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第一章 わたしもね、弟が欲しかったの
第6話 プレゼント選びというより観光?
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「いいえ、実のところ杏奈お嬢様は、お小遣いをもらっていないのです」
杏奈は自分の祖父が作った学校に、幼少のころから通っていた。小遣いが必要のない生活というより、自分みたいに自由に出歩くことは難しかったのかもしれないと、勇次郎は思っただろう。
「なるほど、そうなんですね」
「はい。ですが、杏奈お嬢様も欲しいものがないとは言いません。そのため、実はアルバイトのようなことをしているのです」
「アルバイト、というと?」
「そうですね、わかりやすく説明するために、少しだけ話を横道へそらす形となります。さて、勇くんは、縁子様――いえ、お母様がどれだけお忙しい方かご存じですよね?」
「そりゃまぁ」
「それで、……ちょっとすみません」
麻乃は、その都度言い直すのが大変になったのか、座っていた正面の席から立ち、勇次郎の隣に座って、耳元に小声で伝えることにした。
『――えっとですね、同じ職場に勤めておられる、静馬様も同様、お忙しいのです』
『うん、それはわかるよ』
『静馬様は、医学部教授も兼務されているとご説明したかと思いますが』
『うん』
『杏奈お嬢様のお爺さま、理事長の龍馬様はその、静馬様にはそれなりにお厳しいのですが、放任主義な部分もございまして』
『うん』
『ご自分の寄り合いには参加されますが、静馬様の代わりはしないと仰るものですので』
『うん』
『苦肉の策として、今朝のように、杏奈お嬢様が静馬様の名代として、会合などに参加されるようになりました』
『それでなんだ』
『はい。その代わりにといってはなんですが、杏奈お嬢様は静馬様の名代となることを、龍馬様はアルバイトと認めさせたのですね』
『あぁ、それで』
『はい。鈴子様ほどではないかと思いますが、杏奈お嬢様が自由にできる資金がそれなり以上にあったというわけでございまして、いわゆる『大人買い』をする場合があったのです』
『……なんてこと。だったら僕が、プレゼントできるものなんてないかもしれない』
『いいえ。もしかしたら、どこかに良いものが、もしくはヒントがあるかもしれません。幸い、杏奈お嬢様のお戻りは遅くなるとのことなのいで、夕食を取ってくるとのことです。その結果、時間的余裕はたっぷりあるということになります』
『なるほど』
『山城先輩の車も、小回りが割と効くものです。とにかく、思いつくところを回るとしませんか?』
『その、いいんですか?』
勇次郎は、山城の顔を見る。すると彼女は、空腹が満たされたからだろうか? 幸せそうな表情をしていた。
「えぇ。構いませんよ。これも仕事ですからね」
「経費で色々食べられますからね」
「そ、それは……」
▼
勇次郎は、麻乃から入手した情報から、杏奈は比較的『可愛らしいもの好き』だと判断した。最初に訪れていたパルコシティには、勇次郎たちのような、中高生の女の子も遊びにくるほど、多彩な店舗が揃っている。
杏奈は自転車に乗る際、うまくまとめてヘルメットを着用してはいたが、勇次郎が思う以上に髪は長い。付属中にいたときは、全て後へ流してカチューシャで留めて、あとは厚手のリボンでまとめていた。
静馬との初顔合わせのときは、勇次郎が知る髪型だった。おそらくはあの状態が、外向けなのかもしれない。引っ越し初日に見た、ゆるふわな杏奈はお屋敷限定。家族だけに見せる、特別なものなのだろう。
ちょっとしたヘアクリップなどのアクセサリや、可愛らしいデザインのスマートフォン用ケース。『あれはどうかな?』とか『これはちょっとね』などなどなどなど。迷えば迷うほど、何を買ったら良いかわからなくなる。
そんなとき、麻乃のアドバイスがあった。
「気になるものがあれば買ってみたらどうですか? 私がまとめてラッピングしてさしあげますよ?」
「ほんと? んじゃ、あれと、さっきのところと」
勇次郎は麻乃のアドバイスを聞いて喜んだ。
「それにですね、杏奈お嬢様のことですから、勇次郎様からいただいたものは、ことさら大事に――こほん、……いえなんでもございません」
なんだかんだ、細かい買い物をして、マイバッグひとつ分余裕で埋まってしまう状態に。自転車じゃなくて、車を出してもらってよかった。勇次郎はそう改めて思っただろう。
最初のところを出たのが、十一時くらい。次にどこを見ようかと、考えた。新都心がいいか、それとも国際通りか。時間も限られているし、新都心にあるメインプレイスはさっきの場所と同じ系列。
それならばと、やってきたのは国際通り。山城にお願いをして車を駐めてもらったのはむつみ橋信号付近。角にスタバがあり、はす向かいにドンキがある場所といえば、那覇近郊に住む人ならおおよその場所は理解できるだろう。
車から降りるとき、麻乃は勇次郎に帽子を手渡した。この帽子は、勇次郎のクローゼットにあった『シマノ』のロゴが入った野球帽の形をしたもの。自転車関連の用品には、このタイプの帽子は少ないため、釣行用のものを購入した。
ところで麻乃は、いつの間に持ってきたのだろうか? それに今日は、帽子が必要なほどに日差しが強いわけではない。勇次郎も不思議に思っただろう。
「勇くん、あなたはそれなりに有名人なのです。特に、中高生の女の子にはネットを通じて、知られているはずなのです」
「え? あ、そうなのかな?」
いつもなら自転車だから、ヘルメットをかぶり、反射して目元がわかりにくいシールドをつけているから気にしないでいた。麻乃に言われて初めて、自分がどんなに派手な行いをしてきたかを、なんとなく自覚したはずだ。
山城を見ると、『うんうん』と頷いているではないか? 勇次郎は、改めて帽子を深く被って通りに出る。突き当たりの信号を右折し、国際通りを久茂地方面へ歩いて行った。
勇次郎は正直言うと、国際通りの『こちら側』にあまり来ることはなかったが、ここも比較的多く中高生が練り歩く場所でもあるということを知った。春休み中ということもあり、観光で訪れた人もそれなりに多くまた、放課後でないにしても若い人たちも多くいるように思えた。
実のところ勇次郎は、月に一度は国際通りを訪れていた。ただそれはある特定の場所だけという意味。屋上に『花』の文字があるといえば、ある筋には有名な場所だったりする。その場所より北側に行くこともなかった。もちろんその場所は、杏奈へのプレゼントを選ぶような場所でないことは確かだったりする。
「勇くん」
「はい?」
「『あちら』、せっかのですから寄らなくてもよろしいのですか?」
「……だ、大丈夫です」
(うそ? 麻乃お姉さん、どこまで僕のことを知ってるんだろう……)
麻乃は勇次郎がよく知る、もしひとりで来ていたら絶対に足を運んでいた四階部分や、入り口付近にある青く珍しい看板を指さしたわけでもない。ただ、勇次郎は背筋に何か、冷たいものを感じただろう。
久茂地で折り返し、ドンキまで戻ってきた。途中、塩ソフトクリームを食べたり、珊瑚のアクセサリを見たり、Tシャツに使用されていたワードを見て笑ったりと、それなりに充実してはいたのだが、いまだプレゼントとして納得できたものを見つけたわけではない。
多くの観光客と思われる人々が行き来している筋道がある。そこはドンキのすぐそば、沖映通りの突き当たり、そこへ二本平行に伸びている、徒歩でしか入れそうもない細い道。左右に様々な土産物屋が並んでおり、ある意味国際通りより人口密度が高く、賑やかに見える。
「麻乃お姉さん」
「なんでしょう?」
「この先にあるさ、公設市場に、美味しい飲み物があるの知ってる?」
「そういえば、そのような――」
「あの、カウンターだけのお店でしょうか?」
麻乃が思い出すようにしていたところへ、珍しく割り込むように話す山城。
「はい。それです」
「あれ、美味しいですよね」
「山城さんはどっちが好きですか?」
「もちろん、レモンです」
「ですよねー」
あまりにマイナーなジャンルだからか、それとも麻乃の活動範囲が、普段は学校と屋敷だからか? さすがの麻乃も、実際に足を運んだことはなかったのだろう。
「――あぁあ、なんてこと……」
「あるある、でございますね……」
愕然と肩を落とす、勇次郎と山城。
「今日は、お休みだったのですね」
「うん、結構あるんだよね」
「はい、多いですね」
牧志公設市場にある一部の人の間では、有名なコーヒースタンド。『冷やしコーヒ』と『冷やしレモン』を一杯百二十円、グラスで飲ませてくれるお店だ。ただ、明かりがついておらず、営業時間外ということなのだろう。
せっかくなので、市場内をぐるりと見て回る。乾物から精肉鮮魚。とくに、鮮魚店は多く、扱っている魚介類も様々。ここで選び購入すると、二階にある店舗で調理してくれるところもあり、すぐに食べることも可能だという。
「あ」
何かを思い出したような、勇次郎の声。
「どうかされましたか?」
人が多く、ガヤガヤと賑やかだが、麻乃は勇次郎の声を聞き逃すことがなかった。彼の耳元で聞き取りやすいように、合いの手を入れてくれる。
「あのさ、こういうのってプレゼントにならない?」
同じように、麻乃の耳元へ手をかざして、相談する勇次郎。
「……良いと、思います。きっと、お喜びになるかと」
麻乃も納得の表情だった。
杏奈は自分の祖父が作った学校に、幼少のころから通っていた。小遣いが必要のない生活というより、自分みたいに自由に出歩くことは難しかったのかもしれないと、勇次郎は思っただろう。
「なるほど、そうなんですね」
「はい。ですが、杏奈お嬢様も欲しいものがないとは言いません。そのため、実はアルバイトのようなことをしているのです」
「アルバイト、というと?」
「そうですね、わかりやすく説明するために、少しだけ話を横道へそらす形となります。さて、勇くんは、縁子様――いえ、お母様がどれだけお忙しい方かご存じですよね?」
「そりゃまぁ」
「それで、……ちょっとすみません」
麻乃は、その都度言い直すのが大変になったのか、座っていた正面の席から立ち、勇次郎の隣に座って、耳元に小声で伝えることにした。
『――えっとですね、同じ職場に勤めておられる、静馬様も同様、お忙しいのです』
『うん、それはわかるよ』
『静馬様は、医学部教授も兼務されているとご説明したかと思いますが』
『うん』
『杏奈お嬢様のお爺さま、理事長の龍馬様はその、静馬様にはそれなりにお厳しいのですが、放任主義な部分もございまして』
『うん』
『ご自分の寄り合いには参加されますが、静馬様の代わりはしないと仰るものですので』
『うん』
『苦肉の策として、今朝のように、杏奈お嬢様が静馬様の名代として、会合などに参加されるようになりました』
『それでなんだ』
『はい。その代わりにといってはなんですが、杏奈お嬢様は静馬様の名代となることを、龍馬様はアルバイトと認めさせたのですね』
『あぁ、それで』
『はい。鈴子様ほどではないかと思いますが、杏奈お嬢様が自由にできる資金がそれなり以上にあったというわけでございまして、いわゆる『大人買い』をする場合があったのです』
『……なんてこと。だったら僕が、プレゼントできるものなんてないかもしれない』
『いいえ。もしかしたら、どこかに良いものが、もしくはヒントがあるかもしれません。幸い、杏奈お嬢様のお戻りは遅くなるとのことなのいで、夕食を取ってくるとのことです。その結果、時間的余裕はたっぷりあるということになります』
『なるほど』
『山城先輩の車も、小回りが割と効くものです。とにかく、思いつくところを回るとしませんか?』
『その、いいんですか?』
勇次郎は、山城の顔を見る。すると彼女は、空腹が満たされたからだろうか? 幸せそうな表情をしていた。
「えぇ。構いませんよ。これも仕事ですからね」
「経費で色々食べられますからね」
「そ、それは……」
▼
勇次郎は、麻乃から入手した情報から、杏奈は比較的『可愛らしいもの好き』だと判断した。最初に訪れていたパルコシティには、勇次郎たちのような、中高生の女の子も遊びにくるほど、多彩な店舗が揃っている。
杏奈は自転車に乗る際、うまくまとめてヘルメットを着用してはいたが、勇次郎が思う以上に髪は長い。付属中にいたときは、全て後へ流してカチューシャで留めて、あとは厚手のリボンでまとめていた。
静馬との初顔合わせのときは、勇次郎が知る髪型だった。おそらくはあの状態が、外向けなのかもしれない。引っ越し初日に見た、ゆるふわな杏奈はお屋敷限定。家族だけに見せる、特別なものなのだろう。
ちょっとしたヘアクリップなどのアクセサリや、可愛らしいデザインのスマートフォン用ケース。『あれはどうかな?』とか『これはちょっとね』などなどなどなど。迷えば迷うほど、何を買ったら良いかわからなくなる。
そんなとき、麻乃のアドバイスがあった。
「気になるものがあれば買ってみたらどうですか? 私がまとめてラッピングしてさしあげますよ?」
「ほんと? んじゃ、あれと、さっきのところと」
勇次郎は麻乃のアドバイスを聞いて喜んだ。
「それにですね、杏奈お嬢様のことですから、勇次郎様からいただいたものは、ことさら大事に――こほん、……いえなんでもございません」
なんだかんだ、細かい買い物をして、マイバッグひとつ分余裕で埋まってしまう状態に。自転車じゃなくて、車を出してもらってよかった。勇次郎はそう改めて思っただろう。
最初のところを出たのが、十一時くらい。次にどこを見ようかと、考えた。新都心がいいか、それとも国際通りか。時間も限られているし、新都心にあるメインプレイスはさっきの場所と同じ系列。
それならばと、やってきたのは国際通り。山城にお願いをして車を駐めてもらったのはむつみ橋信号付近。角にスタバがあり、はす向かいにドンキがある場所といえば、那覇近郊に住む人ならおおよその場所は理解できるだろう。
車から降りるとき、麻乃は勇次郎に帽子を手渡した。この帽子は、勇次郎のクローゼットにあった『シマノ』のロゴが入った野球帽の形をしたもの。自転車関連の用品には、このタイプの帽子は少ないため、釣行用のものを購入した。
ところで麻乃は、いつの間に持ってきたのだろうか? それに今日は、帽子が必要なほどに日差しが強いわけではない。勇次郎も不思議に思っただろう。
「勇くん、あなたはそれなりに有名人なのです。特に、中高生の女の子にはネットを通じて、知られているはずなのです」
「え? あ、そうなのかな?」
いつもなら自転車だから、ヘルメットをかぶり、反射して目元がわかりにくいシールドをつけているから気にしないでいた。麻乃に言われて初めて、自分がどんなに派手な行いをしてきたかを、なんとなく自覚したはずだ。
山城を見ると、『うんうん』と頷いているではないか? 勇次郎は、改めて帽子を深く被って通りに出る。突き当たりの信号を右折し、国際通りを久茂地方面へ歩いて行った。
勇次郎は正直言うと、国際通りの『こちら側』にあまり来ることはなかったが、ここも比較的多く中高生が練り歩く場所でもあるということを知った。春休み中ということもあり、観光で訪れた人もそれなりに多くまた、放課後でないにしても若い人たちも多くいるように思えた。
実のところ勇次郎は、月に一度は国際通りを訪れていた。ただそれはある特定の場所だけという意味。屋上に『花』の文字があるといえば、ある筋には有名な場所だったりする。その場所より北側に行くこともなかった。もちろんその場所は、杏奈へのプレゼントを選ぶような場所でないことは確かだったりする。
「勇くん」
「はい?」
「『あちら』、せっかのですから寄らなくてもよろしいのですか?」
「……だ、大丈夫です」
(うそ? 麻乃お姉さん、どこまで僕のことを知ってるんだろう……)
麻乃は勇次郎がよく知る、もしひとりで来ていたら絶対に足を運んでいた四階部分や、入り口付近にある青く珍しい看板を指さしたわけでもない。ただ、勇次郎は背筋に何か、冷たいものを感じただろう。
久茂地で折り返し、ドンキまで戻ってきた。途中、塩ソフトクリームを食べたり、珊瑚のアクセサリを見たり、Tシャツに使用されていたワードを見て笑ったりと、それなりに充実してはいたのだが、いまだプレゼントとして納得できたものを見つけたわけではない。
多くの観光客と思われる人々が行き来している筋道がある。そこはドンキのすぐそば、沖映通りの突き当たり、そこへ二本平行に伸びている、徒歩でしか入れそうもない細い道。左右に様々な土産物屋が並んでおり、ある意味国際通りより人口密度が高く、賑やかに見える。
「麻乃お姉さん」
「なんでしょう?」
「この先にあるさ、公設市場に、美味しい飲み物があるの知ってる?」
「そういえば、そのような――」
「あの、カウンターだけのお店でしょうか?」
麻乃が思い出すようにしていたところへ、珍しく割り込むように話す山城。
「はい。それです」
「あれ、美味しいですよね」
「山城さんはどっちが好きですか?」
「もちろん、レモンです」
「ですよねー」
あまりにマイナーなジャンルだからか、それとも麻乃の活動範囲が、普段は学校と屋敷だからか? さすがの麻乃も、実際に足を運んだことはなかったのだろう。
「――あぁあ、なんてこと……」
「あるある、でございますね……」
愕然と肩を落とす、勇次郎と山城。
「今日は、お休みだったのですね」
「うん、結構あるんだよね」
「はい、多いですね」
牧志公設市場にある一部の人の間では、有名なコーヒースタンド。『冷やしコーヒ』と『冷やしレモン』を一杯百二十円、グラスで飲ませてくれるお店だ。ただ、明かりがついておらず、営業時間外ということなのだろう。
せっかくなので、市場内をぐるりと見て回る。乾物から精肉鮮魚。とくに、鮮魚店は多く、扱っている魚介類も様々。ここで選び購入すると、二階にある店舗で調理してくれるところもあり、すぐに食べることも可能だという。
「あ」
何かを思い出したような、勇次郎の声。
「どうかされましたか?」
人が多く、ガヤガヤと賑やかだが、麻乃は勇次郎の声を聞き逃すことがなかった。彼の耳元で聞き取りやすいように、合いの手を入れてくれる。
「あのさ、こういうのってプレゼントにならない?」
同じように、麻乃の耳元へ手をかざして、相談する勇次郎。
「……良いと、思います。きっと、お喜びになるかと」
麻乃も納得の表情だった。
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