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第二章 ふたりの誕生日

第8話 チーム監督みたいでしょ?

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「こっち背景あがったよ。次は?」
「それじゃこの右下に、校舎お願い、光源は右上からね」
「はいはい」
「さすがは『人間コピー機』の異名を持つ勇ちゃんだけはあるわん。助かるー」
「いや、姉ちゃんしか言ってないって」
「そだね、僕がこれできるのって、鈴子お姉ちゃんしか知らないし」

 ちょっと思い出せば、七割程度の再現性で背景を書き入れてしまえるのは、勇次郎の得意技でもある。この使い方を見いだしたのも、鈴子だったりするわけだが。

「ほら、私にコーヒーお代わり、勇ちゃんにはルートビアお代わり、でいいかしらん?」
「うん。それでいいよ。ごめんね文ちゃん」
「いいって。いつも姉ちゃんが世話になってるから」
「あらぁ、アルバイト代奮発してますけどぉ?」

 軽く修羅場っていた鈴子の部屋。

 大きめの机に鈴子、ベッドを収納してちゃぶ台を置いて、その上にノートパソコンと液晶ペンタブレットを置いて、アシスタントをしている勇次郎。鈴子の机にある、勇次郎が使うよりも大きな画面の液晶ペンタブレット。そこに表示されるのは、若い青年と、少年の美しい恋の物語。いわゆるボーイズラブ漫画。

 沖縄でも年に数回、宜野湾コンベンションセンターなどで同人誌即売会が開催される。今年もゴールデンウィークに予定されているようだ。

 鈴子は『男恩名音子おとこおんなおとこ』というペンネームで全国的にファンを持つ、有名なシャッターサークル(シヤッターサークルとは、同人誌を求めて列をなすファン達があまりにも多すぎて、会場の外へ邪魔にならないよう並んでもらうために、壁に近いシャッターのある場所をブースとするサークルのことである)。鈴子はまだ未成年であり、きわどい絵を描くことも売ることも許されてはいない。

 だが、そんなものは、鈴子には必要ないのかもしれない。綿密な取材、美形な、可愛らしい、モデル。絵の才能はもとより、話の面白さ、没入感、それらを兼ね備えた、『ほっこり純愛系ボーイズラブ漫画』では大人気作家なのである。

 ただ、鈴子はいわゆる『遅筆』に該当する作家だ。とにかく、『降りてくる』と呼ばれるアイディアが沸く状態が遅く、仕上げも細かくこだわりがあるからか、とてつもなく時間がかかる。故に、遅筆作家と言われてしまっていた。

 そんな鈴子も、アシスタントとして勇次郎がいてくれたから、一昨年と去年は、原稿を落とすことなくイベントに参加できていたわけである。今年も軽く一万部に迫る数は刷るのだろう。一ヶ月後には電子版も開始になる。こうして稼いでいるから、父親の年収を超えたのではと、勇次郎に言われてしまうのだ。

 複数の出版社からオファーが来ているらしいが、現時点では全て断っている。現役高校生であり、文庫のコスプレ写真集や、モデルとしてのマネージメントまで手がけているからか、余計な仕事はしばらくは無理だと判断。そのため、プロになるつもりは今のところペンディングということにしているらしい。

 本来なら、勇次郎の誕生日が終わって、春休みの最後あたり。内部進級式が始まる前まで手伝ってもらう予定だった。だが、たまたま今日、時間的に余裕のある勇次郎を確保してしまった――というより、つい先ほど苦情を言いに来た勇次郎を、抱きしめて逃がさないようにして、泣き落とした結果であった。立ってるものは親をも使うが信条の鈴子。だが、さすがに父や母、文庫には頼ることが難しい。そこで勇次郎の出番だったわけだ。

 お昼前に来て、気がつけばもう十五時を回ろうとしている。今ごろきっと、景子はケーキセットを満喫できていることだろう。

「勇ちゃん、いつもすまないねぇ」

 勇次郎の両肩から、にゅっと鈴子の腕が回される。後から抱きつかれる豊かな双丘、背中にたゆんと乗っけられる感じに抱きしめられる。あまりの密着度で、普通の男性なら困るほどだろうが、勇次郎は慣れてしまっていた。

「それは言いっこなしだよ、おとっつぁん――って、鈴子お姉ちゃん、邪魔すると原稿進まないよ?」
「やっぱり、同性には効かないのね、こういう攻撃って……」

 鈴子は自らの右頰を、勇次郎の左頰にすりすり。

「あのねぇ、僕、一応いせいなんだけど?」
「あら、そうだったかしらん?」
「はいはいあがったよ。次は?」
「えっとね、そこ」

 鈴子は三つ目のコマを指差す。

「そのコマは名護市役所みたいな感じで」
「……ん、っと。……こんなかんじ?」
「そうそう。最後にその大ゴマは、二十一世紀の森ビーチをね、海側から見下ろす感じの絵で」
「――だと、こう? かな?」
「そうそう、上手上手。これで私のとマージさせたら、今週中に原稿あがるわ、そのまま主線入れちゃってくれる?」
「りょーかい」

 こうして、なんだかんだで、四時過ぎにはあらかた終わってしまうのだった。

「――ふぅ。終わった終わった」
「ありがとねー、お姉ちゃん助かっちゃった」
「喜んでくれて嬉しいけど――あ、鈴子お姉ちゃん」
「んーっ?」

 勇次郎は、ブラウザを立ち上げると、テラチューブの『勇きゅんファンクラブ公式チャンネル』を表示させる。

「うげっ、何これ? さ、さんびゃくまんさいせい?」
「あらー、ついにトリプルミリオンじゃない。去年のは二百万超えたわね。おめでとう、勇ちゃん」
「おめでとうじゃないってば、昨日大変だったんだから――」

 勇次郎は、名護のエンダーで起きたことを説明する。鈴子は自らの胸を誇張するかのように腕組みをして『さもありなん』というどや顔の表情をする。

「私がプロデュースしたんだもの。この調子なら、五百万、ううん、一千万再生も夢じゃないわ」
「先生、諦めようよ。姉ちゃんはこれだもん」
「あー、うん。わかっちゃいたけど、さ」
「勇ちゃん、今のところね、新しく無断転載されてないっぽいから安心して。もし今後そんなことが起きたとしたら、地獄の果てまで追い詰めて、お尻の毛までむしって、『や○い穴』丸出しにしてあげるんだからん」
「いやそういう問題じゃないから……」
「こえぇ、……我が姉ちゃんながら、悪魔のようだ」

 ▼

「――勇次郎です。そろそろ。うんうん、お願いしますね」
「誰?」

 少し大人っぽい、余所行きの服装をしている文庫が、ソファ越しに覗いてくる。

「うん、綾子さんって僕の運転手さんで、護衛のお姉さん」
「すげぇ。先生がまるでお坊ちゃんのようだ」
「や、実際そうなんでしょうに」

 文庫の軽いボケに、鈴子がさりげなくツッコむ。

「鈴子お姉ちゃん、珍しく綺麗だね」

 鈴子は、振り袖姿なのだが、薄い青の地に数色のハイビスカス柄。百貨店で気に入って作ってもらったらしい。かなり高そうな代物だ。

「これ、いいでしょう? 今度のイベントに着ていくつもりなのよねん」
「確かに別人二十八号だよな。それに、着物の着付けまでできるなんて、どれだけスペック高いのよ」
「あら、褒めても何も出さないわよ。文庫」
「姉ちゃん、そこは素直にありがとうって言おうよ」
「ね」
「だよな」

 よく見ると、鈴子の頰はほんのり赤く染まっている。おそらくは照れ隠しなのだろう。

 壁のインターフォンが鳴る。

『私、浜那覇勇次郎様の運転手で、山城景子と申します。仲田原鈴子様、同じく文庫様をお迎えにあがりました』
「はいっ、今開けますっ」
「文ちゃん文ちゃん、緊張しすぎだってば」
「だってさぁ、慣れてないんだよ俺……」

 チャイムが鳴り、勇次郎がドアを開ける。

「こんばんは。あら勇次郎様。お迎えにあがりました」
「おぉ、すごい美人さん」
「文ちゃん露骨」
「文庫、ステイ」
「わうっ」
「うふふふ。勇次郎様に聞いていたとおり、まるでご姉弟きょうだいのようですね」
「いつも勇ちゃんがお世話になっております。姉の鈴子です」
「あれ? 俺の姉ちゃんじゃないの?」
「知らない子ね」
「そんなぁ」
「あははは」

 下駄箱から和装用の下駄を出す勇次郎。それを履いて『ありがとう』と、頰にキスをする鈴子。さして気にせず、外に出て景子に並ぶ勇次郎。

「ほらほら、待ってるんだから行こうよ」
「そうね。ほら、文庫」

 鈴子は利き手の左手を前に差し出す。『エスコートなさい』という意味なのだろう。

「おう、姉ちゃん」

 文庫も靴を履き、鈴子の手を取ってエスコートを始める。

 エレベーターで一階に降りると、文庫がある意味驚いた。

「ありゃ? リムジンじゃないんだ?」
「僕の送り迎えはこれだよ。お姉ちゃんが目立たないようにって、考えてくれたみたいなんだ」
「さすが杏奈ちゃんだわ。なるほどねぇ」
「先に鈴子お姉ちゃん。次に文ちゃん。最後に僕が乗るから」
「はいよ、先生」
「ではどうぞ」
「ありがとうございます」

 一礼して車に乗る鈴子。次に文庫が乗る。最後に勇次郎が助手席に乗る。

「こっちにも、乗ってみたかったんだよね。チーム監督みたいでしょ? 文ちゃん」
「あー、そういう意味ね、この車。どこかで見たことあるなーって思ったよ」
「でしょー?」
「はいはい。それくらいにする」
「はい」
「おう」
「うふふ。では、出しますね」
「お願い」
「はい」
「お願いしまっす」
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