勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた

はらくろ

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第12話 そのっ、見える、見えちゃうから。

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「じゃ、始めますか。『デトキシ解毒』」

 んー、一回ではほんの少し、黒ずみが縮んだようにしか見えない。解毒だけが効くのか、回復魔法自体が効くのか。それとも、繰り返しで効果が違うのか。もう一度試さないとね。

「『リカバー回復呪文』、『デトキシ』。……さっきより、ちょっと動いたかな? あのときもそうだったけど、やっぱり相乗効果があるのかな? それとも、んー……」

 ぶつぶつ言いながら検証作業を続ける。あ、作業じゃないか、治療だ。

「あ、ちょっと待ってくださいね」

 俺は思い出した。昨日、冷えた飲み物をインベントリに入れてたのをね。インベントリ開けて、1本だけあった飲み物を取り出す。

「おー、冷えてる。なるほどねー」
「これが、『空間属性魔法』なんですね……」
「見たの初めて?」
「はい。普通は人前で見せる人、いませんからね。少し、驚きました」
「ちょっと待ってね。確かグラスがここに」

 この部屋はそれなりの料金だから、グラスなどの備えもしっかりしてるんだ。お、あったあった。二つ、たまたま? いや、セテアスさんのことだ。気を遣って用意してくれたのかもだわ。

 グラスに注いで、俺も一口飲んで。大丈夫をアピール。ジュリエーヌさんの前にもグラスを置いて注いで、っと。

「喉渇いたらどうぞ」
「はい、ありがとうございます、……あ、冷たいですね」
「便利だわ。すっかり忘れてたけど、冷えたままなのは助かるよね」

 これなら、串焼きなんかも大丈夫っぽいな。

「そうなんですね。ありがとうございます。あとでいただきますね」
「それで、痛みは感じる?」
「いえ、全く感じません」
「それなら再開しますか。『デトキシ』」

 数ミリだな。メサージャさんより症状が進んでるから、こりゃ時間かかりそうだ。

「んじゃ今度は、『ミドル・リカバー中級回復呪文』。……お、やっぱり相乗効果か? それなら『デトキシ』、で、続けて『ハイ・リカバー上級回復呪文』。おぉ、結構効果あるかもだわ」
「黒ずみが……」
「うん。小さくなっていくね。言ったでしょ? 治るからって」
「はいっ」

 ハイ・リカバー、やばいな。魔素をごっそり持って行かれる。デトキシと、ミドルを繰り返す方がいいかもだわ。

 小一時間ほど繰り返して、魔素残量がヤバいくらいになったとき、ジュリエーヌさんの指先に黒ずみが見えなくなってきていた。

「――ふぅ。あ、お願いなんだけど」
「は、はい」
「風呂場に行ってさ、指先をお湯で温めてみてほしいんだ」
「はい。確認してみます」

 お風呂場に入っていくジュリエーヌさん。

 ややあって戻ってくると、彼女の表情は明るかった。おそらく、湯で温めて血行がよくなり、それでも痛みが出なかったとみて間違いはないはずだ。

「タツマさん」
「うんうん。その笑顔だけで、十分効果があったってわかるよ」
「はい。痛く、ありませんでした」

 笑みを浮かべながら、涙流してるんだもんな。皆まで聞かなくてもわかるってば。

 今回、じっくり治療にあたってみて、なんとなくだけどわかったことがある。『デトキシ』と『リカバー』、または魔素が許す限りの上位回復呪文を繰り返すことで、効率よく悪素毒を散らすことができるようだ。

 俺は物語にあるような『鑑定』のような能力を持っていない。だから完治しているかどううかを知るためには、湯で温めるなどして痛みが出るかどうか、それを確かめるくらいしかないということ。

 治療を始めたのが、『個人情報表示』での時間で午後八時過ぎ。今はもう、十時を過ぎてしまっている。ジュリエーヌさんの笑顔を見て力が抜けたのか、『ぐぎゅるる』という感じの間抜けな音が、俺の腹から聞こえてくるんだ。

「ありゃ? そういや何も食ってなかったっけ」
「そうですね。私も夕食はまだですから」
「そしたらさ、宿で食事まだできるか聞いてみよっか?」
「えぇ、できるならいいですね」
「……あ、忘れてた」
「どうかしたんです?」
「足の指も確認してもらわないと」
「……忘れていました。私、足もかなり、酷かったんです」

 ジュリエーヌさんは椅子に座り、右膝を抱え込むようにするんだけど。

「ちょ、ジュリエーヌさん。そのっ、見える、見えちゃうから――」
「ご、ごめんなさい」

 俺は慌てて背中を向けた。そりゃ見たいけどさ、そういうわけにはいかないからな。リア充期間の乏しい俺は、慣れてないから反射的にこうなっちまう。

 全く知らない女性ひとなら、見てしまったかもしれないけど。それなりにスケベだからな、俺もね。でも、気まずくなるのは勘弁だから、これが正解だと思うんだ。

「どう?」
「はい、大丈夫です。爪の裏側にあった黒ずみも消えてますから」
「それは何よりだよ。一安心ってところだね」
「えぇ、明日からしばらくは、あの痛みを……」
「さ、飯にしよう――って、振り向いても大丈夫、かな?」
「大丈夫です」

 あのあと、ジュリエーヌさんと夕食をとり、治療報酬の代わりとして、明日良い仕事を探してくれるよう頼んだんだよ。そんなことでいいのかと聞かれたんだけど、俺は『串焼き5本分しかもらってないから』と説明したんだ。『セテアスさんに聞いたらわかるよ』と言って納得してもらったんだ。

 俺は、この国の王でもなければ勇者でもない。神殿の神官でもなければ医師でもない。たまたま手に入れたこの能力で、自己満足に浸ってるだけ。荒稼ぎだってできるのはわかってしまった、けれど恨まれて追われるのも、ゴメンだからね。

 ひとりふたりの手助けをしたからといって、悪素毒が消える訳じゃない。転移してきたあのとき俺は、思ったじゃないか? 『良い状況下の異世界転移』なのか? それとも『悪い状況下の異世界転移』なのか? と。

 今のところ俺にとって、良いわけじゃないけど、悪いわけでもない。もし悪い状況下になったとして、最悪の場合を考えて、飲食できるようにインベントリに買い込んだものが保存してある。もし、この国から逃げることになったとしても、しばらくの間は生きて行けそうだからな。

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