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第39話 一仕事終えたあとの。
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先日俺は、ロザリアさんが族長を務めていた、黒森人族ノールウッドの集落を訪れた。その際、自分の目で悪素の被害状況を確かめた結果、近い将来再び悪素毒に苦しむことが素人目でもわかってしまった。
最悪の場合も想定して、ギルド本部の総支配人、プライヴィアさんに集落まるごとの受け入れをお願いして許可をもらっていた。だから俺は、ロザリアさんに集落を出るように説得した。30人いたみんなをワッターヒルズへ連れ帰り、つい先ほど一段落して屋敷に帰ってきたんだ。
屋敷に入るなり、部屋よりも先に風呂場へ直行。石けんと格闘し、湯船に浸かっていまここ、という状況だ。
足が伸ばせる、いつでも入れる綺麗なお湯。たまんないよね、温泉に入りたくても入りにいけなかった俺みたいなヤツには、いつでも思い立ったときに入れるお湯があるって贅沢だと思う。それにこのさ、湯船に浸かるという習慣を伝えた人、ほんと感謝だわ。まさにグッジョブだ。
明日は一日休み。風呂から上がったら、冷えたお酒をがっつり飲んで、寝坊する余裕があるのはありがたい。あまりの気持ちよさに眠くなってくる。そろそろ限界だと思って、俺は後ろ髪を引かれる思いで、風呂から上がることに決めたんだ。どうせ明日また、入れるからね。
風呂場を出て、インベントリにある新しいタオルを取り出し、ふかふかの状態で身体を拭う。うわ、もの凄く贅沢な気分だ。伸縮性は悪いけど、比較的あっちのものに似せてある、パンツやTシャツも着心地は悪くない。もちろん、一度も袖を通したことがないまっさらなヤツだ。これも、贅沢だよな。
空間魔法ってマジチートだったんだ。インベントリにさ、俺が脱いで洗ってない服や下着が入ってるんだ。実はこれらがさ『汚れ物』として一つの枠に重なるんだよ。凄いと思わない? 一つの枠に最大1000入るみたいだから、ものっすごく余裕、まだまだ入るんだ。まぁ、いつ洗うのかと言われたら、そのうちとしか言えないんだけどさ。いつかまぁなんとかするよ、たぶんね。
さておき、ジャージ編みの裾ではないけど、比較的ジャージに似た履き心地の、麻みたいな素材に似た軽い生地で縫われた、寝間着代わりのズボンを穿く。これは新品じゃなくて、前に自分で洗ったんだけどね。なんだかゴワゴワするから、新しいのを穿きたくなるけど、それをぐっと堪える。匂いはないんだ、だからちゃんと洗えてるはず。
風呂から上がったばかりだから、少し肌寒いくらいの屋敷の中は、思ったよりも快適なはずだ。そう思って脱衣所を出て、さて、居間で冷えた酒でも飲もうと歩いてきて――
「あれ?」
テーブルの上に並べられた、なんとなく見覚えのある物体。月曜9時によくやるらしい、トレンディドラマ(死語)なんかでシャンパンを冷やすときに使ったりする、アイスペールのような形の容器に氷が入っていて、そこに突っ込んであって冷やしてある、おそらくそれは酒瓶。グラスも肌寒いはずの場所なのに、結露してるのが見えるんだ。
それよりなにより、肌寒いはずの居間の壁に備え付けられた、動かす方法がわからない暖炉の中の魔道具が炎のように煌々と灯っている。暖かい、おかしい。不風呂に入るまでは肌寒かったはずだ。いや俺、つけ方わからないんだよ。風呂の湯みたいに、定期的に点くとかないよな? もしそうだとしても、テーブルの上にあるのが説明できないわ。
「ご主人様、お疲れはとれましたか? ささ、お酒が冷えていますので、どうぞおかけくださいまし」
テーブルの上や暖炉に目が行ってしまっていて、ここにいたロザリアさんに気づかないとは思わなかった。確かに彼女はこちらの世界の女性。暖炉にある魔道具の使い方くらい、知っててもおかしくない。
そういやグラスの横には、この都市で売っている中で、香りがよくてやや酸味のある、一番甘い果物がスライスされてる。確か少し前に、『甘い果物を肴に飲む酒も、なかなか美味いんだよね』と話した記憶もあるんだ。
なにげに盛り付けが綺麗だ。仕事場の忘年会で、先輩のおごりで連れて行かれたクラブのフルーツ盛りよりセンスがある。あれは少ない量を多く見せるためみたいな、誤魔化すのが目的としか思えないほど、露骨な盛り付けしてたもんなぁ。
果実から漂ってくる甘い匂いに、ふらふらと吸い寄せられるようにして、軽く引かれた椅子に座る。ロザリアさんは俺にフォークに似た、いや間違いなくフォークなんだろうけど、そんな調理器具を手渡してくれる。
フォークで刺した果物を口にして、口内に広がる甘さの蹂躙に耐えつつ、これまたロザリアさんに持たされたグラスに注がれる、キンキンに冷えた酒で口の中を洗い流す。冷えた酒ののど越し。軽く焼ける酒精の度数の高さ。最後に息を吐いたときに感じる、鼻へ抜ける残り香。すべてが美味い――いや、旨い。旨すぎる。
「――くはぁ。最っ高っ!」
「喜んでいただけて、あたくしも嬉しく思います」
「ロザリアさんや」
「はい、なんでしょう?」
「あれこれ聞きたいことは山ほどあるけど」
「はい」
「せっかくだからさ、一緒に飲まない? 飲めるんでしょう? ブリギッテさんから聞いたから知ってるよ? 俺が知る限りなんだけどさ、甘党――甘いもの好きに、酒が飲めなかった人はいないんだよね」
俺は決してリア充なんかじゃない。けれど俺にだって、女性の友達がダイオラーデンでできたんだ。お酒が入れば、お話くらいは普通にできる。そんな経験を積んだ俺。頑張ったと思うよ、うんうん。
「……ご一緒してもよろしいのですか?」
「そのつもりで、もうひとつグラスを用意してたんでしょう? 椅子もね」
「はい。ご一緒できたなら、嬉しいです、……そう、思っておりましたので」
最悪の場合も想定して、ギルド本部の総支配人、プライヴィアさんに集落まるごとの受け入れをお願いして許可をもらっていた。だから俺は、ロザリアさんに集落を出るように説得した。30人いたみんなをワッターヒルズへ連れ帰り、つい先ほど一段落して屋敷に帰ってきたんだ。
屋敷に入るなり、部屋よりも先に風呂場へ直行。石けんと格闘し、湯船に浸かっていまここ、という状況だ。
足が伸ばせる、いつでも入れる綺麗なお湯。たまんないよね、温泉に入りたくても入りにいけなかった俺みたいなヤツには、いつでも思い立ったときに入れるお湯があるって贅沢だと思う。それにこのさ、湯船に浸かるという習慣を伝えた人、ほんと感謝だわ。まさにグッジョブだ。
明日は一日休み。風呂から上がったら、冷えたお酒をがっつり飲んで、寝坊する余裕があるのはありがたい。あまりの気持ちよさに眠くなってくる。そろそろ限界だと思って、俺は後ろ髪を引かれる思いで、風呂から上がることに決めたんだ。どうせ明日また、入れるからね。
風呂場を出て、インベントリにある新しいタオルを取り出し、ふかふかの状態で身体を拭う。うわ、もの凄く贅沢な気分だ。伸縮性は悪いけど、比較的あっちのものに似せてある、パンツやTシャツも着心地は悪くない。もちろん、一度も袖を通したことがないまっさらなヤツだ。これも、贅沢だよな。
空間魔法ってマジチートだったんだ。インベントリにさ、俺が脱いで洗ってない服や下着が入ってるんだ。実はこれらがさ『汚れ物』として一つの枠に重なるんだよ。凄いと思わない? 一つの枠に最大1000入るみたいだから、ものっすごく余裕、まだまだ入るんだ。まぁ、いつ洗うのかと言われたら、そのうちとしか言えないんだけどさ。いつかまぁなんとかするよ、たぶんね。
さておき、ジャージ編みの裾ではないけど、比較的ジャージに似た履き心地の、麻みたいな素材に似た軽い生地で縫われた、寝間着代わりのズボンを穿く。これは新品じゃなくて、前に自分で洗ったんだけどね。なんだかゴワゴワするから、新しいのを穿きたくなるけど、それをぐっと堪える。匂いはないんだ、だからちゃんと洗えてるはず。
風呂から上がったばかりだから、少し肌寒いくらいの屋敷の中は、思ったよりも快適なはずだ。そう思って脱衣所を出て、さて、居間で冷えた酒でも飲もうと歩いてきて――
「あれ?」
テーブルの上に並べられた、なんとなく見覚えのある物体。月曜9時によくやるらしい、トレンディドラマ(死語)なんかでシャンパンを冷やすときに使ったりする、アイスペールのような形の容器に氷が入っていて、そこに突っ込んであって冷やしてある、おそらくそれは酒瓶。グラスも肌寒いはずの場所なのに、結露してるのが見えるんだ。
それよりなにより、肌寒いはずの居間の壁に備え付けられた、動かす方法がわからない暖炉の中の魔道具が炎のように煌々と灯っている。暖かい、おかしい。不風呂に入るまでは肌寒かったはずだ。いや俺、つけ方わからないんだよ。風呂の湯みたいに、定期的に点くとかないよな? もしそうだとしても、テーブルの上にあるのが説明できないわ。
「ご主人様、お疲れはとれましたか? ささ、お酒が冷えていますので、どうぞおかけくださいまし」
テーブルの上や暖炉に目が行ってしまっていて、ここにいたロザリアさんに気づかないとは思わなかった。確かに彼女はこちらの世界の女性。暖炉にある魔道具の使い方くらい、知っててもおかしくない。
そういやグラスの横には、この都市で売っている中で、香りがよくてやや酸味のある、一番甘い果物がスライスされてる。確か少し前に、『甘い果物を肴に飲む酒も、なかなか美味いんだよね』と話した記憶もあるんだ。
なにげに盛り付けが綺麗だ。仕事場の忘年会で、先輩のおごりで連れて行かれたクラブのフルーツ盛りよりセンスがある。あれは少ない量を多く見せるためみたいな、誤魔化すのが目的としか思えないほど、露骨な盛り付けしてたもんなぁ。
果実から漂ってくる甘い匂いに、ふらふらと吸い寄せられるようにして、軽く引かれた椅子に座る。ロザリアさんは俺にフォークに似た、いや間違いなくフォークなんだろうけど、そんな調理器具を手渡してくれる。
フォークで刺した果物を口にして、口内に広がる甘さの蹂躙に耐えつつ、これまたロザリアさんに持たされたグラスに注がれる、キンキンに冷えた酒で口の中を洗い流す。冷えた酒ののど越し。軽く焼ける酒精の度数の高さ。最後に息を吐いたときに感じる、鼻へ抜ける残り香。すべてが美味い――いや、旨い。旨すぎる。
「――くはぁ。最っ高っ!」
「喜んでいただけて、あたくしも嬉しく思います」
「ロザリアさんや」
「はい、なんでしょう?」
「あれこれ聞きたいことは山ほどあるけど」
「はい」
「せっかくだからさ、一緒に飲まない? 飲めるんでしょう? ブリギッテさんから聞いたから知ってるよ? 俺が知る限りなんだけどさ、甘党――甘いもの好きに、酒が飲めなかった人はいないんだよね」
俺は決してリア充なんかじゃない。けれど俺にだって、女性の友達がダイオラーデンでできたんだ。お酒が入れば、お話くらいは普通にできる。そんな経験を積んだ俺。頑張ったと思うよ、うんうん。
「……ご一緒してもよろしいのですか?」
「そのつもりで、もうひとつグラスを用意してたんでしょう? 椅子もね」
「はい。ご一緒できたなら、嬉しいです、……そう、思っておりましたので」
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