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第一章
第二十三話 空の旅 準備編
しおりを挟む(僕たちには吽形さんがついてくれるのはわかりました。ですがその間、阿形さんのごはん、どうしますか?)
『すっかり忘れていた。最近、美味しいごはんばかりだったものだから……』
(僕、お父さんにお願いして、朝晩、むき海老を持ってきてもらいますよ)
『そうしてくれると、オレは助かるが』
(吽形さんのごはんは、僕がなんとかしますから)
『ありがとうございます。一八さん』
一八がいない間、阿形のエサは父隆二にお願いすることができた。むき海老を朝晩樹脂製ののボールに入れて、水槽に浮かべてもらうことにした。
「それなら大丈夫ですよね?」
「あ、あぁ、そうだね。それでいいならやってあげられるよ」
こうして一八は阿形のごはんを確保できた。
「ところで一八くん」
「はい、何ですか?」
「だからその口調。急に大人びてしまって、一体ど、どうしたというのかな?」
確かに家族に対してこの口調はおかしい。ついさっきまで千歳以上年上の二人用の言葉使いだったから、すっかり忘れていた。
「あ、うんうん。なんでもないよ。お父さん」
「それならいいんだけどね。あ、そうだ」
「どうしたの?」
「千鶴ちゃんにはお願いしておいたんだけどね」
「うん」
何をお願いしたのだろう。一八のことを千鶴に『お願い』するのはいつものこと。建物の外や、人前ではしっかりしている彼女だが、一度一目から外れるとだらしなくなって甘えてくるのだ。だから実際は、逆だったりするわけである。
「一八くんのスマートフォン、あちらで買ってもいいよって――」
「ほんと?」
一八は隆二に詰め寄った。隆二は洗っていた皿を危うく落とすところであった。なにせここまで一八が何かのことで隆二に詰め寄ってくることは、なかったからである。
「千鶴ちゃんがね、『一八くんが万が一はぐれてしまったときは、スマホがあればすぐに対処できるから』というものだからね。日登美さんと話し合って、少し早いけどいいだろうねってなったんだよ』
確かに、スマホは中学に上がってから。それでも学校に持って行かない。持って行くのは高校に入ってから。高校は千鶴と同じ学校を受ける予定。あの学校はスマホの持ち込みを禁止していないからである。
「ありがとう、お父さん。お母さんにもありがとうって言ってくれる?」
母、日登美は現在、一階でお客様対応中。隆二はディナータイムの仕込みが終わって一休みの真っ最中であった。
「あぁ、いいとも」
「それじゃ僕、荷物の続きやってくるね」
「あぁ、エサのことは任せてくれていいからね」
「うん。ありがとう、お父さん」
一八は自室へ戻った。そこに待っていたのはいつもの二人。水槽の前に座って、淵に手をかける。そのまま阿形も吽形も触手でそっと触ってくれる。
(あのね阿形さん。明日からのごはんね、朝晩一度ずつだけど樹脂製のボールに入れて浮かべてくれるって)
『それは助かるな。本来ならありがとうと伝えてもらいたいところだけど、まだご両親と千鶴くんには秘密だからね』
(そうですね。それじゃ僕は、荷物を詰めるので)
『オレも手伝おうか?』
(いえ、大丈夫です。これくらいは自分でやらなきゃですから)
小さなトランクに財布が入っているだけ。
「よし、と。準備完了」
『…………』
『…………』
さすがの阿形と吽形も驚いてしまう。
水槽の中にいた吽形は、その場で透明になる。すると次の瞬間、一八の手のひらにいた。
「あれ? あ……」
(どうしたんですか? 吽形さん?)
吽形はそのまま手のひらを通って左肩の上、鎖骨のくぼみあたりにいる。一八には、ちょうどそのあたりから彼女の声が聞こえるような感じがするわけだ。
『一八さん。荷物はそれだけですか?』
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