ただひたすら倒したモンスターを解体するだけしかしません。料理などをするのも彼だけです。 ある日パーティ全員からパーティへの永久追放を受けてしまい勇者の称号も失い一人ギルドに戻り最初からの出直しをします 本人はまったく気づいていませんでしたが他の勇者などちょっとばかり煽てられている頭馬鹿なだけの非常に残念な類なだけでした そして彼を追い出したことがいかに愚かであるのかを後になって気が付くことになります そしてユウキと呼ばれるこの人物はまったく自覚がありませんが様々な方面の超重要人物が自らが頭を下げてまでも、いくら大金を支払っても、いくらでも高待遇を約束してまでも傍におきたいと断言するほどの人物なのです。 そうして彼は自分の力で前を歩きだす。 祝!書籍化! 感無量です。今後とも応援よろしくお願いします。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...