沖縄ドワーフ物語 ~ドワーフ娘が嫁に来た~

はらくろ

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第六話 ティナの『設定』。

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 立花籐子と名乗った人は入国管理局から来たらしい。
 決して『入国管理局の方から』ではなさそうだ。
 もらった名刺には『福岡入国管理局 那覇支局』と書いてあった。
 始めてだよな、この文字を直に見るのは。
 日本国籍持ってる俺にはとんと縁のない組織だから。
 あれ?
 ちょっと待てよ。
 てことは。
「ティナ」
「ん?」
「お前、密入国になってるかもしれんぞ?」
「えっ?」
 ティナも国という概念を知っている。
 もちろん『密入国』という言葉も。
 ティナの表情は少し困ったようなものになっていた。
 すると、立花さんは軽く会釈をしてから。
「詳しい話は後ほどお話いたします。どうぞお乗りください」
 もうひとりの男性が後部座席のドアを開けていた。
「これ、帰れなくなるとか、ないですよね?」
「いいえ、そのようなことは一切ございません」
 まぁ、最悪。
 隠ぺいの魔法を使ってもらってティナだけを逃がすことはできるかもしれないし。
 話だけは聞いておかないとまずいような気がする。
 俺も一応、ここで商売してるんだからな。
「ティナ、いいか?」
「武士と一緒なら、いいよ」
「そうか。立花さん。いいのかな? とりあえず了解した」
「お手数かけます。ではお乗りください」
 俺が先に乗った。
 ティナだけ乗せられて連れていかれたらたまんないからな。
 ティナに手を伸ばして横に座らせる。
 重厚なドアの音がする。
 室内はエアコンが効いていて涼しい。
「この人は私の部下で」
「山下栄治と申します。椅子越しに失礼いたします」
 シート越しに名刺をもらう。
「あ、はい」
 ティナは車に慣れていないのか、俺を手を握って目を瞑っていた。
 助手席に座った立花さん。
 運転は山下さんのようだ。
「では車を出させていただきます。少々ご不便をかけます」
「あ、はい」
 ティナはまだ目を瞑っている。
「ティナ、怖いか?」
「うん。馬のない馬車は慣れてない」
 俺が車のことを『馬のいらない馬車』だと教えたからだろう。
「そうか。俺の手しっかり握ってろ。きっと怖くなくなるから」
「うん」
 車はむつみ橋交差点を左折し、そのまま南下していく。
 松尾の信号を左折して松尾消防署通りへ。
 那覇高校を通り過ぎ、検察庁の敷地に入っていった。
 そのまま裏手に回り、車が停まった。
 確かにここには入管があった記憶がある。
 前に沖縄のマップをネットで見たときにちらっと見たからだ。
 山下さんが車を降り、俺の方のドアを開けてくれた。
「どうぞ、お降りください」
「あ、はい。ティナ」
「うん……」
 俺は先に降りてティナに手を差し伸べ、安心させて外へ連れ出す。
 ティナは外に出てから深呼吸すると、表情が和らいでいく。
 慣れていない乗り物は誰でも緊張するものだ。
 俺だって初めて飛行機に乗ったときは緊張したからな。
 そのまま二人の先導で、建物の中に入っていく。
 とある部屋に入ると、そこは応接間のようになっていた。
「どうぞお座りください」
「はい」
 俺が座るとティナも横に座った。
 ややあってドアが開く。
 俺と同じくらいの年齢の女性がひとり入ってきた。
 立花さんに少し似てるか?
「籐子さんお疲れ様」
「はい。姉さん」
 姉?
「わたくし、籐子の姉で、立花初枝と申します」
「はい」
 立花(姉)さんからも名刺をもらった。
 そこには『内閣府』と。
 え?
 内閣府だって?
 さすがに失礼になると思って、俺はサングラスを外そうとしたが、これがないと目が『3』になってしまうからやめておいた。
「わたくし、内殻地域対策本部の本部長をしています。そちらのお嬢さんがそうですね? わたくしたちの検知に反応がありまして、本郷さんにご同行していただいたということになります」
 検知と言うのはなんだろう?
「検知って何に引っかかったんでしょう?」
「端的にいえば、『魔力の行使』でしょうか?」
「あぁ、なるほど」
 俺がそう答えたことで、ティナが魔法を使ったのを知ってる。
 立花(姉)さんはそう思ったことだろう。
「失礼ですが、わたくしたちはそちらのお嬢さんのお名前を存じておりません。お教え願えませんか?」
「ティナ、俺が言うか?」
「だいじょうぶ。……あたいは、ティナグレイブアリエッタ・フレイア・メルムランス、だ」
 ティナは背筋を正し、立花(姉)さんを真っすぐに見据えていた。
 一瞬、立花(姉)さんの目が『ぎょっ』という驚きを隠せない感じになったが、平静をすぐに取り戻したようだ。
 さすがは内閣府のお役人。
「もしや? メルムランス王国の?」
「そうだ。第一王女だ」
 へ?
 まじでお姫様だったんか?
 これは俺の方が驚いた。
「これは失礼いたしました。まさか王家の方がいらっしゃるとは……」
 立花(姉)さんはその場に立ち上がって一礼をする。
「いや、あたいが勝手に来たんだから気にしないでくれ」
「ありがとうございます。さて、ティナ様でよろしいでしょうか?」
「あぁ。構わない」
 なるほどな。
 王女ともなると、この言葉遣いも若干だが納得がいく。
 それでも、俺と二人きりのときは、もっと可愛いんだけどな。
「本郷さんもご存知だと思いますが。ティナ様、貴女は密入国になってしまっているのです」
「やっぱり。ほら言っただろう?」
「あぁ、そうだったんだな」
「ですが、極稀にこのようなことが過去にもありまして。その手続きのためにこちらへご足労いただいたという形になったのです。ところで、本郷さんとは、どのようなご関係でしょうか?」
 ティナは俺の腕に抱き着いて、こっちに笑顔を向けてから。
「あたいは、武士の嫁だ」
「はい?」
 さすがにこの返答に立花(姉)さんは驚いた。
 それはそうだろう。
 今までの話が真実であるのなら、一国の王女が他国で現地の一般人の妻になっているなんてありえないだろうから。
「こっちの国ではそう言わないのか?」
 未だ俺の腕に抱き着いたまま、立花(姉)さんを見てしれっと言いやがった。
「い、いえ。同じでございますが……」
 そりゃ驚きもするだろう。
 それから立花(姉)さんの話を聞いた。
 ティナから聞いたように、過去にこちらへ移り住んだ人もそれなりにいるらしい。
 そういうことなら、俺がティナにドワーフと間違われたのも仕方のないことなのだろう。
 あと、極秘で持ち出し禁止と言われたティナたちの国の地図を見せてもらった。
 これは笑った。
 俺が知ってる世界地図の陸地と海が反転された形で書かれてるじゃねぇか。
 おまけにティナの国の王都に当たる部分が、沖縄県の形をした大きな湖と隣接してやがんの。
 王都と湖を隔てた間に山脈のようなものが書いてある。
 洞窟ってのはそこにあるんだろうな。
 これならティナが迷子になって、ここに来たってのが納得できるわ。
 やはり不可侵条約というのは間違いはなかった。
 この世界では科学技術が発達して、ティナたちの世界では魔法の技術が発達したそうだ。
 文化の違いもさることながら、技術体系が違うのではもし争い事が起きたらシャレにならんのだろう。
 あちらから人が紛れ込んでくることはあっても、こっちからあちらに行くことはほぼ不可能。
 それに力関係ではこちらは圧倒的に敵わないらしい。
 ただ、ティナたちの世界の国は、こちらとの争いを望んでいないそうだ。
 崇拝している物の違いか、それとも物が豊かでこちらへの興味が薄いのかわからないが。
 とにかく、かなり昔に不可侵条約が結ばれていたということらしい。

 ここで俺たちは約束をさせられた。
 ティナに、魔法を人目のつくところではなるべく使わせないでほしいと。
 もし使ってしまったとしても、罰則などを課すことはできないのだが、後々問題が出たときにもみ消すのが大変なんだそうだ。
 それを条件に、ティナの身分証明を発行してくれるとのことだった。
「どうだ、ティナ」
「うん。なるべく、使わないように、する」
「よし、いい子だ」
「ありがとうございます。それで、登録名なのですが」
「あたい、本郷ティナがいい」
「おいっ!」
「だって、本名じゃまずいだろ?」
「まぁ、そうなんだろうけど」
「いいよな?」
「仕方ないな。お姫様」
「へへん」
 俺たち二人のやりとりを見ていた立花(姉)さんは、ちょっぴり生暖かい目で見ていやがんの。
「では、先ほど書いていただいた内容で、現住所は本郷さんと同じでよろしいですか?」
「はい。すみませんね」
「いえ。ご協力していただけるのであれば、これくらは容易いことです」
 何も問題を起さなければ、『見なかったこと』にしてくれるということらしい。
 ややあって、ティナの写真入りの身分証明書が発行された。
 そこには『本郷ティナ』と書かれていた。
 あぁ、これで俺の嫁なんだな。
 てか、ティナの両親に許可もらってねぇぞ。
 いいのかよ……。
「一応ですが、ティナさんは本郷さんの従姉弟という『設定』になっていますので」
 設定かよっ!

 そうして、立花(姉)さんに送られて建物を出た。
 俺たちは久茂地の交差点の手前で下ろしてもらった。
「それでは、何か困ったことがありましたら、名刺にある番号へお電話くださいね」
「はい。助かります」
「では失礼いたします」
 立花(妹)さんは車から降りずに、そのまま行ってしまった。
「まぁ、何もなくてよかったな」
「これであたいも堂々と町を歩けるんだな?」
「そういうことになるな」
「やったー」
 ティナは俺の腕に抱き着いてきた。
 ふにょんと彼女のおっぱいの感触が俺の腕に伝わる。
 やわらけぇ……。
 いやいやいや。
「──でもな。俺、お前の両親に許可もらうまでは嫁にできないだぞ?」
「大丈夫。そのうち一度連れていくから」
 俺の腕にぶら下がるようにしながら、ティナは俺を上目づかいで見上げてくる。
「あぁ。おっかないな……」
 俺は目を逸らすように空を見上げる。
「何が?」
「ティナの両親」
「会ってくれるんだ? 大丈夫、そんなことないよ」
「だといいんだけどな」
 俺とティナはまるでデートでもしているかのように、パレット久茂地に入っていく。
 ここは、りうぼうという沖縄の百貨店。
 ここでティナに、デニムのショートパンツと、Tシャツや下着を買ってきた。
 今日初めて、ティナは日本の下着を見たそうだ。
 何気なく聞いたんだが。
 インナーはショーツくらいしかなかったらしい。
 それもシルク製に近くて、伸縮性がないんだと。
 それでティナは嫌いで穿いてなかったそうだ。
 ティナは日本のインナーが偉く気に入ったそうだ。
 着けていて楽なんだと。
 いやぁ、驚いた。
 女性の下着って高いのな。
 知らんかったわ……。
 パレット久茂地を出て、久茂地の交差点を抜けて、国際通りをゆっくりと歩いていく。
 紅芋のソフトクリームを食べたり。
 ドン・キホーテで日用品を買い物したり。
 なんだかんだ、両手にいっぱいの荷物を抱えて帰ってくることになった。
 今日だけで軽く十五万以上は使ったかもしれん。
 まぁ仕方ない。
 可愛いティナのためだからな。
 それにな、すげーんだ。
 すれ違う男がティナを振り向く振り向く。
 見てて、腹抱えて笑いそうになるくらい。
 だがな、困ったことがあったんだ。
 運悪く、パトカーが停まっちゃったんだよ。
 そりゃそうだろう。
 俺みたいなおっさんと、美少女にしか見えないティナが腕を組んで歩いてるんだ。
 そうだよ。
 職務質問だよ。
 焦ったわ。
 ただ、笑ったね。
 いや、笑うのを堪えたんだ。
 ティナの身分証明書を調べた警官が真っ青になってやんの。
 そりゃそうだ。
 ティナの身分証明書は『内閣府』が発行したらしいから。
 これで俺も、沖縄県警では要注意リストに入ったんだろうな……。
 警官の若いお兄ちゃんは、緊張した表情で敬礼をして。
 噛みながら『し、失礼しました。お気をつけて行ってくだしゃいませ……』だもんな。
 俺はちょっと気の毒になっちまったよ。

 まだ店の開店まで時間はある。
 昼過ぎになったから、ステーキハウスで昼ご飯。
 今日くらいはちょっと奮発ということで、石垣牛のステーキを食べることにした。
 ティナは日本語は理解できるようになったが、字は読めないようだ。
 今度教えてやらないとな。
 適当に注文して、出てくるのを待っていた。
「武士」
「ん?」
「すっごいいい匂いするね」
「だろう? 今日だけだぞ、贅沢するのは」
「うん。高いんでしょ?」
「大丈夫。ティナの下着より高くない」
「あははは。男の人の下着って高くないんだ?」
「そうだな。ティナのに比べたら、一割程度かな」
「うはぁ。大丈夫なの?」
「大丈夫。気にするな。ティナのためだからな」
「……武士。ありがと」
「おう」
 メニュー見てビビったよ。
 石垣牛のサーロインステーキ。
 セットで一人前、一万五千円(税抜き)だぜ?
 二人前で三万円。
 暫く贅沢できねぇ……。
 しっかり働いて稼がないとな。
「ティナ、これだ。俺だって年に一回食えるかどうかの肉。沢山食べるもんじゃねぇぞ。味わって食えよ」
「……わかった」
 じりじりと焼ける鉄板の上に乗った最上級の肉。
 この店でのだけどな。
 俺は沖縄で食った肉で、一番高いと思うぞ。
 ティナは洗練された所作で肉を切って、一口頬張る。
「うぅううううう。なにこれ、噛まなくてもいいくらい……。あたい、食べたことないよ」
「そうだろう。俺だってこんなの食ったことないぞ」
 それは至福の瞬間だった。
 王女のティナでさえ味わったことのない肉料理だったらしい。
 そこから俺たちは、一言も喋らず、もくもくと食べていた。
「武士」
「ん?」
「あたい、生きてて良かったって今思っちゃった」
「俺も」
 銀行で二十万下ろして、買い物してステーキ代払ったら。
 ほとんど残らねぇ……。
 まぁ、ティナが喜んでくれたんだ。
 俺はそれが嬉しい。

 部屋に戻ってきた。
 ドアを開けると、エアコンで冷やされた室内が極楽のように思える。
「うわ。涼しいね」
「そうだな。今日は暑かったからなぁ」
 今日は色々あった。
 部屋を出て、いきなり拉致られたと思ったら、入管と内閣府だぜ?
 でも、こうしてティナが、ここにいていいってことになった。
 俺の従姉弟ってことになったんだよな。
「あたいさ、今日から本郷ティナなんだな」
 ティナはもらった身分証明書を眺めていた。
 読めないくせに、とても嬉しそうに。
「そうだな。俺の遠縁の姉ちゃんってことだからな?」
「やめてってば。それは『設定』なんだろう?」
「そうだ。でもな、俺の家族でもあるってことなんだよ」
「家族か。嬉しいな……」
 ティナはそのままずりすりと、這いながら俺のところまでやってくる。
 胸まで這いあがってくると、唇を寄せてきた。
「んっ」
 ティナはキス魔のようだ。
 そうじゃないかもしれないし、そうかもしれない。

 汗がひいてきたあたりで、ティナは買ってきた下着に袖を通した。
 ちゃんと店員の女性からつけ方を教わってきたらしい。
 更に強調されたTシャツ越しのティナのおっぱいは、とても凶悪だった。
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