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第四十七話 森での訓練。
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「凄かったね-」
「あぁ、俺も驚いたわ」
「大げさなのよ。あの子も……」
外門を出る際、ドランダルクが直立不動で敬礼をしていたからである。原因はもちろん、金の序列のメリルージュ。彼女ははある意味、この国の貴族以上の扱いになっているんだと、アーシェリヲンはガルドランから聞いていた。
「アーシェ君」
「はいっ」
「弓の鍛錬をするときでもね、間違っても木に当ててはだめよ」
「はい。木も生きているからですよね?」
「よく勉強してるわね。ガルはね、同じ十歳のときに知らなかったのよ」
「何もそんなこといわなくてもいいじゃないですか……」
街道から林に入り、奥へと進んでいく。それもかなり奥へと。途中、アーシェリヲンは不安になっていく。
「あの、メリルージュ師匠」
「どうしたの?」
「帰り道大丈夫なんですか?」
「あぁ、そのこと。あのね、ガルがいるから大丈夫なのよ」
「……どういうことですか?」
「ガルはね、腐っても獣人だから」
「腐ってませんって……」
「あ、そっか。匂いですね?」
「そう。人の多いほうがわかればそれでいいの。でもね、アーシェ君一人ではこんなことしちゃ駄目よ?」
「はいっ」
「腐ってませんってば……」
獣の生息域。獣道の見分け方。気配の抑え方など。メリルージュは、奥へと進みながら色々なことを教えてくれる。
アーシェリヲンは一度教えたことは忘れないくらいに賢い。だからメリルージュにとって、過去一番手のかからない弟子だったのかもしれない。
「師匠」
ガルドランはある方角を指さした。
「アーシェ君。あそこ、見えるかしら?」
三人が立ち止まったところから、おおよそ二十メートルと少し。膝くらいの高さはある草の隙間に、いつか見た白い何かがゆっくりと移動していた。
「あ、あれって」
「そうよ。羽耳兎ね」
「凄い。ガルドランお兄さん、匂いでわかるんですね」
「あらぁ、ガル。あなたお兄さんなんて呼ばせてるのね?」
「いや、その。いやほら、逃げちまう」
「誤魔化すなんて、……まぁいいわ。アーシェ君。弓、出して」
「はい」
「よく狙ってね」
「はい……」
メリルージュは、アーシェリヲンの腕前であれば、この距離なら当たるかもしれない、そう思っていた。
一発目は外してしまった。二発目も外す。その瞬間、羽耳兎は逃げてしまっていた。
「アーシェ君」
「はい……」
メリルージュはアーシェリヲンの表情をみるとなんとなく察した。それはガルドランも同じだっただろう。
前にアーシェリヲンが羽耳兎を捕獲したときは、生きていた。そう、彼にとって『はじめての殺生』だったかもしれないからだ。
メリルージュは自分が身につけている外套の前を開け、被せるようにしてアーシェリヲンを後ろからそっと抱きかかえる。やはり彼の身体は少しだけ震えている。それは寒さによるものではないだろう。
「もしかして、怖い?」
アーシェリヲンの耳元で優しく囁く。
「……はい」
メリルージュはガルドランを見て、羽耳兎のいた方角を指さした。『はいはい。わかりましたよ』という仕草をみせて、ガルドランは走っていく。
「あのね、アーシェ君」
「はい」
ややあってガルドランは羽耳兎を捕まえてくるが、ぐったりとしていて動かない。トドメをしっかり刺しているのだろう。
「アーシェ君、お肉、食べるわね?」
「はい」
メリルージュがガルドランが持っている羽耳兎を指さした。
「ほら。あのようにしてね、誰かが狩らなければならないの。前にアーシェ君が食べたものもね、協会の人がね、羽耳兎をお肉にしたの。生き物を殺めるのはね、ものすごく、覚悟のいることなのよ」
「はい」
「あたしたちエルフはね、あたしもそうだけどお肉を好んで食べないわ。狩りのしかたを教えてくれた人が言ってたわ。『狩りも家畜を潰すときも同じ。食べることで、獲物や家畜にとっての弔いにもなっているんだよ』って」
「はい」
「食べないものの命を終わらせるのは、理由がなければただの殺しでしかないわ。依頼の中にはね、盗賊の討伐もあるの。それは命を終わらせる仕事だから、あたしたちにも覚悟が必要ね」
「師匠も盗賊を殺したの?」
「えぇ。それが人のためだったからね」
「そうなんだ……」
「討伐だけじゃなく狩りもそうよ。獲物を狩るための覚悟がいるわ。討伐も狩りも、誰かの代わりすることは違いがないんだものね」
「はい」
「あたしが教えた弓はね。命を刈り取るための道具よ。だからアーシェ君。大切な人たちの血肉にするため、大切な人たちを守るために、獲物を討てるようになりなさい」
「はい」
「大丈夫よ。あたしが一緒に、その罪悪感を引き受けてあげるわ。それが師匠の役割でもあるのよ」
「はい。頑張ります」
アーシェリヲンの身体から震えが止まっていた。やっと事態を飲み込めたのだろう。
しばらく先ほどの場所で待っていると、ガルドランが指を差した。そこには丸々と太った羽耳兎がいる。距離はおおよそ三十メートル。
「アーシェ君。大丈夫?」
「はい、メリルージュ師匠」
アーシェリヲンは矢をつがえ、弦を引き絞って、射出角を計算し。
「このへん」
矢を放つ。今度は当たったようだ。
ガルドランが走って、羽耳兎を拾ってくる。
「アーシェの坊主、見事に仕留めたみたいだな」
「はい、ありがとうございます。ガルドランお兄さん」
「おめでとう、アーシェ君」
「はい、ありがとうございます」
こうして、アーシェリヲンは初めて獲物を仕留めることができたのであった。
外門を通り過ぎ、探索者協会へ。
「マリナさん、これ、お願いします」
「あら、アーシェリヲン君。羽耳兎を仕留めたのね。依頼達成、おめでとう」
「はい、ありがとうございます。それでこれ、買い取りお願いします」
「マリナの嬢ちゃん。こいつも頼むわ」
ガルドランは手のひらに羽耳兎を取り出すと、カウンターの上に置いた。
「ガルドランさんは依頼を受けていませんよね?」
「こいつはアーシェの坊主の手柄にしてやってくれ」
「いいんですか? ガルドランお兄さん」
「あぁ。弟弟子の初討伐祝いだからな」
「ありがとうございます」
無事買い取りと序列点もカードへ登録してもらった。アーシェリヲンたちは食堂でお茶を飲んでいる。
「初討伐、おめでとう。アーシェ君」
「はい、ありがとうございます」
「よくやったな、アーシェの坊主」
「はい、ありがとうございます」
「これでもう、弓に関してはあたしが教えることはないわね」
「え?」
「だって、アーシェ君は、一度教えたことを忘れないんだもの。あたし、驚いちゃったわよ……。ガルの比じゃないわ、一番手のかからない子だったわね」
「あぁ、俺も驚いたわ」
「大げさなのよ。あの子も……」
外門を出る際、ドランダルクが直立不動で敬礼をしていたからである。原因はもちろん、金の序列のメリルージュ。彼女ははある意味、この国の貴族以上の扱いになっているんだと、アーシェリヲンはガルドランから聞いていた。
「アーシェ君」
「はいっ」
「弓の鍛錬をするときでもね、間違っても木に当ててはだめよ」
「はい。木も生きているからですよね?」
「よく勉強してるわね。ガルはね、同じ十歳のときに知らなかったのよ」
「何もそんなこといわなくてもいいじゃないですか……」
街道から林に入り、奥へと進んでいく。それもかなり奥へと。途中、アーシェリヲンは不安になっていく。
「あの、メリルージュ師匠」
「どうしたの?」
「帰り道大丈夫なんですか?」
「あぁ、そのこと。あのね、ガルがいるから大丈夫なのよ」
「……どういうことですか?」
「ガルはね、腐っても獣人だから」
「腐ってませんって……」
「あ、そっか。匂いですね?」
「そう。人の多いほうがわかればそれでいいの。でもね、アーシェ君一人ではこんなことしちゃ駄目よ?」
「はいっ」
「腐ってませんってば……」
獣の生息域。獣道の見分け方。気配の抑え方など。メリルージュは、奥へと進みながら色々なことを教えてくれる。
アーシェリヲンは一度教えたことは忘れないくらいに賢い。だからメリルージュにとって、過去一番手のかからない弟子だったのかもしれない。
「師匠」
ガルドランはある方角を指さした。
「アーシェ君。あそこ、見えるかしら?」
三人が立ち止まったところから、おおよそ二十メートルと少し。膝くらいの高さはある草の隙間に、いつか見た白い何かがゆっくりと移動していた。
「あ、あれって」
「そうよ。羽耳兎ね」
「凄い。ガルドランお兄さん、匂いでわかるんですね」
「あらぁ、ガル。あなたお兄さんなんて呼ばせてるのね?」
「いや、その。いやほら、逃げちまう」
「誤魔化すなんて、……まぁいいわ。アーシェ君。弓、出して」
「はい」
「よく狙ってね」
「はい……」
メリルージュは、アーシェリヲンの腕前であれば、この距離なら当たるかもしれない、そう思っていた。
一発目は外してしまった。二発目も外す。その瞬間、羽耳兎は逃げてしまっていた。
「アーシェ君」
「はい……」
メリルージュはアーシェリヲンの表情をみるとなんとなく察した。それはガルドランも同じだっただろう。
前にアーシェリヲンが羽耳兎を捕獲したときは、生きていた。そう、彼にとって『はじめての殺生』だったかもしれないからだ。
メリルージュは自分が身につけている外套の前を開け、被せるようにしてアーシェリヲンを後ろからそっと抱きかかえる。やはり彼の身体は少しだけ震えている。それは寒さによるものではないだろう。
「もしかして、怖い?」
アーシェリヲンの耳元で優しく囁く。
「……はい」
メリルージュはガルドランを見て、羽耳兎のいた方角を指さした。『はいはい。わかりましたよ』という仕草をみせて、ガルドランは走っていく。
「あのね、アーシェ君」
「はい」
ややあってガルドランは羽耳兎を捕まえてくるが、ぐったりとしていて動かない。トドメをしっかり刺しているのだろう。
「アーシェ君、お肉、食べるわね?」
「はい」
メリルージュがガルドランが持っている羽耳兎を指さした。
「ほら。あのようにしてね、誰かが狩らなければならないの。前にアーシェ君が食べたものもね、協会の人がね、羽耳兎をお肉にしたの。生き物を殺めるのはね、ものすごく、覚悟のいることなのよ」
「はい」
「あたしたちエルフはね、あたしもそうだけどお肉を好んで食べないわ。狩りのしかたを教えてくれた人が言ってたわ。『狩りも家畜を潰すときも同じ。食べることで、獲物や家畜にとっての弔いにもなっているんだよ』って」
「はい」
「食べないものの命を終わらせるのは、理由がなければただの殺しでしかないわ。依頼の中にはね、盗賊の討伐もあるの。それは命を終わらせる仕事だから、あたしたちにも覚悟が必要ね」
「師匠も盗賊を殺したの?」
「えぇ。それが人のためだったからね」
「そうなんだ……」
「討伐だけじゃなく狩りもそうよ。獲物を狩るための覚悟がいるわ。討伐も狩りも、誰かの代わりすることは違いがないんだものね」
「はい」
「あたしが教えた弓はね。命を刈り取るための道具よ。だからアーシェ君。大切な人たちの血肉にするため、大切な人たちを守るために、獲物を討てるようになりなさい」
「はい」
「大丈夫よ。あたしが一緒に、その罪悪感を引き受けてあげるわ。それが師匠の役割でもあるのよ」
「はい。頑張ります」
アーシェリヲンの身体から震えが止まっていた。やっと事態を飲み込めたのだろう。
しばらく先ほどの場所で待っていると、ガルドランが指を差した。そこには丸々と太った羽耳兎がいる。距離はおおよそ三十メートル。
「アーシェ君。大丈夫?」
「はい、メリルージュ師匠」
アーシェリヲンは矢をつがえ、弦を引き絞って、射出角を計算し。
「このへん」
矢を放つ。今度は当たったようだ。
ガルドランが走って、羽耳兎を拾ってくる。
「アーシェの坊主、見事に仕留めたみたいだな」
「はい、ありがとうございます。ガルドランお兄さん」
「おめでとう、アーシェ君」
「はい、ありがとうございます」
こうして、アーシェリヲンは初めて獲物を仕留めることができたのであった。
外門を通り過ぎ、探索者協会へ。
「マリナさん、これ、お願いします」
「あら、アーシェリヲン君。羽耳兎を仕留めたのね。依頼達成、おめでとう」
「はい、ありがとうございます。それでこれ、買い取りお願いします」
「マリナの嬢ちゃん。こいつも頼むわ」
ガルドランは手のひらに羽耳兎を取り出すと、カウンターの上に置いた。
「ガルドランさんは依頼を受けていませんよね?」
「こいつはアーシェの坊主の手柄にしてやってくれ」
「いいんですか? ガルドランお兄さん」
「あぁ。弟弟子の初討伐祝いだからな」
「ありがとうございます」
無事買い取りと序列点もカードへ登録してもらった。アーシェリヲンたちは食堂でお茶を飲んでいる。
「初討伐、おめでとう。アーシェ君」
「はい、ありがとうございます」
「よくやったな、アーシェの坊主」
「はい、ありがとうございます」
「これでもう、弓に関してはあたしが教えることはないわね」
「え?」
「だって、アーシェ君は、一度教えたことを忘れないんだもの。あたし、驚いちゃったわよ……。ガルの比じゃないわ、一番手のかからない子だったわね」
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