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299話 脱走
しおりを挟む「では、一時間以内に部屋にお戻り下さい。遅れたら...分かりますね? 」
「は、はぃ...。」
その日の夜。いつも通り脱衣室で首輪を外された俺は、そう小さく返事をし、桂本さんが出ていくと、ポケットからネックレスを取り出した。
...ついに、脱獄の時だ。
どくん、どくんと心臓の音が嫌に頭に響く。
怖いけど、やるしかない。
桂本さんの足音が脱衣室の前から遠ざかると、僅かにドアを開けて、廊下の様子をそっと覗き見る。誰も見ていないことを確認すると、俺は脱衣室を後にした。
桂本さんは、暗闇がトラウマになっている俺には真っ暗な階段を下りることなんてできないと思っている。だから、夜中はこの階なら割と自由に歩き回ることが許されていた。
確かに俺は、真っ暗が怖い。何も見えない状況では足がすくんで、まともに歩くこともできないだろう。
でも、俺にはこれがある。南原さんがくれた、この蓄光ネックレスがあれば、きっと大丈夫だ。足元を照らすには全然足りない光の量だけど、目の前が真っ暗でさえなければ、西村さんがいる部屋までだったら、俺でもなんとか行けるはず。
大丈夫。絶対、逃げ切ってみせる。
そう心で自分に言い聞かせながら、震える足をなんとか動かして、とりあえず階段までは来ることができた。が、やはりそこは真っ暗で。奥に行くほど闇が濃くなっているこの階段を目の当たりにした俺は、さすがに足が止まってしまった。
...ここからが本番だ。
ここを踏み出したら、もう後には引けない。失敗したら、酷いお仕置き。でも、成功したら、帰れるかもしれないんだ。
恐らく防犯カメラやセンサーによって、階段を下りたらすぐに桂本さんに通知されてしまうだろう。そしたら桂本さんは俺を絶対追ってくる。でもセキュリティを逃れる方法はないから、通知されるのは前提として、一気に駆け抜けるしかない。そして桂本さんに捕まる前に西村さんに匿って貰えば、とりあえず第一段階は成功だ。
南原さん...。
少しだけ、勇気を下さい。
スカイブルーの星が手の上で淡く輝く。それをぎゅっと一握りすると、俺はネックレスを首に着け、思いきって一歩を踏み出した。
「っ...はぁ、はぁ、はぁ...」
苦しい。怖い。吐き気がする。でも、止まらずに進まないと。
もつれる足が上手く動かず、思うように走れない。早く行かなきゃなのに。逃げ切るって決めたのに。俺は、階段を降りる半ばで暗闇の恐怖に呑まれかけていた。
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