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第一章

第十一話 夏休みの出会い そのに

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 海水の中のミジュンを両手で掬い上げるようにして捕まえると、潮だまりにたたずんでいるように見える、二匹のタコにそっと近づけてみる。

「タコさん。ほら、魚、あげるよ。食べられるかな? これ?」

 一八はさきほどまでのタコの様子から、魚を捕食できていないものと判断した。だから隆二のところへ戻って、タコにあげるためにミジュンをもらってきたというわけだったのである。

 どんなタコも、海洋生物の中ではかなり頭の良い部類だと言われている。だからといって、犬猫や他のペットのようなリアクションをするとは限らない。

(食べるかなー? どうかなー?)

 だが良い意味で期待を裏切ってくれた。黒いほうのタコが触手を伸ばしてくる。

「お、おぉー、うんうん。やた、食べてくれるんだ? うん、あげるよ」

 黒いタコは一八の手からミジュンを受け取ると、抱き込むようにして食べているように見えた。

(どうかなー? こっちのタコさんはどうかなー?)

 気を良くした一八は、もう一匹ミジュンを掬い上げると、今度は白いタコへあげてみる。

「こっちのタコさんもはい、どうぞ」

 白いタコはつんつんと一八の手をつつくと、ミジュンを受け取ってくれた。

「うん、いいよいいよ。食べて食べて」

 それは偶然だったかもしれない。けれど自分が話しかけて、それに応じてくれているかのように思えた。だから、予想以上にリアクションがあって嬉しくなる一八だった。

 一方、隆二は離れた位置からしゃがんでいる一八を見ていた。ビニールバケツに手を突っ込んでは、ミジュンを潮だまりに放しているように見える。

「なるほどね。潮だまりだったのか。俺も小さいときは、見てるだけでも楽しかったのを覚えてるもんな。お、また釣れてる」

 リールを巻いて、釣り竿を立てる。仕掛けを海中から引き上げたとき、五本全ての針にミジュンがかかっていた。まるで自分が達人であるかのように思えてしまう瞬間。入れ食い状態になっていることもあって、大きなバケツの中に、かなりの数のミジュンが増えていた。

 一八は驚いた。海水に沈めていた手のひらの上に、白いタコが乗ってくるからである。

「ま、まさかの展開。タコさんもう一匹いる?」

 右手でバケツの中のミジュンを掴むと、タコの前に持って行く。一八の手からまたミジュンを受け取ってくれた。すると血の滲んでいた人差し指をきゅっと握るようにしてくれるのがわかった。

「うん? 大丈夫だよ。もうあんまり痛くないから――ひゃっ、くすぐったいってば」

 白いタコは一八の手を伝って地面に降りる。よく見ると、黒いタコも一八の足下でじっと待っているではないか?

「こっちのタコさんはどうする?」

 ためしに左手を差し出すと、黒いタコも手のひらに乗ってくれた。

「おぉおおお。あ、ちょっと待ってね」

 同じようにミジュンをあげる。すると黒いタコも同じように人差し指に絡みついてくる。さきほどの白いタコのように、くすぐったさを感じた。それは、祖母の家で飼われている猫に舐められたときのような感じだったかもしれない。

「くすぐったいってば、あはははは……」

 あまりにも予想外の展開に、楽しくて仕方のない一八だった。

 タコが指先を解放すると、そこにあったはずの切り傷がいつの間にか消えていた。だが一八本人は全く気づいてはいないようだった。

 ←↙↓↘→

 そろそろ日が傾いてきた。隆二のかたわらにあるバケツには、大漁のミジュン。

(これ以上釣っても食べ切れないな。それじゃ片付けしちゃいますかね)

 サビキ仕掛けを再度使えるように仕掛け巻きに巻き付けておく。釣り竿も継ぎ目から外して、二本並べてマジックテープで上下を止めておく。水道のある場所に行ったら、洗うのを忘れない。導具を大事にしないと日登美に怒られるのと同時に、一八の手本になるようしっかりとやることに決めている。

「おーい一八くん。そろそろ帰るよー」
「はーい」

 近寄ってくる一八だったが、足をとめてしまう。

「どうしたんだい? 何かあったのかな?」
「あのねお父さん、僕、お願いがあるんだけど?」
「どうしたんだい?」
「あの子たち、連れて帰ってもいい?」

 猫でも拾ってしまったのだろう。隆二はそう思ったはずだ。

(日登美の実家でも猫を飼っているよね? 猫なら日登美も千鶴も嫌とは言わないだろうな。情操教育にもペットはいいはずだし、ま、いいでしょ)

 隆二はそう思った。

「うん、いいよ。必要なものは、町に帰ったら買おうね」
「やたっ、ありがと、お父さん」

 小走りに戻ってくる笑顔の一八。彼の手のひらの上にいたのは、

「――え? 猫じゃなくた、タコ?」

 ネコではなく、一字違いのタコだった。

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