上 下
18 / 52

第18話 初めてだったんです。

しおりを挟む
 少しして、彼女が戻ってきた。何やら抱えてる。林の方から抱えてきたものを下に置いた。さっきみたいに、何か唱えてる? すると、明かりが灯ったような。あれって、木切れだったんだな。

 そのたき火の明かり。星ひとつない暗い空。呆れるように俺を見る、優しい目。

「どうだ? 身体起こせそうか?」

 許可が出た。うん、身体起こそう。

「はい」
「ちょっと動くなよ――」

 俺の元を離れたときに唱えたものと同じような言葉。俺にはちょっと聞き取れない。すると驚いた。水浸しになっていた俺の身体が、一瞬で乾いたんだよ。

「匂いは勘弁な。どうしようもない」
「俺、何がなんだか……、ただひとつだけ覚えていたのは」

 さっき叩かれてた胸辺りを触る、そこは服が斜めに切り裂かれていたんだ。おそらく、背中もそうなんだろうな。これだけの目に遭って生きてるのはきっと、『パルス脈動式補助呪文』で『フル・リカバー完全回復』が常にかけられてたから。

 それと、筋力や体力、おそらくは防御力も一般の人を上回るほどの状態になっていたかもしれない。そんな偶然が重なったからこそ、即死でなければ死ぬようなことにならない。

 湖に落ちて気を失っていても、ヤバくなる一歩手前で『フル・リカバー』がかかる状態だったから、ただ気絶していたような感じだったんだろう。そこで、彼女に助けてもらって、事なきを得たんだろうね。

 うん、だんだん思い出してきたよ。

「何か思い出したのか?」
「俺、初めてだったんです」
「何がだ?」
「……女性とその、唇を合わせたのが」
「――っ!!」
「人工呼吸――じゃ伝わらないか? とにかく俺を助けてくれたのはわかってます、でも、嬉しかったんです。俺、ぼっちだったし、一生縁のないことだと思って――」
「あ」
「あ?」
「あぁああああ、……あたいだって初めてだったんだよっ!」

 あ、彼女、横向いちゃった。わ、悪いことしちゃったな……。

「なんというかその、……申し訳ありませんでした」
「わかりゃいいんだよ――ったく。……あ、あのな」
「なんでしょう? 俺、責任、取った方がいいですか?」
「何がどう――いやそうじゃなくてだな、あんた、誰かに斬られたはずなんだろう? 服だって後ろ前ズタズタじゃねぇか? なのに何で傷もなければ血も出てないんだ?」
「はい、俺、一応魔法が――」
「あ、あぁ、そうだったか。知ってる、いや、知ってた、だな。そういや『聖職者くずれ』って、名乗ってたんだよな?」
「何故それを?」
「そんなことは調べりゃわかるんだよ。とにかくな、この国の上の方で、何か動いたみたいだな。タツマ・ソウトメさんよ」

 俺の名前。ギルドとあの王城でしか、……あぁ、『この国の上』ってそういう。すぐに彼女は、俺にある紙のようなものをみせたんだ。

「読めるよな? 人相も名前も、年齢まで書いてある。『生死は問わない』だとさ。『殺せ』、『始末しろ』と同じ意味だ。まったく、酷いもんだよ……」

 デッドオアアライブとか、まじですか……。

「どういうことです?」
「これによるとだな、『殺人容疑』だとさ。あんた、心当たりは?」
「いやその。あれか? いや、あれは俺が悪いわけじゃ……」
「まぁいいさ。とにかく、タツマさんよ」
「はい」
「一応、命の恩人として言わせてもらう。こんなざまではな、あんたの居場所はもう、この国にはないだろう。早々に余所よそへ行くのを勧めるよ」
「そう、なりますね。これでは周りの人に迷惑がかかるから……」
「タツマさんは、ギルドの登録証、持ってるんだろう? 他の国なら受け入れてくれるだろうさ。そうだな、……この方角だ。ひたすらまっすぐだ」

 彼女は、ある方角を指差した。

「……それじゃ、あたいは行かせてもらう」

 彼女はそう言って踵を返す。俺は彼女の背中に声をかける。

「ありがとう。忘れないよ」
「あぁ。せいぜい恩に感じてくれ」

 一瞬振り向いた彼女の細めたその瞳は、とても綺麗だった。闇に消えていくその姿は、あっという間に見えなくなったんだ。

 水でたき火を消し、回りの土ごとインベントリへ突っ込む。足で軽く成らしたあと、ズタズタに切り裂かれたシャツを脱いで、新しいものと交換。あとは外套を取り出して羽織るだけ。

 手に残った、俺に対する手配書も、インベントリにしまっておいた。『殺人容疑』って多分、あの『俺が踏んづけてしまった年配の男性』のことなんだろうな。亡くなったのか……。でも、王城あそこでネリーザさん、俺悪くないって言ってたじゃないか?

 まぁ、過ぎたことは仕方ない。とにかく逃げよう。どこかのギルドに行きさえすれば、そこ経由でリズレイアさんに話は届くだろうから。ジュエリーヌさん、メサージャさん、少しばかり音信不通になっても大丈夫だよな? 湖の向こう、対岸を見ながらそう思った。

 俺は彼女が指差した方角へとぼとぼと歩いて行く。闇に消えていった、彼女のようにね。
彼女きっと、俺を抱えて対岸こっちまで泳いだんだろうな。これは絶対に、足向けて寝られないよ。

 仕事が終わったのが、『個人情報表示』画面上では午後八時くらい。今見たら午後十一時になってる。俺はおそらく、湖の底に沈んでると思われてるだろう。明日の朝には捜索が始まるはずだ。それなら俺にできることは、『行方不明』になること。とにかく距離を稼いだほうがいいだろうな。

 『パルス脈動式補助呪文』と『フル・リカバー完全回復』をかけっぱなしにしてあるから、ときおり『マナ・リカバー魔素回復呪文』を併用する。そうして明るくなるまで彼女あのひとが指差した方角は街道があった。その方角へ、へジョギングくらいの速度で走ってみた。

 いやはや、疲れない疲れない。気持ち悪いほど疲れが来ない。股にもふくらはぎにも、乳酸が溜まらない。気持ち悪いわ。疲労を無理矢理回復してるんだろうから、あとでおそらく反動がくるとは思うけど、走り続けてもまだ動けるんだから怖いな、これ。

 どれくらい走ったかな? 進行方向の空がしらっと明けてきた。あ、筋力上がってるし。1E30だったのが、2234になってるよ。筋トレになったのか? ギルドではデスクワークみたいなもんだから、運動不足だったんだろうな。

 いやしかしまぁ、あとどれだけ走ったらいいんだ? あの女性ひと教えてくれないんだもんな。せめて、名前だけでも聞いときゃよかった。失敗したよ……。これだからリア充経験のないぼっちは駄目駄目だ。

「四の五の考えてないで、歩くか……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

スキルを極めろ!

アルテミス
ファンタジー
第12回ファンタジー大賞 奨励賞受賞作 何処にでもいる大学生が異世界に召喚されて、スキルを極める! 神様からはスキルレベルの限界を調査して欲しいと言われ、思わず乗ってしまった。 不老で時間制限のないlv上げ。果たしてどこまでやれるのか。 異世界でジンとして生きていく。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...