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第二章 ふたりの誕生日
第3話 誕生日イヴ。
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「――んもう、お姉ちゃん、ムキになりすぎ」
「ご、ごめんなさい……」
「杏奈お嬢様。此度はレースではありません、勇次郎様の誕生日イヴをお祝いするためではなかったのですか?」
「まちがいありません。ごめんなさい……」
ちょっとだけ拗ねる勇次郎と窘める麻乃に、平謝りの杏奈。
「まぁまぁ、それくらいにしませんか? ほら、ジェラートが溶けてしまいますから」
「「「そっちですか?」」」
三人揃ってツッコミ。スプーンを咥えて『何かいけませんでしたか?』という表情の景子。
「あら?」
姉弟で揃って遊ぶということが、生まれて初めてだった杏奈。あまりに楽しすぎて、つい『おほほほ。わたしを捕まえてごらんなさいな』を地で行ってしまったわけで。結果、本部町に入る手前で、勇次郎をちぎって(引き離して)しまったわけだった。
『杏奈お嬢様。勇次郎様がちぎれてしまわれましたが、よろしいのでしょうか?』
かなり低く、怖いトーンで、そう耳に入ったからだろう。杏奈は足を止めて、後ろを振り返り、そこで初めて、自分がやらかしたことに気づいたというわけだ。
麻乃の言葉どおり、レースで走っているわけではないから。走りつつけることが目的ではないからと、休憩することになった。そんなとき『こっちに確か、おいしいジェラートを食べられるお店があるって見たけど』と、パルコシティで見せたような、勇次郎の一言で寄ることになる。少しコースからは外れてはいるが、こうして美味しい牛乳ベースのジェラートにありつけたというわけだった。
「――んーっ。しみるっ」
「えぇ、美味しゅうございますね」
「そうね。こんな場所があるなんて、知らなかったわ」
「はい、美味しいです……」
無言でアイスを食べ終わり、しばし余韻に浸ったあと、そのままレースのコースへ戻り、本部町の町中を抜けて本部大橋を超える。道なりに走って行ると、右にローソン、左にファミマのある、浦崎の信号が見えてくる。
『ご存じでしょうが、その信号を左折でございます』
『わかっていますよ』
『りょーかい、……確かここから嫌らしい登りが、美ら海まで続くんだよね』
『そうなんですよね……』
『あれ? どうしたのお姉ちゃん』
『あのね――』
『私から説明させていただきます。杏奈お嬢様はいわゆるスプリンターでございまして、先日のレースは五十キロという比較的短い距離でしたので、誤魔化しが――』
『あーさーの……』
『はい。口にチャックでございますね』
麻乃の解説どおり、杏奈は短距離型の選手だった。杏奈の出場したレースは、五十キロと比較的短い距離。選手でもない勇次郎でも、このコースは何度か走りきっているから長距離というわけでもない。
『あ、そうなんだ。お姉ちゃんはスプリンターね、めもめも。なるほどなるほど』
『勇くん、なんだか嬉しそうな声に聞こえますけれど?』
勇次郎の声は確かに弾んでいた。杏奈にもそう聞こえただろう。
『お姉ちゃんあのね、僕、速く走ったり、長距離もあまり得意じゃないんだけど』
『……はい?』
勇次郎は座ったままの姿勢で、するすると気持ちよさそうに坂道を登っていく。徐々に開き始める、杏奈との距離。
『北谷にある超激坂みたいなのは無理だけど、安里から首里城公園までの坂、結構好きなんだよね』
『……え? あ、ちょっとまってください――』
前者の『超激坂』とは、北谷町の裏手にあるハンバーグの有名なレストラン前にある坂のことで、沖縄でも一、二を争う激坂と言われている。たまに、腕試しのロードバイク乗りが現れるというマル秘スポット。後者の首里城公園までの坂も、それなりにきついが、勇次郎は普通に登れるようだ。
後ろを振り返ってあっという間に百メートルほど離してしまったのを確認する勇次郎。
『お姉ちゃん』
『は、はいっ……』
マイクから聞こえてくる杏奈の息づかいが、徐々に荒くなっているのがわかる。もちろん、麻乃はこの先の展開が読めていたのか、杏奈の背中を見ながらまるで姉弟がじゃれているかのような、微笑ましい光景を堪能していた。
かなり勾配のきつい区間に差し掛かっていた。勇次郎まであと五十メートルほどと、必死に間を詰める杏奈に届いた声はこうだった。
『具志堅ビーチのところまでに、僕に追いつけたらね』
『は、はい』
『お姉ちゃんのお願い、何でも聞いてあげる』
『え? それってどういう』
『「おほほほ。僕を捕まえてごらんなさいっ」ってことだよね』
声のトーンを少し変えてまで、先ほどやられた仕返しのように、杏奈を煽る
「煽ってらっしゃる煽ってらっしゃる」
「え、えぇ。微笑ましいご姉弟ですね」
吹き出しそうになるのを押さえる麻乃と、勇次郎の意外な面を見てしまったという驚きの表情をする景子。
勝負事でいうところの三味線を弾いていたのだろうか? 勇次郎はお尻を軽く持ち上げると、ダンシング(立ちこぎ)を開始する。坂道が始まったときとは違い、かなりのペースで登って行くからから、あっという間に先へ言ってしまう。
海洋博公園前あたりで一度下り坂になり、すぐに僅かだけ激坂が復活するという、自然が作ったイジメのようなコースと化したこの道。美ら海水族館あたりからは下り坂になり、杏奈が登り切ったころには、勇次郎はかなり下った場所へ行るのか、もう見えなくなっていしまっていた。
『ずるいわよ、勇くん』
『さっきお姉ちゃんもやったじゃない』
この勝負、勇次郎の勝ちだった。ちなみに、杏奈が『泣きの一回』のリベンジを申し出て、勇次郎はオッケーする。だが、それは勇次郎の画策であった。
『じゃ、羽地内海に出るまでね。はい、スタート』
『ちょと、ずるいわ。間って、勇くぅううううん』
羽地内海手前には、もう一度激坂が待っていたのは、杏奈も知っていたはずだった。
杏奈が欲をかいたからか、勇次郎がペースをかき回したからか。羽地内海を通り過ぎて右折。そのまま、『イオン坂』と呼ばれる場所を登り切って、あとは杏奈も知るゴール前のストレートに繋がる下り坂だけ。
ネオパークオキナワ前あたりから、歩道横にに自転車レーンが始まる。そこからは、スピードを出さずに、まったり進んでいく。そのころには、杏奈は優勝したとは思えないほどにスタミナ切れになっていた。
『杏奈お嬢様、もう少しでゴールでございます』
『わ、わかってますっ』
『お姉ちゃん、がんばれっ』
『わ、わかってるわよっ――』
思わず麻乃と同じような口調で言ってしまったことを公開する杏奈。
『ご、ごめんなさい。麻乃だと思ってつい……』
『あははは』
こんなやりとりを交わしながら、やっとのことでゴールを迎える。
ところどころ本気で走ったにもかかわらず、あれから一度も勇次郎を抜くことができなかった杏奈。作戦勝ちだった勇次郎と『楽しい泥仕合』を演じてしまっていた。終始、麻乃はお腹を抱え、景子は苦笑し続けることになっていた。
東比嘉家と付き合いのある、ホテルの部屋を借りてシャワーで汗を落とし、着替えを済ませた杏奈と勇次郎。名護支店があったと思い出した勇次郎の提案で、エンダーで昼食を取る四人。勇次郎、麻乃、景子の前にはルートビア。杏奈の前にはオレンジジュース。
ジョッキにストローを挿して、飲んでから一息ついて、三人声を揃えて。
「「「ぬちぐすいー」」」
「……よく、『飲む湿布』を平気に飲めるわね」
杏奈の声を聞いていた、店員さんも苦笑している。エンダーに努めているからといって、ルードビアが飲めるとは限らないのだろう。
「そう? 美味しいよ」
「えぇ。これを飲めない人は、人生の半分を損していると言っても過言ではございませんね」
「ほっとします」
「ありえませんわ……」
横を向いてオレンジジュースを半分ほど飲み干す杏奈。
「それにしても、いい運動になったねー」
晴れ晴れとした涼しげな表情の勇次郎と、あのレースよりも疲労困憊気味な杏奈。とても対照的な二人。
「……ずるいですよ」
「まさか、本当に登りが苦手だなんて思わないってば、お姉ちゃん」
「わかってて、仕返ししたんですよね? そうですよね?」
「ある意味、縁子様と親子だと、実感してしまいますね」
「あ、母さんほどじゃないってば。それにほら、これくらい打ちのめしてもさ、ずりずりと這い寄ってくる鈴子お姉ちゃんが側にいたからつい、ね……」
鈴子のことを思い出すと、妙に納得してしまう杏奈だった。
「ご、ごめんなさい……」
「杏奈お嬢様。此度はレースではありません、勇次郎様の誕生日イヴをお祝いするためではなかったのですか?」
「まちがいありません。ごめんなさい……」
ちょっとだけ拗ねる勇次郎と窘める麻乃に、平謝りの杏奈。
「まぁまぁ、それくらいにしませんか? ほら、ジェラートが溶けてしまいますから」
「「「そっちですか?」」」
三人揃ってツッコミ。スプーンを咥えて『何かいけませんでしたか?』という表情の景子。
「あら?」
姉弟で揃って遊ぶということが、生まれて初めてだった杏奈。あまりに楽しすぎて、つい『おほほほ。わたしを捕まえてごらんなさいな』を地で行ってしまったわけで。結果、本部町に入る手前で、勇次郎をちぎって(引き離して)しまったわけだった。
『杏奈お嬢様。勇次郎様がちぎれてしまわれましたが、よろしいのでしょうか?』
かなり低く、怖いトーンで、そう耳に入ったからだろう。杏奈は足を止めて、後ろを振り返り、そこで初めて、自分がやらかしたことに気づいたというわけだ。
麻乃の言葉どおり、レースで走っているわけではないから。走りつつけることが目的ではないからと、休憩することになった。そんなとき『こっちに確か、おいしいジェラートを食べられるお店があるって見たけど』と、パルコシティで見せたような、勇次郎の一言で寄ることになる。少しコースからは外れてはいるが、こうして美味しい牛乳ベースのジェラートにありつけたというわけだった。
「――んーっ。しみるっ」
「えぇ、美味しゅうございますね」
「そうね。こんな場所があるなんて、知らなかったわ」
「はい、美味しいです……」
無言でアイスを食べ終わり、しばし余韻に浸ったあと、そのままレースのコースへ戻り、本部町の町中を抜けて本部大橋を超える。道なりに走って行ると、右にローソン、左にファミマのある、浦崎の信号が見えてくる。
『ご存じでしょうが、その信号を左折でございます』
『わかっていますよ』
『りょーかい、……確かここから嫌らしい登りが、美ら海まで続くんだよね』
『そうなんですよね……』
『あれ? どうしたのお姉ちゃん』
『あのね――』
『私から説明させていただきます。杏奈お嬢様はいわゆるスプリンターでございまして、先日のレースは五十キロという比較的短い距離でしたので、誤魔化しが――』
『あーさーの……』
『はい。口にチャックでございますね』
麻乃の解説どおり、杏奈は短距離型の選手だった。杏奈の出場したレースは、五十キロと比較的短い距離。選手でもない勇次郎でも、このコースは何度か走りきっているから長距離というわけでもない。
『あ、そうなんだ。お姉ちゃんはスプリンターね、めもめも。なるほどなるほど』
『勇くん、なんだか嬉しそうな声に聞こえますけれど?』
勇次郎の声は確かに弾んでいた。杏奈にもそう聞こえただろう。
『お姉ちゃんあのね、僕、速く走ったり、長距離もあまり得意じゃないんだけど』
『……はい?』
勇次郎は座ったままの姿勢で、するすると気持ちよさそうに坂道を登っていく。徐々に開き始める、杏奈との距離。
『北谷にある超激坂みたいなのは無理だけど、安里から首里城公園までの坂、結構好きなんだよね』
『……え? あ、ちょっとまってください――』
前者の『超激坂』とは、北谷町の裏手にあるハンバーグの有名なレストラン前にある坂のことで、沖縄でも一、二を争う激坂と言われている。たまに、腕試しのロードバイク乗りが現れるというマル秘スポット。後者の首里城公園までの坂も、それなりにきついが、勇次郎は普通に登れるようだ。
後ろを振り返ってあっという間に百メートルほど離してしまったのを確認する勇次郎。
『お姉ちゃん』
『は、はいっ……』
マイクから聞こえてくる杏奈の息づかいが、徐々に荒くなっているのがわかる。もちろん、麻乃はこの先の展開が読めていたのか、杏奈の背中を見ながらまるで姉弟がじゃれているかのような、微笑ましい光景を堪能していた。
かなり勾配のきつい区間に差し掛かっていた。勇次郎まであと五十メートルほどと、必死に間を詰める杏奈に届いた声はこうだった。
『具志堅ビーチのところまでに、僕に追いつけたらね』
『は、はい』
『お姉ちゃんのお願い、何でも聞いてあげる』
『え? それってどういう』
『「おほほほ。僕を捕まえてごらんなさいっ」ってことだよね』
声のトーンを少し変えてまで、先ほどやられた仕返しのように、杏奈を煽る
「煽ってらっしゃる煽ってらっしゃる」
「え、えぇ。微笑ましいご姉弟ですね」
吹き出しそうになるのを押さえる麻乃と、勇次郎の意外な面を見てしまったという驚きの表情をする景子。
勝負事でいうところの三味線を弾いていたのだろうか? 勇次郎はお尻を軽く持ち上げると、ダンシング(立ちこぎ)を開始する。坂道が始まったときとは違い、かなりのペースで登って行くからから、あっという間に先へ言ってしまう。
海洋博公園前あたりで一度下り坂になり、すぐに僅かだけ激坂が復活するという、自然が作ったイジメのようなコースと化したこの道。美ら海水族館あたりからは下り坂になり、杏奈が登り切ったころには、勇次郎はかなり下った場所へ行るのか、もう見えなくなっていしまっていた。
『ずるいわよ、勇くん』
『さっきお姉ちゃんもやったじゃない』
この勝負、勇次郎の勝ちだった。ちなみに、杏奈が『泣きの一回』のリベンジを申し出て、勇次郎はオッケーする。だが、それは勇次郎の画策であった。
『じゃ、羽地内海に出るまでね。はい、スタート』
『ちょと、ずるいわ。間って、勇くぅううううん』
羽地内海手前には、もう一度激坂が待っていたのは、杏奈も知っていたはずだった。
杏奈が欲をかいたからか、勇次郎がペースをかき回したからか。羽地内海を通り過ぎて右折。そのまま、『イオン坂』と呼ばれる場所を登り切って、あとは杏奈も知るゴール前のストレートに繋がる下り坂だけ。
ネオパークオキナワ前あたりから、歩道横にに自転車レーンが始まる。そこからは、スピードを出さずに、まったり進んでいく。そのころには、杏奈は優勝したとは思えないほどにスタミナ切れになっていた。
『杏奈お嬢様、もう少しでゴールでございます』
『わ、わかってますっ』
『お姉ちゃん、がんばれっ』
『わ、わかってるわよっ――』
思わず麻乃と同じような口調で言ってしまったことを公開する杏奈。
『ご、ごめんなさい。麻乃だと思ってつい……』
『あははは』
こんなやりとりを交わしながら、やっとのことでゴールを迎える。
ところどころ本気で走ったにもかかわらず、あれから一度も勇次郎を抜くことができなかった杏奈。作戦勝ちだった勇次郎と『楽しい泥仕合』を演じてしまっていた。終始、麻乃はお腹を抱え、景子は苦笑し続けることになっていた。
東比嘉家と付き合いのある、ホテルの部屋を借りてシャワーで汗を落とし、着替えを済ませた杏奈と勇次郎。名護支店があったと思い出した勇次郎の提案で、エンダーで昼食を取る四人。勇次郎、麻乃、景子の前にはルートビア。杏奈の前にはオレンジジュース。
ジョッキにストローを挿して、飲んでから一息ついて、三人声を揃えて。
「「「ぬちぐすいー」」」
「……よく、『飲む湿布』を平気に飲めるわね」
杏奈の声を聞いていた、店員さんも苦笑している。エンダーに努めているからといって、ルードビアが飲めるとは限らないのだろう。
「そう? 美味しいよ」
「えぇ。これを飲めない人は、人生の半分を損していると言っても過言ではございませんね」
「ほっとします」
「ありえませんわ……」
横を向いてオレンジジュースを半分ほど飲み干す杏奈。
「それにしても、いい運動になったねー」
晴れ晴れとした涼しげな表情の勇次郎と、あのレースよりも疲労困憊気味な杏奈。とても対照的な二人。
「……ずるいですよ」
「まさか、本当に登りが苦手だなんて思わないってば、お姉ちゃん」
「わかってて、仕返ししたんですよね? そうですよね?」
「ある意味、縁子様と親子だと、実感してしまいますね」
「あ、母さんほどじゃないってば。それにほら、これくらい打ちのめしてもさ、ずりずりと這い寄ってくる鈴子お姉ちゃんが側にいたからつい、ね……」
鈴子のことを思い出すと、妙に納得してしまう杏奈だった。
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