劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ

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第五十話 反撃開始。

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 人が人を売り買いするなんて、それこそ人の所業ではない。それ故に、こいつらは守るべき人を害する輩でしかない。

(こいつらはあのとき父さんが駆除した悪人だ。すぐ近くに剣が置いてある。あれは危険だな。万が一を考えて使わせちゃいけない。使わせないためには、そうだ)

「……お忙しいところ申し訳ありませんが」
「ん? な、なんだお前、あの部屋からどうや――」

 男たちから五メートルは離れている。アーシェリヲンは、じっと見て、右手に魔力を流す。

「『右手の親指』」

 手の中に何かが握られた。それをすぐに後ろへ投げる。

(うん。成功した。生きてる木から山石榴を採れるんだから。それにメリルージュ師匠に聞いたとおりだ。高い魔力さえあれば、相手の魔力抵抗を突破出来るわけだね)

 魔力を受け入れる閾値を超えたものをぶつけたなら、強制的に作用させられる。そう理解したアーシェリヲンだった。

「『左手の親指』」

 続けて後ろに投げる。

「ぅげぅっ」

 右側の男は両手を抱え込んで唸っている。

「お前っ、な、何をした?」

 左の男は壁に立てかけてある剣をとりに行こうとする。

「『左手の親指』、『右手の親指』」

 左右の手のひらに順に魔力を流すと、手の中に握られる。そのまま見ることもせず、右手の分だけ前に放り投げた。

 剣が落ちる鈍い音。男の手から落ちたのだろう。

「――ひぃっ!」

 アーシェリヲンは落ちている剣を『取り寄せる』。手に握って威嚇する。

「それで、僕の他にも誰かさらってきた人がいるんですよね?」
「う、うるさ――」

 アーシェリヲンは男の口に狙いを定め、左手に魔力を流した。すると、男の口に命中。

「むごっ、うげぇ……。お、俺のがっ」

 手のひらに吐き出したのは先ほどまで手に着いていた親指。

「それで? 僕の質問に答えてください。『右手の人差し指』」
「ひっ」

 アーシェリヲンは人差し指を男に投げつける。

「ほら、早くしないと全部なくなりますよ? 『左手の中指』」

 取り寄せては投げつける。

「と、となりの、お前のいた隣の部屋……」
「ありがとうございます」
「他にお仲間はいらっしゃいますか?」

 男は頭を振った。それはもう、目一杯。

「お仲間がいないっていうのがもし、嘘だったら。戻ってきて、首から上を落としますよ?」
「わ、わかった。確か、お前は空間魔法しか……」

 調べはついている。この男はそう言いたいようだ。

「なるほど、ね? んー、『右足首から下』、こっちは『左足首から下』」

 ごろりと前に放り投げる。男たちの足首からは血が落ちていく。

「これが空間魔法に見えますか? きっと嘘の情報を掴まされたんですね。ご苦労様でした」
「そんな……」

 テーブルの上にあった『魔力ちぇっかー』を取り返して左腕にはめる。

「これは返してもらいます。それでは、がんばって生きてくださいね」

 ぺこりと会釈。笑顔でさようならをする。

 あのまま放置しておけば、もしかしたら死んでしまうかもしれない。ただ、応急的な処置をしたなら、助かるかもしれない。甘いかもしれない。けれど、アーシェリヲンはまだ人の形をした獣を殺めたことがない。だからあれが精一杯なのだろう。

 あの男は他に仲間はいないと言っていた。だが、安心するわけにはいかない。外に出ていていまここにはいない、という意味かもしれない。悪人はいくらでも嘘をつける。それは本にも書いてあったことだから、そういう生き物もいるというのは知っていた。

 アーシェリヲンが捕らえられていた部屋の隣りには、同じように大きな鉄の扉が閉まっている。右手を扉にあてて格納と念じたなら、扉が最初からなかったかのような状態になる。薄暗い部屋の中央に、誰かが寝かされていた。

 自分と同じように手枷足枷、目隠しをされている。それらを全て格納すると、女性の状態を見る。彼女の胸元はゆっくりと上下していた。とりあえず、無事のようだ。

(よかった……)

 その瞬間、アーシェリヲンの目から涙が溢れる。大人びているとはいえ彼はまだ十歳。怖かったのは間違いないこと。それでも油断してはいけないと、自らを奮い立たせる。

 アーシェリヲンと同じような薬が使われていたのだろうか? 女性が目を覚ましたようだ。暗い部屋の中、あちこち見回している。

「お怪我はありませんか? 痛いところはありませんか?」
「……ここはどこでしょう? あなたは?」
「僕はアーシェリヲンと申します。こうみえても探索者なんですよ」

 アーシェリヲンは『呪いの腕輪』からカードを取り出して、かざしてみせる。魔力を込めると淡く光るから、この薄暗い部屋でも見えるはずだ。

「私は、リルメイヤー、です。あ、あの」
「リルメイヤーさんですね。あなたは僕と同じくして、どこからか攫われてしまったようです。でも安心してください。人攫いは僕が大人しくさせました。その、立てますか?」

 手を差し伸べる。恐る恐るその手を取るリルメイヤー。

「あ、ちょっと待ってくださいね。大きな声を出しますから、気をつけてください」
「はいっ」

 アーシェリヲンは深呼吸。さっきの部屋へ向かって忠告する。

「追いかけてきたら、次は手加減しません。いいですね?」

 耳を澄ますと何やら小さな声が聞こえてくる。おそらく、わかった、と言っているのかもしれない。とりあえずまだ、生きているようだ。

「何をしたんですか?」
「秘密です」

 そう言って戯けて見せるアーシェリヲン。

「では行きましょうか。あ、ここから先は右を見ないでくださいね」
「はい、わかりました」

 右側には、先ほどの男たちがいるはずだ。もし、死んでいたとしたらトラウマを与えてしまうかもしれない、そう思ったのだろう。

 アーシェリヲンはリルメイヤーの手を引いて、出口と思われる方角へ歩いて行く。途中、先ほどの部屋を見ると、男たちは壁を背にしてぐったりしている。まだかろうじて生きているようだ。

 人攫いと思われる男たちに笑顔を向けると、瞬間的に顔を背けていた。何やら震えているようだ。おそらくアーシェリヲンが、少年の姿をした化け物に見えたのだろう。それはしたがない、自業自得だと、思うことにする。

 右手でリルメイヤーの手を引きつつ、壁に左手をつきながら先を進む。こうするのが迷宮で探索するときに便利だと、何かの本で読んだことがあったからだ。

 左に通路は折れている。そこを進むと上に登る階段。あたりの気配を気にしつつ、慎重に登っていく。上の階に到着すると、そこは廃れた雑貨屋か何かの商店のようだった。

 目の前に出口がある。顔だけ出して周りを伺う。人の気配は感じられない。外は夜だった。どこか廃れた、捨てられた田舎町、廃村のようにも感じられる。

 周りに明かりはない。何か理由があって、人が住まなくなってしまったのだろうか?

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