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第一章

第三十五話 お姉ちゃんの初仕事を見学

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(『隠形の術』って凄いね。あのお爺ちゃんが気づかないとか)
『一応、この世界にはないテクノロジーで動いていますので、喜八様が埒外らちがいにおられない限り、気づかれることはないかと思われますよ』
(あははは)

 一八は買ってきたソースなどをトランクにいれておいた。
(これで明日からも食べられるね)
『はい。嬉しく思います』

 時間はもう、二十二時を超えていた。そろそろ寝ないとまずいと思った。

(それじゃ、おやすみなさい)
『はい。また明日ですね』

 ←↙↓↘→

 翌朝八時。一八は一階のレストランでビュッフェスタイルの朝食をとっている。スマホを見ると千鶴からの着信やメールはない。彼女は朝が弱いので、致し方なしとするべきなのだろう。

 左手側の皿より少し上の虚空に消えていく、ドレッシングのついたミニトマト。

『なるほどなるほど。お野菜もこうして味がつくと、美味しいものなのですね』
(うんうん。ごはんの幅が広がって、僕も嬉しいかも)

 比較的多めに盛ってきた朝ごはんがあっさりと消えていく。そのうち半分は虚空の彼方へと消えているのは誰も気づいていないだろう。

『ごちそうさまでした。とても美味しゅうございました』
(うん。僕と味覚が同じで助かったよ。もっと美味しいものを沢山食べようね)
『はい、ありがとうございます』

 朝食を食べ終わってミルクコーヒーを飲んでいたときだった。見覚えのある女性が一八を見ていた。近くまでやってくると、

「おはようございます。私のことを、お覚ていらっしゃいますか?」
「おはようございます。確か、えっと……。龍童プロモーションの」

 すると斉藤は名刺を出して、くるっと回転させる。

「はい。改めてご挨拶を。私は龍童プロモーションのマネージャーをしております、斉藤真奈美と申します。この度、あなたのお姉さんの担当となりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」

 一八も深々とお辞儀をする。

「どうしたんです? こんなに早く」

 時間を見てもまだ八時半だった。

「いえ、九時半のお約束だったのですが、うちの代表からですね『絶対に失敗するな』と言われているものですから……」
「そうなんですね」
「一八さん、一八君、どちらで?」
「君でお願いします」
「では、一八君も、撮影を見学されますか?」
「撮影、ですか?」
「はい。ある雑誌のですね、表紙と特集記事の取材が入っていまして」

 この『龍童プロモーション』は昨日の今日で、千鶴のことをどれだけの売り込みをしたのだろう?

「いえ、本当はですね、当社に所属している、新人アイドルの予定だったのですが、昨日あの場所でお姉さんを見つけてしまいまして。『あぁ、この子に会うために、私はこの仕事をしていたんだな』、そう思ってしまったんです」
「あははは。ところでなぜあそこにいたんですか?」
「はい。お二人が観覧されていました、『コスモドライバー絶牙ぜつが』のですね」
「はいっ?」
「主人公の達川大地役の村田朝日とですね、司令の巳波綾香役の達川礼子はですね、うちの俳優なのです」
「ほ、ほんとうですか?」
「はい。そうなんです」
「僕、村田さんのファンなんです」
「あら? そうなんですね。お姉さんも、達川のファンだと教えていただきました。今日、撮影のスタジオが同じなので――」
「はい、僕、見学したいです」
『チョロすぎますよ。一八さん』
(あ、はい。ごめんなさい)

「あの、よろしければ、個室のラウンジがありますので、ここではその」

 確かに一八が声を大きくしてしまったため、くすくすと笑われてしまっていた。

「あ、はい。わかりました」

 宿泊客しか入れないラウンジに入っていくと、

「あら? 一八、おはよう」
「あ、お婆さま、おはようございます」
「お、お、おはようございますっ」

 昨日の今日で斉藤は、八重寺静江に出くわしてしまったのだった。

『おそらく一八さんをスカウトしようとしていたんですよ』
(やっぱり、僕もそうだと思ってたけど、あれは反則だってば)

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