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第一章 わたしもね、弟が欲しかったの

第8話 エピローグ。

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 ぶーっ――

 バイブレーションが音が鳴る。勇次郎は、スマホ画面をタッチするとそこに、文読村アプリの通知があった。

『ユウバルクイナ先生、今回のお話もほっこりさせていただきました。次の更新、楽しみにしています。 ビイナより』

(あ、またビイナさんから。いつも更新するとすぐに読んでくれる。嬉しいよね)

 勇次郎はネット小説サイト文読村フミヨムラで、『ユウバルクイナ』というペンネームを使い、アマチュア作家活動をしている。ビイナという人は、いわゆるお得意さんのように、最速で読み、最速で感想メッセージをくれる人。

 ぶーっ――

 今度はビームからの通知だった。

『先生、更新見たよ。面白かった』

(あ、文ちゃんも。ありがと)

 文庫も勇次郎の作品を呼んでくれたようだ。彼が勇次郎のことを先生と呼ぶのはこれが理由である。

 ぶーっ――

 立て続けにビームから通知がある。

『勇ちゃん、このお話、ぜひ両方とも男の子で――』
「自分で書けばいいでしょうに」

 鈴子だった。彼女が長々と書いて来たメッセージに対し、思わず声に出して突っ込みを入れてしまう。

「どうかされましたか?」
「あ、うん。なんでもなくはないんだけど、鈴子お姉ちゃんのメッセージにね、いつもの寝言みたいなことが書いてあって」
「寝言でメッセージを、……でございますか?」
「いやその。『寝言は寝てから言って』、みたいなやつなんだけど」
「なるほど、そういう意味でございましたか。実に鈴子ちゃんらしいですね」

 くすくすと笑う麻乃と、対応に困る勇次郎だった。

「ところで勇ちゃ――勇次郎」
「別に普通に呼んでくれてかまわないってば」
「では、お仕事でないときには、勇ちゃんと呼ばせていただきますね」
「うん、いいよ」
「勇ちゃん」
「なんでしょ?」
「例のものですが、仕込みはいつされるのですか?」
「そうだねぇ。明後日だから、朝からでいいと思うんだよね」
「お手伝いはどういたしましょう?」
「麻乃お姉さんも、料理――」
「はい。得意でございますよ。メイドのたしなみでございますゆえ」
「そうなんだ。そしたら、ちょっとだけお願いしようかな?」
「お任せください」
「んじゃ、明後日の朝ね」
「かしこまりました」
「あの……」

 山城がつい口を挟んでしまう。おそらくは、料理のことだったからだろう。

「どうしたの? 景子さん」
「あのですね、私にもその」
「先輩はですね、味見がしたいと」
「いえ、その、……はい、そのとおりです」
「大丈夫ですよ。沢山つくるので」
「そうですね。先輩もお呼びいたしましょうか」
「え? 呼んでいただけないご予定だったんです?」
「そうですねぇ。先輩はほら、系列とはいえ、外部の人でございますし……」
「そんなぁ」
「あははは。そんなこと言わないで、呼んであげて、ね?」
「勇ちゃんが、そうおっしゃるのであれば、そういたしましょうか」
「……よかったです」

 その日のうちに、麻乃が手を回したことで、山城景子は警備部から転属し、勇次郎専属の運転手となるのであった。翌朝、彼女が職場へ出勤すると、上司から転属を命じられ、呆然としたのは必然だったろう。

(杏奈お嬢様の執事はお父さんですし、私が勇ちゃん専属になっても構いませんよね?)

 自らのこともあっさりと、そう決定してしまう麻乃だった。

 ▼

 翌朝、部屋のインターフォンの呼び出し音で目を覚ます勇次郎。

「めがねめがね……、あと何か鳴ってる……」

 手探りで眼鏡を装着。寝ぼけ眼で受話器を取る。

「ふぁい、勇次郎でふ」
「おはようございます、勇くん」
「あ、お姉ちゃん? おはようございまふ……」
「それでは、これから麻乃とお邪魔しますね」
「はい?」

 こんこん――がちゃり――

 ノックされたかと思うと、鍵が開けられてしまう。勇次郎は、何が起きたかわからないまま、受話器を持ってその奥にいるはずの、杏奈の返事を待っていた。

 ぽかんとあっけにとられる勇次郎。

「おはよう。勇くん。麻乃、あなたが今日から勇くん専属になったのだから、着替えはお願いしますね。わたしは準備をしますので」

 勇次郎のガレージのような場所と化したウォークインクローゼットで、手際よく準備を始める杏奈。

「はい、かしこまりました。それでは勇次郎様、ぬぎぬぎしましょう――」
「あーさーの」

 寝ぼけていた勇次郎の、寝間着代わりのトレーナーを脱がそうとしていた麻乃。それを察知してツッコミを入れる杏奈。

「はい、調子に乗っておりました。申し訳ございません。……勇次郎様、後を向いていますので、お着替えをお願いいたします」
「……あ、はい?」

 麻乃が用意した着替えを、もそもそと着替え始める勇次郎だった。

 ▼

「すごっ」

 素直に驚く勇次郎。それもそのはず、彼の目の前にあるのは、『東比嘉大学女子自転車部』のロゴが入った、桜色のスバルレヴォーグ。

 その筋では有名な東比嘉大学の女子自転車部。充実している設備と指導方法により全国から学生が集まるほどと聞いている。杏奈も四年後には、エースとして活躍するだろうと噂されていた。

 レヴォーグの屋根には、杏奈が先日乗っていたものと、勇次郎のロードバイクが積まれていた。

「あ、おはようございます。勇次郎様」

 そこにいたのは、昨日お世話になった山城景子。

「あれ? 今日もお願いされたんですね?」

 景子は『自分でもよくわからない』というような、微妙な表情をしつつ。

「実は、今日から私、勇次郎様の専属運転手になってしまったんですね」
「はい?」
「その件につきましては、わたくしから説明させていただきます」

 勇次郎の横にいた麻乃が言う。

「あ、はい」
「わたしは昨日、杏奈お嬢様、静馬様、龍馬様に許可を得まして、勇次郎様専属ということになりました」
「え? どうして?」

 すると、杏奈が苦笑しながら教えてくれる。

「あのですね勇くん」
「あ、はい。お姉ちゃん」
「――くぅっ、……こほん。わたしには、専属の執事として宗右衛門がついてくれています。ですが、勇くんにはいませんよね?」
「それはそうですけど」
「昨夜、麻乃から提案がありまして、わたしは渋々承諾することにしたんです。なにせ、わたしが勇くんの側にいられないとき、勇くんが困ったりしていないか? 何もなく無事過ごせているか? 逐一そのほうこ――」
「こほん。杏奈お嬢様、それ以上は脱線されてしまいます」
「あ、それもそうですね。ごめんなさいね、勇くん」

 何気に杏奈をたしなめる麻乃。

「かくかくしかじかな事情がございまして、杏奈お嬢様にご安心いただけるよう、わたしが側仕えとしてお世話することになったのです」

(本当に『かくかくしかじか』って言ってるし。どれだけ理由があるんだろうね)

「そ、そうなんだ。それじゃ、お願いしますね、麻乃お――」
『しーっ。その呼び方は、私たちだけのときでお願いします。麻乃、とお呼び捨てください』

 すかさず一歩前にでて、勇次郎の耳元でささやくように注意をうながし、元いた位置に戻る麻乃。その足さばきは何かの武道経験者ではないかと思うほど。

「あ、うん。麻乃」
「はい。誠心誠意、お仕えさせていただきます。それでですね、ひとつだけ問題がございまして」
「というと?」
「はい。私は父と違い、運転免許を所持していないのです」
「あぁ、それで、なるほどね」
「四月からは、附属高校ふぞくへは車でのお送りすることになります。ですが、杏奈お嬢様は、龍馬様、静馬様の名代として、勇次郎様とは別々にご登校されることになりますので、執事である父がお送りします」
「うん」
「そこで、運転手を急遽探さなければ、ということになったのですが、幸い、勇次郎様と先輩――山城は面識がございました。それならば、いっそということになった次第でございます」

 勇次郎が景子を見ると、照れ笑いを浮かべている。

「私も今朝方、仕事場に行くと机がなくなっていたんです。『え? 左遷? まさか解雇?』と、何をやらかしたのか焦ったのですが、上司からその場で辞令を受け取ることになり、あれよあれよと今に至ったというわけでございます」
「あははは」

 裏で麻乃が動いていたかも、勇次郎はそう思ってしまった。麻乃はなんとなく似ているのだ、勇次郎がよく知る鈴子に。

「勇次郎様。本日からどうぞ、よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそ」

 美しい姿勢で一礼をする景子と、ぺこりと腰を折る勇次郎。二人を見て、微笑ましく思っている杏奈と麻乃。

 麻乃が後部座席のドアを開ける。

「では、杏奈お嬢様からどうぞお乗りください」
「ありがとう、麻乃」

 杏奈は先に乗ると、笑顔で勇次郎に手を差し伸べるようにする。

「さぁ、勇くん」
「あ、ありがと」

 勇次郎が杏奈の側に座る。

「では、お閉めいたしますね」
「あ、はい」

 麻乃はドアを閉める。景子は車を一周して運転席へ。麻乃はそのまま助手席へ座ることになった。

「シートベルトはよろしいですか? では、目的地へ向かいますね。途中、パーキングで休憩の予定です」

 景子は後ろを振り返り、笑顔でそう言う。

「はい、お願いします」
「あ、はい。お願いします」
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