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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
第5話:ドラゴンのデレに需要はない
しおりを挟む「ほう……放浪の鎧などという雑魚モンスターに自意識があることに驚いておったが……転生者とな。それも元人間の」
あれから黄金のドラゴンは一度僕を指先で弾き、生じた時間で腕を枕にだらしなく寝そべった。再び行進してきた僕を鼻先で押さえ、歩みを止めない僕の足は地面を滑りながら停滞という術を経ていた。
その場で行進してるっていう、すごく間抜けな格好ではあるけどね。
ちなみに僕は言葉を発していないのに会話が成り立つのは、魔物同士の共感覚なんだとか。自意識さえあれば、魔力を媒介としてどうたらこうたら……端的に言って面と向かっていれば念話が可能なのらしい。便利。
こうして、ここにまともな状態での会話が成り立ったのである。
(そうです。素敵です。元人間と言っても。綺麗です。今は魔物なので殺さないでください。可愛いです)
「そ、其方さぁ……それはもしかして我の機嫌を取ろうとしてるのかえ? 少しばかり舐めすぎではないかえ?」
ギクリ。
さすがに適当にやりすぎたか。そこまで堕ちた駄竜ではなかったらしい。
僕は急ぎ誠心誠意謝ろうとしたのだが、
「ま、まぁ……? 嬉しくないこともないのじゃ。も、もっと言うのじゃ」
(…………ワァ、ホレソウデス。エエ、ホントデス)
ダメだな、やっぱり駄竜だ。
こんな木っ端魔物の言うことに一々一喜一憂するなど、伝説の魔物さんとは到底思えない。まぁ、扱いやす……ゲフン、友達になりやすくて助かってはいるけど。友達になりやすいって何だろ。つまりちょろいってことじゃん。
「しかしなるほど。放浪の鎧とは自分の意思で放浪しておったわけではないのだなぁ。これまた不憫な……しかも前世の記憶も曖昧だというのであろ?」
彼女(おそらく)の言葉に、僕は小さく頷いた。
正確に言えば、培った知識は残っていると思う。
一方で、自分の顔や名前は覚えていないし、知人や友人なんかも一人だって想起されない。まるで僕が今も昔もぼっちだったみたいだ。
あれ、あれれ。
前世の僕にちゃんと友達がいたかどうか妖しい件について……いや流石にいたよな。やめてよそんな悲しいこと言うの。いたから。友達百人いたからぁ!
唯一、その顔を覚えている、というより記憶の断片を持っているのは――件の少女だけ。彼女の顔だってぼやけてハッキリとしている訳ではないけれど、なんとなくわかる。多分彼女に会えば一発だ。
まぁあの調子じゃ、僕と一緒に……や、今はいいか。
(まぁ、そうなんだよ。えっと……ドラゴンちゃん?)
金色で縦に細長い瞳孔を持つ竜眼を狭めて、哀れみを浮かべる黄金のドラゴン。
彼女の高温の鼻息が鎧の隙間を撫ぜてくすぐったい。
「ちゃ、ちゃん付けとは……まったく。我のことは、そうだな――シェル様と呼ぶがいいであろ。特別なんじゃぞ」
どこか高慢なその態度。
高位者の放つ威容にすっかり慣れてしまった僕は、自然ムッとした。
ビシッと右の籠手をドラゴンの眉間に向け、勘違いしている駄竜へとハッキリと申し上げる。
(呼ぶがいい? ちょっとちょっと駄竜さん。僕と君、トモダチ。オッケー? 命令口調ダメ。オッケー?)
「だ、駄竜!? いや、そう、そうよな。我と其方はトモダチ。そうだ。シェルと呼ぶことを、その、許すのじゃ……」
(許すのじゃ? ちょっとちょっと駄竜さん。僕と君、マブダチ。オッケー? 許されなきゃいけないくらいなら呼ばないよ。オッケー?)
「だから駄竜ってどういうことなのじゃ!? い、いやいや、そうよな。我と其方はマブダチ。う、うむうむ。それでは、シ、シェルちゃんと、そう呼んで欲しい……のじゃぁ……」
やっぱり友達っていうのは対等な関係じゃないとね。
こういうのを後回しにしてると、いつか面倒くさい拗れが生じるんだ。つけがくる。最強主たるドラゴンと雑魚い魔物である放浪の鎧だからこそ、そこら辺の線引きはしっかりとしていた方がいいだろう。
もちろん喧嘩っ早いドラゴンが相手だったら、一瞬で灰燼と化していただろうけどね。ちょろごんで助かった。
例のちょろごんさんはいい年して小っ恥ずかしいのか、顔を赤く染めている。
いや、照れても可愛くないぞ? 蜥蜴頭に需要なし。せめて可愛い美女に人化してください。
――シェル。
黄金のドラゴンはやはり名前付きだったか。
しかし、シェルちゃんねぇ……うん、ちょろごんにしてはいい名前だな。親しみやすさが滲み出てくるから不思議。
(じゃあシェルちゃん。この身体のせいでこんな所まで来ちゃったし、これじゃ一向に外に出られないし……どうにかならないかなぁ)
「は、恥ずかしいのじゃぁ……我、こう見えても最強種たるドラゴンなのに……其方もあの男のように軽いヤツじゃのぉ。どこまでも自由奔放で……でも我は、あやつのそういうところが……キャッ」
――ドラゴンのデレに需要はないって言ってんだろうがっ!!
という言葉が喉から出かかって、必死に堪えた。
いいじゃん。そんなの個人の自由じゃん。ドラゴンが照れたっていいじゃん。
そうだよ。そうだよね。よしよし。
最強のドラゴンなのかは妖しいところ。
実を言えば、この世界でドラゴンはそこまで珍しくなかったりする。
それこそスライムのように無限に湧くわけではないが、少なくともドラゴン下位種の亜竜や子竜は比較的目にする機会も多い。冒険者として生きていれば、数年に一度くらいは遭遇するだろうか。そんな頻度だ。
もっと出会いにくい幻の魔物なんて山ほど存在するしなぁ。
ドラゴンはドラゴンでも、中には『真龍』といって、最強種ドラゴンの中の真の覇者たる存在もいる。確認されている個体は非常に少なく、高度な知能を有しているため国と契約している個体もいたはずだ。
それにしても――『黄金のドラゴン』……?
僕は目の前で恥ずかしそうに身を捩る駄龍を見た。
巨大な体躯に生え揃う黄金の鱗は一枚一枚が異常な純度を誇っている。
ドラゴンの年齢を象徴する角も背中に沿うように馬鹿でかく、千年はくだらない歳月を重ねているだろう。爪や牙も言わずがもな、「冗談をいうでないわ!」と軽く突っ込まれただけで僕の身体が粉砕するどころか大地が裂けそうだ。
だが、何かがおかしい。
他のドラゴンの情報は頭に入っているのに、そんな個体がいたとは到底思えないのだ。
ドラゴンは長命種でもある。
ここまで立派なドラゴンになるには長い年月を生きているはずだ。
そうなると少なからず、情報は出回るはずなんだけど――ズキリと奔る痛み。
――あぁ、またこれか。
「まぁよい。そうじゃの……放浪の鎧系譜の魔物が歩き続けることを宿命づけられているのだとすれば、それを意志の力で覆すのは難しいであろ。だからこそ、進化すればいいのではないかえ?」
口端をひくひくして汗を流していたシェルちゃんの口から漏れた言葉は、僕の虚を突くものだった。
(進化? 進化って、今の僕でもできるの? あ、でも、今の僕が進化しても放浪の鎧になるだけだよ? その先も放浪の~ってつくし。絶対放浪するだろーけど)
放浪の矮鎧が進化しても放浪の鎧になるだけだ。
さらに続くそこからの進化も、『放浪の堅鎧』、『放浪の巨鎧』と頑強さを極めていく進化樹や、『放浪の炎鎧』や『放浪の氷鎧』と属性特化していく道もある。
それら全ては『放浪の~』が名前の先に付くのがネック。
シェルちゃんは一度「うむ」と頷くようにゆっくりと瞬いてから、凶悪な牙を覗かせて言った。自慢げな顔らしい。
「本来は魂に他者の霊魂を取り込む必要があるが、例外もあるのじゃ。それもただの進化ではないぞ? 新種になるのじゃ。放浪の鎧系譜の進化樹から逸脱した進化を成し遂げれば、もしかしたら自由に動けるうやもしれぬであろ?」
(おーなるほど、そういうことか! へぇ……新種、いいね新種! なりたいと思ってたんだ! って、そんなに簡単になれるものなのか?)
「想いが進化の源となるのじゃ。強い自我さえ芽生えれば、どんな魔物であろうとも別系統の進化へと進むことになるじゃろうて。我もそうであったからの」
シェルちゃんの言葉に、僕は強い納得を覚えた。
元来より名を轟かす名前付きの魔物というものは、賢い知能を有している場合がほとんどだ。それは自我を持っていることの証左であって、進化系統から外れた新種になるのもそういう奴らだったんだな。
……もしかしたら、僕と同じように元人間としての前世を持った魔物もいたのかもしれない。そう考えるとゾッとしないが、どのみち僕に出来ることは先達のような未来を辿らないことに全力を尽くすのみ。
「それじゃあさっそく、進化させるのじゃ」
(おーよろしく。いやぁ、助かるよ……へっ?)
もののついでのような、軽い言葉を機に僕の視界が黒に染まった。
シェルちゃんから発せられた強烈な黒の魔力が吹き捲り、僕の周囲を球状に囲む。
するとすぐに、猛り狂ったように僕の体内の魔力が沸騰し始めた。
――あれ。進化って、思ってたのと違う。
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