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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
第4話:あれ、このドラゴン……
しおりを挟む「って、い、いかん……我ともあろう者が些か呑まれておった……其方は変なヤツじゃ、ではなくて、我の質問に答えよと言っておる。――放浪の鎧系譜の魔物がどうしてこんな場所におるのじゃ?」
僕の身体が自動的に鎧身を起こし、再びガシャンガシャンと歩みを進める。
唐突に出会いを果たした黄金のドラゴンは少しばかり生じた混乱を振り払うように頭を振ると、再度僕に鼻先を向けて問うてきた。その表情は真剣だ。
でも僕は正直、何も聞こえちゃいなかった。
正常な思考が回っていなかった。
血液ならぬ魔力が頭に巡っていなかった。
超久しぶりに見た生物。
人間じゃない? 最強の魔物? 気にするもんか!
無機物でないだけ嬉しい! 雑草に次ぐ有機物であることが喜ばしい!
纏めると命ってすばらしぃぃいい!
おおう、寂しかったよぉぉおおおっ!!
僕は今、感極まって絶賛号泣中である。
無駄にハイテンションで。
(おおおぉおおぉおううううう友よぉぉおおぉおおおぉッ!?)
「き、気持ち悪っ!? 身体を押しつけるでないわ! な、なんなんじゃ其方は! ここまで我の言葉に耳を傾けないヤツは初めて――や、あの男以来であろ!! ええい! 離れよ! 近寄るでないのじゃっ!」
もう一度言うが無駄にハイになった衝動のまま鼻先にひしりと抱きつく僕に、黄金のドラゴンが嫌悪感を全開にする。冷や汗を掻いているのか金の鱗が湿ってきたぞ。
違うんです違うんです。
なんか僕が急に友達申請して身体を押しつけてくる変態みたいな感じになってるけど。現にそういう汚らわしいものを見る目で見られてるわけだけど。
脚が勝手に進むんだからしょうがなくないですか?
ドラゴンさんが進路方向にいる限り、永遠にトライさせていただきます!
はい本当に申し訳ありません!
「しつこいぞっ!? 次近寄ったら容赦は――ひぃぃいぃいっ何度向かってくるんじゃぁあ! 『竜の息吹』ッ!?」
(ぐべぇぇええらぁああぁっ!?)
「――あ」
四度目のトライに、ついにドラゴンさんがキレたらしい。
視界に収まりきらない顎が開かれ、鋭利な牙と赤い口内を露見させる。次には喉の奥から迫り上がる金の息吹が吹き荒び、吹っ飛ばされた僕は玩具のようにゴロゴロと転がっていった。
金属がガチャガチャなる音は今にも砕け散ってしまいそうで心臓に悪い。
しかし存外にも外傷はなく、僕は自然むくりと起き上がる。咄嗟にスキル『硬化』を発動してなかったらやばかったかもしれない。ナイス判断僕!
「ちょ、ちょっとやりすぎちゃったのじゃ――ひぃっ!? どうして無事なのじゃぁああああぁあっ!?」
それを見た黄金のドラゴンが再び悲鳴を漏らした。
魔物の頂点、世界の覇者、様々な異名を冠する最強生物のドラゴンだというのに、実に表情豊かな個体だ。三十センチ程しかない相手に腰が引けているその姿はどこか女々しいまである。
――はっ、もしや雌だろか?
というより、さっきの息吹に殺意は感じられなかった。
いや正直死ぬかと思ったけども。
洞窟内の結晶が粉々に成って吹き飛ぶくらいの威力はあったのだけども。
僕自身ゴミのように小さいのが功を奏したのだろうか。誰がゴミや。
幸運値に甚大な下方補正がかかっている僕にしては、残っていた雀の涙ほどの運を使い果たしてしまった感が否めない。つまり次は死ぬ。
ねぇお願い。止まって? 僕の足。
って、まぁ動くんだから仕方ないよな!
ドラゴンさんもキレたというか、よくわからない生物に恐れをなしたのだろう。
僕も自分のことがよくわからない! ふはははもういいやけくそだっ! ひゃははドラゴンともあろう者が情けないなぁ!!
「そ、其方はっ、どんな肝っ玉をしておるのじゃ……っ」
絶え間なく脚をガシャンガシャンと動かし続け接触を図ろうとする僕を、右腕の巨大な爪先で押しとどめ、再び戦いたような表情をするドラゴンに、僕は内心朗らかに笑いかけた。
(やぁこんにちは、お嬢さん。僕は放浪の鎧。名前はまだない。別にこれは美しい君を見て欲情が爆発してるわけじゃなくてね、魔物としての性なのか足が勝手に動いて困ってるんだ。よろしく! 家族になろうよ!!)
ノリだ。もはやテンションのなすがまま、その場のノリ全開である。
凄いなぁ。僕ってばドラゴン相手に全然びびってないよ。我ながらすげー。
「お、お嬢さ……ッ!? う、ううううううううう美しいッ!? 家族ぅっ!?」
っていうかこのドラゴン、最初に僕が友達になってくれって言ったら「うむ」って頷いたよな? あはは、なんだなんだ、もうマブダチじゃん。よろよろ~。
「な、なななななななな何を言うておるのじゃ気が早いであろぉっ!?」
(ぐべらぁぁあぁふぅっ!?)
再び吹き荒れた『竜の息吹』。
黄金色の風。
――硬化硬化硬化ぁぁぁぁあああッ!?
強風が毒々しい草を大きくたなびかせ、茂る結晶の林を粉砕し砂塵と化す。洞窟全体がをズズン、と振動するような尋常じゃない威力だ。
死ぬって。これ死ぬって。
もちろん僕も軽々と転がっていき、なんとか無事であったことにほっと安堵しつつも、再びドラゴンに向かって歩き始めた自分の身体を酷く呪いたくなった。
ていうか、今のは何の息吹だよ。
僕の目が節穴じゃなければだけど、朱に染まった頬を両手で抑えながらブレスってたよね今。何、照れたら一々破壊の嵐をまき散らすのこの子? やばくない? 間違いなくやばいよねこのままだと僕はいつか死ぬ! そんな衝動の余波で死んじゃったら空しさの余りアンデットになるわ!
くしゃみで世界を滅ぼせるんじゃなかろうな……そんなことを考えつつ、大きく吹き飛ばされた距離を縮める。もちろん僕の意志じゃない。
するとドラゴンはやはり頬を手で押さえ、腰をくねくねさせていた。きもい。
「な、何を心にもないことをペラペラと……っ! そ、そうだ! 最強種たる我を前にして頭が狂ったのであろ? そうだ、そうに違いない。そうでなければ、我のことを、可愛いなどと……言わぬよな……そうだよなぁ……グスン」
……何だこいつ。
よくわからないが自分の言葉でダメージを受けてるのか徐々にシュンとし始めたぞ。なんかすごく小さく見えてきた。そもそも可愛いなんて言ってないし、最後には涙まで浮かべてやがります。
あれか? もしかして駄竜なのか? そうなのか?
僕は急に素面に戻った。
(ソウダネ、カワイイトオモウ)
極度の棒読みである。
そんなこと思ってないが、いやもしかしたらドラゴンの中では可愛い方なのかもしれないけどさ。顔とかわかんないし。というか心の中ではお嬢様じゃなくて雌だなんて呼んでましたごめんなさい。
興奮が一気に冷め素面に戻ったことで、正常な判断が出来るようになった。
つまるところ、ドラゴンの機嫌を損ねてはならぬ。これ、常識。
冒険者ギルド職員募集の際の試験に出るよ。ていうか誰でも知ってるよ。ドラゴンに抱きつきに行く奴なんかどんな強国にも、どんな辺鄙な村にもいないだろ。いたらぜひとも顔を拝んでみたいくらいだね。
――ハッ、残念だったね! 僕の顔はフルフェイスなので見えませーんっ!
「かっ、かっ、可愛い……そ、そうか。そうじゃったのか……我、可愛いのか……む、良かろう。其方の罪を許してやろうて……こんなに嬉しいことを言われたのは、本当にあの男に会った時以来じゃ……ぽっ」
おいおいおいおい、ちょろいな。
僕が内心一人芝居をしている間に、どうやらドラゴンさんは僕を許す方向で結論を出したようだ。
っていうか、
(……あの男?)
あの男って、もしかして僕の他にもドラゴン相手に馬鹿をしでかした狂人がいたのか? そういえばさっきもあの男って言ってたし。すごいな、どんな神経してるんだよ……ああ、僕みたいな神経か。
「そうじゃ。今より三百と八十六年前じゃったであろ。かつて世界最強の名を欲しいままにした馬鹿がおったのじゃ。そやつは脳天気というか、阿呆というか、自由気ままなヤツでのぉ。我に可愛いと言ったのも其方の前にはあやつだけであったのじゃ。仕方がないからの。仕方がないから、我はそやつと愛の契約を――きゃっ、我、何を赤裸々と話しておるのじゃ! 恥ずかしい! あ、でもでも、そやつはな――」
……何だこれ。
年寄りの「昔はのぅ」で始まる無駄に長い話なのか?
それとも過去の想い人とのなれそめを告白する女子トークってやつなのか?
あ、ものすごく興味ないです。耳が腐りそう。
流れとはいえ、そんな変人と同じ扱いをされるのは不本意ではあるが、まぁいい。僕は死にたくないのだ。なにより、この黄金のドラゴンと友達になりたいと思ってることは本当だし。
孤独は精神を蝕む毒だ。ぼっちは命ある者の天敵だ。
寂しかった。辛かった。
例えかつての敵だったであろうドラゴンといえど、生命体であり会話が成り立つのであれば問題はない。これで気が変わって殺されたとしても、まぁいっかって思えた。
――なんていうか、そうだな。
きっと歩き疲れたんだ。
長い、それはそれは長い一人旅だったから。
(――会えてうれしいよ)
僕は心の底からそう思った。
でもドラゴン相手に可愛いだなんて言う奴もいるのなぁ。世も末だぜ。
「――とにかく、其方のように巫山戯たヤツだったのじゃ。ん……なんじゃ。今何か、すごく失礼なことを考えなかったかえ?」
(イエナニモ)
自分の話に夢中で僕の感謝の言葉を聞き逃したくせに、内心で思った悪口は察知するとかどうなの。
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