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第一章 わたしもね、弟が欲しかったの
第5話 それなりに有名人。
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パルコシティとは、那覇市のとなり浦添市にある、大型ショッピングモールのことである。敷地面積八万五千平方メートル。東京ドームおおよそ二つ分弱といえば、想像に容易いだろう。
「はい。ここは若い学生さんのお客さんも多く、そのターゲット層の商品もそれなり以上にあると聞いています」
建物のある手前の信号を右折。すると道なりにいけば、施設内へ入っていく。春休み中だが、今日は一応平日。それでも、駐車場の空き状況を告げるパーセンテージが表示されているのを見ると、それなりの人出。それでも運良く、一階の駐車場が開いているようだった。
「勇次郎様、麻乃さん。到着いたしました」
「はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「いえ。仕事ですので」
山城は警備部名乗ってはいたが警察ではない。組織名に東比嘉があることから、関連会社でそこの警備部、おそらくは勇次郎たちのガードを依頼されたのだろう。
車から出ると、勇次郎少しだけ意外そうな表情をする。山城はおそらくスーツを着ていると思っていたのだが、予想に反して麻乃のようなラフな姿だった。細めのジーンズに、無地のブラウス。上から麻のジャケットを羽織っていた。
車の鍵をロックしたことを考えるに、山城も店内へ同行するつもりなのだろう。いかにもガードと見えるスーツでは目立ちすぎる、そう思ったのかもしれない。
「はい、どうぞ」
麻乃は勇次郎に左手を出してくる。
「え?」
「手をつないでいきましょうね」
「なんでまた?」
そう疑問を口にしながらも、勇次郎は麻乃と手をつないだ。すると麻乃は、手を軽く引くと、勇次郎の耳元に口を寄せて、小声で話しかける。
『私たちは「それなり」に動けはしますが、あなたは「一部の人には有名人」ですので、あまり離れてしまいますと、私も山城も守り切れません』
一部の人、言われてみればそうなのだ。勇次郎は女装していたときとはいえ、全世界に配信されていた経験があるのだから。変装に近い姿をしているからといって、それなりに有名人だと言われるのは間違いないのかもしれない。
「な、なるほど」
「このような施設ですと、万が一は少ないかとは思います。ただ、その万が一があってしまうと、私と山城にかなりきつめのお仕置きがまっておりますゆえ……」
「あー、うん。理解しました」
「それと、一緒にいるときは私のことは『麻乃お姉さん』とお呼びくださいね」
「はい、わかりました」
「ほら、呼んでみてください」
「麻乃、お姉さん」
「……くぅっ。結構、キますね」
麻乃自身が言わせておいて、まるでノリツッコミのようなボケっぷり。山城の目は、やや生暖かいものになっていたのを、二人は気づいていないだろう。
ひとつ目の自動ドアを過ぎ、ふたつ目をくぐったとき、外よりも涼しい風がながれてくる。同時に、特徴的な匂いも一緒に漂ってくるのだ。
「あ、この匂いって……」
それはソースの焼けた匂いだった。匂いの位置へ顔を傾けるすると、『くぅっ』という可愛らしい音が聞こえてきた。音を振り向くとそこにはなんと、気まずそうにしている山城の姿があった。
ここに来るまで、それなりに渋滞していた。だから今の時間は十時半を過ぎている。ソースの焼けた匂いに、お腹が反応してもおかしくはないだろう。
「いえ、その。すみませんでした」
「あははは。あのさ、山城さん」
「はい、なんでしょうか?」
「ルートビア、飲めますか?」
「はい。大丈夫です」
「勇次郎様、ここからですと、牧港まで戻らないと――」
「あ、大丈夫。ここの二階、フードコートあ、違った、フードホールだったかな? そこにあるんだよ。エンダーがね」
「もしや、一度ここへ?」
「ううん。僕はここに来るの、初めてなんだけど。前にね。公式サイトを見たことがあって、そのとき確か、書いてあったなって」
食品売り場を右手に見ながら、最初の角を左折。登りのエスカレーターが見えてくるので、確かこれを上に。
「麻乃お姉さん、こっちこっち」
「初めて来たはずですのに、よくおわかりになりますね?」
「うん。僕、『こういうのは得意』だから」
エスカレーターを上がって二階へ。くるりとUターンして突き当たりを右へ。優しく引かれる手に従って、麻乃はついていく。それでいて、勇次郎の迷いのない足取りに、麻乃は多少の驚きを感じていただろう。山城も、無理なく、さりげなく警戒しつつ二人の後を追う。
「あ、見えてきたよ。多分あそこ」
勇次郎が左手で指差す。普段の姿だったら躓いていたかもしれないが、今日の姿はジーンズだ。着替えて良かったと思った麻乃。
また迷わずに左折。すると確かに、エンダーの看板とカウンターが見えてくる。
(何気にとんでもないですね)
表情に出さないようにしたが、麻乃は内心驚いていた。
「ゆうじ――勇ちゃん。私が注文しておきますので、席の確保をお願いできますか?」
「う、うん。あ、僕、チーズたっぷりで辛くないやつね」
「はい、わかりましたよ」
「じゃ、山城さん、こっちこっち」
山城は手を引かれて困惑していた。
(なぜ私の手を?)
ややあって、麻乃がトレーを持ってやってくる。
「これはまた、絶景ですねぇ……」
「でしょう?」
目の前に広がるのは、西海岸の海。ここから先には何もない。ただ水平線が見えるだけ。窓際にテーブルが複数並べてあり、家族連れも多く利用している。
麻乃がいなかったからか。それとも、立っていると違和感が出てしまうので、座ってまたなければならなかったからか。借りてきた猫のように、小さくなっていた山城。それを見て、くすくす笑う麻乃。
「先輩、何もそんなに小さくならなくてもいいではありませんか?」
「いや、だからといってこれはちょっと……」
「先輩ってどういう?」
「あ、彼女はですね、私の通っている道場の先輩なんです。あ、これ以上はひ・み・つですよ?」
「あ、はい」
先ほど麻乃が言っていた『動ける』と言う意味は、武術のたしなみがある。そういう意味だと勇次郎は理解しただろう。同時に、山城は運転手だけでなく、自分の護衛なんだと改めて思う。
「それよりこれ、食べていいのですか?」
「おあずけは、厳しいですから。食べましょう、勇ちゃん」
「はい。麻乃お姉さん」
麻乃はポテトの上にチリソースとミートソース、チーズの乗ったチリチーズカーリー、勇次郎はチリソースだけないスーパープーティン。山城はモッツァレラチーズの挟んであるハンバーガーのモッツァバーガー。皆、ルートビアのレギュラーサイズつき。
「あ、ジョッキじゃなく紙コップなんだね」
「えぇ。ですがこれで『お代わり』が可能だそうですよ」
「そうなんだ。それなら心配ないね」
「では、いただきましょう」
「はい。いただきます」
「いただきます」
三人ともまずはルートビアを一飲み。ひとつ深呼吸して、表情が緩くなる。
「『ぬちぐすいー』だね」
「はい、そうでございますね」
「ですね」
「あはは」
「うふふ」
「ふふふ」
メインディッシュともいえるものを食べ終わり、お代わりしたルートビアを前に置いて、作戦会議に入る勇次郎たち。
「さて、お約束していた『杏奈お嬢様の好きなもの』の情報でございますが」
「うんうん」
「完結に申し上げますと、四つほどございます」
「うんうん」
「ひとつ目は、ゴスロリ」
「はい?」
「ふたつ目に、魔法少女」
「……はい?」
「みっつ目に、病み系魔法少女」
「……それってさ、僕が着せられた衣装を言ってない?」
付属中一年のときに初出場して優勝した際に着ていたものが、ゴスロリだった。同じく二年の時に二連覇した際は、当時流行っていた正統派の魔法少女だった。最後のものは、つい先日、勇次郎が三連覇してしまった際の衣装だった。
「そうとも言えますが、杏奈お嬢様がお好きなものでもあります」
「なんだかなぁ、……よっつ目はどんなものなの?」
「はい。勇次――勇くんもご存じかと思いますが、自転車ですね」
「それなら僕も得意ですし、沖縄にも何カ所か――」
「ですがおそらく、それなりに充実した状態かと」
「確かに、言われてみたらそうだよね。そりゃ僕の懐とは……」
勇次郎が知る限り、レースに使用していた機材も、かなりのものを揃えていたように思える。おそらくだが、勇次郎が使っている機材の、更に上位グレードのもの、へたするとプロロードレーサーと同じ機材をを使用していることも考えられる。
例えば、あのときに杏奈が乗っていた、同じ仕様のロードバイクを買おうと思ったら、軽自動車の新車を買うことができるだろう。かといって、勇次郎が大事にしているコレクションをあげたとしても、喜んでくれるとは限らないのだ。
「はい。ここは若い学生さんのお客さんも多く、そのターゲット層の商品もそれなり以上にあると聞いています」
建物のある手前の信号を右折。すると道なりにいけば、施設内へ入っていく。春休み中だが、今日は一応平日。それでも、駐車場の空き状況を告げるパーセンテージが表示されているのを見ると、それなりの人出。それでも運良く、一階の駐車場が開いているようだった。
「勇次郎様、麻乃さん。到着いたしました」
「はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「いえ。仕事ですので」
山城は警備部名乗ってはいたが警察ではない。組織名に東比嘉があることから、関連会社でそこの警備部、おそらくは勇次郎たちのガードを依頼されたのだろう。
車から出ると、勇次郎少しだけ意外そうな表情をする。山城はおそらくスーツを着ていると思っていたのだが、予想に反して麻乃のようなラフな姿だった。細めのジーンズに、無地のブラウス。上から麻のジャケットを羽織っていた。
車の鍵をロックしたことを考えるに、山城も店内へ同行するつもりなのだろう。いかにもガードと見えるスーツでは目立ちすぎる、そう思ったのかもしれない。
「はい、どうぞ」
麻乃は勇次郎に左手を出してくる。
「え?」
「手をつないでいきましょうね」
「なんでまた?」
そう疑問を口にしながらも、勇次郎は麻乃と手をつないだ。すると麻乃は、手を軽く引くと、勇次郎の耳元に口を寄せて、小声で話しかける。
『私たちは「それなり」に動けはしますが、あなたは「一部の人には有名人」ですので、あまり離れてしまいますと、私も山城も守り切れません』
一部の人、言われてみればそうなのだ。勇次郎は女装していたときとはいえ、全世界に配信されていた経験があるのだから。変装に近い姿をしているからといって、それなりに有名人だと言われるのは間違いないのかもしれない。
「な、なるほど」
「このような施設ですと、万が一は少ないかとは思います。ただ、その万が一があってしまうと、私と山城にかなりきつめのお仕置きがまっておりますゆえ……」
「あー、うん。理解しました」
「それと、一緒にいるときは私のことは『麻乃お姉さん』とお呼びくださいね」
「はい、わかりました」
「ほら、呼んでみてください」
「麻乃、お姉さん」
「……くぅっ。結構、キますね」
麻乃自身が言わせておいて、まるでノリツッコミのようなボケっぷり。山城の目は、やや生暖かいものになっていたのを、二人は気づいていないだろう。
ひとつ目の自動ドアを過ぎ、ふたつ目をくぐったとき、外よりも涼しい風がながれてくる。同時に、特徴的な匂いも一緒に漂ってくるのだ。
「あ、この匂いって……」
それはソースの焼けた匂いだった。匂いの位置へ顔を傾けるすると、『くぅっ』という可愛らしい音が聞こえてきた。音を振り向くとそこにはなんと、気まずそうにしている山城の姿があった。
ここに来るまで、それなりに渋滞していた。だから今の時間は十時半を過ぎている。ソースの焼けた匂いに、お腹が反応してもおかしくはないだろう。
「いえ、その。すみませんでした」
「あははは。あのさ、山城さん」
「はい、なんでしょうか?」
「ルートビア、飲めますか?」
「はい。大丈夫です」
「勇次郎様、ここからですと、牧港まで戻らないと――」
「あ、大丈夫。ここの二階、フードコートあ、違った、フードホールだったかな? そこにあるんだよ。エンダーがね」
「もしや、一度ここへ?」
「ううん。僕はここに来るの、初めてなんだけど。前にね。公式サイトを見たことがあって、そのとき確か、書いてあったなって」
食品売り場を右手に見ながら、最初の角を左折。登りのエスカレーターが見えてくるので、確かこれを上に。
「麻乃お姉さん、こっちこっち」
「初めて来たはずですのに、よくおわかりになりますね?」
「うん。僕、『こういうのは得意』だから」
エスカレーターを上がって二階へ。くるりとUターンして突き当たりを右へ。優しく引かれる手に従って、麻乃はついていく。それでいて、勇次郎の迷いのない足取りに、麻乃は多少の驚きを感じていただろう。山城も、無理なく、さりげなく警戒しつつ二人の後を追う。
「あ、見えてきたよ。多分あそこ」
勇次郎が左手で指差す。普段の姿だったら躓いていたかもしれないが、今日の姿はジーンズだ。着替えて良かったと思った麻乃。
また迷わずに左折。すると確かに、エンダーの看板とカウンターが見えてくる。
(何気にとんでもないですね)
表情に出さないようにしたが、麻乃は内心驚いていた。
「ゆうじ――勇ちゃん。私が注文しておきますので、席の確保をお願いできますか?」
「う、うん。あ、僕、チーズたっぷりで辛くないやつね」
「はい、わかりましたよ」
「じゃ、山城さん、こっちこっち」
山城は手を引かれて困惑していた。
(なぜ私の手を?)
ややあって、麻乃がトレーを持ってやってくる。
「これはまた、絶景ですねぇ……」
「でしょう?」
目の前に広がるのは、西海岸の海。ここから先には何もない。ただ水平線が見えるだけ。窓際にテーブルが複数並べてあり、家族連れも多く利用している。
麻乃がいなかったからか。それとも、立っていると違和感が出てしまうので、座ってまたなければならなかったからか。借りてきた猫のように、小さくなっていた山城。それを見て、くすくす笑う麻乃。
「先輩、何もそんなに小さくならなくてもいいではありませんか?」
「いや、だからといってこれはちょっと……」
「先輩ってどういう?」
「あ、彼女はですね、私の通っている道場の先輩なんです。あ、これ以上はひ・み・つですよ?」
「あ、はい」
先ほど麻乃が言っていた『動ける』と言う意味は、武術のたしなみがある。そういう意味だと勇次郎は理解しただろう。同時に、山城は運転手だけでなく、自分の護衛なんだと改めて思う。
「それよりこれ、食べていいのですか?」
「おあずけは、厳しいですから。食べましょう、勇ちゃん」
「はい。麻乃お姉さん」
麻乃はポテトの上にチリソースとミートソース、チーズの乗ったチリチーズカーリー、勇次郎はチリソースだけないスーパープーティン。山城はモッツァレラチーズの挟んであるハンバーガーのモッツァバーガー。皆、ルートビアのレギュラーサイズつき。
「あ、ジョッキじゃなく紙コップなんだね」
「えぇ。ですがこれで『お代わり』が可能だそうですよ」
「そうなんだ。それなら心配ないね」
「では、いただきましょう」
「はい。いただきます」
「いただきます」
三人ともまずはルートビアを一飲み。ひとつ深呼吸して、表情が緩くなる。
「『ぬちぐすいー』だね」
「はい、そうでございますね」
「ですね」
「あはは」
「うふふ」
「ふふふ」
メインディッシュともいえるものを食べ終わり、お代わりしたルートビアを前に置いて、作戦会議に入る勇次郎たち。
「さて、お約束していた『杏奈お嬢様の好きなもの』の情報でございますが」
「うんうん」
「完結に申し上げますと、四つほどございます」
「うんうん」
「ひとつ目は、ゴスロリ」
「はい?」
「ふたつ目に、魔法少女」
「……はい?」
「みっつ目に、病み系魔法少女」
「……それってさ、僕が着せられた衣装を言ってない?」
付属中一年のときに初出場して優勝した際に着ていたものが、ゴスロリだった。同じく二年の時に二連覇した際は、当時流行っていた正統派の魔法少女だった。最後のものは、つい先日、勇次郎が三連覇してしまった際の衣装だった。
「そうとも言えますが、杏奈お嬢様がお好きなものでもあります」
「なんだかなぁ、……よっつ目はどんなものなの?」
「はい。勇次――勇くんもご存じかと思いますが、自転車ですね」
「それなら僕も得意ですし、沖縄にも何カ所か――」
「ですがおそらく、それなりに充実した状態かと」
「確かに、言われてみたらそうだよね。そりゃ僕の懐とは……」
勇次郎が知る限り、レースに使用していた機材も、かなりのものを揃えていたように思える。おそらくだが、勇次郎が使っている機材の、更に上位グレードのもの、へたするとプロロードレーサーと同じ機材をを使用していることも考えられる。
例えば、あのときに杏奈が乗っていた、同じ仕様のロードバイクを買おうと思ったら、軽自動車の新車を買うことができるだろう。かといって、勇次郎が大事にしているコレクションをあげたとしても、喜んでくれるとは限らないのだ。
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