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序章 憧れと出会い
第6.5話 ずるいわよ。
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マッシブリー・マルチプレイヤー・オンラインゲーム、略してMMOというジャンルの、クロスプラットフォームアプリケーションソフトはさまざまある。
ロールプレイングゲーム、いわゆるRPGや、ファーストパーソン・シューティングゲーム、いわゆるFPSなどが主流で、ユーザーも多いと聞く。
そんな中、ヴァーチャルリアリティ・ポタリング略してVポタと呼ばれるものもあり、ゲームにも似たサイクリング・トレーニングソフトとして、全世界でそれなりの数のユーザーを獲得できているものがあった。
画面では、魔法少女に似たコスプレをした、デフォルメキャラクターが乗るロードバイクが描写されていた。周りの参加ユーザーも様々な格好をしてオンラインで自転車に乗りながら参加をする。実にゲームに似ているが、これは他のMMOゲームのように、いわゆる『中の人』が存在する。
例えて言うなら、美しい湖面で白鳥がたたずんではいるが、実のところ水面下では忙しく足を動かしているがごとく、ゲーム画面の向こうでは、自転車に乗って大汗をかいてトレーニング中。ここにもまた、大汗をだらだらとかきながら、トレーニングをしている杏奈の姿があった。
スポーツセンターやリハビリ機材に利用されるエアロバイクにも似てはいるが全くの別物。スマートトレーナーと呼ばれる、実際の自転車を漕ぐのと全く遜色ない、少々お高い機材が存在する。エアロバイクならば、まっすぐのハンドルがついているが、これにはロードバイクのように、ドロップハンドルがつけられており、使用者の体格に合わせて、サドルの高さなどの各部微調整まで可能という、高級トレーニング機材だったりするのだ。
「――ふぅ、はぁ、うふふふふふ……」
荒い息、苦しそうな呼吸音、それに混ざって、実に気味の悪い笑い声に似たものまで漏れ出していた。
「勇きゅんが、……勇きゅんが今日、……引っ越して、……くるのよっ」
彼女のつぶやきの通り、今日、勇次郎が杏奈の住む屋敷に引っ越してくることになっている。
「たの……、しみでしか、……ない、うっうううううっ、わっ!」
最後に目一杯クランク(ペダルのついた軸)を回して、トレーニングを中断。踝丈、手首までの通気性の高いインナーを着用し、その上からレオタードにも似た、自転車競技用のビブショーツという、肩紐つきのレーシングパンツを着用していた。
「――はぁ、はぁ、はぁ……。あらいけない。もうこんな時間じゃないの。そろそろ準備をして、あぁでも、引っ越し作業の邪魔をしてはいけないわ。とにかく、シャワーを浴びて、いつでも会えるように、準備だけはしましょっとっ!」
タオルで汗を拭いながら、トレーニングルームを出て行こうとするが、はたと何かに気づいて戻ってきたかと思うと、もう一枚のタオルで、スマートトレーナーに落ちた汗を拭っていた。
「こうしないと、錆びてしまっては怖いですからねぇ……」
トレーニング機材も大事にする、案外几帳面な性格の杏奈だった。だた、終いにはモップまで持ってきて、スマートトレーナーの下に落ちた汗を拭き取る始末。
「――くしゅんっ。あ、いけない。やりすぎたら、麻乃に笑われてしまうわ」
いまさらかもしれないが、風呂場へ急ぐ杏奈だった。
▼
杏奈の自室。ベッドに並べられた、数枚の室内用ドレスやワンピース。おそらくは、何を着て勇次郎を迎えようか悩んでいるのだろう。
シャワーを浴び、髪を乾かす前にタオルで髪を巻いた状態。かと思えば、服は東比嘉大学附属中学のロゴが入った、桜色のジャージを着ていた。附属高校に上がれば、もうこれを着ることはないだろうからか、部屋着にしている杏奈だった。
「悩みますね。どれを着て、勇きゅんを迎えるべきか、……です」
ぽんっ――
スマホから通知を知らせる音が鳴る。机の上に置いてあったスマホを手に取る。そこに表示されていたのは、ビームと呼ばれるソーシャルネットワーキングサービスのアプリ。
簡単なメッセージのやりとりや、ネット回線さえ繋がっていたら、通話まで可能という便利なアプリ。その通知で、送り元のアカウントは予想通り麻乃。彼女は、東比嘉家に仕えてくれている執事、大浜宗右衛門の娘。
ひとつ年上で、小さなときから一緒に育った姉のような存在であり、今は附属高校に通いながら、宗右衛門の手伝いをしつつ、一緒に杏奈たちの面倒を見てくれている優秀な娘だったりするのだ。
『勇次郎様がお着きになりました――あ、今来ては駄目ですよ? 私がご案内しているんですからねっ』
杏奈が一から説明するより、要領の良い麻乃にお願いした方が間違いはない。その間に杏奈は身繕いをし、恥ずかしくない状態で勇次郎を迎えたい、そう思っていたから助かっているのだ。
「やっと、やっと勇きゅんがわたしの元に……。どうしましょ、そうね。この白いワンピースなら、とても可愛らしく見えると思うの。髪もいつもの『あれ』にして、さぁ、準備を始めましょうか」
▼
あれから数時間、出迎えの準備も完了。ドレッサーの中央にある姿見からは、ゆるふわに巻かれたいつも以上に力作の自身が映っている。一時間後には、父静馬と新しい母縁子が仕事場から戻ってきて、夕食と一緒に顔合わせをする予定になっている。
待ちきれない杏奈は部屋か出て、そっと廊下を見る。隣の部屋は麻乃の部屋。その隣が、勇次郎に用意されている部屋だ。足音をたてずにそっと、出て行こうとしたときだった。
麻乃の部屋の前に仁王立ちしている、ご本人がいるではないか?
「あ、麻――」
『しーっ。お静かに』
『ど、どうしたの?』
『勇次郎様が、疲れてお眠りになられています』
『そ、そうだったのね』
『はい。逸る気持ちは私もわかります。ですが、お姉様である杏奈お嬢様なら、あのように可愛らしい義弟が疲れているなら』
『わ、わかったわよぉ……』
『ご理解いただけて嬉しゅうございます』
『ずるいわ。麻乃は堪能できたんでしょう?』
『えぇ、もちろん。生勇次郎様は、素晴らしかったですよ』
『起こさないようにそっとなら――』
『はいはいはい。まもなく、静馬様と縁子様もご到着されるのです』
無理矢理回れ右をさせられ、背中を押される杏奈。これまた見た目以上に、力強い麻乃。
『楽しみは後にとっておきましょうね?』
『……ずるいわよ』
わかってはいても、納得のいかなかった杏奈だった。
ロールプレイングゲーム、いわゆるRPGや、ファーストパーソン・シューティングゲーム、いわゆるFPSなどが主流で、ユーザーも多いと聞く。
そんな中、ヴァーチャルリアリティ・ポタリング略してVポタと呼ばれるものもあり、ゲームにも似たサイクリング・トレーニングソフトとして、全世界でそれなりの数のユーザーを獲得できているものがあった。
画面では、魔法少女に似たコスプレをした、デフォルメキャラクターが乗るロードバイクが描写されていた。周りの参加ユーザーも様々な格好をしてオンラインで自転車に乗りながら参加をする。実にゲームに似ているが、これは他のMMOゲームのように、いわゆる『中の人』が存在する。
例えて言うなら、美しい湖面で白鳥がたたずんではいるが、実のところ水面下では忙しく足を動かしているがごとく、ゲーム画面の向こうでは、自転車に乗って大汗をかいてトレーニング中。ここにもまた、大汗をだらだらとかきながら、トレーニングをしている杏奈の姿があった。
スポーツセンターやリハビリ機材に利用されるエアロバイクにも似てはいるが全くの別物。スマートトレーナーと呼ばれる、実際の自転車を漕ぐのと全く遜色ない、少々お高い機材が存在する。エアロバイクならば、まっすぐのハンドルがついているが、これにはロードバイクのように、ドロップハンドルがつけられており、使用者の体格に合わせて、サドルの高さなどの各部微調整まで可能という、高級トレーニング機材だったりするのだ。
「――ふぅ、はぁ、うふふふふふ……」
荒い息、苦しそうな呼吸音、それに混ざって、実に気味の悪い笑い声に似たものまで漏れ出していた。
「勇きゅんが、……勇きゅんが今日、……引っ越して、……くるのよっ」
彼女のつぶやきの通り、今日、勇次郎が杏奈の住む屋敷に引っ越してくることになっている。
「たの……、しみでしか、……ない、うっうううううっ、わっ!」
最後に目一杯クランク(ペダルのついた軸)を回して、トレーニングを中断。踝丈、手首までの通気性の高いインナーを着用し、その上からレオタードにも似た、自転車競技用のビブショーツという、肩紐つきのレーシングパンツを着用していた。
「――はぁ、はぁ、はぁ……。あらいけない。もうこんな時間じゃないの。そろそろ準備をして、あぁでも、引っ越し作業の邪魔をしてはいけないわ。とにかく、シャワーを浴びて、いつでも会えるように、準備だけはしましょっとっ!」
タオルで汗を拭いながら、トレーニングルームを出て行こうとするが、はたと何かに気づいて戻ってきたかと思うと、もう一枚のタオルで、スマートトレーナーに落ちた汗を拭っていた。
「こうしないと、錆びてしまっては怖いですからねぇ……」
トレーニング機材も大事にする、案外几帳面な性格の杏奈だった。だた、終いにはモップまで持ってきて、スマートトレーナーの下に落ちた汗を拭き取る始末。
「――くしゅんっ。あ、いけない。やりすぎたら、麻乃に笑われてしまうわ」
いまさらかもしれないが、風呂場へ急ぐ杏奈だった。
▼
杏奈の自室。ベッドに並べられた、数枚の室内用ドレスやワンピース。おそらくは、何を着て勇次郎を迎えようか悩んでいるのだろう。
シャワーを浴び、髪を乾かす前にタオルで髪を巻いた状態。かと思えば、服は東比嘉大学附属中学のロゴが入った、桜色のジャージを着ていた。附属高校に上がれば、もうこれを着ることはないだろうからか、部屋着にしている杏奈だった。
「悩みますね。どれを着て、勇きゅんを迎えるべきか、……です」
ぽんっ――
スマホから通知を知らせる音が鳴る。机の上に置いてあったスマホを手に取る。そこに表示されていたのは、ビームと呼ばれるソーシャルネットワーキングサービスのアプリ。
簡単なメッセージのやりとりや、ネット回線さえ繋がっていたら、通話まで可能という便利なアプリ。その通知で、送り元のアカウントは予想通り麻乃。彼女は、東比嘉家に仕えてくれている執事、大浜宗右衛門の娘。
ひとつ年上で、小さなときから一緒に育った姉のような存在であり、今は附属高校に通いながら、宗右衛門の手伝いをしつつ、一緒に杏奈たちの面倒を見てくれている優秀な娘だったりするのだ。
『勇次郎様がお着きになりました――あ、今来ては駄目ですよ? 私がご案内しているんですからねっ』
杏奈が一から説明するより、要領の良い麻乃にお願いした方が間違いはない。その間に杏奈は身繕いをし、恥ずかしくない状態で勇次郎を迎えたい、そう思っていたから助かっているのだ。
「やっと、やっと勇きゅんがわたしの元に……。どうしましょ、そうね。この白いワンピースなら、とても可愛らしく見えると思うの。髪もいつもの『あれ』にして、さぁ、準備を始めましょうか」
▼
あれから数時間、出迎えの準備も完了。ドレッサーの中央にある姿見からは、ゆるふわに巻かれたいつも以上に力作の自身が映っている。一時間後には、父静馬と新しい母縁子が仕事場から戻ってきて、夕食と一緒に顔合わせをする予定になっている。
待ちきれない杏奈は部屋か出て、そっと廊下を見る。隣の部屋は麻乃の部屋。その隣が、勇次郎に用意されている部屋だ。足音をたてずにそっと、出て行こうとしたときだった。
麻乃の部屋の前に仁王立ちしている、ご本人がいるではないか?
「あ、麻――」
『しーっ。お静かに』
『ど、どうしたの?』
『勇次郎様が、疲れてお眠りになられています』
『そ、そうだったのね』
『はい。逸る気持ちは私もわかります。ですが、お姉様である杏奈お嬢様なら、あのように可愛らしい義弟が疲れているなら』
『わ、わかったわよぉ……』
『ご理解いただけて嬉しゅうございます』
『ずるいわ。麻乃は堪能できたんでしょう?』
『えぇ、もちろん。生勇次郎様は、素晴らしかったですよ』
『起こさないようにそっとなら――』
『はいはいはい。まもなく、静馬様と縁子様もご到着されるのです』
無理矢理回れ右をさせられ、背中を押される杏奈。これまた見た目以上に、力強い麻乃。
『楽しみは後にとっておきましょうね?』
『……ずるいわよ』
わかってはいても、納得のいかなかった杏奈だった。
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