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序章 憧れと出会い
第1話 おめでとーっ!
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(よし、抜けっ)
中継のモニターを見つめる沢山の人に交ざって、拳を握る。
女性だけとは思えないほどに、実に激しい先頭争い。
映像に凜々しく映る、憧れの女の子。
まるで自分のことのように、心躍るこの瞬間。
(そろそろだよね? 急がないとっ駄目っ――)
モニター前から慌てて、跳ねるように走り出す小さな身体。
名護市市民会館前、左右に伸びる国道五十八号線。その沿道に歓声が上がっている。
小さな身体をねじ込むように、沢山の観客がつくる壁に突入。
「ごめんなさい、ほんとごめんなさい。お願いします、通してくださいっ」
なんとか見える場所に到着。目の前はフィニッシュ地点のようだ。
左からは、しのぎを削ってラストスパートを駆ける自転車の集団。
「いけ、いけっ、よし――ぃゃったぁあああっ!」
両の拳を天高く突き上げ、最大限の喜びを表しつつ、大声で響く中性的な声。端から見たら、友人を応援する少女にも見えたかもしれない。
ややあって表彰式――
表彰台の中央に登る、一人の少女の姿。
「――優勝は、東比嘉大学付属中学女子自転車部、東比嘉、杏奈選手です。東比嘉選手はなんと、昨年は三位、今年、初優勝となりました。おめでとうございます」
ひときわ大きな歓声が上がる。アナウンスのとおり、ツール・ド・おきなわ、市民レディースレース五十キロの部で初優勝となった。彼女は中学三年生で、二年生のときに初入賞している。
このクラスは、プロではない一般の中学生以上の女子、高校生、大学生、社会人も含めたオープンクラス。そのように層の厚い中での優勝。地元沖縄の大学附属中学の中学生ということもあって、地元新聞社からテレビ局まで、去年は大騒ぎになった。
表彰台に上る杏奈は、落ち着いた表情をしていた。歓声に応えるべく、穏やかな笑顔で手を振るに留めていた。ここは本島北部の名護市。流石の沖縄でも、十一月では汗冷えしてしまう。
桜色のボディラインにぴったりとしたサイクルジャージではなく、その上から同色の学校指定ジャージを身にまとっている。それでも彼女の胸元には、大きくチーム名『東比嘉大学女子自転車部』という文字が刻まれていた。
表彰台の頂上に乗っているだけでなく、二位と三位の選手よりも余計に目立つその高身長。雑誌やテレビで公表されている彼女のプロフィールには、百七十一センチとあった。
すらりとした長い足と、引き締まった身体、そこに高身長が合わさる上に、年相応以上に大人びた、それでいて誰が見ても可愛らしい見た目を持っている。それは、テレビなどで活躍するモデルやタレントに引けを取ることはないだろう。
初優勝というわりには、大喜びするわけでもなく、歓声に応え、ただ手を振るだけ。そんなクールな仕草の彼女の姿は、昨年のテレビにも映ったものと同じ。ツンツンしているが、デレる姿を晒さない彼女のクールさは、それなりに沖縄では有名だったのである。
司会をする女性アナウンサーが、口元に人差し指を添えて『静かに』と観客の皆を制したことにより、拍手や歓声が鳴り止んだ瞬間だった。
「――会長っ! おめでとーっ!」
口の周りを両手でメガホンのように覆うことで、先ほどまでの拍手や歓声でかき消されないようにと、声をを届けたいという意思表示が、身体全体ににじみ出ていたその状況。
大きな声。中性的で良く通る声。その声の主に、周りの視線が集まる。そこには、背の低い可愛らしい姿があった。もちろん、杏奈の耳にも入っただろう。
「……ぁ、その、僕」
周りの人たちよりも頭一つ低い身長。整った顔立ち。華奢な身体つき。自分が目立ってしまったと認識したそのとき後ずさったのだが、背中に他の観客がいて逃げられない状況になってしまう。『もう、どうにもならない。恥ずかしい』と、頭を抱えてしゃがみ込もうとしたときだった。
とても生暖かい目にさらされたその子が不憫思えたのか、テレビのインタビュアーにすら口数少なく答えていた杏奈が、珍しく大声を上げた。
「応援してくれてありがとう。嬉しかったわ」
そう言って、その子に向かって投げキッスをで応える。
ツンツンな少女がデレたのだ。それからすぐに、やっちまった感の残る彼女の表情。おそらくは狙ってやったのだろう。生暖かい視線は、観客の前にいたその子ではなく表彰台の上にいる彼女に集まったのだった。
その晩、某テレビ局、スポーツ系のバラエティ番組に流れた、録画映像にしっかりと残っていた『会長、おめでとー』の声。本人も身もだえ、投げキッスをプレゼントして、頰を染めた杏奈の映像もカットなしで放送されてしまった、二人とも、テレビの前で、自己嫌悪に陥ったのは言うまでもない。
中継のモニターを見つめる沢山の人に交ざって、拳を握る。
女性だけとは思えないほどに、実に激しい先頭争い。
映像に凜々しく映る、憧れの女の子。
まるで自分のことのように、心躍るこの瞬間。
(そろそろだよね? 急がないとっ駄目っ――)
モニター前から慌てて、跳ねるように走り出す小さな身体。
名護市市民会館前、左右に伸びる国道五十八号線。その沿道に歓声が上がっている。
小さな身体をねじ込むように、沢山の観客がつくる壁に突入。
「ごめんなさい、ほんとごめんなさい。お願いします、通してくださいっ」
なんとか見える場所に到着。目の前はフィニッシュ地点のようだ。
左からは、しのぎを削ってラストスパートを駆ける自転車の集団。
「いけ、いけっ、よし――ぃゃったぁあああっ!」
両の拳を天高く突き上げ、最大限の喜びを表しつつ、大声で響く中性的な声。端から見たら、友人を応援する少女にも見えたかもしれない。
ややあって表彰式――
表彰台の中央に登る、一人の少女の姿。
「――優勝は、東比嘉大学付属中学女子自転車部、東比嘉、杏奈選手です。東比嘉選手はなんと、昨年は三位、今年、初優勝となりました。おめでとうございます」
ひときわ大きな歓声が上がる。アナウンスのとおり、ツール・ド・おきなわ、市民レディースレース五十キロの部で初優勝となった。彼女は中学三年生で、二年生のときに初入賞している。
このクラスは、プロではない一般の中学生以上の女子、高校生、大学生、社会人も含めたオープンクラス。そのように層の厚い中での優勝。地元沖縄の大学附属中学の中学生ということもあって、地元新聞社からテレビ局まで、去年は大騒ぎになった。
表彰台に上る杏奈は、落ち着いた表情をしていた。歓声に応えるべく、穏やかな笑顔で手を振るに留めていた。ここは本島北部の名護市。流石の沖縄でも、十一月では汗冷えしてしまう。
桜色のボディラインにぴったりとしたサイクルジャージではなく、その上から同色の学校指定ジャージを身にまとっている。それでも彼女の胸元には、大きくチーム名『東比嘉大学女子自転車部』という文字が刻まれていた。
表彰台の頂上に乗っているだけでなく、二位と三位の選手よりも余計に目立つその高身長。雑誌やテレビで公表されている彼女のプロフィールには、百七十一センチとあった。
すらりとした長い足と、引き締まった身体、そこに高身長が合わさる上に、年相応以上に大人びた、それでいて誰が見ても可愛らしい見た目を持っている。それは、テレビなどで活躍するモデルやタレントに引けを取ることはないだろう。
初優勝というわりには、大喜びするわけでもなく、歓声に応え、ただ手を振るだけ。そんなクールな仕草の彼女の姿は、昨年のテレビにも映ったものと同じ。ツンツンしているが、デレる姿を晒さない彼女のクールさは、それなりに沖縄では有名だったのである。
司会をする女性アナウンサーが、口元に人差し指を添えて『静かに』と観客の皆を制したことにより、拍手や歓声が鳴り止んだ瞬間だった。
「――会長っ! おめでとーっ!」
口の周りを両手でメガホンのように覆うことで、先ほどまでの拍手や歓声でかき消されないようにと、声をを届けたいという意思表示が、身体全体ににじみ出ていたその状況。
大きな声。中性的で良く通る声。その声の主に、周りの視線が集まる。そこには、背の低い可愛らしい姿があった。もちろん、杏奈の耳にも入っただろう。
「……ぁ、その、僕」
周りの人たちよりも頭一つ低い身長。整った顔立ち。華奢な身体つき。自分が目立ってしまったと認識したそのとき後ずさったのだが、背中に他の観客がいて逃げられない状況になってしまう。『もう、どうにもならない。恥ずかしい』と、頭を抱えてしゃがみ込もうとしたときだった。
とても生暖かい目にさらされたその子が不憫思えたのか、テレビのインタビュアーにすら口数少なく答えていた杏奈が、珍しく大声を上げた。
「応援してくれてありがとう。嬉しかったわ」
そう言って、その子に向かって投げキッスをで応える。
ツンツンな少女がデレたのだ。それからすぐに、やっちまった感の残る彼女の表情。おそらくは狙ってやったのだろう。生暖かい視線は、観客の前にいたその子ではなく表彰台の上にいる彼女に集まったのだった。
その晩、某テレビ局、スポーツ系のバラエティ番組に流れた、録画映像にしっかりと残っていた『会長、おめでとー』の声。本人も身もだえ、投げキッスをプレゼントして、頰を染めた杏奈の映像もカットなしで放送されてしまった、二人とも、テレビの前で、自己嫌悪に陥ったのは言うまでもない。
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