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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
prologue:僕は放浪の鎧
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――何が為に人外の皮を鎧う。
――誰が為に魔物の運命を鎧う。
今はまだ、わからなくとも。
――僕は『放浪の鎧』
彷徨い続けることを運命づけられた、ただひたすらに歩くしか能のない異形。
どこまでも空虚で中身の伴わない、質素で脆弱な『鎧の魔物』である――
****** ******
――『人外×少女』
そんな単語を聞いたことがあるだろうか。
仮説上は存在する他の世界については知らぬ所ではあるけれど、僕の住む七色に輝く惑星『アルバ』にて、小説や演劇といった数々のサブカルチャーへと貢献してきた優秀な題材である。
人ならざる者と人間の少女が生け贄だったり拾われたりして出会い、価値観の相違と相互理解の難しさから幾度も衝突する。周囲から向けられる容赦のない蔑みの目、それでも惹かれ愛し合い、最後は高く聳えた種という壁を越えて結ばれる。
それが『人外×少女』の王道的展開であり、最も尊く美しいとされる『歪な愛』が生まれる瞬間だ。
そして、僕はそんな物語が大好きだった。
そのせいか、本当に長い間、夢を見ていた気がする。
それこそ、『人外』となった僕が可愛い『少女』と出会い、課せられた残酷な悲劇を乗り越え結ばれる――そんな、有り得ないはずの夢物語を。
****** ******
僕が前世の記憶というものを思い出したのは、昏い洞窟の中でのこと。
一寸先も見通せない真っ暗な世界で、ガシャン、ガシャン、ガシャンと規則的な音が耳朶を打っているのだと気がついたのが、最初の自我の覚醒だったのだと思う。
最初は遙か遠くに感じられた歪な足音のようなそれも、次第に側へ近いてきたと思ったら、最終的に自分から発せられているのだと知ることになる。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
正直、訳がわからなかった。
意味不明。理解不能だ。疑問は尽きない。
無理解が泉のように湧いては混乱の渦を巻いていく。
ここはどこだ? どうして何も見えない?
この、踏み出すたびに聞こえる金属が擦れる音は何?
というより、勝手に踏み出すこれは本当に僕の足なのか?
どこを、何の目的で歩いてるんだ?
重い、この身体はなんだ?
ど、どうして鎧なんて纏ってるんだ?
だって僕は、れっきとした人間で、あの日だって――、
(――――――――)
目まぐるしく空転する思考。
そう思い至った所で、ビキリと頭に激痛が走った。
痛みに追随するように、瞬時に走り抜ける光景は――崩壊する白亜の城、滅び行く街、斃れ伏す屍、砕けた地面、亀裂を伝ってなお溢れるように広がる……鮮血。
その朱はどうみても一人の身体に収まる量ではなく、それを裏付けるように、地に伏せる僕は誰かと手を握っていた。白磁のように白くて華奢な腕だ。血塗れ、温もりは感じなかった。
それが誰なのかはわからないが、最後の瞬間まで側を離れたくなかった。手を離したくなかった。その想いだけが強く強く、胸を締め付ける。
鮮やかに想起された情景は、気づけば端の方から褪せ、徐々に薄れていった。
そして、衝撃的な事実に打ちひしがれる事になる。
――僕は、どこの誰だったんだろう?
記憶が不鮮明で、確かに人間だったのだけれど、顔どころか名前すら思い出せないのだ。僕なのに、僕じゃない。なんだ、これ。気持ち悪い。
僕は誰?
手を繋いでいた君は誰?
こわい。ここはどこだ。どこなんだ。
暗い。何も見えない。恐い。怖い。
こわいいやだこわいいやだこわいこわいこわい――
恐怖と無理解と困惑とが錯綜する思考がどれほどぐちゃぐちゃになろうとも、僕の足は地面を踏みしめ続けた。
まるで錆び付いた歯車を原動力とする機械人形のように。
見えない糸で吊された操り人形、能面のマリオネットのように。
ただ、ひたすらに。
堅い岩肌を、露に濡れた草叢を、時には冷え切った地底湖の底を。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
錆び付いた金属が擦れる、そんなうら寂しげな音を立てながら。
――それからどれくらいの時間が経過したのか、僕にはわからない。
――誰が為に魔物の運命を鎧う。
今はまだ、わからなくとも。
――僕は『放浪の鎧』
彷徨い続けることを運命づけられた、ただひたすらに歩くしか能のない異形。
どこまでも空虚で中身の伴わない、質素で脆弱な『鎧の魔物』である――
****** ******
――『人外×少女』
そんな単語を聞いたことがあるだろうか。
仮説上は存在する他の世界については知らぬ所ではあるけれど、僕の住む七色に輝く惑星『アルバ』にて、小説や演劇といった数々のサブカルチャーへと貢献してきた優秀な題材である。
人ならざる者と人間の少女が生け贄だったり拾われたりして出会い、価値観の相違と相互理解の難しさから幾度も衝突する。周囲から向けられる容赦のない蔑みの目、それでも惹かれ愛し合い、最後は高く聳えた種という壁を越えて結ばれる。
それが『人外×少女』の王道的展開であり、最も尊く美しいとされる『歪な愛』が生まれる瞬間だ。
そして、僕はそんな物語が大好きだった。
そのせいか、本当に長い間、夢を見ていた気がする。
それこそ、『人外』となった僕が可愛い『少女』と出会い、課せられた残酷な悲劇を乗り越え結ばれる――そんな、有り得ないはずの夢物語を。
****** ******
僕が前世の記憶というものを思い出したのは、昏い洞窟の中でのこと。
一寸先も見通せない真っ暗な世界で、ガシャン、ガシャン、ガシャンと規則的な音が耳朶を打っているのだと気がついたのが、最初の自我の覚醒だったのだと思う。
最初は遙か遠くに感じられた歪な足音のようなそれも、次第に側へ近いてきたと思ったら、最終的に自分から発せられているのだと知ることになる。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
正直、訳がわからなかった。
意味不明。理解不能だ。疑問は尽きない。
無理解が泉のように湧いては混乱の渦を巻いていく。
ここはどこだ? どうして何も見えない?
この、踏み出すたびに聞こえる金属が擦れる音は何?
というより、勝手に踏み出すこれは本当に僕の足なのか?
どこを、何の目的で歩いてるんだ?
重い、この身体はなんだ?
ど、どうして鎧なんて纏ってるんだ?
だって僕は、れっきとした人間で、あの日だって――、
(――――――――)
目まぐるしく空転する思考。
そう思い至った所で、ビキリと頭に激痛が走った。
痛みに追随するように、瞬時に走り抜ける光景は――崩壊する白亜の城、滅び行く街、斃れ伏す屍、砕けた地面、亀裂を伝ってなお溢れるように広がる……鮮血。
その朱はどうみても一人の身体に収まる量ではなく、それを裏付けるように、地に伏せる僕は誰かと手を握っていた。白磁のように白くて華奢な腕だ。血塗れ、温もりは感じなかった。
それが誰なのかはわからないが、最後の瞬間まで側を離れたくなかった。手を離したくなかった。その想いだけが強く強く、胸を締め付ける。
鮮やかに想起された情景は、気づけば端の方から褪せ、徐々に薄れていった。
そして、衝撃的な事実に打ちひしがれる事になる。
――僕は、どこの誰だったんだろう?
記憶が不鮮明で、確かに人間だったのだけれど、顔どころか名前すら思い出せないのだ。僕なのに、僕じゃない。なんだ、これ。気持ち悪い。
僕は誰?
手を繋いでいた君は誰?
こわい。ここはどこだ。どこなんだ。
暗い。何も見えない。恐い。怖い。
こわいいやだこわいいやだこわいこわいこわい――
恐怖と無理解と困惑とが錯綜する思考がどれほどぐちゃぐちゃになろうとも、僕の足は地面を踏みしめ続けた。
まるで錆び付いた歯車を原動力とする機械人形のように。
見えない糸で吊された操り人形、能面のマリオネットのように。
ただ、ひたすらに。
堅い岩肌を、露に濡れた草叢を、時には冷え切った地底湖の底を。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
錆び付いた金属が擦れる、そんなうら寂しげな音を立てながら。
――それからどれくらいの時間が経過したのか、僕にはわからない。
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